#195 2つのパーティ
ネウサナトラムの3月はまだ雪の中だが、エントラムズ王国の王都は晴れ渡っている。
この国での冬は降水量が少なく、ともすれば水不足になるような話をサンドラさんが言っていた。
そんな季節だから誰も選考会当日の天候を心配する者はいない。早朝から数千人の民衆が練兵場に集まって、選考会で決まる5人を見ようとしている。
俺達も、アルトさん達に急かされてこうして朝早くからロイヤルボックスで競技の始まるのを待っている。
とは言え、朝食もそこそこに此処に来たから腹も減っている。
そんな時、「サレパル~、サレパル…。」という声が聞こえてきた。更に、「焼肉はどうじゃ!焼肉!」という声も聞こえてくる。
早速、嬢ちゃんずがそわそわと動く様子が分った。
「応募者を偵察に行って来るのじゃ!」
アルトさんが2人を引き連れて出かけてしまった。
その後にヒョイっとエントラムズ国王夫妻が男の子を2人連れてやってきた。
「紹介しよう。我息子のタケルスとパロン家のディートルだ。…妹と一緒に帰って来たのだが、こいつらはサーシャ達がわが国に向かった事が直接の原因だろう。ケイロスに師事しているのだが余り上達はせんな。」
そう俺達に伝えると、今度は息子達に話しかける。
「周辺諸国の内では最高のハンターだ。サーシャを預かっており、ミーアの兄でもある。此処に座っていれば、その内サーシャ達も来るだろう。」
そう言って王様は去っていった。
「賭けの胴元の1人なのです。国政も少しは身を入れて欲しいのですが…。」
御后様は困り顔で俺達に説明する。
まぁ、程々にしてればいいんだろうけどね。
王子様とパリス家の孫は15歳ぐらいかな。少し線が細いけど、まぁまぁな体格だ。将来はこの王国を背負って立つ者としてふさわしい風貌である事は確かだ。
子供の頃から一緒だというサンドラさんの孫は将来的にはタケルス君の副官として重要な地位に着くのだろう。
何処に座ろうかと迷っている2人に最前列を勧める。
もう直ぐ、戦利品を抱えて嬢ちゃんずが最前列に戻ってくるからね。
つんつんと姉貴に肩を突かれる。
振り返った俺の耳に姉貴は口を寄せると小声で話しを始めた。
「あの子がサーシャちゃんのお相手になるのかな?」
「たぶんね。後3年後が楽しみだね。」
でも、親がお膳立てしても、本人同士の相性もあるし…此処は余り干渉しない方が俺は言いと思うぞ。
そんな事を姉貴と話していると、嬢ちゃんずが戦利品を抱えて帰って来た。
狩猟期よりも多く買い込んできたようだ。お供の近衛兵2人も獲物を抱えてる。
そんな嬢ちゃんずは王子達の隣に座って、戦利品を分配している。
俺達にも配ってくれたけど、配ったのは護衛に出た近衛兵達だった。
「そろそろ始まるぞ。先ずは一次選考だ。50D(15m)先の3D(90cm)の的に当てられた者だけが次に進む。」
ケイロスさんがぞろぞろと近衛兵に引き連れられて出て来た参加者を見て教えてくれた。
300人位集まったみたいだ。皆自分の投槍を的の手前に置かれた長槍を越えないように1人一投を行なう。
まぁ、妥当な選択だとは思うけど、10mも投げられない者や、的を大きく外している者等が沢山出て来た。いったい何人残るかがちょっと心配になってきたぞ。
それでも、40人位は残ったようだ。
ケイロスさんの話だと、1次選考を通った者には50Lの賞金が出るのだそうだ。道理で参加者が多かったはずだ。
次がいよいよ2次選考になる。
2次選考は2つの試験を1人が3本投げて、総合得点の高いものから順に5人を選ぶ。そして10位までには銀貨1枚の賞金が出るのだ。
最初の試験は、投槍の飛距離だ。70Dから10D毎に加点される。70D以下が1本でもあれば失格となる。
次の試験は、3本の投槍を60Dの距離で3Dの的を狙う。中心から1D毎に3点、2点、1点の点数が付く。失格条件は2本が的から外れた場合だ。
次々と槍が投げられる。
何人かが、ガックリと膝を付き、何人かが肩を叩き合っている。
そして、点数が張り出されて、その得点を近衛兵が大声で錬兵場に告げられると、観客席はガッカリした者や、その場で踊りだす者まで様々な反応で一際賑わう事となった。
続いて、魔道師達の選考だ。
準備が済むまで、俺のエクシビジョンを見せる事になった。
ケイロスさんのたっての願いだ。投槍を300Dというのが信じられないらしい。
イゾルデさんが持ってきた、かつてザナドウ狩りで使った投槍と投擲具を持って広場に下り立つ。投槍の的をそのままにしてもらい、広場の外れまで移動していく。
【アクセル】と【ブースト】を自分に掛けると、投槍を投擲具にセットして右手で狙いを付けた。
「行っけー!」
力一杯、投擲具を持った左手を振り抜く。
ブゥゥゥン…っと振動音を残して投槍は飛んで行き、的に突き刺さった。
ウオオォォー!!!っと、観衆が棒立ちで歓声を上げる。
ゆっくりと的に歩いて行き、的から投槍を回収する。
ロイヤルボックスの擁壁を飛び移って席に戻ると、イゾルデさんに一式を返却した。
「あの距離で当てられるのか…。投槍の常識を変えねばならん。」
「練習すればある程度は飛びますよ。でも、兵科として使用するのはお勧めしませんね。」
「何故に?」
「投槍を1本投げる間に何本の矢を受けるか検討も付きません。」
「なるほど…。ハンター向けの武器という事になるか。」
ケイロスさんは直ぐに気が付いたようだ。
「所で、さっきから気になっておるのだが…。」
チョイチョイとケイロスさんが俺を手招きする。
首をかしげながらケイロスさんの所に行く。
「あの娘の腰に付けた剣を見せて貰いたいのだが…。」
俺に小声でケイロスさんが囁いた。
ミーアちゃんのところに取って返して、ミーアちゃんにグルカを借り受ける。
グルカをケイロスさんに渡すと、鞘を抜いて不思議な形の剣をしばらく眺めていた。
そして、剣を戻すと俺に手渡しながら再び囁く。
「カラメルの剣と同じ形だな。…所で、この柄は何処で手に入れた。これは何者かの牙だ。たぶん御主達が狩った者なのだろうが、俺の知る限りこの牙は…。」
「暴君じゃよ。さすがに分かるか。」
「しかし、アテーナイ様。暴君を狩った者はワシの知る限り今だおらぬはず…。」
「昨年狩ったのじゃ。我もその場に同席しておった。我でさえ狩れるとは思わなんだ。狩ったのは、アキトとディーであったが、倒した記念にと我等が牙を持ち帰ったのじゃ。」
「レグナス…ですか。ザナドウよりも希少価値が高いですな。でも、何故嬢ちゃん達が持っているのですか?」
「あの3人もその場にいたのじゃよ。大森林地帯の遥か南の山岳地帯、真に不思議な世界じゃった。」
「ワシは、子供をザナドウ狩りに連れて行くのは反対していたのだが…。ワシの考えも及ばぬような修羅場を潜って来たのですな。」
「修羅場どころではない。アルトとサーシャが40人の部隊を率いて大蜥蜴に乗って槍を振るう300の部隊を壊滅させておる。ミーアは20人の部隊を率いて大蝙蝠の部隊をほぼ壊滅させた。2回の夜襲でな。…将来が楽しみな子供達じゃよ。」
「アテーナイ様は、我が国王の考えを知っておるのですか?」
「知っておる。為にミーアまで同行させたのじゃ。…モスレムの王宮ではまんざらでも無かったぞ。そして、今もそうじゃ。」
そう言って顎で前列を示す。
なるほど、何時の間にかサーシャちゃんとミーアちゃんの隣に男の子が移動している。アルトさんは、俺の席に退散してきたようだ。
「直ぐにでも引退と思っていたのですが、しばらく留まる事にします。これはしばらく楽しめそうだ。」
そう呟いたケイロスさんの顔は、御后様と同じ含み笑いの表情だ。
何となく、おもちゃにされそうな王子とパロン家の孫にちょっと同情していたんだけど…ひょっとして、俺に敵対してくるのはパロン家の孫になるのか!
これは、ネウサナトラムに帰ったならば早速セリウスさんと相談せねばなるまい。
1人で真剣に今後の対応を考えていると、ウオオォォー!と言う歓声で我に返った。
どうやら、魔道師の順位も確定したようだ。
「さて、いよいよだね。」
「あぁ、でもまだ投槍と投擲具の準備が出来ていないんだ。それに投げ方を教えるのに3日は掛かると思うよ。」
姉貴に俺が応えるとケイロスさんが俺の方にやってくる。
「投槍は、明日届くそうだ。表彰を終えた後で、会議室に集まる手筈だ。先に待っていてくれると助かる。」
そう言うと片手を上げる。直ぐに副官がやってきて俺達を案内してくれる事になった。
嬢ちゃんずが王子達に手を振って俺達の後を付いて来る。
残された王子達にエントラムズの御后様が何事か話していた。
・
・
「この会議室でしばらくお待ちください。」
副官はそう言うと、教室の2倍程ある会議室に俺達を案内して去って行った。意外とケイロスさんの執務室に近い所にある。
真中の大きなテーブルの周りに、30人は座れそうだ。
俺達は適当に座っていると、侍女がトレイにお茶を乗せて運んできた。
「申し訳ありませんが、此方にお座りください。此方が上座となります。」
丁寧に俺達の座る場所を教えてくれた。
お茶を飲みながらしばらく待っていると、エントラムズの御后様とケイロスさんが、選考会の上位5人の投槍使いと魔道師をともって入ってきた。
「お待たせしました。…さぁ、貴方達も此方にお座りなさい。」
全員が席に着くと、侍女が改めてお茶を入れてくれた。
「さて、ザナドウを狩るメンバーはこれで全員…と思いましたが、エントラムズの御后様、弓兵を4人お貸し下さいませんか?」
「私のことはキャサンドラ…キャンディとお呼びくださいな。ケイロス直ぐに手配を!」
ケイロスさんは副官に何事か告げると、副官が慌てて部屋を飛び出して行った。
「直ぐに連れてまいります。部隊内の競技会で新たに弓兵の隊長と成った者、丁度4人います。」
ケイロスさんが姉貴に告げた。
それ程待つことも無く、部屋の扉を軽く叩く音がして、副官と4人の女性が入ってくる。
彼女達が座るのを待って、姉貴が口を開いた。
「このメンバーで南西の山岳地帯に生息するザナドウを狩ります。…古来ザナドウはその名の通り、辿り付けない楽園と言われ、狩りに赴いた多くの勇者を倒してきました。今なら、他の者に代われます。ザナドウに挑むのは無謀の一言です。辞退しても誰も非難出来る者はおりません。」
姉貴はそこまで言うと全員の顔を一巡する。…そして辞退する者は誰もいなかった。
「先ず、これを見てください。」
そう言って、テーブルの上に地図を広げる。
「山岳地帯に一番近い村から直線で約200M(30km)の距離に2匹のザナドウを見つけました。他にもいますが群れが大きいので、狩るのは不可能と判断します。」
全員が席を立ち、地図を眺める。
それは、ザナドウを狩るという決意の現われなのだろうか。
「前回、私達が狩ったザナドウは1匹でした。そして、私達は11人で対峙したのです。…今回は2匹。そしてそれを狩るのは、モスレムからアテーナイ様、イゾルデ様、アルトさん、サーシャちゃん、ミーアちゃんそれに私とアキトとディーの8人。エントラムズからはキャンディ様、ケイロスさん、投槍の勇者5人に魔道師の5人、更に弓兵の4人の16人です。総勢24人。これで狩れなければ狩れる者はいないでしょう。そしてザナドウは伝説の通りになるわけです。」
紙を1枚取り出す。そこには小学生が描いたようなザナドウの絵が描かれていた。
「これがザナドウです。円筒のような胴体に触手のような腕と足を持っています。この大きな部分が胴で頭は胴の下にあります。口はこの胴体下の中心部ですね。移動はこの太い触手4本行い獲物を捕らえる腕は食腕といいます。少なくとも50D以上は伸びます。この腕に絡まれたら諦めてください。助ける方法は考え付きません。」
ゴクリと誰かが唾を飲み込む。
「それでは、どうやって倒すかを説明します。」
姉貴はそう言って、大きな紙を取り出した。
2つの大きな円が書かれている。そして、小箱に入ったチェスの駒を取り出した。
円の中心にキングを置く。
「これがザナドウです。ザナドウの食腕は伸縮自在ですがその届く範囲は100D(30m)以内と想定します。そしてその倍の200D(60m)は安全圏と言えるでしょう。」
「ここで、問題が1つ、ザナドウが2匹という事です。ですから、私達も2つのパーティに別れて狩る事になります。」
「第1のパーティは私が指揮します。第2パーティはアテーナイ様が指揮してください。」
「了解じゃ。」
御后様がすかさず応えた。
「ザナドウ正面に弓兵を3人配置します。第1はディーと弓兵2人。第2はアテーナイ様と弓兵2人です。」
姉貴は200Dの円にルークを3個置いた。
「次に、投槍です。第1はケイロスさんと投槍の3人、第2はイゾルデ様と投槍の2人です。」
姉貴は100Dの円にナイトを3つ置いた。
「一番ザナドウに接近します。ザナドウの食腕に十分注意してください。」
投槍を投げる全員が真剣な顔で頷いた。
「投槍の反対側にクロスボーを2人ずつ配置します。私とミーアちゃん。アルトさんとサーシャちゃんです。」
「了解じゃ。我等は母様のパーティじゃな。」
姉貴はポーンを200Dの距離に2つ置く。
「最後にキャンディ様と魔道師2人は第1に、残りの3人は第2に入ってください。場所は投槍の後方200Dの位置です。此処から投槍の石突を狙って【シュトロー】を放ってください。投槍をより深く突き刺す為です。」
そう言って姉気はビショップを200Dの円の上に置いた。
「まて!…アキト殿の場所は何処だ?」
姉貴はクイーンを取ると正面の弓兵の所に置く。
「アキトにはザナドウの目を潰して貰います。2匹共に潰したら、クロスボー側に移って投槍を2本ずつ打ち込みます。その後は…アキト頼むわよ。」
食腕を叩き斬って口に爆裂球を投げ込むんだよな。意外と危ない気がするけど、他に出来る者もいないだろう。
「判ってる。」
俺は短く応えた。