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#187 新興国との交渉

 

 星空ではあるが、荒地を遠く見通すことは俺には出来ない。ミーアちゃん達はずっと遠くまで見えるようだ。

 ミーアちゃん達の部隊は、傭兵の敗走を追って弓矢で2撃を与えた後、柵の内側へ戻ってきた。


 南北の柵の頂点付近に俺達は集まり、傭兵の敗走状況をディーとミーアちゃんから聞いている。


 「砦の右に向った傭兵達は弓矢の一斉射撃を受けてる…。砦の左に向った…。」 

 「敵第3梯団砦南側部隊、砦の柵を基点に東西に展開。砦の北側部隊、隊を2分しました。1隊は砦の西の柵に沿って展開。もう1隊は西に進んでいます。」


 姉貴が地図に2人の報告を駒で表現している。

 「これですと、傭兵は挟み撃ちになります。指揮官殿の言う通り、正規軍は傭兵…カナトール軍を殲滅するのでしょうか?」

 アイアスさんが地図を眺めながら言った。

 「どこまでやるかは、新興国の指揮官次第ですから…何とも言えませんね。問題は傭兵部隊を壊滅した後です。休戦交渉をしてくるでしょうが、その時の新興国の残存兵力と此方の兵力差があった場合は、意外と高圧的な交渉をしてくるでしょうね。」

 

 姉貴は次のステップを考えているようだ。

 敗走した傭兵の数はそれでも800以上だろう。だが、迎え撃つ新興国の正規軍は1500だ。士気の低下した敗走兵なら容易に殲滅出来るだろう。そして被害は精々200前後と想像する。

 もし、姉貴の大返しが無ければ、俺達の兵力は500程度だ。魔道師部隊の連中が懸命に【サフロ】と【サフロナ】で負傷者の手当てをしているが、死人は生き返らせることが出来ない。俺達の損害は3日で100人を超えている。

 そして、新興国の正規軍と対峙した時、その兵力差は圧倒的だ。

 俺達に残された爆裂球は100個を切っているし、魔道師達の魔法力も限りがある。


 ここは、可能な限り傭兵達に頑張って抵抗して貰って、交渉開始の時刻が遅れることを祈るしかない。


 「傭兵達がバルバロッサの砦跡に立て篭もった。」

 「敵第2梯団残存兵力400。全て砦内です。敵第3梯団兵力1350。砦を囲みました。」

 

 地図の駒を動かさずとも、傭兵部隊の最後が近づいているのは誰の目にも明らかだ。

 俺達は、ネコ族の亀兵隊を数名見張りに残して焚火で体を温める。

 従兵が直ぐに熱いお茶を配ってくれた。


 ちびちびとお茶を飲んでいると、ジュリーさんとガリクスさんがやってきた。

 ジュリーさんが来たという事は、負傷者の手当てが一段落したんだろう。ガリクスさんは、…姉貴が矢の回収を頼んでいた事を思い出した。


 「負傷者の治療を終了しました。屯田兵411人。亀兵隊87人。弓兵15人。従兵5人そして魔道師部隊8人が私達の兵力です。」

 「ネイリーには、グレイさん達ハンターが10人いますが…。今のままでいいでしょう。…亡くなった方は107人ですか…。」

 600名を越える部隊だったが、約2割を失ったのか…。


 「矢の回収を終了しました。亀兵隊は1人8本。屯田兵の弓兵とアン姫の弓兵は1人13本を分配しております。爆裂球は亀兵隊に1個ずつ配布して、残りは屯田兵の長剣部隊に配布しました。5人に1個の割りです。」

 ガリクスさんの言葉に俺達は溜息をつく。

 

 「矢合わせをせずに、敵が150D(45m)以内に近づいてから矢を射って下さい。可能ならば外側の柵に取り付いてから射るようにお願いします。」

 姉貴はそう言うけど、3重の柵の間隔は6m位しかないぞ。まぁ、1本も無駄にはできないんだけど…。


 「私達は、この柵を利用して陣を張ります。左右に屯田兵を2部隊ずつ。その後にアン姫とジュリーさん。最後尾はアルトさん達亀兵隊です。戦にはならないと思いますが、交渉決裂の可能性は無視出来ません。」

 姉貴の言葉には悲壮感は無い。たぶん陣構えはするけど、亀兵隊の援護の元に森に脱出する事も頭の中にはあるのだろう。


 「バルバロッサが燃えていまーす!」

 見張り台の上から叫ぶ声がする。

 その声に全員が東を見ると、一度火の消えた砦が再び炎上し始めた。


 砦に向って大量の火矢が流星のように夜空を駆ける。姉貴達は【フーター】でお湯を出して消していたようだが、傭兵達にはその手立ても無いようだ。


 「今帰ったぞ。…まだ持ちこたえていたか。」

 後からよく知っている声が聞えた。

 振り返るとそこにはカンザスさんが…何で御后様といるんだ!!

 

 「婿殿、しばらくじゃの。サーシャも元気でおったか。何よりじゃ…」

 サーシャちゃんの隣に座ると、サーシャちゃんの頭をぽんぽんと軽く撫でる。

 「御后様。ネウサナトラムは御后様無しで大丈夫なんですか?」

 俺の言葉に顔をこちらに向けてニコリと笑う。


 「今年は例年以上の雪じゃとキャサリンが言うておった。あれでは軍も獣も動かせぬ。それでちょっとな、様子を見に来たのじゃ。」

 「ミズキの指示通り先遣部隊500人は森の外れに待機している。明日の朝までには更に500人が到着する。夜には総勢2500人になるはずだ。」


 「有難うございます。丁度いいタイミングでした。これで、交渉が上手く運ぶでしょう。」

 姉貴の言葉に御后様は訝しげな顔を向けた。

 「交渉…とな。戦ではないのか?」

 「交渉です。どうやら新興国は此方と一戦する気は無いように思えます。新興国の当初の軍勢は8100でした。現在は…。」

 「敵第2梯団残存兵力、280。敵第3梯団1320。です。」

 ディーが素早く兵力を告げる。


 「残り、1600…。我らの半分なら十分対処可能じゃぞ。」

 「でも、戦は忌むべきものです。無理に戦う事も無いでしょう。」

 「それが判る者が少ない事も事実じゃがのう…。やはり、ミズキに任せて正解じゃった。しかし、何故そのような結論に達したのじゃ?」

 「実は、…。」

 

 姉貴が敵第2梯団の動きと第3梯団の動きについて御后様に説明を始めた。

 2つの梯団に連携が無いこと。傭兵として装備と作戦が不自然である事等だ。

 

 「そして、今は敵の第3梯団が傭兵部隊の立て籠もる砦を攻撃しています。私は、敵の傭兵部隊がカナトールの正規軍ではないかと思っています。新興国は建国費用を融資して貰ったのかも知れません。カナトール軍の数は2100でした。それに対して新興国の軍の数は1500。カナトール軍が直ぐに帰るとは思えません。何らかの形で新興国に関与…あわよくばカナトールの傀儡とする事も兵の数では可能です。それを私達との戦を利用して対処したと、私は考えています。」


 「たぶん、ミズキの考えている通りじゃと思う。カナトールの覇道はここで潰えたのかも知れぬな。…ミズキの言う通り、交渉という事になるならば、ミズキの好きにせよ。全権を渡したからには、最後まで面倒を見て欲しいものじゃ。そしてその結末を我に見せて欲しい。」


 御后様はお茶を飲みながら小さく呟くような声で姉貴に言った。

 

 「母様。我等の矢と爆裂球は持って来て頂けたか?」

 「600個の爆裂球とアルト達亀兵隊が使う矢を1200本、アン達の使う矢を3000本用意して来たぞ。森の中の荷車じゃ。亀兵隊を取りに行かせたが良いじゃろう。」

 

 それを聞くと嬢ちゃんずはサササーっといなくなった。早速取りに出かけたんだろうけど、姉貴はもう戦いは無いと言っていたのを聞いていなかったのだろうか。それとも、万が一を想定して準備しているとか…。


 「敵第2梯団、生存者ありません。敵第3梯団兵力1295です。」

 「全滅か…。なるほどのう、そして交渉…ミズキよ。敵も手強いぞ。」

 「判っています。でも、欲張りませんよ。」

 「かまわぬ。元々放っておいた土地じゃ。マケトマムに脅威が及ばねばそれで良い。」

 

 姉貴と御后様の会話を聞いていると、何時の間にか夜が明けようとしていた。

             ・

             ・


 早めの朝食を食べて、敵の出方を見る。

 そして、昼近くになった時、見張り台から大声が上がった。

 「砦から3人が此方に向って来まーす!」


 いよいよか。早速要害の隙間から双眼鏡で覗いてみる。若い兵士が3人歩いてくる。


 「姉さん。結構若い兵隊だよ。此方は誰を向わせるの?」

 「そうだね…。事前の相談だから、アイアスさんとガリクスさんに行って貰おうかな。」

 

 早速、アイアスさんが呼ばれて、事前交渉に行って貰うことになった。

 「交渉の時間と人数を決めてくれば良いんだから気楽にね。」

 姉貴は気楽に言ってるけど、アイアスさんはカチンコチンに緊張してるぞ。


 「相手も若い仕官だ。アイアスさんと同じ立場だろうから、心配いらないよ。時間と人数は向うも気にしてるだろうしね。人数は出来れば5人位で妥協してくれると良いんだけどね。」

 

 「5人ですか…判りました。時間は出来れば午後のお茶時で宜しいでしょうか?」

 「それで十分だ。…それと此方の人数は絶対に口外しないこと。これだけは守って欲しい。」

 

 アイアスさんは俺に向ってしっかりと頷くとガリクスさんを連れて砦の方に歩きだして行った。

 双眼鏡で様子を見る。

 両者見合って、言葉も無いようだ。少しにらめっこをしていたが、やがて両者とも沈黙したままでは交渉に支障が出ると思ったのか、一方的に話し始めたようだ。

 別にそこで全ての交渉を終えようと言う訳では無いのだが、両者共に真面目すぎる人材を選んでしまったような気がするぞ。

 それでも、妥協点に達したのか今度は互いに手を握っている。

 両者が分かれてそれぞれの陣営に戻っていく。

 さて、事前交渉はどうなったのか。俺達は焚火の周りに座ってアイアスさんの帰りを待つ事にした。


 俺達が焚火の周りで一服していると、アイアスさんが走りこんできた。

 「交渉は成功です。午後の茶の時間に、砦とこの陣の間で、互いの指揮官が4人の立会人を連れて交渉を行ないます。」

 「ご苦労さまでした。…さて、では交渉に参加する者の人選ですが…。アキト、ディー、それに御后様、最後にアルトさんでいいですか?」

 俺達は頷く。ディーを覗いて全員銀レベルだが、ディーは別格だ。


 そして、約束の時が来た。

 俺達は姉貴を先頭に歩き出す。

 そして、砦からも数人が此方に向って歩き出したのが見える。

 互いに相手を覗いながらゆっくりと歩み寄る。

 

 互いの距離が3m程になった時、姉貴はいきなり地べたに座りこんだ。

 姉貴の後に俺とアルトさんが座り、その後に御后様が座る。ディーは後で立っていた。


 相手の指揮官は、顔を白い布で隠している。それでも姉貴の行動に少しは驚いているようだ。

 ちょっと躊躇していたが、姉貴と2m程の距離を置いてやはり座りこんだ。

 

 「交渉事ですから、ゆっくり座って話しましょう。」

 「此方の行動を予想していたようじゃな?」


 姉貴に応えた声は女性の声だ。

 確か、双子の兄弟だと聞いていたのだが…ひょっとして新興国の王ではなく、派遣部隊の指揮官なのかな。


 「カナトール正規軍の動きと連携が取れていないので、もしや…とは思っていたわ。」

 「私の王国建設に資金と軍を貸してくれたが、国の要職を独占しかねぬ勢いじゃ。しかし、兵力の差でこのような事になった次第。」

 「その辺の事は、私達が立ち入る問題ではありません。この交渉には2つの目的がありますね。」

 

 「…確かに2つ。我が王国の認知と国境じゃ。」

 「認知はしたいのですが、国名が判りません。」

 

 「我が王国の名は、テーバイ王国と名付けた。我が初代女王のラミア・タルト・テーバイじゃ。…御主の名は?」

 「モスレムのハンターでミズキと言います。モスレム王妃の全権を受けて此処で戦いました。」

 「中々の戦上手。8000を良くぞ600で防げたものじゃ。じゃが…我が軍はまだ1500の兵がおるぞ。ここで一蹴して、モスレム王族と直接話を付けたいものじゃ。」

 

 「それも、よい考えだと思います。我々も無理に新興国の認知をせずに済みます。でも、1290の兵力で我が軍3100に勝てますか?」

 

 相手に一瞬動揺が走る。

 「まだ間に合う筈がない…。」

 ラミア女王はそう呟く。

 姉貴が腕を上げて指を鳴らすと、ディーが爆裂球を高く空に投げる。

 上空で炸裂すると黄色い煙を大きく広げた。ウオォー!っという雄叫びを上げて森の中から大軍が姿を現す。


 女王の随行が女王に耳打ちをする。

 「なるほど、嘘は言っておらぬか…。それだけの軍を率いて、尚我と交渉をするという事は、我が王国を認知して且つ国境を決める事を優先するということか。」


 「兵は凶事です。戯れで動かすものではありません。貴方の国を認知し、国境を決めれば互いの諍いは取り合えず解消できます。無駄に兵を殺す事も無いでしょう。」

 「認知はして貰えそうじゃな。国境はどうするのじゃ?」

 「砦の東方50M(7.5km)を基点として南北方向に直線を引きそれを国境とします。」

 「了解した。書状が必要か?」

 「可能であれば…。」


 そこで、一旦交渉はお開きになる。

 次の朝に再度この場で合う事を取り決め俺達は陣に戻って行った。

 


 

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