#182 ミーアちゃんの夜襲 2nd
星空の下にバルバロッサ砦が、光球に照らし出されて浮かび上がる。
砦の柵の外側には1個の生き物のように獣の群れが蠢いている。それに向って、【メルト】が放たれるのだろう、炸裂する閃光が疎らに輝く。
そして、思い出したように一際明るく広範囲に輝くのは【メルダム】の紅蓮の炎が獣の群れを襲っているに違いない。
何時の間にか、俺の横にミーアちゃんが座っていた。
小さな焚火を前にして2人で座った事等、今までにあっただろうか…。
「今夜はどこを狙うの…。」
「アルトさん達の率いていた亀兵隊が8人やられた…。その仕返しをしたい。相手はドラゴンライダー達だ。大型のトカゲに乗ってガルパス並みに動けるらしい。車掛かりで挑んだらしいが、距離200Dでも兵を失ったそうだ。」
8人という数に一瞬ビクって身を震わせた。
「分かった。それで、作戦は?」
「相手は、アルトさん達が数を半減させている。このままでもアルトさん達が全滅させることは出来るだろうけど、時間が掛かるしそれに犠牲者を増やしたくない。夜襲の目的は敵の削減だ。無理はしない。そして、作戦だけど…。」
相手は大型のトカゲだ。そして騎乗する者達も革鎧に追加の装甲を纏っている。昨夜の相手とは全く違うのだ。さらに、ガルパス並みに動けることも問題だ。
一気に突入等したら簡単に飲み込まれてしまう。ここは可能な限り近づいて、爆裂球を投擲したら、さっさと逃げるのが肝心だ。
「夜だから、大トカゲと兵隊は別にいるはずだ。俺達が狙うのは大トカゲだ。トカゲと人間が一緒でないなら、それ程の脅威ではないと思う。横一列でゆっくりと近づき、爆裂球を放って一気に逃げる。再度集合したところで、爆裂球の付いた矢で機動攻撃を行なう。…昨夜と同じように指揮はミーアちゃんに任せる。俺は殿だ。敵の野営地は、砦の南東10M(1.5km)の所だ。そして数は163体らしい。」
「直ぐに、準備する。ゆっくり近づくにゃら、爆裂球を2個結んで紐を付ければ効果は大きい。最初の攻撃はそれで行く。」
ミーアちゃんの提案に俺は頷いた。早速ミーアちゃんは後にいる4人の分隊長に指示を出す。
「後少し待って。直ぐに準備が整う。」
そう言うと、ミーアちゃん達は亀兵隊の所に向った。
ジッと俺達の話を聞いていたフェルミと目が合う。
「私も、参加したいところですが、亀に乗れないとダメですね…。」
「そういう事だ。フェルミ達には、彼女達が安心して戻れる場所を確保してくれればいい。それがあればこそ亀兵隊は機動戦を有利に展開出来るんだ。」
俺はゆっくりと立ち上がった。ショットガンにスラッグ弾を装填して肩に掛ける。
「行って来る。帰りは後からだ。間違っても爆裂球だけは投げるなよ。」
フェルミが立ち上がって、俺に礼をする。俺には礼の仕方なんて分からないから片手を軽く上げてそれに応えた。
亀兵隊の所に歩いて行くと2列に並んで俺が来るのを待っていたようだ。急いで最後尾の少年の駆るガルパスに跨った。
「これを使ってください。私は2個投げるのは無理ですから、投石具を使います。」
そう言って、2個の爆裂球を紐で結んである奴を渡してくれた。鞍に軽く縛りつけて片手を上げる。それが合図になってミーアちゃんの夜襲部隊は一気に闇の中を走り始める。
砦の南東1.5kmが目標地点だ。亀兵隊は南に走る。
そして、しばらくしてから今度は東に進路を取った。バルバロッサの上空には光球が数個浮んでいる。丁度いい灯台代わりにしているようだ。
砦が真横に見えた所で、ガルパスの走る速度が落とされる。そして、行軍が停止した。
ガルパスを下りて、ミーアちゃんのところに走っていく。
「いたのか?」
「いいえ、斥候を放ちました。お兄ちゃんの教えてくれた位置はこの先、およそ3M(450m)です。」
待つのは退屈だ。バルバロッサの東や南側には盛んに【メルト】が炸裂しているようだ。閃光が頻発して見える。砦の西からでは良く分からなかったが、獣の群れは東に厚く展開しているようだ。
そうこうしている内に、2人の斥候が帰ってきた。
「この先、3M付近に円陣を組んでいます。中心の焚火を囲んで人間が休んでおり、外周部に大トカゲが繋がれています。杭に鎖で繋がれてますから、あれでは俺達を追いかけられません。」
動きを制限されてるのか…。確かに大トカゲは肉食だから制御が難しいのかもしれない。それに、外周に大トカゲが配置しておけば、獣の群れの中でも安心して眠れるだろう。しかし、今回はそれが仇になる。
「夜襲の方法を変更する。分隊長を集めてくれ。」
ミーアちゃんが片手を上げると直ぐに4人が集まってきた。
「敵は円陣を作ってあまり動けない。当初は反復攻撃を行なう手筈だったが、敵の円陣にそって相手の陣を回りながら攻撃を行なう。最初の攻撃は出かける前に作った爆裂球でいい。次の攻撃は、爆裂球を投げるものと、爆裂球付きの矢を射る者に分ける。大トカゲに近寄らせないように爆裂球で人間を牽制しろ。その隙に大トカゲを矢で始末するんだ。」
ミーアちゃんは頷くと、4人を見る。
「1、3、5は矢を使い。2、4が爆裂球。」
ミーアちゃんの言葉に4人が頷く。
「いいか。敵陣を2周する。2周したら西に一旦下がる。」
俺の言葉に全員が頷いた。直ぐに後に戻ると準備を整える。と言っても、鞍から爆裂球の紐を解くだけだ。
亀兵隊達は、矢の分配を始めたようだ。爆裂球担当の者が爆裂球付きの矢を矢の担当に渡している。
それが一段落したことを見て、俺は片手を上げる。
そろそろとガルパスが敵陣に向って動き出した。
俺の目にも敵陣の焚火が見えてきた。そして2M(300m)を切った時、ガルパスの速度が一気に上がる。
ミーアちゃんは敵の左側を目指している。時計回りに狩るつもりだ。爆裂球の紐を握りくるくると頭の上で廻し始める。
大トカゲから20m程の所をガルパスは爆走していく。そして次々と爆裂球が敵陣に投げ込まれていく。
ドォン、ドォン…っと爆裂球の炸裂が連続する。俺は素早く、焚火に向って爆裂球を投げつけると、少年の駆るガルパスの動きに合わせて、大トカゲにスラッグ弾を撃ち込んで行った。全弾撃ちつくすと素早くポケットの弾を装填する。そして再度、大トカゲを狙い撃つ。
2周目は、疎らに爆裂球が投げ込まれる。それでも、大トカゲに人を寄せ付けない効果は十分だ。結構な数の人間が倒れているのも見て取れる。
矢に付いた爆裂球は小型ではあるが、胴体に刺さった所で炸裂するから大きく傷口をえぐる事が出来る。ギャオーン…っと叫び声を上げる大トカゲの数が段々と増えてきた。
その声を後に聞きながら、俺達は西に爆走する。
ガルパスの速度が急速に落ちて停止する。
部隊の状況確認が素早く行なわれると、ミーアちゃんが俺の所に駆けて来た。
「全員無事です。負傷者もありません。反復攻撃を行ないますか?」
「もちろん!…但し、もう少し後だ。今頃は後片付けの最中だろうから、次の準備をしたら少し休憩する。次の攻撃も大トカゲを狙って欲しい。爆裂矢で先程と同じ様に攻撃する。斥候を放って、戻ってくるまでは休憩だ。見張りも立てたほうが良いだろう。」
ミーアちゃんが自分の位置に戻りながら分隊長に指示していく。
ガルパスの影に入って、一服を始めた。さて、2撃目は上手く行くだろうか…。
少なくとも夜間に陣地を変える事は出来ないだろう。それに撤退することも出来ない。バルバロッサを攻撃している獣が自分達に襲い掛かる可能性があるからだ。負傷者が多いだろうし、血の匂いをさせながらの撤退は獣に襲ってくれというようなものだ。
陣を再編しながら、警戒を高めるのが精々だと思う。
しばらくして戻ってきた斥候の報告は、焚火を大きくして輪形陣を取っているとの事だった。全員が大トカゲに乗り、西を睨んでいるらしい。
位置は変っていないようだが臨戦態勢は少し問題だぞ…。
「陽動と奇襲を一緒にやるしかないか…」
俺の呟きに5人が注目する。
「2分隊を率いて、敵に突入する。そして敵前で反転して逃げ帰る。後を追って来る敵に、ミーアちゃん達が横を突いてくれ。」
俺は、ミーアちゃんから2分隊を預かると、分隊長に指示する。
「敵前200D(60m)まで近づいたら、爆裂球を投げろ。少しでも遠くに飛ぶように紐を付けておけ。そして直ぐに反転して逃げる。後は追いつかれないように爆裂球を落とす。…落とすのは2個までにしておけ。いいな!」
2人が頷くのを見て、最後尾の少年の駆るガルパスに急いで跨った。
ミーアちゃんが率いる10人が先行して東南方向に駆けて行く。
全員が闇に消えるのを見て、俺達の陽動部隊も横一列でゆっくりと敵陣に歩みよる。
しばらく進むと、赤々と松明が数箇所に焚かれている。双眼鏡で覗くと、なるほど全ての大トカゲに兵隊が乗り込み、外側を監視している。
だが、焚火は真中だけで、大トカゲは焚火からだいぶ離れている。そして夜の暗闇を人が監視してもたかが知れている。闇はミーアちゃん達ネコ族の領分なのだ。
姿勢を低くして更に近づく…。そして、300D(90m)程に近づいた時、爆裂球を振り回しながら横一列で一斉に敵陣を目指す。
200Dで爆裂球を投擲すると、爆裂球の炸裂音を聞きながら一目散に逃げながら隊列を整える。
後からはウオォーっと叫びを上げながらドラゴンライダーが迫ってきた。
ショットガンで狙い撃つと何匹かの脱落者を出したようだ。
そこに、南からミーアちゃん達が急進して来ると、ドラゴンライダーに矢を放つ。
更に数体の大トカゲを葬ったようだ。
ミーアちゃんの部隊と合流すると、今夜の夜襲を終えて急ぎ俺達のアジトに引き上げる。
俺が小さな焚火に帰ってくると、アルトさんが待っていた。俺達の夜襲の成果が気になったのだろう。
「首尾はどうじゃ?」
俺が丸太に腰を掛けると同時に聞いてきた。
「上手く行った。夜襲はミーアちゃんの部隊に適わないさ。今回は負傷者も無しだ。」
「それで、どれ程仕留めたのじゃ?」
「夜だから、分からない。…でも、かなり減ったと思うよ。明日、アルトさん達が相対する時はたぶん同数位になってると思う。」
「なら、明日には殲滅出来るじゃろう。…ご苦労じゃった。」
そう言ってサーシャちゃん達の待つ休息所に引き上げていった。
焚火の傍のポットからお茶をカップに入れて飲んでいると、ミーアちゃんがやってきた。
「屯田兵の見張りを代わってくれないかな。後、俺も少し横になる。ミーアちゃん達が森に帰る時に起こしてくれ…。」
そう言って、俺は焚火の傍で横になった。目を閉じると直ぐに睡魔が襲ってくる。
夜、ゆっくりと寝られることがとても贅沢に感じられる。
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耳元のざわめきで目が覚める。
ゆっくり体を起こすと、あちこちからだが痛い。とりあえず立ち上がって大きく背伸びをする。
「申し訳ありません。先程アルト様達が出発いたしましたので、その準備に兵達がここを何度も横切りましたから…。」
早速出掛けたみたいだ。今度は兵を失う事も無いだろう。
フェルミが渡してくれた熱いお茶を飲みながらバルバロッサ砦を見る。
相変わらず、【メルト】が炸裂しているようだが、砦の中はどんな様子なんだろう。姉貴達が少し気になってきた。
今日改めて砦に押し寄せている獣の群れを見ると、明らかに昨日と様相が異なる。砦の後に廻ってくる獣の数が疎らなのだ。南北の屯田兵を前進させれば、砦の西の柵は一時的だろうが出入り出来そうだ。