#162 盗賊退治の依頼書
何故かしら昼にラッピナ狩りがリザル族のツボにはまったらしく、しきりに皆が感心している。
「それ程までの熟練ハンターを仲間にしておられるとは、流石剣姫様でいらっしゃる。」
「後で戦士達に教えよう。しかし、それは後の話じゃ。我等を雇わぬか?」
アルトさんは長老に再度繰り返した。
「そのお言葉ありがたい限りではございますが、我等は宝を持ちません。とても剣姫を雇える金貨を準備する事は出来ませぬ。」
「あるではないか。リザル族の伝承…それをアキトに教えて欲しい。それが報酬じゃ。」
「アキトはその金属片の文字を梵字と言っていたぞ。確か昔もそのような言葉を長老は言っておったな。長老の知らないことを彼は知っておるやも知れぬ。またその逆も然りじゃ。対価としてリザル族の伝承で我等はその役をこなそうぞ。」
「我等種族は年々数を減らしておりまする。かつては5000を越える人々で溢れておったものを今は1000を切る始末。後200年も種族の寿命はありますまい。姫様への謝礼は我等が生きた証を残す事にもなりましょう。…分かりました。依頼書を書きまする。しばしお待ちください。」
長老は粗末な紙に焚火の炭でなにやら文章を書きはじめた。
「これで、いかがでしょうか?」
アルトさんはその依頼用紙を受取ると、ニカっと顔をほころばす。
「これを、カイナルのギルドに届けようぞ。…なぁに、褒賞金の無い依頼じゃ。誰も受取る者なぞありはせぬ。期限は5日じゃな。」
「5日であれば、集落から戦士を出さずにいられるでしょう。昨夜の襲撃でかなり痛手を負った様子。数日は攻勢に出られますまい。5日間は、ですぞ。」
長老が念を押す。
と言う事は、5日後に再攻勢があるということだ。
「承知した。アキト、帰るぞ!」
俺達が立ち上がると戦士達が先に住居を出て俺達の先導をする。
「森を南に出てください。戦士達が先導いたします。」
そう言って、住居から出てきた長老が頭を下げる。
そんな長老にアルトさんは後を見ずに手を振った。
村の南側の森には小道が作られていた。戦士に続いてその道をひたすら歩いていくと、大きな岩を境に小道がなくなった。
「我々はここまでになる。この先を南に進めば森を抜ける。その先は荒地だが、森に沿って東に向えばお前達の村があるはずだ。夕刻前には到着出来るだろう。」
リザル族の戦士に礼を言って、森を歩き始める。
「南、300mに3個体が西に進んでいます。」
歩いていると、先頭のディーが突然振り返えり俺に告げた。
「一旦停止。戦闘は控える。」
狩らずに済めば狩らずとも良い。獣といえども生態系の一部なのだ。
俺達は茂みに隠れる。そして獣の種類を確認するため、双眼鏡を取り出して覗いてみた。
相手を見た俺は、急いでアルトさんに双眼鏡を渡す。
「正規軍の兵隊じゃ。偵察と言ったところじゃろう。あの兜はカナトール特有の物じゃ。モスレムは兜を使わぬし、あの兜と青銅の胸当てがカナトール正規軍の軍装じゃ。」
アルトさんがそう言うと双眼鏡を返してくれた。
もう一度良く見てみる。確かに兜みたいなのは被ってるし、鎧もモスレムよりは進んでるけど…俺にはどう見ても足軽装束にしか見えないぞ。三角の陣笠に胴丸着けて短い槍と片手剣を腰に差してる姿は正しく足軽だ。
足軽達は、俺達には気が付かないようだ。どちらかと言うと森を見ずに荒地をしきりに気にしている。
「リザル族を従えているという自負があのような行動を取らせるのじゃろう。我等にとっては好都合じゃ。」
足軽達が西に去ってしばらく経ってから、俺達も動きだす。
アルトさんはディーに抱っこされて、俺は【アクセル】がまだ有効だ。一気に荒地を東に走る。そして沢に辿りつくと南に歩きはじめる。
カイナル村の西の砦が見えてくると、アルトさんはディーから降りて歩き始める。サーシャちゃん達に見られるのが嫌なのかもしれない。
砦の櫓で見張っているハンターに手を振ると、門の扉を俺達が通れるだけの幅で開けてくれた。
焚火の傍にレックスさんを見つけた。リザル族の相談をしたいとギルドへの同行をお願いする。
4人でギルドの扉を開くと、ガルディさん達がテーブルにいる。早速、カルマさんが姉貴達を呼びにギルドを出て行った。
「良く無事に帰ってきたな。分かった事があれば俺達にも聞かせてくれ。」
「もちろんです。姉貴達の到着を待ってください。」
ガルディさんにそう言って、テーブルを引き寄せ椅子を用意しておく。そんな事をしていると、姉貴達がギルドの扉を乱暴に開けながら俺達の所に駆け込んできた。
皆急いで席に着いて俺の話を待っている。
「リザル族の集落を見つけて、長老に会うことが出来ました。どうやら、リザル族は被害者みたいです。居住していた集落を襲われ子供を人質に取られたと言っていました。」
「それなら、リザル族が混じっていたのも頷ける。奴等は共同体で暮らす。子供を人質にされたなら戦士が動くのは仕方のない話だ。」
レックスさんが頷く。
「リザル族の集落を襲った者はカナトール王国です。かえる途中でカナトール正規軍を3人見ました。アルトさんはその特徴からカナトール軍だと言っています。」
全員がアルトさんを見た。
「間違いない。あれはカナトールの軍装じゃ。」
アルトさんが短く応えて、サーシャちゃん達が運んできたカップのお茶を飲んだ。
「しかし、カナトールとモスレムの国境は尾根を1つ越えた所にある枯れた沢のはず…。この村まで少なくとも100M以上は離れているぞ。」
「リザル族はどちらの王国にも属していない。集落は国境の沢を中心に広がっておった。リザルをカナトールから追うのならまだ話は簡単じゃ。モスレムの住民とすればよい。じゃが、カナトールはリザルをこの村を襲う戦力としているようじゃ。となれば、これは国境をこの川としたいと考えておるようじゃの。」
ガルディさんの話にアルトさんが意見を言った。
「今時に切取りですか。周辺国が黙っておりますまい。」
「いや、この場合は上手く行く可能性が高い。カイナル村が西の荒地の開墾を獣の被害であきらめた。村も獣達に蹂躙された。…となれば、この辺り一帯の開拓は不可能とモスレムの王宮は判断するじゃろう。その後に、この地を譲れとカナトールが言い出せば安い値段で,モスレムはこの地を放棄すると考えられる。」
「いったい何が狙いなのでしょうな。カナトールの西には広大な荒地があります。この狭い場所でそのような大それた事をする理由が判りません。」
「たぶん、鉱山じゃろうと思う。狭い範囲を欲しがるなぞ外に考えられん。」
ガルディさんの問いにアルトさんが答える。
「それで、これからどうするのだ?」
「これを見よ。」
レックスさんにアルトさんはバッグから紙を取り出した。あれは長老の依頼書だよな。
「リザル族からの依頼書じゃ。…読むぞ。モスレムに巣食う盗賊団にリザル族の子供が拉致された。子供達の救出を依頼する。報酬はリザル族の伝承。」
「それだと、カナトール軍の話が何処にもありませんが…。」
「これでいいのじゃ。あえて波風を立てる必要も無いじゃろう。モスレムに進駐したカナトール軍を盗賊として討伐すれば、カナトール王国はモスレムに抗議できまい。何故、軍を討伐したと言い張るのであれば戦になる。そうなればカナトールの周辺諸国が黙っていまい。」
ガルディさんにアルトさんが説明した。
なるほど、王国内に進駐したとなれば前面戦争になる。モスレムはモスレム内のカナトール軍に似せた盗賊を退治したと堂々と周辺諸国に発表すればいい。それが自国の軍だと言えないのがカナトールの辛いところではあるが…どうやって討伐するんだ?
「…と言う事で、後はミズキに任せたのじゃ。」
アルトさんに丸投げされた姉貴は少し考えている。
皆がじれったくなる程黙って依頼書を睨んでいた。
そして…。
「この依頼書の5日間が気になるなぁ。何か言ってなかった?」
「念を押された。5日間は戦士を押さえられると言っていた。」
姉貴の問いに俺が答えた。
「それなら、襲撃は5日間は無いってことね。その間に救出しましょ。」
「何故そう言い切れる?」
「秘密を漏らしてくれたって事かな。…アルトさんとリザル族の関係は分からないけど、信頼してるってこと。だから戦士を抑えられる時間と言う事を強調して伝えたんだと思うな。」
「今日で1日だ。残り4日で救出は可能なのか?」
「相手の規模にも拠るけど…後4日もあります。早速ですがアルトさん。その依頼用紙をギルドに渡して公式な依頼としてください。そして直ぐに依頼をヨイマチのチーム名で受取ってきてください。」
直ぐにアルトさんは席を立ちギルドのカウンターに飛んで行った。
「だが、俺達は万が一に備えて村を出ることは出来んぞ!」
「承知してます。私達で救出します。ミーアちゃん。サーシャちゃんと雑貨屋に行って、爆裂球をありったけ買ってきて。それに食料をお願い!」
今度はミーアちゃん達が席を立ってギルドを飛び出して行った。
「受けてきたぞ。正式な依頼じゃ。これで大手を振ってカナトールの野望を阻止できる。ついでに母様に知らせておいた。後は母様が裏工作をしてくれるじゃろう。」
嬉しそうに俺達に告げるアルトさんを見てると、権力って使うためにあるというのが良く理解できる。
でもどうやってリザル族の子供達を救出すると言うのだろうか。
俺にはいい案が浮ばないけど、姉貴には何か秘策があるのだろうか…。
そんな事を考えていると、ミーアちゃん達が帰ってきた。
「爆裂球は1人3個って言われた。とりあえず6個を購入して、宿屋で黒パンサンドを2食分手に入れた。雑貨屋さんで旅の食料を手に入れたから大丈夫。」
「そうなんだ。ありがとね。出かける時にもう一度雑貨屋に寄りましょう。私達も購入できるからね。」
そう言って姉貴がミーアちゃん達を労っている。
「爆裂球なら、俺達のを分けてやろう。昔、リザルの戦士に傷の手当てをして貰った事がある。その礼だ。」
レックスさんが俺に爆裂球を5個分けてくれた。
それなら、俺も…とガルディさん達も3個ずつ分けてくれた。都合14個。ありがたく頂きバッグに仕舞い込む。
「では、私達は出かけます。上手く行けば西の砦に獣が襲来する事は無いでしょう。5日後に私達が帰らない時はギルド経由で顛末を王都に報告してください。」
姉貴が席を立つ。俺達も後に続いた。
ギルドを出ると、直ぐに雑貨屋に寄る。そして俺達の分として都合12個の爆裂球を手に入れた。
全部で32個になる。それを俺のバッグに入れているんだけど、転んでも大丈夫か少し心配になってきた。
夕暮れを迎えた村を後にして、俺達は荒地を西に向かって進んだ。
先頭は索敵を兼ねたディーが進み、その後を姉貴、嬢ちゃんずそして殿の俺が続く。
ディーが見つけた岩場の茂みを野宿の場所にする。
周囲の茂みから薪を取ると小さな焚火を作ってお茶を沸かし始める。
俺達が食事取っている時もディーが周囲を監視していてくれるから安心だ。周囲500m以内に動体反応は無いと言っていたし、800m付近で2個体が徘徊しているらしいが俺達に近寄らなければ問題ない。
その夜は、焚火を小さくして茂みの中で俺達は眠る事にした。
次の日、朝食前に改めてディーの状況報告を聞いてみると、やはり獣の群れはいないようだ。一番近いのは南、30m。との事だったので慌てて確認すると、山ネズミが1匹うろついていた。それでも、一度会った人物であれば微妙な体の揺れを高速演算処理する事である程度特定する事が出来るようだ。
朝食を終えると、西北に向かって歩き出す。カナトール軍が近いとなれば、なるべく森の方向に移動していた方が、隠れるには都合がいいからだ。
森に200m程に近づいた時、ディーの警報が鳴った。
「南西900mに5個体。東方に移動しています。」
その声に、急いで森に逃げ込んで茂みの中から、近づいて来る者達を監視する。
10分程でそれが俺達と同じ人だと判った。姉貴が双眼鏡で監視している。
「なにあれ!」
小さな声を上げた。と言う事は、足軽兵を見たようだ。
「まるで、戦国時代の足軽だね。思わず感心しちゃった。」
「似てるよね。でもアルトさんはあれが正規軍の軍装だって言ってたよ。」
「じゃぁ、あっちに集結地というか、本拠地があるわけだ。」
足軽兵が俺達に気付く事無く、遠くの荒地を東に歩いていった。俺達も森の端を西に進んで行く。
森の中で昼食を取り、水筒の水で喉を潤す。
そして、1時間程歩いた時にディーが歩みを止めた。
「南方600mに300個体以上。390個体を確認しました。南西900mに450個体。」
「南方の390個体の確認が遅れたことは何か原因があるの?」
「40個体が一箇所に集中していた為、分離に時間が必要でした。」
俺の問いにディーが答えた。
「南が怪しいわね。アキト確認出来る?」
「あぁ、ちょっと出かけてくる。」
自分に【アクセル】を掛けると、低い姿勢で森を出て南に走る。
200m程行った所で、荒地に寝そべり双眼鏡で南を見ると、カイナル村の小型版とも見える砦が荒地に立っている。
砦の櫓には人影が見えた。その姿は足軽兵だ。あれが本拠地らしい。
砦の周囲は荒地で身を隠す茂みも砦の周囲には無かった。
次は、南西方向だ。ゆっくりと体を起こすと、低い姿勢で素早く南西方向に走りはじめた。そこには低い柵にたくさんの獣が押し込められている。どうやら、村を襲撃する獣の一時的な檻のようだ。
俺は急いで姉貴達の所に戻る事にした。