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#151 投石具と投石器 

 

 俺達が戻って来た時には、ネウサナトラムの忙しい時期が過ぎていた。

 村の南に広がる段々畑は、春の耕作が終わり、色々な種が撒かれている。

 ギルドの掲示板の依頼書も採取依頼から畑の害獣を狩る依頼が多くなってきたが、大型の獣を狩る依頼は無い。畑を荒らす小型の草食獣がまだそれ程増えていないからなのだろう。

 

 姉貴はディーと共にネウサナトラムの地図を作っているらしい。朝から2人で出かけて行った。

 嬢ちゃんずも、ラッピナ狩りに行ったみたいだけど、確かキャサリンさん達もラッピナを狩ることが出来るようになっているから、あまり狩場を荒らさないと良いんだけどね。


 俺は、のんびりとギルドのホールで、ギルド長のセリウスさんを相手にチェスをしている。

 マケトマムの話をするうちに、何時の間にかチェスを始めたんだけど…、お茶を飲みながらタバコを嗜み、チェスの駒の重さを感じながら、世間話をするのも何となく心が休まる。


 「…そうか。するとダリオンはしばらくはマケトマムにいることになるな。アン姫は早々に王都に戻るだろう。」

 「でも、ダリオンさんは近衛兵の隊長ですよね。獣騒動で近衛兵が出張るのは、それだけ王宮が事件を重要視したんだと思いますが、危機が去った今の状況でダリオンさんをマケトマムに留める理由が分りません。」

 「ダリオンは王宮よりは現場が好きな男だ。トリスタン様の配慮だと思う。王宮にはイゾルデ様もおられるから問題は無いだろう。たぶん砦には有力貴族出身の仕官が派遣されるだろうから、それまではダリオンも羽を伸ばせるというものだ。」

 

 「ところで、分らない事が1つあるんですが…。」

 「何だ?」セリウスさんはチェス盤から目を離して俺を見た。

 「アン姫が結婚式は神殿で、短剣の戒めを解くと言っていたのですけど…それ以外にも戒めを解ける場合があると御后様が言っていました。それって、どんな時ですか?」

 お茶のお代りを持ってきてくれたシャロンさんが、途端に赤い顔をしてトレイで顔を隠してる。

 セリウスさんが俺をジッと見てたが、片手でおいでおいでをした。セリウスさんの方に身を乗り出す。セリウスさんは俺の耳元で小さな声でささやいた。

 「初夜の直前だ。」

 慌てて席に座りなおしたが、自分でも顔が赤くなっているのが分る。

 これは、姉貴には内緒にしておいた方が良さそうだ。


 ゴホン、ゴホン、と咳払いで誤魔化して話を別な方に切り替える。

 「ところで、会社の方は順調なんですか?」

 「あぁ、それなりに取引量は増えている。だが、鳩時計はあまり芳しくないようだ。貴族、神殿、商人にはそれなりの需要があるらしい。現在は受注生産になっている。伸びの著しいのは紙だな。アキトが作った紙漉台を2つ増やして対応している。そこで問題になるのは紙の原料だ。アキトが使った雑木は村の近辺にはもう無い。今は1日掛りで山奥から採取しているのだが、限界に近い。代替品は無いのか?」

 そうか、いくらその辺に生えてる雑木でも、撮り尽くす可能性があることは、あまり考えていなかった。

 代替品…さて、何が有るのだろう? 出来れば栽培できるものが良いんだが。


 「ところで、王国の人達は綿製品や革製品で服を作ってますけど、他の材料で作られた服ってあるんですか?」

 「急に話が逸れるような気もするが…。そうだな。海の彼方より輸入される絹がある。毛織物もあるな。あぁ、それに麻がある。」

 「麻は使えますよ。しかし、この場所で生育できるかな。」

 「織物にする訳ではない。幸い水は豊富だ。生育は悪いが代用できれば生産が安定する。」

 「一度麻を取り寄せて、紙を試作してはどうでしょうか。」

 「そうだな。一度提案してみよう。」

 

 そんな話をしていると、ギルドの扉が開いてアルトさん達が帰って来た。

 シャロンさんに狩りの報告と獲物を渡して報酬を貰っている。

 

 「しかし、あの陸亀を見た時には驚いたぞ。そしてあの速さにもな。」

 「ダリオンさんが造る砦では、あの亀で国境の警備をする事になります。」

 「それも新しい取り組みだな。上手く運べば大幅に兵隊を削減出来る筈だ。しかし、万が一大規模な獣を使った襲撃を受ければひとたまりも無い。兵力を削減してるだけに問題だぞ。」


 それは、俺も考えた。その結論はただ1つ、蹴散らせばいい。

 今の所有効なのは、マケトマムの柵で使用した【メルダム】と爆裂球の組み合わせだ。

 だが、【メルダム】を多用できる魔道師は限られている。1発は放てるだろうが、後はジリ貧になる。回復薬を使用する手もあるが、それでも2、3発が精々だ。

 それを爆裂球で補おうとすると、距離と威力の問題がある。手で投げると20m程度だし、矢につけた場合でも30mが精々だ。爆裂球を小型化することで飛距離を伸ばす事は出来るが、それでは威力が小さくなる。

 

 そこで、この世界でまだ使われていない武器を提案する事にした。姉貴は砦だけで使うならと言っているが、広まるのは時間の問題になるだろう。

 だが、俺達の世界では中世時代の代表的な武器だ。この世界に魔法と言う便利なものがある以上、高度に発展する事は無いだろう。

 その武器とは、投石具と投石器だ。投石具で爆裂球を飛ばすなら、50m以上は期待出来るし、投石器ならば大型の爆裂球を発射出きる。


 「大規模な獣を使った侵攻を阻止する方法は考えてあります。ユリシーさんに手伝って貰おうと考えてますけど、大丈夫でしょうか?」

 「一応社長ではあるんだが、暇を嘆いていたぞ。」

 「俺が満足させてあげますよ。それと、細いロープでこんな形の物を作りたいんですが、誰か紹介してください。」

 簡単な投石具の絵をセリウスさんに見せた。

 しばらく見ていたが、やはりセリウスさんには理解出来ないようだ。


 「雑貨屋に頼めばこの程度のロープ網は1日で用意してくれるだろう。…ところで、これは何に使うのだ?」

 「爆裂球を200D以上飛ばす為の道具です。慣れれば300Dを狙えますよ。」

 俺の答えにセリウスさんは驚いていたけど、手に入れたら一度見せねばなら無いだろう。


 勝負は何時も通りにセリウスさんの負けだったが、再戦を約束してギルドを出た。

 ユリシーさんの所に行く前に、雑貨屋に寄ってカウンターの女の子に先程の絵を見せる。全体の大まかな長さと膨らんだ網の部分の寸法を言うと、明日の昼過ぎには用意できるとの事だった。近所の農家に頼むらしい。

 お願いします。と言って、今度はユリシーさんのいる作業場の事務所に行ってみた。


 小さなログハウスの事務所には、忙しく分厚いノートに何やら記帳しているチェルシーさんと、暖炉でパイプを嗜んでいるユリシーさんがいた。


 「今日は!」と挨拶すると、チェルシーさんが小さなテーブルに案内してくれた。

 「面白い話をもってきたか?」

 直ぐにユリシーさんが俺の対面に座る。


 「ちょっと作って貰いたくて、やってきました。これなんですけど…。」

 バッグから、1枚の概略図を取り出す。

 ユリシーさんは俺からひったくるように概略図を奪うとジッとその図面を睨んでいる。

 「これは、何じゃ?」

 「投石器と言います。重い石を遠くに飛ばす武器の1つです。」

 俺は図面を指差しながら、投石器の働きを説明した。

 ロープのねじれを利用する事。試作してどの程度重い石をどれだけ遠くまで飛ばす事ができるかを確認したい事…。


 「石はどの程度を考えておる?」

 「俺の頭ぐらいの大きさで、大体300D以上飛ばせれば…と考えています。」

 「飛ぶのか?」

 「やってみないと判りません。」

 「良いじゃろう。それ程難しい処は無い。3日後に取りに来い。」

 図面を笑顔で覗き込んでいるところを見る限り、何とかなりそうだ。と確信して家路についた。

 

 家ではテーブルに大きな紙を広げて、ディーが地図を描いていた。

 夜間に数百m程上空から位置を変えて地上を暗視カメラアイで記憶し、そのデータを演算処理しながら地図を書いているらしい。出来た地図の誤差は1%以下…。かなりの精度だ。

 この地図を基にして村の拡張を図るらしい。

 あまり区画整理された村は味気ないと思うんだけど、姉貴にはそれなりの案があるのかなと心配になってきた。


 「どう?…何とかなりそうなの。」

 姉貴が心配そうに俺に聞いてきた。

 「大丈夫そうだよ。投石具は明日には出来るって言ってた。投石器は3日は掛かるってユリシーさんが言ってる。でも、セリウスさんもユリシーさんも半信半疑だったな。」

 「そんなもんよ。この世界にどちらも無いんですもの。でも、アキトは投石具を使えるの?」

 「やったことは無いけど、昔の主力兵器で1発必中の名人も多かったと聞いたことがあるから、たぶん大丈夫だと思う。まぁ、練習次第かもね。」

             ・

             ・


 次の日、昼食の黒パンサンドをお茶で流し込み、雑貨屋に行って見る。俺の後を嬢ちゃんずが付いて来た。今日は、シルバーはお休みらしい。昼食前にミーアちゃんがキャベツみたいな野菜の半分をあげていた。


 「今日は。」そう言って雑貨屋に入ると、早速カウンターに頼んだ品物を出してくれる。

 「5Lになります。…ところで、これは何なんですか?」

 銅貨を5枚カウンターに並べると、投石具を受取る。なかなか良い出来だ。

 「武器だよ。ガトル程度なら一撃だ。」

 カウンターの女の子にそう言うと、「冗談でしょ。」って笑ってた。

 

 投石具を肩に掛けて雑貨屋を出る。

 「ところで、実際のところそれは何なのじゃ?」

 「さっき、話した通りだよ。武器さ、極めて強力だ。」

 「ただの紐ではないか。中間が少し膨らんでおるが…。」

 「これから、ちょっと練習するんだけど、一緒に来る?」

 嬢ちゃんずがうんうんと頷く。やはり、信用して無いな。


 俺達は、南門を出て、段々畑を下りて行く。荒地に来ると、去年投擲具の練習に使った大木がある。

 あれを練習台にしようと、立止まって適当な大きさの石を探す。

 握り拳より少し大きい位だ。


 「今から、投石具という石を遠くに投げる道具を使うんだけど、初めてだから何処に飛ぶか判らない。ちょっと離れて座っていてくれないかな。」

 「それ位かまわんが、ここからあの大木を狙うのじゃな。距離的に石を投げても届かんと思うぞ。」

 そう言いながらも少し下がって3人で並んでしゃがみこんだ。


 投石具の紐の片方には輪が付いている。これに左手を通してから結び目を移動し、左手から抜けないようにする。

 次に投石具の真中の膨らんだ網目のところに石を乗せて、調度紐の長さが釣り合うように、もう一方の紐を左手で握る。これで、準備が出来た。


 「いいかい。今から投げるよ。」

 嬢ちゃんずに、そう言うと左腕をまわすようにして投石具を時計回りに回転させる。

 数回投石具を回すと腕が1時の位置になったとき手に持った紐を放した。

 石はブーンっと飛んで行き、大木にカツンっと音を立てて当った。


 「何じゃ?…あそこまでは300Dはあるぞ。」

 後を振り向くと、3人が唖然とした表情で立っている。

 「我に貸してみよ。」

 早速、アルトさんが俺の左手から無理やり投石具を取ると、俺の真似をして近くの石を投擲具にセットした。

 「数回振り回したら、腕がこの位置に来た時に握っている紐を放すんだ。」

 アルトさんの細い腕を取って紐を放す位置を教える。

 ヒュンヒュンと振りましてブーンと投げた。そして、同じように大木に澄んだ音を立てて当った。

 

 この後の嬢ちゃんずの行動は分かってる。

 「アルトさん。雑貨屋に行ったら、これと同じ物を革紐で作ってくれるように言ってくれないかな。数は100個だ。」

 アルトさんは俺の言った数に驚いていたが、直ぐに頷くとミーアちゃんとサーシャちゃんを引き連れて村に走って行った。

 

 さて、投石器の方はどうなってるかな?

 家に帰る前に様子を見ようとおもいながら俺も村へ向って歩き出した。

 

 


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