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#120 王都は早めに発った方がいいかも

 

 冬の最中だというのに、俺の額には汗が滲む。

 1m程先の長剣の切っ先が、微動だにせず俺の喉を狙っているのだ。

 御后様から発する殺気は、それ自体が生き物のように俺の体を締付けてくる。

 この世界に来て、初めて俺は姉貴の祖父を越えるものに遭遇したようだ。

 

 姉貴は簡単に負けてもいい。と言っているけど、そう簡単に俺の負けを認めてくれそうも無い。この種の人間は、対峙した段階でおおよその相手の技量を見極めている。それに見合った戦いをしないで負けを宣言したりなんかしたら、とんでもない目に合うのは必定といえる。


 先ずは、先制してあの長剣をどう扱うのかを見極めよう…。

 「ハァッ!」

 素早く身を廻しながら相手の右側に回りこみ、長剣を握った腕を叩き折ろうと鎌を振る。

 御后様は、俺の回転に合わせるように身を捻ると、左手を長剣の血抜きに沿わせ俺の打撃を長剣の横でガシン!と受けた。と、同時に俺の腹部を足蹴りが襲うが、更に身を捻ることで何とか回避した。

  そのまま御后様の背後を取るべく素早く移動を試みるが、御后様は素早く長剣を持ち替え、俺の移動先へ剣を振るう。

 飛び込むような動作で地面に転がると、俺の頭上すれすれに長剣が通り過ぎて行った。


 どうやら、長剣をどちらの手でも使いこなせるらしい。その上、体術の心得もあるようだ。

 そんな事を思っていると、いきなり長剣が振り下ろされた。

 距離は取っていたのだが、瞬時に距離をつめてきた。

 鎌の柄で長剣を防ごうとしたら、ガツン!という衝撃と共に柄が切断された。

 

 すかさず背中のグルカを抜いて構える。

 御后様の眉がピクンと動く。

 

 「アルトが同じような剣を持っておったが、やはり婿殿が使っておったものじゃな。」

 その言葉に小さく頷く。ホントは返してくれないだけなんだけど…。

 右手を軽く前に出し、グルカの刃を下にして左手を引いた形で構える。

 一撃目を体さばきでかわし、2撃目をグルカで弾いて一気に喉元を狙う構えだが、グルカの強度が問題だ。仮にも、カラメルの科学力の産物だ。折れることは無いだろう。


 カウンターのチャンスをひたすら待つ。

 御后様が長剣を右上段に構えて、ジリジリと間合いを詰めてくる。

 「ダァ!」

 裂帛の気合と共に一気に間合いを詰め、袈裟懸けに剣が振り下ろされた。降られた方向に左足を引いて小さく身を交す。

 振り下ろされた剣が同じ軌跡を逆に辿り俺に向かってくる。

 その剣を全身をバネにグルカで弾き返す。

 ガシッ!!っと互いの金属がぶつかる音がして互いの手から獲物が吹き飛ぶ。


 すかさず、御后様に接近すると、俺にストレートの拳が襲う。その手拳をかわすと同時に右手で腕を握り、左手を肩に向けて掌底を放つ。

 そして自ら前転する御后様に、素早く刀を抜いて飛び掛る。

 仰向けに倒れた御后様に馬乗りになって首筋に刀を突きつけた…。

 

 「降参してくれますか?」

 「婿殿も降参してくれると我もありがたいのだが…」

  

 俺の横腹にピタリと短剣が着けられていた。

 

 ふうっと息を吐き、刀を納めて立ち上がり、御后様に手を差し伸べる。

 「引き分けいう事で…。」

 「ふふふ…良いであろう。流石である。」


 グルカを取りに投出された長剣とグルカの所に歩いて行くと、長剣が切り取られる寸前まで、グルカの刃が食込んでいる。


 「余程の名剣と見える。我が長剣はもう使い物にならぬ。」

 「申し訳ありません」

 「よい。これを超えるものを手に入れれば良いことじゃ。…それよりも、アルトを許す。好きにせよ。」


 「…はぁ?」

 「それだけの器量があると言う事じゃ。喜ぶがよい。」

 「…えぇ?」

 

 「我が自由になれたということじゃ。母君との約定により我が身は王国の王族としてこの国におったが、我の身を守れる程の武勇に秀でた者を連れて来れば、城を出ることを許すとな。」

 「世界は広いものじゃな。アルトとの約定は、そのような者はいないと思うてしたものじゃが、王族の約定は絶対でなければならぬ。連れて行くがよい。そして幸せになるのじゃ。よいな。」


 何時の間にか俺達の試合を見物していた王様もうんうんと頷いてるし…。

 

 う~ん…。これって、俺にアルトさんを貰って欲しいのかな?

 「では、今まで通りアルトさんは私達の仲間として暮していけるんですね?」

 「そうじゃ。お前達にアルトを託す。…幸せにな。」


 御后様はそう言うと、破壊された長剣を手に王様の元に歩いて行く。

 結局どういうことになるんだ?

 全然分からないぞ。


 とりあえず、折れた鎌を持って部屋に帰る事にした。

 侍女が入れてくれたお茶を飲みながら、さっきの顛末の解説を姉貴にお願いする。


 「この王国にいる限り、アルトさんには王族としての義務が付き纏うわ。そして、他国に出かけた場合は相手国もそれなりの待遇をしなければならないわけよ。でも、降嫁するということで、王族としての地位と義務を抹消してくれると言うわけなんでしょうね。」

 「でも、その対象が俺という訳だろ。」

 「名目よ。契る訳ではないわ。ネウサナトラムでアルトさんと話し合ったわ。王都ではたぶんこうなると言ってたけど、実際に引き分けに持ち込めるとは思っていなかった。でもね。御后様はかなり手加減してたわよ。やはり、アルトさんには幸せになって貰いたかったんでしょうね。」


 あれで、手加減?…どれだけ強いんだ。御后様が現役でいる限り、この王国は他国からの侵略は無いんじゃないかな。

 でも、それは武力でのこと。他国との取り決めや約定か何かは、武力では対処できない。

 だからトリスタンさんや、クオークさんは文系に特化したというわけだ。きっと王様も切れる存在なのだろう。


 「だとすれば、これで問題なく大森林地帯に出かけられるね。」

 「まだ、サーシャちゃんがいるけど、両親の了解は得ているわ。後はガイドなんだけど…。」

 「それは、御后様が用意してくれるって言ってたけど…。」

 「まさか、御后様なんて事には、ならないよね?」

 「…そう願うだけだ。」


 そして次の日、俺達はサーミストに出かける事をクオークさんに告げた。

 「そうですか。分かりました。お祖母様には僕から知らせます。出発は明日の朝で宜しいですか?」

 「お願いします。それと、槍の柄を1本頂けませんか。」

 「後で、届けさせます。…陶器はマケリスさんと頑張ってみます。神殿から頂いた神像は早速マケリスさんに届けてあります。是非、地下遺跡の写本をお願いします。」


 後はクオークさんに任せれば問題ないだろう。研究熱心だし、マケリスさんは真面目で人望がある。

 部屋に戻ると直ぐに侍女が槍の柄を持ってきた。

 早速、折れた鎌の柄を取り替える。前の柄と違って柄には細かいチェッカー模様が刻み込まれており手が滑ることも無さそうだ。その上、樫のような頑丈な木で出来ている。


 昼頃に嬢ちゃんずがやってきた。

 「そうか、明日の朝だな。…早速出かけるぞ!」

 アルトさんは俺の話を聞くと、ミーアちゃんとサーシャちゃんにそう言って、どこかに出かけて行った。


 俺と姉貴は互いに顔を見合わせる。

 「何だろうね?」

 姉貴の言葉に俺は頷いた。ホントに何を考えてるんだか…。


 そして、いよいよ王宮を去る日が来た。

 朝食を取って直ぐにギルドに皆で出かける。

 カウンターのお姉さんに、王都を去ることを告げると、俺達のレベルを確認した。

 

 アルトさんは、銀4つで変わりない。

 姉貴と俺は黒9つになった。

 ミーアちゃんが黒5つ。

 サーシャちゃんは赤9つだ。

 たぶん、ザナドウ狩りが影響したんだろう。

 

 王宮の部屋に戻って、お茶を飲む。後は、ガイドさんの到着を待てばいい。

 しばらくして、扉を控えめに叩く音がする。

 侍女が扉を開けると、クオーク夫妻と1人のネコ族の女性が立っている。


 「お待たせしました。彼女がお祖母様が選んでくれたガイドのクローネさんです」

 確かにクローネだ…黒猫だもの。


 「御后様の依頼できたにゃ。クローネにゃ。」

 ミケランさんと一緒の話し方だ。生粋のネコ族だと思う。ほっぺに3本長いヒゲがあるもの。

 ミケランさんより若いと思うけど、姉貴よりは年上の感じだ。

 「クローネは大森林の奥の部落の出身です。私のパーティ仲間で、私と一緒にサーミストから来たのですが、王都では面白い狩りが出来ないと何時も言ってました。黒7つで、片手剣と弓を使います。」

 

 アン姫のパーティ仲間で、大森林出身とは嬉しい限りだ。

 「よろしくお願いします。」

 俺達はクローネさんと握手を交す。

 そして、侍女が用意してくれたお弁当の入った大きな袋を頂いて、部屋を出る。

 階段を降りて王宮の出口に出ると、馬車が用意されていた。

 

 「ここから、大森林近くの村までこの馬車を使ってください。馬車を使っても約5日。途中には町が2つと村が1つあります。大森林へいくための最終準備は、最終の村で行なえば問題ないと思います。」


 俺達はクオークさんに丁寧に礼を言うと馬車に乗り込んだ。王宮に来た時に乗ってきた馬車と同じで俺達6人が乗り込んでも余裕がある。

 

 俺達の馬車が走り出すと、クオークさん達は王宮の階段から手を振って見送ってくれた。

 俺達も馬車から手を振って別れを告げる。


 馬車は王宮を出ると、真直ぐ南に大通りを進んでいく。

 街道の通りを横切ると、通りが賑やかになってきた。

 通りの両脇は色んな商店が並んでおり、買い物客が溢れている。

 遠くに南の楼門が見えてきた。そして馬車は王都を出て、サーミストに続く街道をひた走る。


 「ところで、それは本物かにゃ?」

 クローネさんが俺に訊ねてきた。

 「虹色真珠は本物です。カラメル人を倒し、長老から頂きました。」 

 「と言う事は、銀レベルかにゃ。?」

 「いいえ、黒9つです。銀レベルは前の席の左端のアルトさんです。」

 「剣姫にゃ!…クローネにゃ。よろしくにゃ。」

 「アルトじゃ。真中はサーシャ、右端がミーアだ。クローネの隣がアキト。そしてミズキじゃ。アキトは強いぞ、母上と引き分けに持ち込んだほどじゃ。」


 「見ていたにゃ。大森林では頼れるにゃ。…これを渡すように言われたにゃ。でも、これ位は大森林で暮す者は皆知ってるにゃ。」

 クローネさんはそう言って、腰の大きなバッグから一冊の本を取出して、俺に手渡してくれた。

 

 それは、ギルド図鑑「大森林編」だった。

 早速姉貴に渡すと、姉貴は夢中で読み出した。


 「クローネさんって、大森林で暮していたんでしょ。どんなところか教えて欲しいんだけど…。」

 「分かったにゃ。大森林って皆は言うけど、正確には、大森林地帯にゃ…。」

 

 クローネさんの言うところの大森林地帯は、それ程変わったところでは無いらしい。

 大きな森林と荒地の複合体であり、大きな池や川、そして西南方向には海が広がっているという。

 村や集落は荒地に柵で区画を造り、その中にあるらしい。森には歩き回る木が邪魔で村は出来ないと言っていた。

 大森林地帯の入口にある村から真直ぐに東に向かう道スジに村や集落が点在し、最深部の集落の遥か南には大きな山があるらしい。

 その山を迂回して岩場に出ると、そこに俺達の目的地となる洞窟があるとのことだ。

 ただし、大森林地帯の深部を狩場にするハンターの言葉だからあまり信用できないとのことだ。

 

 「危険な獣っているの?」

 「危険な動物もいるにゃ。でも虫の方が危険なものが多いにゃ。そんでもって一番危険なのが植物にゃ。」

 それって、食物連鎖がおかしくない?


 「動物はあまり動かないにゃ。獲物が来るのを待ってるにゃ。でも植物はすばしこく動くにゃ。」

 カルネルみたいなのが沢山いるのかな?

 「動物で一番始末に困るのがヤマヒルにゃ。森に沢山いるにゃ。」


 姉貴が早速図鑑をめくる。そこには1m位の大きさのヒルが記載されていた。

 数匹で群れて動物の生血を吸う。弱点は火。

 歯が発達しておらず、短いヤスリのような歯で獲物の皮膚を破るとのこと。予防策は肌を露出しない事の一言だ。

 今は冬だからいいものの、夏だと少し厄介だな。


「昆虫は、色々いるにゃ。肉食が多いのと大きいのが特徴にゃ。」

タグに似た奴も結構いるんだろうな。


「問題は植物にゃ。巧妙に罠を張ってるのがいるにゃ。かえって動き廻る方が対処しやすいにゃ。」

 トリファドは枯れ木に擬態してたよな。あんな奴が多いということか…。


 「大体は火に弱いにゃ。【メル】は必携にゃ。持っているかにゃ?」

 俺達全員が頷いた。

 「なら、倒せるにゃ。夜は、【カチート】が必要にゃ。その中で火を焚けば安全にゃ。」

 それは、姉貴が覚えたはずだ。

 

 そんな話をクローネさんから聞いていると、最初の町に到着した。

 ギルドで馬車を下りると、通過する旨の報告を行なう。

 宿屋で一泊すると、昼食を用意してもらい、早朝に馬車を走らせる。


 今日は、街道の休憩所で野宿だ。

 

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[気になる点] 30超えのワガママのじゃ糞女なんか、唯の不良債権なのに、有無言わせず押し付けて、この話が一番ムカついた。 王族くたばれ
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