#109 場所はいい、でも建てるのは大変だ
夕食は、肉と野菜のスープに黒パンそして、黒リックのスモークだ。
お湯で割った蜂蜜酒も付いていた。
サーシャちゃんとミーアちゃんは山葡萄のジュースだけど、アルトさんはお酒の器を前にして満足している。
「それにしても、今まで思い出さなかったとは…中々いい性格をしておる。」
「アルト様と気が合いそうですね。」
「我も、うっかりする時はあるが、あれほど酷くは無いと思うぞ!」
にこにこと笑っているジュリーさんにスプーンを振り上げて憤慨しているけど、やはりそうなんだ。て感じで皆がアルトさんを見ている。
それでも、皆で作ったスモークは前よりも塩味が薄くて、甘みとコショウの辛味が上品に仕上がっている。食べた時にほのかに木の香りがするのがとても良い。
「このような料理は初めてですわ。是非王宮の料理人に覚えて貰いたいものです。」
「それは我も思ったことじゃ。山荘が出来れば1人連れてくるが良い。」
確かに料理人ならもっといい味を出せるんだろうな…。
「沢山食べてね。今日は3枚使ったけど、後7枚もあるんだから。」
姉貴も機嫌が良いようだ。お酒が回っているのかな?
「でも、狩猟期が終れば、一旦王宮に帰らねばなりません。」
「そうじゃった。…ミーアよ。我等と共に王宮に行かないか?…サーシャは何時も1人じゃ。ミーアが傍におれば我も安心なのじゃが…。」
アルトさん。何気なく切り出したぞ。さて、ミーアちゃんはどう出るのかな?
「私が王宮ですか…。私は両親もにゃく、姉と兄がいるだけにゃんですけど…。」
「十分な家族じゃ。虹色真珠の持ち主が姉と兄…。誰もが羨む家柄じゃ。」
「ミーア…。一緒に来て欲しいのじゃ。そして、兄様の披露宴に一緒に出て欲しいのじゃ。」
「私からもお願いします。貴方達は何時も3人でいたじゃありませんか。私の披露宴にも3人で出て欲しいと思います。」
ミーアちゃんは俺と姉貴の顔を交互に見ている。
「ミーアちゃん。私達はここにいるわ。王宮に行って、面白くなかったり、苛められたら、直ぐに帰ってらっしゃい。でも、せっかく行くんだから、色んな事を見てらっしゃい。」
俺も姉貴の言葉と共にミーアちゃんに頷いた。
そして、ミーアちゃんも俺達に頷く。
それを見たサーシャちゃんが立ち上がって、ミーアちゃんに抱きついた。
余程嬉しかったに違いない。涙ぐんでるし…。姉貴もちょっと涙っぽいぞ。
でも、ちょっと寂しいよな。今は7人いるけど、狩猟期が終れば姉貴と2人きりだ。
「アルトさん。私達は王国の王宮がどんな所かは分かりません。そして、アン姫様とクオーク様の披露宴がどのように華やかなのかもわかりません。…ですが、あまりお金をお渡しする事ができません。金貨5枚はどうにか出来ると思いますが…。」
「一切不要じゃ。我とサーシャの客に金は無用じゃ。披露宴の衣装は我等と共に作る上に心配するでない。」
そうだよな。だいたい都会っていうのはお金が必要なところだ。アルトさんはそう言っているけど、少しは渡しておかないとこっちが不安になるぞ。
「では、よろしくお願いします。」
「任せておけ。良い働き口があれば、都会で暮すも良し。無ければ年が明けたときにクオークと共に此方に送り届けるゆえ、心配するでない。」
その後は、王都の賑わいと、名所の話に移って行った。
話を聞いていると、結構面白そうな場所である。そして、王都にある神殿は俺の想像以上に壮大な建築物らしい。
なんでも、各国にある神殿の総本山と言う立場だそうだ。現在の王家も神殿の守護者と言う立場を取っているので、王家の立場は他国よりも上になるらしい。
と言っても、名誉職みたいで王の中の王という訳ではなさそうだ。
その王家の、嫡男の披露宴である。各国の王家が揃って出席するというのだから、かなり華やかなものになるに違いない。話を聞いている姉貴の顔はちょっと残念そうだ。
「そうだ!…私も忘れてたわ。」
姉貴はそう言うと、大きな箱を2つ運んできた。
「セリウスさんとキャサリンさんの許可は得ています。アルトさんもOKでしたよね。アキトには今話すことになるけど…。」
「これは、私達からのご結婚のお祝いです。大きな方はこの王国に、そして、小さい方はアン姫様の御実家のあるサーミスト自冶国に贈ります。」
「狩猟期にお招き頂いた上にこのような物を頂けるとは…。ところで、中身は…。」
「披露宴のお楽しみにしてください。」
姉貴は悪戯が成功したような笑みを浮かべて、俺の耳元で囁いた。
「ザナドウの嘴と肝臓よ。肝臓は冷凍して魔法の袋に入っているわ。数ヶ月は持つらしいから、その後の処理は専門家に任せればいいわ。」
とんだ披露宴にならなければいいんだが、俺達が持っていても余り役に立つとは思えないし、両国の繋がりが深まればそれでいいと思う。各国の秘宝だという話だから、そんな使い方が一番じゃないかな。
「よく思いついたね。俺は賛成だ。」
姉貴がニコリと俺に笑みを浮かべる。
楽しい食事が終って、ジュリーさん達が後片付けをしている間に嬢ちゃんずはお風呂に入り、俺は外に出て一服タイムだ。
ほぼ、2年。色んな事がよくも次から次へと起きるものだと感心してしまう。
慎ましくなんて言葉とは全く正反対のような気がするけど、これからどれだけ生きるかは判らない。長い目で見れば、意外とこの生活が慎ましいものになるのかも知れない。なんて考えてみた。
部屋に戻ると、嬢ちゃんずの入浴が終って、アン姫が入っているみたいだ。
テーブルに布を広げて、杖の彫刻を始める。
細かい細工は得意なので、文字の1字、1字を丁寧に彫り進めていく。
「それにしてもアキト様は何でも出来るのですね。」
何時の間にかジュリーさんが、俺の作業をテーブル越しに座って見ていた。
「それ程でもありません。上には上がいますからね。一通りは出来ますが専門家には到底およびもつきませんよ。」
「それはそうですが、違いもあります。アキト様は彫っている呪を理解していますが、彫刻師は唯彫るだけです。その呪の詳細な箇所を判断する事が出来ません。ちょっとした点の有り無しで、魔法の発動に影響する杖の呪文は一流の彫刻師でさえ敬遠するものなのです。それを、極自然に彫り進めるアキト様を魔道具製作者は畏敬の眼差しで見ると思いますよ。」
確かに、漢字の造りはこの世界の人には理解しがたいものだろう。文献から文字を選んだとしても、その意味は判らないだろうし、文字でさえ正しく模写されるとは限らないのだ。
俺の怪しい漢字力でもある程度の漢字は書けるし、模写するにしてもその漢字がどう書かれたかは判る。破れや汚れで漢字の欠損箇所があっても判断出来るのだ。だが、この世界の人にはそれが出来ない。点の有る無しで杖の持つ効果が変わるという事は、そういう事情が裏にあるのだろう。
「どんなものになるかは判りません。でも、キャサリンさんの効果と同じ文句は刀身に刻むつもりです。少しは役に立つといいんですけど…。」
「楽しみにしていますよ。」
そう言って、ジュリーさんは姉貴とお風呂を交替しに行った。
ジュリーさんが、後はアキト様だけですよ。と俺に告げた時にはほぼ、柄の彫刻を終了していたので、今日はここまでにする。急いでテーブルを片付けて風呂に飛び込む。
少なくなったお湯を【フーター】で追加し、ゆったりと体を休める。
明日は山荘の下見と建築の段取りか…。ホントに退屈しない日々が続くな。
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次の日、朝食を終えると早速セリウスさんの家を訪ねた。
早速、セリウスさんと通りを挟んだ先の林に行く。
「この辺りなら構わんそうだ。アキトの家のようにこの林は残しておく方がいいだろう。」
そう言いながら林を進むと、その先はリオン湖の辺の砂浜に出た。
「この浜に石を敷いて土台にすればアキトの所と遜色のないものが出来る。後の林も邪魔な所は切ればいい。」
「あの後、山荘の仕様を考えてたんですけど、結構な大きさになりますよ。」
「それなら、やはり大工に頼むのが一番だ。この村に大工はいない。町で探す必要があるな。」
「セリウスさん。頼めますか?」
「良かろう。ただし、3日程双子を頼むことになるが出来るか?」
「もちろんです。」
姉貴が俺達の会話に割り込んできた。
「手ぶらで行くわけにも行くまい。手付金として渡しておく。」
アルトさんが小さな袋をセリウスさんに渡した。
「では、行ってくる。双子とミケランへの説明は任せたぞ。それと、土台造りは、マケリスとセリエムの兄弟に頼むといい。例の窯を作った時に世話になった村人だ。」
セリウスさんが出かけたところで、再度浜辺を見る。
浜辺の中央は湖に20m程出張って岬のようになっていた。
ここに、大きな土地を造成する事になる訳だが…。とりあえず杭を打って簡単な測量をすることにした。
雑貨屋に行って杭と木槌を購入して一輪車に乗せて戻ってくる。
早速、1本目の杭を打つ。これが基本になる杭だ。
姉貴がその杭と通りまでの距離を測る。
「私達の林の通りより少し長いわね。10m位林側にもう1本杭を打ってちょうだい。」
早速、10m程の距離を離して杭を打つ。
「ここが庭の基点になるわ。ここから、東西方向に50m。南北方向に100mを庭にしましょう。」
姉貴の言葉で、俺は磁石を取出し、南北方向に仮の小さな杭を1本づつアルトさん達に打ってもらう。
ロープを伸ばして、庭の基本杭と小さな杭が一直線になるようにロープを張ると、北と南それぞれ50mの位置に杭を打つ。
そして、その杭を基点に東に50mづつの場所に杭を打つのだが、そこは湖に10m以上入った場所になる。
やむなく方向を示した杭を打って、その方向に延長させる事にした。
「結構な広さですね。」
「えぇ、でもこれ位ないと、最大で50人位の人が暮らすことになるんですから…。」
姉貴は庭の区画を簡単にスケッチして、杭の位置を書き込んでいる。
砂浜の状況と林の状況も書き加えているから、これを元にどんな造成を行なえばいいか判るはずだ。
「アキト、キャサリンさんに頼んでマケリスさんとセリエムさんをギルドのホールに呼んで貰えないかしら。昼頃なら問題ないんだけど。」
「判った。行ってくる。」
「もう、今日はここですることが無いから、私達は家に戻ってるね。」
林を抜ける俺に姉貴は後から告げた。
「そうですか…。判りました。でも、狩猟期の獲物搬送をしていますから、今日中に連絡できるかわかりませんが、連絡出来次第アキトさんの家に行きます。それと、昨日はありがとうございました。母も妹も美味しいって言いながら沢山食べてました。兵隊さんも驚いてたみたいです。」
キャサリンさんはそう言って俺に何度も頭を下げた。
親孝行が出来たみたいで俺も少し嬉しくなる。またねって別れると、急いで家に帰る。
「ただいま。」って扉を開けると、アン姫と姉貴が双子を抱いていた。
嬢ちゃんずはどうしたんだろう?
「ご苦労様。アルトさん達はミケランさんに伝えに行ったわ。アキトの方は?」
「2人とも、狩猟期の運搬をしているみたいだよ。キャサリンさんが結果を伝えてくれるって言ってた。」
「そうだよね。狩猟期だもんね。」
「やはり、無理な計画なのでしょうか?」
アン姫が心配そうな顔をして言った。
「かなりな突貫工事になるかも知れないけど、大丈夫だと思うよ。」
俺はそう言うと、暖炉の前に布を広げて杖の細工を始めた。
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マケリスさんとセリエムさんに連絡がついたのは次の日だった。
朝、ギルドのホールで壮年の2人の兄弟が待っていてくれた。
早速用件を話すと、快く承諾してくれた。
「判りました。でも今は狩猟期で村人もそれなりの仕事をこなしています。本格的に始めるのは、狩猟期が済んでからになりますが…。」
「それでも構いません。こんな感じの場所なんですけど…。」
姉貴は簡単な図面を2人の前に差し出した。
「これは、大規模ですね。問題はこの護岸に必要な大きな石の運搬です。」
「兄貴、リタ川の岸には結構大きな石があるぞ。」
「リタ川か…。それなら大丈夫か。土砂は…登り窯の丘を削るか…。」
セリウスさんの見立ては確かなようだ。この簡単な図面でも彼らは仕事量を目算し始めた。
「50人、荷車は10台以上必要でしょう。最初にこの林付近から造成を始めれば、山荘建築と干渉することはないと思います。…そうですね。1月は掛かると思いますよ。」
「林の付近はどの程度掛かりますか?」
「2週間は見る必要があるでしょう。結構大きな家になりますから、ある程度埋め立てた土地の沈下も見る必要があるでしょう。」
「杭を打って沈下を防ぐ事は出来ませんか?」
「杭を打ってですか…。聞いた事はありませんが、そんな事が可能なんですか?」
「はい。軟弱地盤に多数の杭を打ってその上に都市を築いた話を聞いたことがあります。樹脂を多く含んだ杭ならば腐る事はありません。」
「ベネチアね。でも、今は沈下しているよ。…でも、数百年は持ってるんだよね。」
姉貴の言葉に俺は頷いた。
ここは、山村だ。樹脂を多く含む、松のような木があるかも知れない。
「試してみましょう。工期を短縮できるかも知れません。私達はあと数回獲物を運搬しますからその時、森や林の木を確認してきます。」
「ところで、前と同じで5日毎の日当支払い、と昼食は此方で準備ということで良いでしょうか。」
「それでいいでしょう。早速、狩猟期が終わり次第始められるように準備します。」
「よろしくお願いします。」
マケリスさんとセリエムさんに別れを告げて、家に帰っていく。
ただいまと扉を開けると、ミケランさんがテーブルに着いている。
「ごくろうさまにゃ。大変な事を始めたにゃ。」
「セリウスさんを使ってしまって申し訳ありません。」
「いいにゃ。セリウスも楽しんでるにゃ。私も手伝いたいけど、狩猟期が終るまではだめにゃ。」
俺と姉貴が座るとジュリーさんがお茶を出してくれた。
「ところで、今年の狩猟期の獲物はどうですか?」
「まぁまぁにゃ。一番はアンドレイ達にゃ。最低でも1人銀貨5枚には成ってるにゃ。特に大怪我をした者もいないにゃ。」
あれだけ魔物を退治したんだから、もういないみたいだな。
参加者がそれなりの収入を得て、村人も冬越しの日当を稼ぐ事が出来るようだ。
ミケランさんは、夕方に訪ねてきたルクセムくんと荷車の護衛に出かけて行った。
双子を頼むにゃ。って言ってたけど、そんな事を言わなくとも姉貴達は双子を離す気はないようだぞ。
今日はお姉ちゃんと入ろうね。なんて言ってるけど大丈夫だろうか。それに、俺をベッドから蹴り落とす位だから、一緒に寝るなんて言い出したらどうしよう…。
結果的には、嬢ちゃんずと行動を共にしたみたいだ。
お風呂も寝るのも一緒だ。俺としては安心だったが、姉貴達は少し不機嫌だが、文句は言っていない。
そして、次の日の夕方にセリウスさんは町から帰ってきた。
「町の大工を2人雇う事にした。狩猟期が終わり次第俺を訪ねてくる手筈だ。」
「ご苦労さまです。」
「それと、手に入るだけの甲虫の羽を購入した。彼らが此方に来る時に持って来るはずだ。」
たぶん、足りない物はもっとあるはずだ。それは、此方の雑貨屋を通して手に入れることになるだろう。
「それにしても、50人以上を使う事になるのか。昼飯だけでも、人を雇う必要があるぞ。…窯造りの時にはルクセムの母親に手伝って貰ったな。また、相談するといい。どの位の食料がいるかも判断してくれるはずだ。」
早速姉貴はメモを取っている。明日訪ねてみるつもりだな。
「とりあえず、山荘を作ればいい。庭や小道の石畳みは春以降でもかまわんだろう。」
確かに冬は雪に閉ざされるから、庭はどうでもいいはずだ。
そう考えると、山荘作りは意外と長期的な展望を必要とする。更に維持を考えると頭が痛い。
出来れば住み込みで維持管理をしてくれる人が欲しい。
そう考えた時、ピィーン!と閃いた。
「姉さん。スロットとネビアを呼ぼう。彼らはまだ赤の低レベル。暮らし向きはよくは無いけど、ここで住む場所があれば慎ましい暮らしは出来るはずだ。それに元貴族なのがいい。山荘の管理人として国で雇えば問題が無い。」
「あの2人か。確かに良い考えじゃ。人格も問題が無いし、王家の山荘を村人にまかせるのも問題じゃと思うていたが、よく思い出してくれた。…何、名目上の管理人じゃ。山荘を基点にハンター業を続けても問題は無い。」
早速、アルトさんが手紙をしたためる。
ギルドの定期便に乗せればマケトマム村までは5日も掛からずに着くだろう。