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#104 それは烏賊焼きの味がした

 ドオオオォォン… 体全体で音を感じるような重低音の咆哮だ。ザナドウは、かなり興奮しているみたいで、土色だった皮膚の表面が目まぐるしく網目模様に変化する。

 ドン!っといい音を立ててセリウスさんの放った投槍がまた外套膜に突き立った。

 これで、片面に6本の投槍が突き立ち、内臓からの出血と思われる青い体液が槍の傷口から溢れている。

 

 頭付近には、針山のように矢が刺さっており、矢傷から溢れる体液で青く染まっている。先ほど一旦攻撃を中止して、ケースに矢を補充したようだ。


 俺達の後ろにいるジュリーさんが投槍の後部を狙って【シュトロー】で氷の塊を放つ。

 中々投槍の柄の後ろには命中しないけれど、たまに命中すると、投槍が更に10cm程度深く刺さるので、ザナドウの全身がブルっと震える。


 ザナドウは食腕を滅茶苦茶に振り回しているが、その有効な攻撃範囲は50D位だから、最低でも100Dの距離を取る俺達の脅威にはなっていない。

 かえって、投槍の柄を叩くことで自らの傷口を広げているようだ。

 それでも、食腕で何本かの投槍を掴んで引き抜いている。


 ザナドウが投げ捨てた投槍を素早く回収してセリウスさんのところに持っていく。

 「反対側の様子を見てきます。」

 「あぁ、行ってこい。ついでに2本程突き立ててこい。」


 左方向に回り込むようにして姉貴達の様子を見る。

 ザナドウの外套膜には姉貴の撃ったボルトが柄が見えないほど深く食い込んでいる。

 数本の半分程突き立ったボルトは嬢ちゃんずのボルトだろう。姉貴のボルトからは青い体液が間欠的に噴出しているが、半分刺さったボルトからは何の変化も無い。

 

 現在嬢ちゃんずが狙っているのは足だった。1本の足に集中してボルトを打ち込んでいる。

 20本近く突き立っているが、やはり効果は低いようだ。


 「アルトさん。爆裂球の付いたボルトなら効果があるかも…。」

 アルトさんは、直ぐにボルトを交換して先端に爆裂球の付いたボルトと交換する。爆裂球の紐をクロスボーの先端にある足掛け金具に巻きつけると、シュタ!っと発射した。


 ドォン!っと言う音とともにザナドウの足がえぐられて白い筋肉が千切れ飛ぶ。傷口は直ぐに青い体液が滲みだした。

 「これなら…。サーシャ、ミーア。爆裂ボルトに変更じゃ。あの傷口に後一撃するぞ。」

 初めて、有効な打撃を浴びせて嬢ちゃんずの士気はますます高くなったようだ。

 

 姉貴の射撃の邪魔にならぬように姉貴から少しずれた位置で、投擲具に投槍をセットして、一気に投擲具を振りぬいた。

 ブウウゥゥンっという音を伴って投槍が飛んで行き、ドン!っという音を立ててザナドウに突き立つ。


 ドオオオォォン… ザナドウが痙攣しながら叫び声を上げる。

 「いい感じね。でもまだ食腕が動いてるわ。油断しちゃダメよ。」

 そう言いながら姉貴も爆裂ボルトをクロスボーにセットする。

 そして、嬢ちゃんずの反対側の足を狙って、シュタ!っと発射した。

 

 ドォン!っという音と共に足の筋肉組織が大きく抉れ散る。

 すかさずキャサリンさんが、【シュトロー】で作ったツララのような氷の塊を、青い体液で満たされ始めた傷口に叩き込む。

 俺は、再度外套膜に投槍を突き刺して、急いでセリウスさんの所に引き返した。


 ザナドウは食腕を使って、突き刺さった投槍を懸命に掃っているが、掃う傍からセリウスさんと俺で投槍を打ち込んでいく。

 ザナドウの行為は返って傷口を増やすばかりである。

 

 そして、ドォン!っという音とがして、ザナドウが姉貴の方向に横倒しになった。

 バオオォォォン…という重低音が辺りに響きわたる。


 姉貴と嬢ちゃんずの攻撃で姉貴の方向にある2本の足を爆裂ボルトの集中攻撃で破壊したようだ。

 ある程度破壊すれば、ザナドウの自重で姉貴側に倒れるのは明らかだ。

 そして、俺達の攻撃している側に2本の投槍の穂先が外套膜からニュ~っと顔を出した。

 俺が突き刺した2本の投槍がザナドウの倒れた動きで深く突き刺さり貫通したのだ。


 食腕の動きもかなり緩慢になってきている。

 アン姫達の矢も投槍と同じように何本かが深く頭に食込んだのだろう。

 

 だが、ザナドウはまだ死んではいない。

 俺の方に大きな口を見せて8本の傷ついた足を振り立てて威嚇しているようだ。

 3本の黒い嘴をガチガチと鳴らしている。そしてその口は1m位の大きなものだ。


 たたたっと姉貴が俺達の方に走ってくる。

 ザナドウの口を見ると、おもむろに爆裂ボルトをクロスボーにセットした。

 そして、その嘴の開閉の僅かな合間を狙って口の中にボルトを発射する。


 ドォン!っという炸裂音がしてザナドウの口から青い体液が噴出した。

 更にドン!、ドン!、ドン!…とボルトの炸裂音が連続する。

 嬢ちゃんずがアン姫の攻撃していた頭に爆裂ボルトを集中させたみたいだ。


 すると、食腕がドサっと音を立てて藪に落ちた。

 「アキト!」

 姉貴の声を聞くまでも無く俺は走り出す。そして、背中のグルカを抜くと一太刀で食腕の1本を斬り取ると、素早く数歩進んで残りの食腕を斬り取る。

 そして素早くザナドウから離れて様子を見る。


 「集合!」

 姉貴が大声で叫びながら両手を振る。

 姉貴が素早く集まったメンバーを見渡す。


 「良かった。皆怪我してないよね。…ザナドウは、もう攻撃手段を持っていません。でも、まだ死んではいないので傍に寄らないで下さいね。」

 「大至急、ザナドウを解体します。これはアキトとセリウスさんに任せましょう。その間、周囲の警戒を私達で行ないます。


 そんな訳で俺は姉貴の薙刀モドキを借り受けると、慎重にザナドウの頭に近づく。そして、両目の間に力を込めて薙刀を突き刺した。

 一旦、薙刀をザナドウから引抜き更にもう一撃を入れる。これで、絶命したはずだ。

 

 次にザナドウの外套膜の下に薙刀の刃を押し入れると一気に末端まで外套膜を斬り抜いた。

 ドサっと音を立てて外套膜が両側に切り開かれて中の臓物が顔を出す。


 「驚いた。アキトの言うとおり、この頭と思った場所には臓物があるんだな。」

 「はい。それが烏賊や蛸の特徴なんです。セリウスさん其処の黒茶色の臓器を切り取ってくれませんか。」


 「あぁ、いいが…。これが、肝臓なのか?」

 「そうです。万病に効くかどうかは不明ですけど…。」


 セリウスさんは丁寧に肝臓を取出して、布に包み魔法の袋に入れる。肝臓といってもミクちゃん位の大きさだ。そうしないと持ち運べない。

 薙刀でゆっくりと内臓を切り分けていく。

 ジュリーさんは他に利用価値があるものは無いと言っていたが、一応調べてみる。


 最後に嘴を切り取った。強靭な筋肉で口の周囲に配置されている。

 筋肉を全て取り去るのは後でゆっくりとやるつもりだ。

 そして、お土産用に外套膜の痛んでいないところを30cm四方のブロックで数個切り出した。

 セリウスさんはミケランに見せるんだ。と言いながら、食腕の吸盤がついたところを2m位切り取って袋に仕舞っている。


 「回収完了!」

 俺は大声で周りで警戒中の皆に知らせる。

 彼女達には、この後の仕事がある。ボルトや矢の回収だ。回収出来るものは再使用が出来る。それだけ費用を節約できるのだ。


 回収が済むと、忘れ物が無い事を確認して、急いでこの場を離れる。

 別のザナドウが来る可能性もあるし、ザナドウの肉を目当てに肉食獣が来る可能性だってあるのだ。

 セリウスさんを先頭に逃げるように昨夜の野宿箇所に戻っていく。

 俺は、最後尾で投槍を担ぎながら皆の後を追う。そして、追い駆けながら、後方を警戒する。

 やっと、野宿した場所に戻ると、ドサドサドサ…っと全員が地面に座り込んだ。

 もう日が暮れようとしているのに、今日は朝食のみで昼食も取らずにザナドウと戦い抜いたのだ。

 昨日集めた薪を使って焚火を作ると早速夕食の準備に入る。

 5日を予定していた狩が3日程度で終わるので少し贅沢に干し肉と乾燥野菜を鍋に入れているようだ。

 

 そして、俺は腰のバッグからザナドウの外套膜を取出すと1cmくらいの厚さに切って縦横に軽くナイフで切り目を入れる。それを10cm角に切ると、藪から取ってきた枝の先に突き刺して焚火で炙り始めた。


 良い匂いが辺りにたちこめる。

 「何じゃ、それは。…良い匂いじゃのう。」

 アルトさんが鼻をヒクヒクさせながら言った。


 「俺の国の料理ですよ。もう少しで出来ますから待っててくださいね。」

 そんな事を言うと、夕食そっちのけで皆が集まってきた。


 「アキト。これも使うといいよ。」

 姉貴がだしてくれたのは醤油だ。


 早速、焚火にかざした枝を引き寄せて醤油を一振り。ジョワって感じで焼けた肉に醤油が焼きついて、香ばしい匂いが一掃たちこめた。


 「もう待てん。これは貰ったぞ!」

 アルトさんが枝の1つを引き寄せて木の椀の中に茶色く焼き色がついた肉を落とした。


 「こうすると、皆で食べられるよ。」

 姉貴が1cm程度の短冊に引きちぎっている。

 アルトさんは皆に1個づつ配っている。

 俺は次々にアルトさんの椀に肉片を投げ入れた。

 そして、最後の1個をセリウスさんと半分にして分ける。


 早速、セリウスさんが一口その肉片を齧る。

 「ふむ…。柔らかいが歯ごたえがある。そして、この香ばしさ。初めて食べる食感だが、何の肉だ?」

 「ザナドウですよ。」

 俺の一言で全員の口が止まってしまった。


 「やはり、蛸というよりは烏賊に近い味よね。2年ぶりかしら烏賊を食べるのは…。」

 「お前達の国ではザナドウを食べるというのは本当だったのか?」


 アルトさんが口をワナワナ動かしながら訴えてるけど、気にしない。

 「正確には、ザナドウに良く似た海の生物です。あんなに大きくないし獲るのに危険もありません。でも、よく似てるんでひょっとしたら食べられるんじゃないかと切り取ってきたんですが、やはり美味しくいただけます。」


 「禁忌と言うわけではありませんが、驚きましたわ。ザナドウがこれ程美味しいとは知りませんでした。」

 ジュリーさんは肯定的だ。

 「確かにザナドウを食べたといっても、信じてもらえないかも知れませんが、今こうして試食しているのは紛れもない事実ですわ。」

 アン姫も美味しいと感じたようだ。


 「残念なのは、これだけ美味いものを食べるのは、もう2度と訪れないかもしれないことだ。ザナドウは美味いが余りにも危険だ。」

 セリウスさんの言葉に嬢ちゃんずが俯いてる。


 「そうでもありませんよ。私達の国では海に同じような生き物がいましたから、漁師さんに聞けばひょっとしているんじゃないかと思うんです。」

 姉貴の言葉に、皆は目を輝かせる。…また食べられるって顔だな。

 そんな訳で俺が焼いたザナドウの肉は皆で直ぐに食べきってしまった。

 ザナドウの焼肉…それは烏賊焼きの味と食感だった。

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 次の朝。早々と目が覚めたので、焚火の番をしていた姉貴達におはようの挨拶をして、グライトの谷の様子を双眼鏡で眺めてみた。

 どうやら残っているのは、谷の中程と下に位置したチームだけらしい。

 やはり上段に位置したチームは一昨日のカルキュル騒ぎで場所を変えたみたいだ。

 獲物が焚火近くに積んであるが、20頭もいないように見える。

 場所が良くても、作戦無しで場当たり的に狩りを行なうのでは、多くを望めない事も確かだ。

 焚火まで戻ってくると姉貴がシェラカップにコーヒーを入れて渡してくれた。


 「はい。アキトはコーヒー党だからキツイでしょ。たまにはご馳走してあげる。」

 「あぁ、スティックがもう無くなったから諦めてたんだけどね。」

 俺がそう言うと、スティックを数本渡してくれた。これも、無くなれば元の数になっているっていう種類なのかな?

 少し、疑問は沸いてきたけどありがたく頂いておく。


 「ところで谷の方はどうだったの?」

 「あぁ、3チームの内、谷の入口付近にいたチームがいなくなっていたよ。それと、下の方で狩っていたチームも獲物は多くはないね。」

 「ということは、アンドレイさん達が大猟ってことだと思うよ。」


 そんな話をしていると、ぞろぞろと皆が起き出してきた。

 キャサリンさんと弓兵の3人で大鍋でスープを造り始める。

 ビスケットのように硬く焼き締めた黒パンに、十分スープを吸わせて食べ始める。

 

 「アンドレイの話をしていたようだが…。」

 「谷の獲物が少ないのはアンドレイさんが大猟だからだと姉貴が言っていたんだ。」

 「去年は随分気にしていたからな。今年は奴も満足しているだろう。」


 「だが、我等の獲物はザナドウが一頭のみ。少し物足りなく感じるのじゃが…。」

 「そうですね。せっかく5日の予定が3日で終っていますから、帰りながら猟をしてもよいと思うのですが…。」


 アルトさんとアン姫は少し物足りないようだ。ザナドウを狩った。と言うだけで周辺の国々を巻き込んだ騒ぎになるんだから、少しは孤高のハンターを気取ってもいいような気がするのだが…。

 

 「それ程気を落とすことはありません。現在2匹の獲物が、此処に向かって来ています。まだ距離は1000Dを越えていますから、ゆっくりとお茶を飲んで、迎撃の準備を始めましょう。」

 姉貴がお茶を飲みながらとんでもないことを言った。セリウスさんは立ち上がると辺りを見回すし、アルトさんは早速クロスボーを弾き絞っている。


 「大丈夫ですよ。まだ十分な距離がありますし。先ずは朝食を終えて、偵察から始めましょう。」


 俺達はしぶしぶと姉貴の言葉に従う。

 直ぐに危険はないと言っているし、ミーアちゃんやセリウスさんの勘にまだ触れない距離らしい。

 

 しかし、何が俺達を狙っているんだろう。俺も早速気の流れで周辺の探知を開始する。

 そして、2つの気の乱れを見つけた。

 俺の探知距離ギリギリの所だ。そしてこの乱れは俺のまだ知らない相手だ。


 俺が静かに目を開けると、姉貴の視線を感じた。直ぐに姉貴に頷いて、俺も見つけたことを伝える。

 

 「どうやら、1000Dを切ったようです。セリウスさんとアルトさんで偵察をお願いできますか?」

 「構わんが、相手はどの方向から来るのだ?」


 「此方の方向です。2体ですが、距離は100D位離れています。連携する相手なのか、それとも単独攻撃をする相手なのかをよく見てきてください。」


 セリウスさん達が出かけると、俺達も早速準備を開始する。立木の間に藤蔓を張って簡単な柵を作ると共に、薪の束を横にして嬢ちゃんずの射撃台を急造してあげる。

 アン姫達は矢のケースに詰め込めるだけの矢を補充してるし、嬢ちゃんずも2つのボルトケースに残りのボルトを詰め込んでいる。

 そして、準備が出来ると、何時でも逃げ出せるように荷物を纏めておく。逃げるのも作戦の内だ。ヤバイ相手ならサッサと逃げ出すに越した事はない。


 焚火の傍で一服していると、セリウスさん達が帰ってきた。

 2人の弓兵を見張りに立たせて早速状況の確認を行なう。


 「ロックが2匹此方に近づいている。まだ距離はあるがどうするのじゃ?」

 早速姉貴が図鑑を取り出して調べ始めた。


 ロック…ダチョウに似た大型の飛べない鳥だな。

 その大きさは…隣の人間と比べると約2倍。巨大だ。

 しかし、走る速さが早いだけで、危険なのはそのケリ足だけだと書いてある。

 昔、乱獲した事があるらしく近年は姿を見ることも稀だと書いてある。

 肉は食用として珍重され、その綺麗な羽はそれだけで値段が付くらしい。


 「此処で出会ったのも運命でしょう。アン姫様の婚礼衣装の飾りになってもらいましょう。」

  俺達は直ぐに、ロック鳥の狩りの準備を始める事にした。

 

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