#103 ザナドウ狩り
荒地とはいえ、山の斜面は歩きづらい。
少し山を登るように心がけて歩かないと、いつの間にか斜面を下っているなんて事が起こり得る。
先頭を歩くセリウスさんは、その辺の加減を心得ているようで、俺達は殆ど横一線に斜面を横切っている。
最後尾を歩く俺としては以外と楽な行軍だ。先行した他のハンター達が多いことから、獣等の襲撃は殆ど想定しないで済む。
とはいえ、俺とセリウスさん以外の9人は女性だから、やはり周辺の注意をしないわけにはいかない。何かあったら、顰蹙をかうのは目に見えている。
しばらく歩き続けると、小さな尾根についた。
前回のサル退治の時に通った尾根である。前回は一旦山の上まで行って尾根伝いに東の森に行ったけど、今回は最短コースで森を目指す。
尾根と言っても丘の頂上と言った具合なので、ここで昼食を取る事にした。
少し下りて枯れた潅木を適当に集めてお湯を沸かす。
昼食は屋台で購入したハンバーガーモドキだ。焼いた黒パンに、野菜と焼いた腸詰が挟んである。最も味付けは塩だけなので、ちょっとガッカリだ。やはりマスタードとケチャップが欲しい。
リオン湖の向うに小さく村が見える。やはり小さな村だ。暮らしを段々畑と山での狩猟に頼っている以上あまり大きくは出来ないだろう。畑だって、マケトマム村と比べると規模が小さい。取れた農作物は村で殆ど消費されているみたいだ。
働く場所を作ろうと陶器造りを始めてはみたものの、就業人数は思ったより少ないし、連続して窯を焚くわけにもいかない。
となると、ある程度人数を必要として、冬季の4ヶ月程度の連続した雇用が可能な仕事を作ることになるわけだが…。直ぐには思いつかない。
陶器を焼きながらじっくり考えることにしよう。
「アキト。考え事か?…そろそろ出かけるぞ。」
セリウスさんの言葉に、現実に戻される。
とりあえず、今はザナドウを狩る事に全力を尽くそう。
シェラカップのお茶を投げ捨てると、カップを腰のバッグに押込む。
そして、投槍の束を掴んで立ち上がると、列の最後尾を歩きながら周囲を警戒する。
1時間程歩いて小休止。
尾根伝いに歩いているので、ハンター達の様子がよく見える。
岩棚付近には2つのチームが展開していた。
互いに良い場所を確保しようと相談しているみたいだが、長辺が200m程の三角形をした広場に見える荒地を、リスティンは西から走ってきて、北に抜ける。
方向を急激に変えるその時が襲撃のチャンスなのだが、その場所は一箇所しかない。2つのチームで対応するとなると、曲がる前と曲がった後の2つに区分する事になるだろう。しかしそれでは、勢いを殺す事は困難だ。猟は昨年と同様の数になるだろう。
やがて、アンドレイさん達が待ち構えるポイントを見ることが出来る場所にでた。
アンドレイさん達は皆で低い杭を打ちロープを張っているようだ。
そこは、岩棚を北上して2km程のところにあるちょっとした隘路だ。
隘路と言っても別に切り立った崖ではなく、谷側と山側が丘のような緩い坂になっているだけなのだが、姉貴はリスティンがその隘路を通ると想定した作戦を教えている。
横幅30mに満たない隘路を100匹近いリスティンが通ればロープで足をとられるものが続出するだろう。そして、一旦躓けば後からやってくる群れに押しつぶされてしまう。つぶされたリスティンが障害になり、更に次のリスティンが躓く…群れの通過に連鎖していったいどれだけのリスティンを狩れるのだろうか。うまくことが運べば群れの半数を狩る事も出来るだろう。
アンドレイさん達の幸運を祈りながら、俺達は先を急ぐ。
グライトの谷を山側に迂回したところで、野宿が出来る場所を探す。
総勢11人なので、結構広い場所が必要になる。
散々探して見つけたものは、大岩と太い立木が半円を作っている場所だった。
山側に岩があり、100m程下に下りると、グライトの谷の望む崖になる。
岩が2mも高さが無いのが気にはなるが、岩の上にちょっとした仕掛けをすれば頭上からの襲撃を回避できるだろう。
そんな訳で、早速薪を皆で取りに行く。
取ってきた薪の枝を組み合わせて藤蔓で縛り、簡単な柵を作って岩の上に2段に設置しておく。枯れ枝だから触れればカサカサと音がするはずだ。
太い枯れ木は岩に立てかけてそれを柱にして簡単な小屋掛けを行なう。
全員が入るには無理だが、嬢ちゃんず達なら潜り込める。太い薪は障害物として左右に重ねておく。残った薪は3束程度だったが、一晩を過ごすには十分だ。
早速焚火を始めて、夕食用の鍋を吊るす。
ジュリーさんとキャサリンさんが早速料理に取り掛かっている。
と言っても、干し肉と乾燥野菜のスープだけどね。
俺はグライトの谷の傍まで行って、双眼鏡で谷底の様子を見てみた。
どうやら、3つのチームがいるみたいで焚火が3つ確認できる。
場所は、谷の入口近くと中間それにリオン湖の近くと、チーム間の距離を取っている。
でも、ここが、カルキュルの営巣地帯だって、彼らは知っているのだろうか?…あんな入口近くでは今夜にでも襲われそうな気がするぞ。
焚火に戻ると丁度スープが出来たところみたいだ。
キャサリンさんが各々の木の椀に鍋からスープを掬ってくれる。大きなオタマだけど背負い籠に入れてきたんだろうか?
俺と姉貴はシェラカップにスープを入れてもらった。
そして、ジュリーさんが黒パンを1個づつ配ってくれる。
早速、黒パンを千切ってスープに浸しながら食べる。
簡単な料理だけど、ハーブも一緒に煮込んでいるようで、僅かな辛味が美味しさを引き立てる。
食事が終わって、スープの椀にお茶を入れて飲んでいる時、姉貴が明日の予定を話始めた。
「私達がサル討伐の最中にザナドウに遭遇したのは、この先になります。距離は遠く、ザナドウと戦っていたハンター達に援護する事は出来ませんでしたが、あの時は3匹のザナドウを確認しています。」
「いよいよか…。」
セリウスさんが小さく呟いた。
「明日の午前中に発見出来れば、ザナドウ狩りは午後実施しますが、もし、発見が午後になった場合は、一旦此処に戻って、明後日を狩りの日とします。」
「だいぶ、慎重じゃな。シャインを使って夜の狩りでも良いのではないか?」
「単体であればそうしますが、あの時はさらに2匹のザナドウが現れています。いくら私達でも複数のザナドウを相手には出来ません。ですから、周囲の見晴らしが利く昼間に狩りを行ないます。」
「そうじゃったな。」
「では、明日は横に広がって探索と言う事で良いな。」
皆、セリウスさんの言葉に頷いた。
そして、交替で焚火の番をする。
嬢ちゃんずが最初で、その後をアン姫達、そして姉貴達、最後は俺とセリウスさんで受け持つ。
「この針が此処まできたらアンと交替するのじゃな。」
「わたしは、ここから、此処までですね。」
俺の渡した腕時計を嬢ちゃんずとアン姫がジッと見ている。
「それにしても時を計る道具があるとは恐れ入った。アキトの国は進んでいるのか野蛮なのか理解に苦しむのう。」
なんて、アルトさんは言ってるけど、この国に時計って無いんだろうか?今度クオークさんが来たら聞いてみよう。
嬢ちゃんずに後を任せて立木の傍にポンチョを敷いて横になる。
一日中歩いていたから、直ぐに眠りに落ちた。
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体をユサユサと揺すられて俺は眠りから覚めた。
起こしてくれたのは姉貴だった。
「ハイ。ちゃんと渡したからね。」
そう言って俺の腕時計を返してくれた。周囲はまだ暗く、時間を見ると4時過ぎだ。
早速、焚火のところに行くと熱いお茶をカップに注ぐ。
体をボキボキと鳴らしながらセリウスさんも起きてきた。セリウスさんにもお茶を入れてあげる。
「すまんな。…こんな時間だとこれが一番だな。」
そう言いながら、焚火に薪を数本投げ入れる。
「今日は長い一日になりそうですね。」
「あぁ、狩猟期に参加したハンターにとって今日は皆長い一日になるだろう。」
そんな事を話ながらタバコを吸う。
セリウスさんもパイプを使うから、安心して吸えるけど、嬢ちゃんずだと嫌な顔をされるからな。
「ところで、セリウスさんはザナドウが移動していると思いますか?」
「ザナドウは肉食だ。同じ場所で罠を張り続けるわけには行かぬだろう。…だが、さほど遠くに移動したとは思えん。」
「あの足だからですか?」
「そうだ。ミクやミトでももう少し歩くのが上手だぞ。ザナドウの動きは歩くと言うよりは足の置き場所を変えているに近い。元々歩くという事を知らなかったみたいにな。」
「それは、かなりいい線行っていると思いますよ。ザナドウは元は海にいた生物だと思います。それが陸上生活に適正を持った生物に進化したと俺は考えています。」
「だとすれば、ザナドウの外套膜と言ったか、あの皮の厚さも想像できるのか?」
「おおよそは想像が付きます。その厚さは、半Dから1Dの間だと考えています。しかもそれは皮ではなく筋肉の塊です。」
「俺の投槍の穂先の長さは2D…。容易に奴の内臓に届くのか。」
「はい。俺のも1.5Dから2Dありますから当たれば、それなりにダメージを与える事が出来るはずです。」
突然、グライトの谷の方から悲鳴が聞えた。
セリウスさんの目配せを受けると、Kar98 を担いで谷を覗ける位置で状況を見る。
ニコンスコープのアイピースに焚火が映ると、焚火の周囲で片手剣を振るうハンターが見えた。そして、その相手は…カルキュル達だ。
営巣地に近い場所で野宿した結果なのだが…。それでも、1チーム10人のハンターはやはり心強い、どうにかたいした怪我もせずに撃退したみたいだが、谷の下の方でも騒ぎで皆起きたらしい。焚火の勢いが増している。
長居は無用とさっさと引き上げる。
「どうやら、カルキュルの襲撃にあったようです。」
「谷の上部は営巣地だ。知らないハンターがいたのだな。被害は?」
「ハンター10人ですから、何とかなったみたいですよ。」
「今期の狩猟期の制約は、良い方に働いたらしいな。」
そんな事を話していると、段々と周囲が明るくなってきた。
ギョエー…相変わらず変な声で鳴く鳥が辺りを飛び始めた。
「おはよう…。」
最初に起きてきたのはミーアちゃんだった。
続いて、目をゴシゴシしながらサーシャちゃん達が起きてくる。
ポットに水を足してお茶の準備をしておく。
ジュリーさん達が起きてくると早速昨夜のスープの残りに乾燥野菜を追加して簡単な野菜スープを作り始める。
そしてキャサリンさんが焚火のオキを崩して黒パンを炙り始めた。
ようやく、パンが焼けた頃に、姉貴とアルトさんが起きてきた。アン姫達は嬢ちゃんずの次に起きてきたから、これで全員だ。
簡単な朝食を済ませて、お茶を飲みながら、各自の水筒を大きな水筒から補給しておく。昼食は水筒の水とビスケットのような黒パンだ。
焚火を土を被せて消すと、ジュリーさんが全員纏めて【アクセラ】を掛ける。これで、身体機能が2割増しになる。
投槍を数本担いで歩いているが、【アクセラ】の効果で全然苦にならない。
姉貴とセリウスさんが右端を担当し、俺とミーアちゃんで左端を担当する。真中はジュリーさんとアン姫。その後にサーシャちゃんとアルトさん。最後尾が弓兵のお姉さん達だ。丁度T型に展開して俺達は林の中を進んでいく。
ゆっくりとした足取りで進みながら小休止を取るたびに気の流れに不自然なところがないかを確認する。セリウスさんとミーアちゃんはネコ族の持つ特殊能力の勘で不自然な気配を探知する。
前回ハンターが襲われたところにきたようだ。
バラバラになった白骨が散乱している。そして、そこから北に向かって3条の低木を押し倒したような道が続いていた。
「どうやら、獣と一緒で、骨は消化出来ないようじゃな。」
「どの道を辿るのだ。どれも北に向かってはいるが…。」
「アキトの意見は?」
俺はずっと気の流れを追っていた。そして、左端の道の先に気の乱れを見つけている。真中と右側にはそれは無い。ということは、左端のザナドウは単独行動を取っている事になる。
「左端だ。ザナドウは1匹。周囲に別のザナドウはいない。」
「俺もアキトの意見を支持する。左からの威圧は感じるがその外には感じない。この威圧感は複数ではなく単体だ。」
セリウスさんが俺に賛同してくれた。
そして、俺達は細心の注意を払って左の獣道を進む。
すると、前方に茶色いドラム缶のような物体が現れた。
全員が歩みを止め、姉貴が双眼鏡で観察を開始する。
「高さ、3.5m。横幅2m。腕の数…歩行用4本。食腕2本。用途不明2本…ザナドウで間違いありません。」
「現在振舞わしている食腕の長さは50Dですが、安全策として2倍は伸ばせるものと想定します。…配置は当初の予定通りで変更はありません。」
「ザナドウを原点として、配置についてください。終了次第アン姫様に連絡。アン姫様はアキト達と私の配置完了合図を受けたら攻撃開始です。」
「アキトはザナドウの注意がアン姫様に向いたら、ザナドウの両眼を狙撃してください。目が無くとも我々の位置は地面の振動等で知る事は出来るでしょうが、それでも攻撃の目標把握が難しくなるはずです。」
「ジュリーさんとキャサリンさんは【シュトロー】で氷の一撃と周囲の警戒をお願いします。」
「質問はありますか?…では作戦開始です!」
俺とセリウスさんはザナドウの左側に投槍を担いで素早く移動する。
ザナドウと200Dの距離を取り、近場の立木に投槍を立て掛ける。
用意できた投槍は俺が5本、セリウスさんが6本だ。
セリウスさんが背中の片手剣のベルトに挟んだ投擲具を取り出して俺に頷く。俺は拳を握ってそれに応えると、kar98を肩から下ろして、アン姫の方向に移動する。
ボルトを素早く操作すると初弾を装填する。安全装置を右に倒して何時でも発射可能な状態とした。距離は100mを切っている。ニコンのT型のターゲットに大きな目玉を捉えることが出来た。
片手を上げてアン姫に準備完了を伝える。
どうやら俺の合図が最後だったようだ。
アン姫と2人の弓兵が横一列になって弓を満月に引き絞り、鎧通しの様に長い鏃を持つ矢をザナドウに放った。
3本の矢は姉貴が頭だと教えた位置に横に3本突き立った。
ドオヨオオォォン…
腹に響くような重低音が辺りに広がる。
ザナドウの悲鳴なのだろうか…。
そして、俺はザナドウの右目を狙い初弾を撃つ。
タァァン!っという乾いた音と共に右目が吹き飛び青い血潮が飛び散る。
急いで左手を銃床に持ち替え右手でカシャ、ガシャンとボルトを操作して廃莢と装填を行なう。
再び銃を持つ手を持ち替えてターゲットに左目を入れる。
タァァン!っという音と共に左目が吹き飛んだ。
Kar98を持って急いで立ち上がるとセリウスさんの所に戻って行く。
俺が戻った時には、セリウスさんは1本目の投槍をザナドウの外套膜に既に打ち込んでいた。
そして、2本目を投擲具に載せて、ザナドウに向かっていく。
俺も、kar98を肩から下ろすと、最初の投槍を投擲具にセットする。
【ブースト】と小さく呟く。
そして、投擲具を左腕一杯まで後に反らせると、「行け!」の声と共に思い切り左腕を振り切る。
ブウウゥゥンっという音を伴って、投槍はザナドウの外套膜にドス!っという音がして柄までもが潜りこんだ。