#099 ダルバ狩り
次の朝、目が覚めると直ぐに朝食になる。
硬く焼しめた黒パンをお茶で流し込みながら、焼いた乾燥肉を齧る。
「問題は、奴が沼の何処にいるかだ。」
早々と朝食を終えた、セリウスさんがカップにポットのお茶を継ぎ足しながら呟いた。
「昨日は夕暮れ時で、遠くからの偵察です。…もう少し近づけば、気配を確認できるんじゃないかと思います。」
「沼の概況と気配で特定するのか…。だが、どうやって奴を沼から出すのだ?」
「これを、一発打ち込みます。」
姉貴がボルトケースから取出したのは、爆裂球が先端に付けられたボルトだった。
確かに、【メルト】みたいに火属性ではないから、火炎が広がる事もない。
「炸裂したら、怒って姿を現します。其処を、アキトが狙撃。出来れば目を狙ってね。」
姿を見せれば、奴は原因を探るはず。
そこで姉貴を見つければ直ぐに襲ってくるだろう。
クロスボーの射程を考えれば、150mという所か…。最低2激は与えられるな。
「俺は、ミズキの少し上に隠れていよう。ミズキを追ってくるダルバを横から狙う。奴の胴体は長い。…今朝早くから投擲具の練習をしていたが100D離れてあたる確率は半々だ。」
どちらか1本は当たるということだな。
「後は俺がショットガンで始末すればいいんだよね。」
2人は頷く事で肯定する。
しかし、至近距離からの00パッグ散弾の威力は、木造の壁位大穴を開けるけど、皮膚が弾力に富むって言ってたよな。
「アキトの弾切れは、私とセリウスさんで何とかします。」
そう言って姉貴は立ち上がる。
俺とセリウスさんもカップのお茶を焚火に捨ててカップを急いで腰のバッグに仕舞いこんだ。
いよいよだ。俺は全員に【アクセル】を掛けて身体機能を向上させた。
沼地へ少しづつ接近する。
前にダルシットを狩った時に見つけた岩まで来ると、沼の周辺を双眼鏡で観察する。
沼地の周辺は背の高い草はあまり生えておらず。沼地の全体がこの岩からだと観察できる。
そして、数箇所だけ雑草と藪が重なり合った場所を見つける事ができた。
静かに目を閉じて、気の流れを感じる。
山の上から沼地を越え山裾に流れる気を感じる事ができた。
そして、一箇所だけ僅かに気が乱れる場所がある。その方向を確認して目を開ける。
その場所は、一際藪が深い場所だった。沼の上に藪の枝葉が張り出している。
「姉さん。見つけたよ。…方位角300の藪の中だ。」
俺の報告で姉貴は急いで、告げた方角に双眼鏡を向ける。
俺の隣にいるセリウスさんには、指でその方向を示した。
「確かに俺の勘と一致する。2人が一致するなら、ほぼ間違いは無いだろう。」
「いるみたいね。まだこちらに気付いていないわ。」
そして、姉貴はクロスボーと薙刀モドキを持って沼への坂道を下りていく。
セリウスさんが投槍を4本持って姉貴の後を追う。
どうやら投槍を急造したみたいだ。手ごろな枝を切り先端を削って焚火で炭化させたようだが、遠距離攻撃ができるから奴の気をそらせる位には役立つだろう。
俺も、背中のショットガンを下ろし、スライドを引いて初弾をバレルに装填する。そして、弾丸を1発新たに装填する。これで、6発の射撃が可能だ。
安全装置を確かめて改めて背負いなおす。
そして、Kar98を持ってセリウスさんの後を追う。
姉貴はダラシットの火葬箇所に薙刀モドキを立て掛けると、クロスボーに爆裂球をセットしたボルトをつがえ静かに沼地に下りていく。
セリウスさんは姉貴の右側に移動して行った。
そして俺は左手に進む。沼地まで150mを切った場所で腰を下ろし、Kar98に照準器をセットする。そして、木の根に銃杷をあずけて静かに奴が出てくるのを待つ事にした。
姉貴が爆裂球で地雷を仕掛けているのが見える。少しでも、ダルバの襲撃を遅延させるためだろう。
地雷を仕掛け終えると、沼地から少し離れ、俺の方を向く。
俺が片手を上げると姉貴は頷いて、セリウスさんの方を見た。…そして頷く。準備完了と言う訳だ。
姉貴がクロスボーを構えて、発射する。
沼地の繁みに着弾したボルトは、ドォン!っと炸裂して、水煙と木切れが辺りに飛び散る。
固唾を飲んで見守る中、沼は静寂を取り戻す。
姉貴は素早く次のボルトをセットすると再び繁みに狙いをつけた…。
ガサガサっと小枝がこすれる音と共に、大蛇の首がニューっと伸びる。
鎌首をめぐらして辺りを見回していたが、その動きがピタリと止まった。
姉貴を見つけたようだ。
T字ターゲットに大蛇の目を収めると、タァーン!と初弾を放つ。
頭の上に青い血飛沫が上がった。弾丸は大蛇の目を貫通して頭に抜けたようだ。
素早くボルトを操作して次弾を装填する。
俺の方にニューっと首を伸ばしてくる。
タァーン!…と発射した次弾は、狙い違わずその左目に当り、同じように頭に抜けた。
これで、両目を潰した訳だが、姉貴が放ったボルトが首に当たると、ダルバは姉貴の方に向きを変えた。そして、ゆっくりと沼から這い出してきた。
前方からセリウスさんが走りこんでくると、投擲具で速度を上げた投槍をダルバの胴目掛けて投擲する。
ヒュンっと一瞬、空気を切裂く音がして投槍はダルバの胴体深く突き立った。
ズリッ、ズリッっと大蛇の動きに合わせて投槍の柄が大きく振れる。そして、穂先の突き立った胴体から青い体液が噴出す。
ガサガサと音を立てて大蛇から距離を取るセリウスさんに目もくれず、大蛇は姉貴に近づいていく。
姉貴との距離が50m程になった時、シュポン!っていう気の抜ける音がした。
バァン!という大きな音と共に大蛇の頭が砕け散る。グレネードを撃ったようだ。
姉貴は坂を上がりながら次のボルトをセットしている。もうすぐ、ダラシットの火葬場だ。
頭を吹き飛ばされたダルバは首をピンと伸ばしていたが、やがて傷口がウネウネと蠢動すると、新たな頭が顔を出した。
「エィ!」っとセリウスさんが次の投槍を奴の胴体に突刺す。
そして、素早く距離を取った。
胴体に2本の投槍を受けて、穂先が貫通していても奴の動きに変化はない。むしろ素早さが上がっている。
バシュ!っというような音を立てて姉貴が放ったボルトが奴の喉に突き刺さる。
そして、姉貴はダラシットの殻に立て掛けてあった薙刀モドキを構える。
値段はまぁまぁだったが刃は鋭く俺が研いでいる。それを姉貴が振るうなら、結構期待は出来るだろう。
姉貴を狙って顎を大きく開くと、姉貴は薙刀を斜めに構えて待つ。
そのまま突っ込むかと思いきや、口から火球を吐き出した。
ボォン!っというような音を立てて姉貴に迫った所をヒョイって姉貴は身をかわした。
俺は再度、奴の目を狙う。
タァーン!…タァーン!
両眼を潰して、ショットガンに銃を持ち替え、奴に走りよった。
ドォン!、ドォン!頭に2連射すると尻尾の方に駆け抜ける。
俺が去った後にセリウスさんの急造投槍が奴の胴体に命中するが弾き返されたようだ。
頭を半分無くしたダルバの首に姉貴の薙刀が一閃する。
ドンっと音を立ててダルバの首が落下した。
尻尾に2発の散弾を打ち込んでも何の変化もない。打ち込んだ場所の肉がえぐれただけだ。
今度は胴体に散弾を打ち込む。
至近距離で撃った散弾は奴の胴体に大きな穴を開けた。
後も見ずに奴から離れながらショットガンに散弾を装填していく。
そして振り返ると、セリウスさんが俺が散弾で開けた胴体の穴に片手を突っ込んでいる。そして急いで飛び込むように奴から離れる。
ドオォン!
胴体から蒼い血飛沫が飛び散り、ダルバの全身が痙攣する。
どうやら、セリウスさんが奴の胴体内に爆裂球を仕掛けたようだ。
ガシャンとポンプアクションで散弾を1発取り出す。スラッグ弾を装填して、再度ポンプアクションをすれば、チャンバーにはスラッグ弾が装填されている事になる。
先程取出した1発を装填して、ダルバに迫る。
ドオォン!とスラッグ弾をセリウスさんが開けた傷口に叩き込んで、更に首近くを散弾で穴を開ける。
そして急いでセリウスさんの所に走りこんで彼に爆裂球を2個差し出した。
「使ってください!」
「おお…。以外とこれが使えるな。」
姉貴は相変わらずダルバの首を相手にしている。
ダルバは鎌首を下げて姉貴に跳びかかるように火球を放つが、【アクセル】で強化された身体機能で難なく避けている。ひょっとして【ブースト】も使っているかもしれない。
胴体をセリウスさんに任せて姉貴の方に周りこみながらダルバの頭部側面に散弾を発射する。
続いて正面に周りこみ顔面に1発。そのまま右に周りこみ頭部の右側にもう1発。
急いで離れると、残った散弾とスラッグ弾を装填した。
ドオォン!
胴体でまた爆裂球が炸裂する。
盛んに尻尾で周辺をめちゃくちゃに叩いているが、セリウスさんの動きの方が少し上回っているようだ。
胴体に近づくと、セリウスさんは先程の大きな傷口を更に広げたようだ。
よく見ると中に骨が見える。
背骨か?と思いながら散弾を連射する。
胴体が両断して、バタバタと尻尾が跳ね回る。
尻尾の切断面が蠢いて頭が出ようとしたのを、散弾で吹き飛ばす。
其処にセリウスさんが急造投槍を持ってくると、散弾で吹き飛んだ胴体にズブリっと差込み地面に縫い付ける。
そして、片手剣を両手に持つと、ダルバの尻尾を細切れに切り刻み始めた。
頭の方は両目と顔面を潰された為、姉貴がよく見えないようだ。
その隙に姉貴は再びクロスボーでボルトをダルバに打ち込み始めた。
なんか、頭がハリセンボンみたいになってきたけど、まだまだ倒す事は出来ないようだ。
首を狙って残りのスラッグ弾を全て発射する。
ドォン!ドォン!っと2撃。これで、持ってきたショットガンの弾は全て消化した。
M29を取出して、首から順に弾丸を叩き込んだ。
4発目の弾丸を撃ったところ、ダルバに痙攣が走った。
残り2発を同じ場所に発射する。
そして、刀を取出し、マグナム弾で青い血が脈を打って吹き出る胴体に突き刺し、えぐるようにして刀を引抜く。
ドドオン!っと音を立てて鎌首が地面を打つ。
姉貴が薙刀でツンツンしているが、もう動く気配はないようだ。
セリウスさんに任せた尻尾は、三分の一ぐらい骨が見える位に刻まれている。
そして、やはり尻尾の先は動かなかった。
どうやら、倒したみたいだ。
倒したダルバを更に切り刻むと、薪と一緒に積み上げる。
俺が首を落とした時だった。頚骨の後から、魔石が転がり出る。
そして、致命傷を与えた場所からも同じように魔石が出てくる。更に、セリウスさんが切り刻んだ尻尾にも1個の魔石が出てきた。
都合3個の魔石である。ダルバが中々倒せないのもこの魔石のせいなのかも知れない。
魔石はゴルフボールより少し小ぶりな、透き通るような蒼い魔石だった。
解体したダルバを積み上げて、更に薪を載せる。
そして、その薪に火を点けて火葬にする。あれだけ、しつこい生命力だと、少し位切り刻んでも、安心できなかった。
あっちこっちに置き去りにした武器を纏めて、家路につく。
「やはり投擲具は使う価値がある。少し練習すれば200Dも夢ではない。」
「気に入ったみたいですね。」
「あぁ、気に入った。…これを2人で使うなら大型の魔物にも使えるだろう。…しかし、1人では隙ができすぎる。」
「10人以上で、あれを使うとザナドウよりも大型の獣を倒す事が出来ます。」
この世界には像はいないだろうが、俺達の先史時代の狩人は、投擲具でマンモスを狩ったのだ。
「やはり、人数がいるか…。それでも、これは強力な仕掛けだ。」
そんな事を話しながら山を迂回して、森の小道の休息所に出る。
休息所で簡単な昼食を取り、小道を下ると夕刻には家に着く事が出来た。