第三話:黄金リンゴの治療薬《ポーション》
俺は慌ただしくマルコを救援に向かうための準備をしていた。
【刻】と【竜】との謁見に出向いている間、俺はアヴァロンを留守にする。それまでにやらないといけないことがある。
一番大事なのは、魔物たちへの指示だ。準備に使える日数が少ない。俺の不在時にも準備を進めてもらう必要がある。
その一環として、エルダー・ドワーフであるロロノの工房にある設計室に来ていた。
ロロノに作ってほしいものがある。
「ロロノ、”あれ”のメンテと並行して、もう一つ仕事をお願いしたい。俺の指示するものを作ってほしい。期限は三日後の出発までだ。すべてに優先しろ。他の仕事は放り出しても構わない」
マルコのダンジョン内での戦いになる。
いつもとは勝手が違う戦いだ。それなりの準備が必要だった。
その作業の一つにはアヴァロンリッターの改修も含まれている。今回は前回の戦争で温存した、スペシャルなアヴァロンリッターも投入する。
俺は指示書をロロノに手渡す。
ロロノは俺の手渡した指示書を見て、表情を引きつらせる。
その気持ちはわかる。あまりにも作業量が多い。
ロロノの知識と技量をもってしても困難なことはわかっている。それでも、俺は依頼した。
「三日でこれを?」
「なんとかしてほしい」
「……わかった。やってみる。いや、絶対にやる。マスターのためなら、どんな無茶だってする」
「無理を言って悪いな。ロロノ」
ロロノをぎゅっと抱きしめる。
いつも、この子には無理をさせてきた。そして、その無理に助けられてきた。
俺はロロノに頼りすぎだ。だが、どうしても必要なことだ。
「マスター、頑張る。たくさん、頑張る。だから、全部終わったらいっぱい褒めて」
ロロノが俺の胸の中で体重を預けながら、甘えた声を出す。
ロロノの中の甘えん坊な部分が顔を出した。
「もちろんだ。いくらでも可愛がってやる」
ロロノの頭を撫でてやると、彼女が目を細める。
褒めてほしいのなら、いくらでも褒める。こんなに、俺のために尽くしてくれるロロノを邪険になんてできるものか。
「それと、まだもらってないご褒美も忘れないで。すごいの頼むから」
「なんでも聞くよ。だから遠慮はするな」
ロロノが抱き着いてくる力を強めてきた。顔を強く俺の胸に埋める。
彼女のためなら、なんでもしたいと思う。
「ん。なら、今すぐに作業にかかる。期待以上に仕上げるから。世界最高の鍛冶師であるエルダー・ドワーフのプライドにかけて……ううん、父さんの娘の意地で!」
ロロノはそう言うなり、名残惜しそうに俺の抱擁を解いて、工房の作業部屋に消えていく。
彼女の手には、エンシェント・エルフであるアウラが育てた【始まりの木】に実る黄金リンゴが多数ある。
黄金リンゴは治療や魔力の回復の他にも疲労回復の効果がある。
あれがあれば、数日程度なら一睡もせずに集中力を維持できる。
ロロノはこの段階で一睡もできないと覚悟を決めたようだ。
「任せたぞ、ロロノ」
常識で考えれば不可能な作業。
だが、ロロノならその不可能を可能にしてくれると信じている。
俺は、目的を果たしたので、ロロノの工房を後にする。
ロロノの他にもすぐにでも動いてほしい魔物がいる。
今回の戦い、俺の戦力だけでは状況をひっくり返すことができない。
手軽かつ、確実に戦力を倍増させるための手を打つのだ。
◇
ロロノの工房を出たあとはエンシェント・エルフであるアウラの果樹園に向かっていた。
俺の不在時に、戦いの準備をするのはロロノだけではなくアウラもだ。
果樹園につき次第、アウラを見つけ声をかける。
アウラは金色の髪を揺らして、翡翠色の眼をいつも以上に輝かせながら俺の元へ駆け寄ってきた。
「ご主人様、いらっしゃいませ」
「アウラ、さっそくだが要件を伝えさせてもらう。以前から作ろうとしていた治療薬。あれを今回の戦いで使いたい。できるか?」
「はい、任せてください。ちゃんと、お薬に必要な材料の選定と栽培は成功しています。試作品も今朝完成しました。あとは量産だけです」
アウラの果樹園には、最近、さまざまな薬草畑も用意されている。
それはアウラの趣味のためだけではない。
以前から、アウラに治療薬の作成を命じており、そのために必要なものだった。
「今回の戦いでは長期戦も視野に入っている。重傷者が多数出るし、魔力の枯渇も著しいだろう。体力の消耗にも対応しないといけない。そのために大量の回復アイテムが必要なんだ。質も大事だが、それ以上に量がほしい」
「私も同意見です。残された時間で可能な限りの治療薬を用意します」
今まで、アヴァロンでの治療は【始まりの木】の黄金のリンゴに頼り切っていた。
アウラが育てあげた【始まりの木】に実る黄金リンゴは、そのまま食べるだけで並みの治療薬を超える治癒能力。それに加えて疲労回復力と、魔力の回復まで効果まである優れもの。
なら、その有効成分を抽出し、他の薬草と組み合わせて相乗効果を与え、しっかりとした治療薬を作れば、その効果は跳ね上がるのではないかと考えた。
それも、回復力特化、魔力回復特化と用途を絞り込むことでより顕著なものになるのは間違いない。
アウラは、星の化身のスキルをもち、薬学の知識も豊富だ。彼女になら黄金リンゴを使った治療薬作りができる。
「マルコの魔物を戦力として数えられるかどうかは、治療薬にかかっている。アウラ、頼りにしているぞ」
「任せてください! 私が育て上げた最高のリンゴの治療薬があれば、死人だって蘇っちゃいますよ!」
治療薬は俺の魔物たちにも必要になるが、真の目的は別にある。
マルコの魔物たちの戦線復帰。
マルコの魔物たちは、俺が増援にかけつけるころには、連日の戦いで傷を負い、魔力もつき、体力的にも限界に来ているだろう。
本来、そんなマルコの魔物たちをあてにすることはできない。
俺が真っ先にやることは、傷ついたマルコの魔物を癒し戦線に復帰させること。
そのために大量の治療薬。それも規格外な性能のものがいる。
それができるだけで戦況は一気に改善するのだ。
なにせ、本来戦力外になるはずだったマルコの傷ついた魔物をすべて戦力として計算できるようになる。
これは非常に大きい。
あるいは、俺の援軍よりも効果が高いかもしれない。
「ぎりぎりで、薬草の栽培が間に合ったな」
黄金リンゴと相性のいい薬草は以前からアウラが研究し、育てる種の選定を行ってくれていた。
だが、黄金リンゴの格に見合う薬草はなかなか見つからなかった。商人たちと協力して世界各地の薬草を片っ端から仕入れ、ようやく適した薬草を見つけたのはつい最近の話だ。
あと一週間、マルコが襲われるのが早かったら治療薬は間に合わなかった。
「ご主人様は、もっている方ですからね。きっと、これは運が良かったなんてことじゃなく、必然です」
「それは勘か?」
「ただの勘ではないですよ。そういうものだとわかるんです。なにせ、私は星の化身で、神の加護を受けた身ですから」
アウラがにっこりと微笑む。
彼女は、色んな意味で大人だ。そのことを実感する。
「星の化身の言うことだ。信じよう。あとは任せた。三日後の出発までに可能な限り頼む」
「ええ、ハイ・エルフたちと一緒に全力で取り組みます! ……あっ、ちょっと待ってください。大事なことを忘れていました。ご主人様には試作品をまだ見せていなかったですよね?」
「そうだな。研究中とまでしか報告を受けてない」
「なら、これを渡しておきます」
アウラは懐から三つの小さな瓶を取り出す。
薬が三つ? 一つは体力と傷を回復するもの。二つ目は魔力を回復するものだと想像がつくが、三つめはなんだ。
そんなことを考えているとアウラが説明を始めた。
「一つ目は、傷と体力を癒す治療薬です。体の疲れは一気に吹き飛びますし、その後も疲れを感じにくくなります。傷のほうは、よほどの重傷でない限り数分で癒せます。ただ、あくまで免疫と自己治癒力の強化ですので、放っておいて治らない傷は治りません。部位欠損はどうにもならないし、骨折も複雑骨折は癒せません」
「ふむ、わかった。二つ目は?」
「二つ目は、魔力を回復せる治療薬。自然回復する魔力量を数時間ほど、四倍程度まで引き上げるものですね。あくまで体で生成する魔力量を引き上げる薬ですので、飲んだ瞬間に魔力を回復することはできません」
俺はアウラの言葉にうなずく。
あくまで治療薬と言うのは、薬であり人間や魔物の回復を助けるというものだ。
一瞬ですべての傷を癒したり、魔力を満たすことはできないし、一度に大量摂取したところで効果は増えない。
とはいえ、非常に有用なのは間違いない。
「最後の三つめは?」
「これは治療薬というよりは、無理やり戦わせるための麻薬です。脳のリミッターを外して限界以上の力と魔力を最後の一欠けらまで絞り出させます」
俺は息を呑む。ずいぶんと物騒なものだ。
そんな俺を見て、アウラが苦笑しつつ言葉を続ける。
「これを使えば、疲労も痛みも感じなくなりますし、非常に強い高揚作用があります。死にかけの魔物でも、健全な状態以上の力で戦えるようになるでしょう。とはいえ、そんな無理をすれば後で反動と後遺症に苦しみます。瀕死の状態で使えば命の危険も。……これは、最後の最後の切り札にはなります。私なら、使うでしょうね。何もできずに死ぬぐらいなら、最後に一太刀。残された仲間のために死力を尽くしたい」
俺は心のなかで、最後の治療薬に、バーサークポーションと名を付けた。
物騒だが、必要なものだ。何もできないまま死んでいくぐらいなら、これを使って一矢報いる。今回の戦いでは、そう考える魔物も現れるだろう。
アウラからもらった三つのポーションを懐に入れておく。
もしかしたら、使う機会があるかもしれない。
「いい薬ばかりだ。三日で作るのは一番目と二番目を重視してくれ。三つめは二十もあれば事足りる」
「かしこまりました。では、このアウラ、ハイ・エルフたちと共に、治療薬の量産に入ります。在庫の黄金リンゴ使い切っちゃいますよ!」
これで、俺の不在時もロロノとアウラが戦争の準備を進められるようになった。
彼女たちの働きに期待しよう。
「アウラ、一応言っておくが、始まりの木のリンゴを使ったポーションは絶対に一般に流通させるなよ」
「心得ています。人間がこれを知ったらどうなるかは想像がつきますから」
俺の忠告にアウラは頷くと、倉庫から生命の水に漬けて保存していた黄金リンゴを運び出し、さらに彼女はハイ・エルフたちに薬草類の刈り取りを命じた。
これから、薬の調合が始まる。
ここはアウラに任せていいだろう。
ロロノが兵力を整え、アウラが兵站を整える。
そして、ルルイエ・ディーヴァのルルには情報招集を任せ、クイナとワイトは俺の護衛として【竜】や【刻】との交渉に連れていく。
これは、アヴァロンの総力戦だ。全員が全力を出さないと勝てないのだ。
「さて、俺は一度屋敷に戻るか」
帰路につこうとすると、手紙を持たせて送り出した青い鳥が帰ってきて俺の肩の上にとまった。
「ずいぶんと早いな」
【刻】の魔王には、彼から譲り受けたカラスの魔物で手紙を出し、【竜】の魔王は直接手紙を送ることができなかったので、彼の子である【風】の魔王ストラスに、青い鳥で手紙を送っていた。
驚いたことに、数時間もしないうちに【風】の魔王ストラスから手紙が返ってきたようだ。
俺は手紙を早速読む。
【竜】の魔王は、いつでも謁見を受け付けてくれるとのことだ。
「なら、今から行くしかないよな」
時間がない。
すべてを最短で行わないといけないのだ。【竜】の魔王が、いつでもいいと言うなら、今から行く。後に【刻】との交渉も控えている。
さあ、ストラスのところに向かおう。
正直、まだ【竜】の魔王を説得するにはどうすればいいか答えが出ていない。
その答えが出てから出発なんて悠長なことは言っていられない。空を飛びながら考えよう。
広い空なら、気分転換ができていい考えが浮かぶだろう。
俺はそう考え、急いでクイナとワイトを呼び出し、暗黒竜に乗って、ストラスのダンジョンを目指して飛び立った。
年間四位になりました。感謝! あと三つで一位ですよ!
12/15に発売された書籍化版のほうも絶好調らしいです! 皆様、ありがとうございます!




