第十話:コハク先生の魔物諜報講座
ワイトに暗黒竜たちを預けたあと、アウラが育てている果樹園に移動していた。
白虎のコハクに諜報についての話を聞くためだ。
白虎のコハクは歴戦の勇士だ。おそらく、諜報についても詳しいだろう。
コハクは、果樹園の最奥にいる。
エンシェント・エルフたるアウラが丹精込めて育てた”始まりの木”の近くだ。清冽な気があふれる場所にコハクはいる。
その場所に俺は辿り着いた。
アウラが額に汗を浮かべながらコハクに手をかざしているところだ。
コハクは気持ちよさそうに眠っていた。巨体でもネコ科特有の可愛さがあって微妙に癒される。
俺が近づくと、コハクはゆっくりと目を開いた。
「主よ。よく来たな。要件はすでに聞いておる」
コハクは、若干眠そうな声音でそう告げる。
アウラがしっかりと伝言をしてくれたようだ。
「話が早くて助かる。今日は諜報について聞きたくてここに来た」
「ふむ、それは構わんが少し待ってくれ。アウラの治療は心地よくてな。眠くてかなわん。中断させて二度手間になってしまうのも忍びない。この少女は嫌な顔をせずに頷くだろうが、どこまでも繊細で暖かな魔力と気を我に送ってくれとる、これがどれだけ神経を使っているのか、わかるゆえ、我が心苦しくなる」
「いえ、ぜんぜん、そんなことありません。ご主人様を待たせるぐらいなら」
アウラは、今にも作業を中断しそうな勢いだ。
「いい、アウラ。治療を続けろ。アウラの一番の仕事はコハクの回復だ。後回しにしていいものではない」
「はい、かしこまりましたご主人様!」
アウラは元気よく頷いて作業に戻った。
アウラの手元を見る、アウラは自らの魔力と気をコハクに送り続けていた。
中に入り込んだ瘴気を中和しているのだろう。
五分ほどそうして、ゆっくりと手を放した。
「コハクさん、今日の分はこれで終わりです。また、明日続きをします。きっちりと黄金のリンゴを食べるのを忘れないでください」
「言われなくとも、これほどうまいリンゴ食わずにおれるか。とはいえ、肉も久々に食いたいのう。盗人どもをあまり食いすぎると、蘇生したときに劣化すると、ワイトに文句を言われるし、なかなか難しいわい」
カカカと琥珀は笑う。
相変わらずリンゴ泥棒は現れ続けているようだ。
「肉が食いたいか。いいだろう。諜報について有意義な話を聞ければ礼として肉を届けよう。生と調理済みどっちがいい?」
「ふむ、なら分厚い肉の塊をレアで焼いてもってきてくれ。塩をたっぷり振るのも忘れるな。それが一番うまい」
妙に人間臭い注文に俺は笑ってしまいそうになった。虎でも火を通したほうが旨く感じるのは意外だ。
「わかった、注文通りの肉をもってこよう」
「うむ、楽しみにしている。では諜報について話すとしよう。何から話したら良いものか」
コハクが思案を始める。
話を進めるために、俺は自分から話を切り出すことにした。
「まずは、アウラやクイナといった気配に敏感な俺の魔物たちが侵入者に気付かないといった異常事態がありえるかを知りたい。俺はアウラやクイナに気付かれても問題なく諜報出来るからくりがあると見ている」
アウラは半径数キロの風がある空間全ての情報を得ることができる。
彼女には定期的に、街に危険な存在が侵入していないかを確認してもらっていた。たとえ人間であろうと強い魔力をもっている存在を察知した場合報告をしてもらっている。
さらに、俺と一緒にいることが多いクイナには、もし怪しい気配を感じた場合報告するように頼んである。
諜報をするなら、全ての情報が集まる俺に近づかないといけない。クイナの気配探知能力は半端がない。もし、俺に意識を向けようものなら彼女はすぐに気が付くだろう。
「ふむ、よかろう。まず第一にだが、一流の魔物ともなるとその気になれば完全に魔力を漏れないようにできる。魔力が漏れなければ、外見以外で魔物か人が判断がつかん」
「それはわかっている。だとしても高頻度で俺に近づけば必ず、アウラかクイナのどちらかは、異常な動きをしている人間がいると報告してくれたはずだ。二人にも確認したが、そんな怪しい人間はいなかったと言っている」
だからこそ、強く警戒しているのだ。
「ならば答えは簡単だ。魔力を一切漏らさずに、近づくことすらなく情報を集める能力をもった魔物がいるということだ」
コハクは何でもないように、そういった。
「理解しきれてないので、一例をあげよう。例えば鳥や虫と意識を同調できるタイプの魔物じゃな。我の知り合いに一人、ノミと意識を同調できるものがおった。お主も、アウラもクイナも、ノミの一匹まで注意しておらんだろう? 同調のためのパスを作るときにわずかな魔力が漏れるが、一度パスを繋げれば、あとは一切魔力が漏れん」
「……それは盲点だったな」
あくまで近づく、人間や魔物。そういったものしか警戒していない。
魔力が通っていない虫一匹などいちいち気にしていられない。
「他にも、異常に耳がいい連中もおる。そいつらにかかれば周囲一キロの音全てを拾うこともすら可能だ。同一フロアの音全てを、どこに居ようがひろう。そんな奴に魔力を隠して潜まれれば、気付きようがなかろう。なにせ、日常生活をしながら、耳をすましているだけじゃからのう」
「そんな、魔物まで居るのか」
そのパターンも気付きようがない。なにせ、一切の怪しい行動をとっていない。何食わぬ顔で日常生活を送りながら、常に音によって情報を集めているのだから。
「まだあるぞ。ある意味これが最強じゃな。異なる次元に身を隠してな、別の次元からのぞき窓を作って常に監視する魔物じゃ。そいつの能力で自分の側からは見放題、聞き放題、次元操作能力をもってない相手からは絶対に見つからん。そんな魔物が居たらお手上げじゃな。とはいえ、魔力結界が張られているところには覗き窓は作りにくいのが難点かのう」
「……ある意味最強だな。というより、そいつは奇襲能力といった面では反則を通り越してるな」
観測できない次元から、魔力結界が張られていないところであればどこからでも監視できるし、いざとなれば現れることができる。
そして、そんな魔物に一体だけ心当たりがあった。
マルコの【誓約の魔物】だ。
パレス魔王に向かうまえ、マルコは俺の甘さを実感させるために自らの誓約の魔物に俺を襲わせた。
その中に一体、俺の影から突如現れた魔物がいた。能力の分類的には次元操作系の魔物だ。
見た目と雰囲気で、忍者というイメージがあったが、もっと重要な点は別の次元に潜むことができるという一点だった。
「答えは最初から見せられていたのか」
内心で舌打ちする。マルコはきっと俺を試すためにあえて、その能力を見せつけた。にも拘わらず、俺は今の今までその脅威に気付けなかった。なんたる間抜け。自分が嫌になる。
高確率でマルコが諜報に使っている魔物はそいつか、もしくはそいつを作ったときに購入可能になった二つランク下の魔物だろう。
「ありがとう。参考になった。俺がやるべきは、俺の屋敷だけじゃなく、ロロノの工房にも結界を張ることだな。あそこにも機密が山ほどある。そして、定期的に重要拠点ではアウラに頼んで真空状態を作り出し、生物を一切残らずに殺すとしよう。他にも、重要情報については防音が徹底した部屋以外での会話を禁止する。それぐらいだろう」
「ふむ、極めて現実的な対応じゃのう。だが、あくまで今我が言った魔物たちにしか対処できん上、結界が中途半端な結界なら高位の魔物なら力ずくで打ち破るぞ」
「前者は割り切る。後者はそれでもかまわない。結界に異常があった。それが次元操作系の魔物の存在証明になる」
コハクは、満足げにうなずく。
それは、教師が生徒の答えに満足しているようだった。
概ね、それは間違っていない。
「やはり、主殿は頭がよく回る。我が仕える価値がある」
「そういってもらえると嬉しい。これからも頼りにさせてもらうぞコハク」
「うむ、体調も全快に近づいてきた。今後はより力になれるだろう」
「それは頼もしいな。一つ聞いていいか。【鋼】の前の主のところに戻りたいと考えたことはないか?」
「あるに決まっておろう。我は元の主のことを好いておるし、大事な仲間も、我を慕う部下もおる」
コハクは何でもないことのように伝える。
「我の元主は、主を試すためには我が必要だと思って派遣した。その時点で我が死ぬことは織り込み済みだろう。いや、こうして主に仕えていることすら想定したかもしれん。……あの元主なら十分ありえる。ならばこそ、ここで主のために働くのも我が天命というものであろう」
コハクの言葉には元主への信頼があった。
だからこそ、俺は一つの決断をする。
「俺はおまえとの約束したとおり、おまえの主のことを話せとは言わないし、聞き出すつもりはない。だが、もし偶然おまえの主を突き止め交渉の機会があれば、おまえとの交換を条件に、有利な条件を引き出すつもりだ」
「それは、我が不要ということか」
「違う、コハクの心が前の主の方に向いている。それならば、そっちのほうがおまえにとって幸せだと考えるからだ。もちろん、おまえを失った分、とるものはしっかりとるがな」
「カカカ、やはり主は面白いのう。いつか本当に心の底から主に心酔してしまうかもしれん。そうなったら、我は自ら、その交渉をやめてくれと嘆願しよう」
「そうしてくれ。おまえの心が完全に俺を向けば絶対に手放したりしない。個人的に、俺はおまえのことを買っている。能力や知識だけじゃない。その性格が気に入っているんだ」
俺とコハクは笑いあう。
これで用事は終わりだ。
「コハク、アウラ、俺は決めたよ。次の【創造】は諜報系の魔物、それも次元操作系の魔物を作ろう」
「それがいいです! さすがの私も次元の向こう側までは対応できません。
次元操作系の魔物は、次元操作系の魔物でしか対応できない。
ならば、現状の次元操作系の魔物がいない状態は致命的だろう。
今、この瞬間も首元に刃を押し当てられているようなものだ。
それが決まれば、あとはどうやって次元操作系の魔物を作るかだけだ。
いったい、何のメダルを使えばそこに至る。
……あるじゃないか。次元と密接にかかわり、なおかつ最強クラスのメダルが。
その正体は……
「俺は行くよ。ありがとう。コハク、アウラ」
俺は、脳裏に浮かんだアイディアを忘れないために、穴がないかを確認するために屋敷に戻る。
さて、今から新たに生まれる魔物が楽しみだ。
……そういえば、俺が唯一交換で渡した【創造】のメダル。
あれはどう使われているのだろう。
【創造】のメダルを渡した相手は、現存する魔王の中で最強の一柱である【刻】の魔王ダンタリアン。
彼が【創造】をフルに活かしたとき、どれほどの化け物が生まれるのだろうか。
とはいえ、所詮一枚だけ。俺にはクイナをはじめとした四体のSランクの魔物がいる。恐れることはないだろう。
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