エピローグ:最高の魔物たち
クイナとロロノに手を引かれ、アヴァロンの地下一階の第二フロアにあるパン工場にやってきた。
そこには、俺が支配する全ての魔物が揃っている。【戦争】の勝利を祝う祝勝会を行うのだ。
机や椅子が大量に用意され、料理と酒が山ほど並べられている。
人間用の料理もあれば、グリフォンやヒポグリフ、そしてイミテートメダルで作った魔物たち向けの料理も存在する。
これらの料理は、エルダー・ドワーフのロロノとエンシェント・エルフが作ったものもあるが、基本的にはアヴァロンに住む人間から買ったものが多い。
アヴァロンは移民と冒険者が増え、酒場や飲食店が多くなってきた。
人間が商売を始めるといろいろと便利なものが増え街が豊かになっていく。
ちなみに、料金は鉱山でゴーレムたちが不眠不休で採掘した銀や金でドワーフ・スミスたちが作った硬貨で支払っている。ミスリル狙いの採掘のときに銀や金が手に入るので、アヴァロンは財政的にかなり余裕がある。やはり、現金があるのは強い。必要なものを隣の街から購入できるのは大きなアドバンテージだ。それで随分と街の運営が助かっている。
【鉱山】の存在は住民には秘密していた。フロアの境目はうまく偽装しているし、常にゴーレムたちを門番にして侵入されないようにしている。ただでさえ、アヴァロンは魅力的なのに埋蔵量が無限にある鉱山があるなんて人間に知られたら洒落にならない。
「そろそろ、オリハルコンが採掘できるようになってもいいんだが」
「マスター、そうなれば私も嬉しい。作れる武器の幅が広がる。それに、私たちの武器に使ってるオリハルコンの在庫が残り少ない。そのうち武器の修理ができなくなる」
俺の独り言にロロノが頷く。
オリハルコンの在庫は、マルコのダンジョンで掘り貯めておいた分しか存在せず、その量も残りが少なかった。
【鉱山】で採掘できる金属のランクは、魔王の力量に比例する。【獣】の魔王であり俺の親のマルコのダンジョンではオリハルコンやアダマンタイトまで採掘できたが、今の俺の【鉱山】ではミスリルまでが限界。そのミスリルも採掘量が少ない。
「明日、久しぶりに埋蔵物の調査に行こうか」
「ん、そうする。鍛冶師として死活問題」
三人の【誓約の魔物】が揃ったこと。さらに今回の【戦争】で随分とレベルがあがったことを考えると、オリハルコンが採掘できるようになっていてもおかしくない。
もし、採掘できなければマルコに頼んでしばらくの間、マルコの【鉱山】を使わせてもらうようにお願いしよう。
そんなことを考えながら、【誓約の魔物】の三人、そして俺の右腕にして、参謀。かつてワイトだった黒死竜ジークヴルムと共に壇上にあがる。
全ての魔物たちの視線が俺たちに集まった。
「親愛なる我が魔物たちよ!」
わざとらしく、マントを靡かせながら口を開く。
そして、俺は壇上から、魔物一体一体の顔を眺めていく。
彼らの表情には自信が溢れていた。
今回の【戦争】では、三つの水晶を砕いたことで【粘】【邪】【鋼】の力を得た。
さらに、【戦争】のノルマを達成することができ、創造主からの褒美をもらっている。
それだけではない。白虎という特級戦力、黒死竜ジークヴルムの力で強化蘇生でアンデッド化し、俺の配下に加わった元【鋼】の魔王の配下たちと、実益面で得たものは非常に大きい。
だが、最大の収穫は、【戦争】に勝った事実とそれによって配下の魔物たちが得た自信だと俺は考えている。
「我らは勝った。三体の魔王の軍勢を相手にするという絶望的な状況の中、正々堂々と敵を打ち破り勝利を掴んだのだ!! それも俺が命じた通り、誰一人欠けずに全員が生き残った! 【戦争】が始まるまえ、もう一度この場所で誰一人欠けずに会おうと言った俺の夢物語をおまえたちが形にしてくれた。完全勝利だ!」
魔物たちから歓声があがる。みな上機嫌に声をあげていた。
隣の仲間たちと顔を見合わせ、誇らしげに微笑みあう。
「この勝利はおまえたちの頑張りのおかげだ! おまえたちでなければ勝てなかった。俺はおまえたちのことを誇りに思い、感謝している! よくぞ俺の配下として生まれてくれた! 杯を持てるものは杯を持て!」
俺の命令で人型の魔物たちは杯を持ち、そうではないものは酒の入った巨大な桶に移動する。
「みんな、杯を掲げよ! ……乾杯!!」
たくさんの乾杯という声と咆哮があたりに広がり、次々に杯をぶつける音が響いた。
俺が一気に酒を飲み干すと、みんながそれを真似する。
「では、これより自由時間とする。食い物と酒を用意した。思う存分楽しみ、疲れを癒してくれ。明日からもまた頼むぞ」
そうして、俺は壇上を降りる。
魔物たちが料理に群がり、友と歓談を始める。
クイナが俺の右腕に、ロロノが左腕につかまる。アウラは俺たちを見つめながらにっこりと微笑み一歩後ろを歩く。
ストラスは、「小さな子に抱き着かれて鼻の下を伸ばしてる。やっぱりロリコンなのかしら」とひどく失礼なことを呟いた。
ワイトは俺に挨拶をすると、そそくさと婚約者であるスケさんのほうに向かっていく。心なしかいつもより足取りが軽い。彼は、この【戦争】が終わると結婚すると言っていた。無事二人とも生き残れてよかった。仲人を頼まれていたことを思い出す。いろいろと挨拶を考えないと。
さあ、俺も祝勝会を楽しむことにしよう。
◇
祝勝会が始まってから結構な時間がたった。
美味しい料理と酒を楽しみ、だいぶお腹が膨れてきた。
俺の隣にはべったりと三人の娘たちが張り付いている。
ときおり、魔物たちが俺に挨拶しに来てくれる。
ストラスはさきほどまで一緒にいたが、飲み過ぎたみたいで風にあたってくると席を外した。
「おとーさん、あーん」
「マスター、杯が空。そそぐ」
「ご主人様、料理をとってきますね」
三人の娘たちは甲斐甲斐しく世話をやいてくれている。
今はストラスも他の魔物たちもいないし頃間だ。あれを渡そう。
「ありがとう、みんな。ちょうどいい。渡したいものがあるんだ」
俺はポケットから二つの指輪を取り出す。アヴァロンのシンボルであるリンゴのような刻印が刻まれたプラチナリング。
一つは燃えるような紅いルビー、もう一つには冷たく鋭利な紫のサファイアの宝石がつけられている。
「これは【誓約の魔物】の証しの指輪だ。受け取ってほしい。アウラには先に渡したんだけど、クイナには紅いルビーを、ロロノには紫のサファイアを用意した。二人に一番似合う宝石を選んだつもりだ」
そう、これは日ごろの感謝を伝えるためであり、誓約の魔物の自覚をもってもらうためのもの。すでにアウラには翡翠色のエメラルドの指輪を渡してある。
二人の左中指に指輪を嵌めると、彼女たちは愛おしそうに指輪を撫でた。
「うわぁ、綺麗なの。おとーさん、ありがとう!!」
「父さん、すごく嬉しい。一生この指輪を大事にする。これからはもっと父さんのために頑張る」
クイナはもふもふ尻尾がこれ以上ないぐらいにぶんぶん振る。
ロロノのほうは、俺の呼び名がマスターではなく父さんになっていた。
二人とも、ものすごく喜んでいるときの反応だ。
「三人とも指輪を見せてくれないか」
「やー♪」
「んっ」
「かしこまりました」
三人がそれぞれの左手に嵌めた指輪を見せてくれる。
クイナは、明るく燃えるような情熱的な紅いルビー。
ロロノは、涼やかで落ち着いた安らぎの紫のサファイア。
アウラは、温かく包み込むような優しい翡翠色のエメラルド。
どれも彼女たちにぴったりだ。まったく違う個性を持つ。それぞれにとびっきりの違った魅力がある俺の【誓約の魔物】たち。
「改めて、宣言する。クイナ、ロロノ、アウラ。おまえたちを俺の【誓約の魔物】に任命する。これで、俺の【誓約の魔物】たちが揃った。おまえたちと生涯ともにいることを誓おう。共に笑い、共に泣き、共に前に進もう。最愛の娘たちよ」
俺の言葉を聞いた三人は、それぞれ可愛らしい反応を見せてくれた。
クイナは笑顔でやー♪と元気よく返事をし。
ロロノは真面目な顔でコクリと頷き。
アウラはにっこりと、満ち足りた顔で微笑む。
そして、三人の娘たちは顔を見合わせて少し悪戯っぽい表情になり……三人そろって抱き着いてきた。
倒れそうになるのを堪えて、俺は全員を抱きしめる。
「おとーさん大好きなの!」
「ん。死ぬまでずっと一緒」
「ですね。いらないって言われてもずっと離れません」
三人のぬくもりを感じながら、【誓約の魔物】が揃った喜びと、【誓約の魔物】が彼女たちであったことの喜びをしっかりと噛みしめる。
これからも頑張っていこう。俺の街と魔物たちは誰にも奪わせない。彼女たちを守る。いや、守るだけでなく、もっと豊かに街を発展させ、みんなで幸せになるんだ。
そんな決意を胸に、俺は薄く微笑んだ。
三章完結です! ここまで読んでくれてありがとう!
四章からは、欲に眩んだ領主との争いや、旧い魔王たちの暗躍など、話のスケールがあがります。さらに面白くしていくので、これからも楽しんでください