第十七話:明かされる真実
創造主によって、四人の魔王たちが一か所に集められていた。円卓が用意されそこに座っている。
そして、創造主自らも姿を現していた。創造主の姿を見るのは初めてだ。
「さあ、好きに話し合いたまえ。まずは自由時間だ。我はしばらく、星の子らを眺めておこう」
創造主はそう告げる。
とはいえ、創造主に見られている中で軽はずみなことが言えるわけがない。
きっと、沈黙があたりを包むだろう。
そう思っていたのだが。
「ザガン、ひどいんだな! 楽勝だって、これが一番確実に【戦争】のノルマを果たせるって言ってたから協力したのに! 嘘つき、こんなの聞いてなかったんだな! 返せよ! おいらの魔物を返せよう!」
【粘】の魔王が口火を切った。
彼はぼろぼろで片腕が失われている。魔王の回復力で傷はふさがっても欠損までは治せない。
高位の治癒能力をもっている魔物であれば癒せるだろうが、【粘】は水晶を砕かれすべての魔物を失っている。
「うるさい! おまえがもう少し使える奴だったら勝ってたんだよ! おまえがすぐに倒されたせいで、僕はキツネの魔物と、変な鎧のドワーフに襲われたんだ! それさえなければ、僕が白虎に追いついて加勢できた。そうすればきっと勝ってた! 負けたのはおまえのせいだ。この無能!」
【鋼】は【鋼】で応戦する。
ただ、さすがに白虎に【鋼】の魔王が加勢したら逆転したというのは疑問がある。
その程度でひっくり返るような状況でもなかったし。
そもそも、俺の陣営は絶対防衛領域の第三フロアを温存していた。その上、奥にはストラスが控えていた。
「無能、無能ってうるさいんだな。一番の無能はザガンなんだな。こんなバカな戦いにおいらとモラクスを巻き込んだ無能なんだな。無能! 無能! 【創造】の魔王の魔物がみんな出かけていたのに、がらあきのダンジョンすら落とせないザガンが一番ダメダメだったんだな! もう、【無能】の魔王ムザンとでも名乗るべきなんだな」
「このっ、言わせておけば、愚図が! 僕が拾ってやらなかったらおまえなんて」
「少なくとも【無能】の魔王ムザンに合わなければ、もっと水晶を守れたんだな!」
おそろしく醜い戦いだ。【鋼】の魔王ザガンは今にも【粘】の魔王ロノウェに殴りかかりそうだが、強制力がかかっていて立ち上がることができない。
俺も、【鋼】と【粘】が逆恨みで襲い掛かってくる恐れがあったので攻撃に備えようと、いろいろと試しているが。
どうやら、この椅子からは動けないし、ありとあらゆるスキルと魔術が封じられている。
おそらく、創造主を守るためのものだろう。
創造主のほうをみると、彼はにやにやと【鋼】と【粘】を見ていた。
彼らの醜い争いすら娯楽として楽しんでいるのだろう。
「ストラス、僕の誘いを断ったと思ったら、【創造】の犬になってたんだな。このあばずれが! この僕が目をかけてやっていたのに!!」
ようやく、醜い口論を終えた【鋼】の魔王ザガンがストラスに矛先を向けた。
もともと俺を倒すためにザガンはストラスに同盟を申し込んで断られていた。そのストラスが俺に協力していたことがわかって腹立たしいのだろう。
ストラスは涼しい顔をしている。
「犬ではないわ。友人として窮地に駆けつけただけよ……もっとも、あなたが弱すぎてその必要すらなかったけど」
その一言は【鋼】のプライドをいたく傷つけた。
「僕が弱かったわけじゃない。【邪】と【粘】が足を引っ張らなければ勝ってたんだ」
「そうなの? そう思いたければそう思うといいわ。それと、話しかけるのをやめてもらえないかしら。私、あなたに興味がないの」
「本当だ、本当に勝てるはずだったんだ! 負けたのは僕のせいじゃない」
「同じことを言わせないで。あなたのような落ちこぼれと付き合うのは時間の無駄なの」
「僕が、僕が、落ちこぼれだと!?」
【鋼】が喚きたてるがストラスは視線を向けすらしない。完璧に無視し始めた。
彼女は、【鋼】に何を言っても無駄だと感じているのだろう。
【鋼】のほうは貧血を起こしそうになるまで叫ぶだけ、叫び、泣きそうな顔になって、くそっと悪態をつくと机に両手を叩き付けた。
空白があたりを包む。
しばらくして、ぽつりと【粘】が呟いた。
「モラクスは、モラクスは、どこ?」
ここにいるはずのもう一人の魔王。それを探して【粘】の魔王ロノウェは首を左右に振る。
しかし、どこにも彼はいなかった。
誰も彼の問いには答えない。
俺なら答えられるが少々きまずい。
そんな中、創造主が口を開いた。
「【邪】は死んだ。新たな魔王の戦争では救済措置として砕かれた水晶は巣立ちの際に新たなものが与えられる。だが、死んでしまってはどうしようもないのだ。すでに我の中に帰ってきた」
【粘】が息をのんだ。
ほかの魔王たちはそのことを予測していたので驚きはしない。
救済措置があるとはいえ、何もかもが救われるわけではない。
「モラクスが死んだ? あいつは、あいつだけは、おいらにも優しかったのに」
カエルのぎょろっとした目から涙を流す。
ほんの少しだがうしろめたさを感じた。とはいえ、やらなければやられていたので後悔はしていない。
【粘】の魔王は恨めし気に俺を見る。だが、それだけだ。恨み言を言うのは筋違いだと理解しているのだろう。
あたりを再び沈黙が包み始めた。
そうなってから創造主は満足げに頷いた。
「星の子らの親交が深まったようだし、そろそろ我の用事を済ませようか」
魔王たちが創造主の姿に注目する。
創造主を見ていると疑問がわく。こんな頼りない老人だとは思っていなかった。そもそも、創造主が老いるということ事態が異常だ。魔王を生み出すぐらいの超越者が老い程度にしばられるわけがない。
「【創造】よ。我の姿がそんなに不思議か?」
「いえ、そのようなことは」
表情には出してないつもりだが、一瞬で見抜かれた。どんな鋭さだ。
「隠さなくてもよい。ふむ、おかしいのう。我の姿はこの場にいる全員が望む姿の近似値であるはずなのだが……なら、これならイメージに合うか? これならどうだ?」
創造主の姿が青年になり、赤子になり、少年になり、しまいには老婆にすらなってみせ、獣にも死霊にも竜にもなる。
そして、最後には元の姿に戻った。
「もとより、我は必要なときにしか肉体を用意しないし、決まった姿などない。星の子たちほど、不自由で不完全な存在ではないのだよ」
化け物。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。おそらく、存在そのものが一つ、二つ上の存在。
はむかうなんて考えてはいけない。
そんなことを再認識する。
「ふむふむ、やはり【創造】はかしこい。存分に星の子として、その輝きで地上を照らし、その役割を果たすだろう」
「お褒めいただき感謝します」
もはや、心を読まれていることに対する突っ込みをする気力もない。
これは、そういう存在だ。
「【創造】よ。お主は我をいつも驚かせる。今回の【戦争】の報酬は別に用意するが、それとは別に一つおまけを与えよう。知りたいことを言え、なんでも一つ答えてみせよう。さあ、世界の真理に近づくチャンスだぞ」
知りたいこと?
それは無数にある。
例えば、ワイトに使った【新生】に落とし穴が仕掛けられてないか?
今だ明かされない星の子の役割。そもそもなぜ魔王を星の子と呼ぶのか?
三百年の寿命から逃れる方法はないのか?
そして……何より。
「いったい、俺はなんなんだ?」
最大の疑問はそれだ。
俺は銃というものを知っている。
銃だけじゃない。ありとあらゆる今より数段進歩した道具のことも、存在しない作物のことも。
俺は誰かの生まれ変わりだと思っていた。記憶にあるものを生み出す【創造】。だとしたら、それらと触れ合った前世があると確信していた。
「哲学的な質問だな【創造】よ。答えは一つ、【創造】の魔王プロケルは【創造】の魔王プロケルでしかない」
「そんなことを聞きたいのではありません。【創造】の魔王プロケルになる前の俺はいったいななんだったんだ。失われた記憶を知りたい。俺はいったい誰だったんだ!?」
つい感情的になる。知らない自分がいるのがずっと怖かった。
その何かによって、今の自分が、別の何かになるのではないかとおびえていた。
その不安を取り除くために、俺はこの質問をしたのだ。
「失われた記憶などない、前世なんて存在しない。それが答えだ。そもそもの勘違いを伝えよう。魔王の人格や知識は、この星の記憶から、必要なものが取捨選択される。【創造】の魔王プロケルは、その能力ゆえに必要な知識の幅が広かっただけのこと。特定の人物の記憶や魂を引き継ぎ魔王が生まれるわけではない。ゆえに星の子と魔王は呼ばれる」
その説明を聞いて、腑に落ちた。
だが、疑問はまだ残っている。
「だとすると、俺の使っている銃も、ノートパソコンも、リンゴも、すべてこの星に存在していたのでしょうか? とてもそうは思えない」
「存在した。とうに崩壊した文明、誰一人覚えていない記憶だがね。この星だけは覚えている。ある意味、本当の意味で【創造】は星の子と言える。他の魔王が、それを間接的に果たす”役割”を、【創造】は直接的に果たしている」
創造主の言葉の意味はわからない。
だが、俺の目的は果たした。長い間ずっと引っかかっていた疑問が氷解した。
よかった。これで俺は知らない誰かの影におびえずに済む。
「ありがとうございます。疑問は解けました。俺が他でもない俺だとわかり安心しました」
「ふむ、その反応は面白くないのう……まあいい。では、今度こそ本題に入ろう」
創造主は【鋼】と【粘】を順番に見る。
「【鋼】と【粘】よ。この戦いは勝敗だけではなく、星の子の輝きと力を見るためにある。親の世代に頼り切るおまえたちの行為は褒められたものではない。借り物の力を見せつけられても意味がないし、我が楽しくない。加えて、あまりにもほかの新たな魔王たちと比べて優位になりすぎる」
【鋼】の魔王ザガンと【粘】の魔王ロノウェがぴくりと震える。
厳罰を恐れているのだ。
「とはいえ、そのことでおまえたちを咎めるつもりはない。若者がやんちゃをするのは当然だ。咎めるとしたら、魔物を渡した旧い魔王のほうだ。良識があるはずの彼らがわかっていて手を貸した。そのことを許すわけはいかない。彼らにはきついお灸を据えよう。どんな顔をするか今から楽しみだ。とくに【闇】は一番野心に燃えている時期だしのう」
創造主は、人の悪い笑みを浮かべる。
被害を受けないのにこっちまで、嫌な汗が流れる。
基本的に、もっとも消滅の近い魔王が親に選ばれるが、今年消滅する魔王だけでは新たな魔王全員の面倒を見ることはできない。三百年近く生き残る魔王は全体の三割にも満たない。よって、一番古い世代であるマルコたちから三世代後、つまり寿命が三〇年ほど残っている魔王たちまでが親になっている。そういう魔王たちにとっては目の前にいる強力な魔王たちが居なくなり、ようやく自分の時代が来るとう一番野望に燃えている時期。そこでのペナルティは痛いだろう。
だが、俺も他人事ではない。ここは一言告げないと。
「創造主よ。一つお願いがございます」
「なんだ、【創造】よ」
「御存じでしょうが、私は【刻】の魔王の魔物を使役しております。しかし、それは公平な取引によって得たものです。魔物を移譲したことで処罰をするようなことはおやめください」
これで【刻】の魔王が裁かれてはたまらない。
あれはあくまで公平な取引だ。お互いに得があるから成立した。彼の縄張りを荒らした俺を許してくれた彼に迷惑はかけられない。
「心配はいらぬ。そのことは我も認識している。それに【刻】が愚かなことをするはずがない。あれのことは我も買っている」
俺は一安心する。
これで彼に迷惑をかけることがなくなった。
「【鋼】と【粘】よ。おまえたちには三つ選択肢がある。力を失い、ダンジョンもないお主ら、生きていくだけでも難しいだろう。そんなお主たちを、パレス魔王でかくまってもいい。親の世話になるのもいいし、あえて一人の男として身一つで飛び出すのもいい。さあ、選べ」
その問いに対して【鋼】の魔王ザガンが即座に口を開く。
「パレス魔王に保護を願います!」
まあ、当然だろう。
親は創造主に処罰される。その原因となった彼は非常に居づらい。かといって身一つで放り出されるのは恐怖だ。
なら、創造主の庇護下に収まるが一番楽だ。
【粘】の魔王のほうを見ると、彼は必死に思考をしていた。
そして、悩みに悩み抜き、一つの決断する。
「おいらは、自分の力で生きる道を選ぶんだな。おいらはもう、人任せにするのはやめる。自分で考えて、自分で行動する。だから、創造主様にも、親の世話にもならないんだな」
その言葉には強い信念が込められていた。
少しだが、彼に好意をいだいた。
「【鋼】、【粘】、主らの意思を尊重しよう。そして【創造】よ。よくぞ勝った。何より我を楽しませてくれた。褒美を与える」
創造主がもったいぶって言葉を切る。
褒美とはいえど、油断はできない。神経を張り詰める。
「我が与えるのは……」
そして、俺は一つの褒美を受け取った。
その褒美は、確かにすさまじい力だがひどく扱いに困るものだった。
とはいえ、【新生】と違いストレートにデメリットが見える分、安心はできそうだ。
◇
「おとーさん、おかえりなさいなの!!」
「マスター。遅い。心配してた」
「ご主人様、もう準備はできてますよ」
褒美をもらったあと、俺は転移されて自らのダンジョン……俺の街アヴァロンに戻ってきた。水晶の部屋だ。
クイナ、ロロノ、アウラの三人の娘たちが出迎えてくれる。
水晶を通して街の様子を見ると、もう街は通常運営で、農民や冒険者たちが忙しく動き回っている。創造主に転移される直前に慌てて階層入れ替えをしたが、みんな気付いていないようだ。
その光景を見て、すべてが終わり日常が始まったのだと実感がわいてきた。
「みんな、待たせてわるかったな」
「おとーさん、はやくワイトたちのパン工場に行くの、みんな待ってる!」
「アウラと一緒にたくさん料理を作った。マスターの好物のトマト煮込みもたっぷり用意してある」
「ふふふ、始まりの木のリンゴで作ったアップルパイもあります! 疲れなんて吹っ飛んじゃいますよ」
クイナがぐいぐいと手を引っ張る。
これからパン工場でパーティが開かれる。祝勝会だ。
仕込みは【戦争】の前に終わらせていたが、どうやら俺が創造主と会っている間に、準備を終わらせてくれたみたいだ。
「ところで、ストラス。おまえもパーティに参加していかないか?」
そう、ここに転移されたのは俺だけじゃない。【風】の魔王ストラスも飛ばされていた。
「そうね、お邪魔するわ。手紙に書かれていたリンゴという果実、楽しみだったの。それにあなたの街を楽しみたいから」
「そうしてくれ。あとで協力してくれたお礼も渡すから」
「それも楽しみにしているわね。あと、気になっていたのだけど、そこにいる美人のエルフ。もしかして【風】を使ったの?」
「ああ、ストラスのおかげで作ることができた魔物だよ。とても強くて、優秀で、いい子になった。ストラスには感謝してる」
「もしかして、【創造】も使っているの?」
「そうだが」
「そう……私とプロケルの子供なのね」
少しだけ頬を赤くしてストラスはぼそりと呟く。
「ぷっ、なんだそれ。たしかにそうは言えなくないけど。変な言い方だ」
俺は思わず笑ってしまった。
そうしていると、クイナとロロノがそれぞれ俺の手を強く引っ張り出した。
「おとーさん、いつまで話してるの!」
「マスター急いで。みんな、お腹すいてるし、料理冷めちゃう」
相変わらず、この二人は嫉妬深い。父親を盗られてしまうと思っているのだろう。俺は苦笑し歩き出す。
「ストラス、行こうか」
「ええ、行きましょう」
俺たちはワイトのパン工場に向かう。
「あのとき、聞き取れなかったのだけど、プロケル、創造主からの褒美はなんだったの?」
「ああ、それはね……いや、これはあとにしよう。今はまずパーティだ」
創造主からの褒美は、有用だがひどく状況を選ぶものだった。どう使うかは熟慮が必要だ。
だが、それは後にしよう。今は頑張ってくれたみんなを精一杯褒めてあげたい。
そして、俺も全力でパーティを楽しみ、大事な魔物たちと、この街アヴァロンを守り抜いた喜びを噛みしめるのだ。