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第八話:罠にかかったのはどっち?

「ご主人様、こうも退屈で長いダンジョンが続くと、いい加減に参ってきますね」

「そうだね、少し疲れてきた」


 俺とエンシェント・エルフは【邪】の魔王のダンジョンを攻略していた。

 第一階層の第一フロアで大量の魔物を倒し、第二フロア、第三フロアを抜け、第二階層に突入するまではよかった。

 そこまではそれなりに複雑で、いたるところに罠がしかけられ単発的な魔物の襲撃があったものの、順調に踏破できていた。


 だが、そこから後のフロアは異常だった。

 やたら長いし妙に入り組んでいる迷路ばかりが続く。罠も敵の魔物もいっさい出てこない。天井が低く上を抜けるショートカットもできない。


「やっぱり、このフロアも最短経路を通っても、ひどい迂回をしないと次のフロアにたどり着けません」


 風のソナーで、フロア全体をマッピングし終えたエンシェント・エルフが嫌そうな顔をした。

 さきほどからこういったフロアが続いている。 

 ただひたすら長いだけの迷宮。

 ここにきて確信する。【邪】の魔王の目的は時間稼ぎだ。

 初めからこちらを倒そうとする気なんてさらさらない。


 とは言っても、警戒を解くわけにはいかない。

 この時間稼ぎのダンジョンにうんざりし、油断したところで卑劣な罠にかけるということも考えうる。

 気を張り詰めながら、この長いダンジョンを突破していかなければならない。


 俺たちはもくもくとダンジョンを突破していく。

 普通のダンジョン運営をしていれば、【邪】の魔王はそこまでDPを稼げていないはずだ。階層の追加には限度がある。


 罠を仕掛けない石の迷宮だけでも、購入できるのは、せいぜい三階層が限界。終わりを意識すると少し気持ちが楽になった。


「やっと、このフロアを突破できそうです」


 エンシェント・エルフが疲れた声をあげる。

 強力な魔物であるエンシェント・エルフは体力的にはまだまだ余裕があるが、精神的にはかなりきつそうだ。

 無理もない。常に風で監視を続けている彼女が一番負担が大きい。

 このままでは、集中力が切れてしまう。


「もう少しだ。がんばろう」

「はい、まだまだ大丈夫です。ただ気になることが、さっきのフロアでも言いましたが、ずっと変な視線を感じるんです。舐めまわすような、嫌な気配。周囲に敵はいないのに不思議です」

「もしかしたら、敵の魔王が水晶で覗いているのかもしれないな」

「ううう、なんか嫌です」


 おそらく、その嫌な視線も彼女を疲れさせる原因になっている。

 風の索敵能力だけではなく、彼女は第六感にも優れており、余計なことにまで気付いてしまうのだ。

 一応、その情報と事前に集めた【邪】の魔王の情報から一つの作戦を立てている。

 もし、うまくかかってくれれば一気にこのダンジョンを攻略できる。

 だが、それは望み薄だ。

 地道に攻略していくのが本筋だろう。

 とは言っても、少しでも彼女を楽にさせてやりたい。

 だから……。


「エンシェント・エルフ。少し、話をしようか」


 会話によって、彼女の心に刺激を与えることにした。


「俺はおまえに感謝しているんだ。アヴァロンを作ったときの最大の功労者はロロノだ。それは間違いない」


 水路や街を覆う外壁などのインフラを整え、家を造り、どこの街でも作れない武器を造ってくれた。だからこそ、多くの人を呼べた。

 ロロノが居なければ街の体裁を整えることは不可能だっただろう。


「はい、私もそう思います。それだけじゃなくて、私やクイナちゃんの武器を作って戦力の充実にも貢献して、ロロノちゃんはすごいです」


 どこか羨ましそうに彼女は言う。


「私は中途半端だって自覚しています。戦闘力ではクイナちゃんには勝てない。あの子は別格です。そして、生産系の能力ではロロノちゃんに勝てない。私の力も便利ですが、ロロノちゃんほどの貢献はできない。そして、軍略、人望ではワイトさんにはかないません。なんでも一番にはなれないんです」


 彼女の自己分析、それはある意味正しい。

 だけど、強いて言うとするなら……。


「おまえは、ロロノとワイトより強いし、クイナやワイトより生産系の能力が優れているし、クイナとロロノよりも人望があるし、指揮官として優れている。総合力なら誰よりも上だ」


 一番ではない。だが、彼女はなんでもできる。

 エンシェント・エルフは俺の役に立っている。


「こうして、おまえの力を頼りにしているからクイナとロロノがいないにも関わらず、ダンジョンを攻めることができた。おまえは卑下したが、おまえの作ったリンゴだってたくさんの人を呼ぶ材料になっている。豊作が約束された農地は農民を呼ぶ、呼ぶだけじゃない定住させるんだ。胸を張っていい。おまえはすごいよ」


 そう言うと、少し照れながら、エンシェント・エルフは微笑んだ。そんな彼女のためにポケットから指輪を取り出す。


「これは本来誓約の魔物になってから渡そうと思っていたものだ。クイナとロロノとエンシェント・エルフ。【誓約の魔物】が揃った記念に三人におそろいのアクセサリーを贈ろうと決めていた」


 それはアヴァロンのシンボルであるリンゴのような刻印が刻まれたプラチナリングに翡翠色のエメラルド色の宝石をあしらった指輪。暖かなで優しな光は彼女にぴったりだ。

 おそろいのプラチナリングに、クイナには燃えるような紅いルビー。ロロノには冷たく鋭利な紫のサファイアを。

 それぞれ、彼女たちをイメージした宝石をあしらったものを用意している。


「ご主人様、すごく嬉しいです。でも、受け取るわけにはいきません。私はまだ【誓約の魔物】じゃありませんから」


 嬉しそうに眼に涙を浮かべて微笑んでから、残念そうに、しかし明確な拒絶を込めてエンシェント・エルフは言った。


「ただの前貸しだ。今までの実績もあるし、今回の戦いで水晶を砕けば、その戦果を持って【誓約の魔物】に選ぶつもりだ。クイナとロロノの二人をエースにしてはじめてできるダンジョンの攻略を、エース格がおまえ一人で出来たら、それは十分すぎる活躍だ。選ぶには十分すぎるだろ? これを先に渡すからには絶対に、成功させてくれよ」


 彼女が目を見開く。

 そして、笑った。さきほどまでのどこか、寂しげな笑みじゃない。心底嬉しそうに。


「はい! わかりました。ご主人様の期待に絶対に応えて見せます。もう元気いっぱいです。絶対にこのダンジョンを突破して見せます」


 その笑顔を見て、俺はこの判断は間違っていなかったと確信する。


「エンシェント・エルフ。左手を出してくれ」

「はい」


 彼女ははにかみながら左手を出してきた。

 そこに俺はエメラルドの指輪をはめようと手を伸ばす。

 もう少しで、彼女の手に届く。そのときだった。


「きゃっ」


 エンシェント・エルフが短く悲鳴をあげる。

 彼女の足首に何かが絡みついていた。

 紫色の触手。

 その触手は壁から伸びていた。

 

「エンシェント・エルフ!」


 彼女を抱き寄せようとする。

 しかし、遅かった。

 紫の触手の先には、紫のたこのような魔物が居た。

 そして、そいつは魔術を起動する。

 次の瞬間、エンシェント・エルフと蛸の魔物が消える。

【転移】の魔術。自軍のダンジョン内なら転移陣なしで好きなところに飛べてしまう。

 俺の手が空を切った。

 彼女に手渡そうとした。指輪が地面に落ち、からんからんと音がなる。

 

 俺はその場で、崩れ落ち地面を叩く。


「なぜ、なぜだ。なぜ、気付けなかった!? 警戒は解いていなかったはずだ。エンシェント・エルフが魔物を見落とすなんてありえない!!」


 なるべく、自然に見える範囲で大げさに。

 心の底からわけもわからず、うろたえ、後悔しているように。

 そういった動作を心がける。


 こっちを見ている【邪】の魔王に見せつけるように。

 さて、かかってくれればラッキーだと思っていた作戦が成功したようだ。

 エンシェント・エルフの感じた視線と、事前に集めた【邪】の魔王の情報を複合すると、それなりに勝算はあったとはいえ、まさかうまくいくとは思っていなかった。

 エンシェント・エルフとの打ち合わせ通り、あえて敵の罠に嵌ってみたが、ここから相手はどう動くのだろうか?

 ただ、もう少しだけ待っていて欲しかったとは思う。指を嵌めたときのエンシェント・エルフの表情が見たかった。

 あるいは、ああやって見せつけてやったから、【邪】の魔王はふんぎりがついたのかもしれない。

 指輪を拾いながら、俺はため息をついた。


 ◇


「成功ですな。まさか、ここまでうまく行くとは思ってませんでしたな」


【邪】のダンジョンの水晶の部屋で彼は絶望に打ちひしがれるプロケルを見て、ほくそ笑む。

 そして、魔王特権で転移した。魔王は自分のダンジョン内なら自由に転移できる。

 転移した先は、第一階層の第二フロアに隠されていた彼のプライベートルーム。


 全体的に薄暗く邪悪な雰囲気が漂う部屋だ。ベッドに加え、拷問具や悪趣味な器具がいくつも並んだ部屋。主に彼の趣味であると同時に戦力を増強するための手段である、アレのために使う。

 この部屋を使って何度も、雌を悦ばせ、鳴かせてきた。

 そこで【邪】の魔王モラクスは、気持ち悪い笑い声をあげていた。


 エンシェント・エルフの索敵能力は厄介だ。おおよそ、フロア内すべての動きを察知してるように見えた。

 普通なら不意打ちなんてできない。

 だが、穴があった。

 よくよく観察していると、彼女が得ている情報は、視覚情報と、音声情報の二つだけ。目と耳でしか周囲を見ていない。

 だから、外壁の一部に擬態した魔物には気付けなかった。

 途中、そういった魔物を何度か見落とすのを見て、その弱点を確信し、この作戦を実行したのだ。


「ぐふふふ、まずは仕込みですな」


 彼は部屋の隅にある、巨大な水槽を見つめていた。

 そこはピンク色の粘液に満ちている。

 それこそが、蛸の魔物が転移に選んだ先だ。

 水槽の中に、金髪の美少女エルフ、それに蛸が浮かんでいた。


「どれぐらいで壊れますかな」


 ピンク色の粘液の正体は、強力な媚薬、筋肉弛緩剤、精神高揚剤、幻覚剤、etc

 これを口にすれば、どんな屈強な戦士でもあっという間に壊れてしまう。

 直接この中に転移させることで薬漬けにして安全に無力化するのだ。どれだけ強力な魔物であろうと恐れる必要はない。


「素晴らしい、素晴らしいですな」


 濡れて体に張り付いた服は、エンシェント・エルフの体のラインを強調していた。

 おそろしいまでに整った顔つき。大きく形のいい胸。尻までにかけてのラインの見事さ、白くまぶしい太もも。

 もう、【邪】の魔王はぎんぎんだった。


 水槽の中でエンシェント・エルフが暴れる。

 しかし粘度の高い粘液の中では、ろくに意味をなさず、薬に侵された頭ではまともに魔術も使えない。

 仮に何か出来たとしてもこの水槽は、特殊な魔法金属で出来ている、ドラゴンでもないと壊せない。


 無意味に暴れた結果、彼女は余計に薬を口に含む。そうでなくても皮膚から薬は染み込み、どんどん彼女を壊している。

 しばらく暴れてぴくりとも動かなくなった。酸欠か、薬にやられたのか。

【邪】の魔王はすぐにでも、水槽から取り出しお楽しみに入りたいという気持ちをこらえ、一分ほど待つ。安全のためだ。確実に取返しのつかないところまで薬が回るのを待つ。


 服がはだけ、きわどいところまで見えている。それがより【邪】の魔王の劣情を煽る。

 もう、これで安心だ。

 配下の魔物に、水槽からエンシェント・エルフを取り出させる。


「さあ、楽しませてもらいますかな。ああ、本当は駄目だとわかっているのです。ここで【創造】を怒らせるようなことは絶対にダメ。ですが、こんな極上の素材を前に、我慢なんて!」


 粘液にまみれた体、呼吸で胸を上下させるたびに、己の股間のあれが反応する。

 もはやズボンを突き破りそうだ。

 なんて極上の雌。こんな雌。見たことないし、二度と会えないだろう。

 苦しそうだ。まずは上着を引き裂いて楽にさせてやろう。

 そこからはお楽しみだ。強力な媚薬漬けになり、幻覚剤で我を失った彼女は、一瞬で自分の虜になるだろう。すぐに自分からねだってくるようになる。いつものことだ。


 いや、冷静になるともはや、【創造】を恐れる必要はないのではないか?

 こうして敵の最大戦力はわが手に落ちた。


 少ししつけてやれば、なんでも言うことを聞くようになる。

【邪】の魔王は、欲望にまみれた顔で手をわきわきとさせながら、エンシェント・エルフに近付く。

 もう少し、もう少しで触れられる。このときをずっと待ち望んでいた。

 手が届く。そう彼が思った瞬間だった。

 エンシェント・エルフが目を開いた。

 美しい翡翠色の目が【邪】の魔王を見つめる。その目は人に向けるようなものではない。まるで虫けらを見るような冷たい目。

 何より、薬の影響なんてない理性が宿った瞳。


 彼の手首から先が細切れになり、血が噴き出た。


「えっ」


 間抜けな顔をあげなくなった手を見る。

 それから、しばらくして痛みに気づき悲鳴をあげた。

 エンシェント・エルフが立ち上がり口を開く。


「さて、いい夢は見れましたか? ならそろそろ現実を見ましょうか。私、いいところを邪魔されて、かなり怒っています。あまり優しくしてあげられませんよ」


 その言葉を聞いて、【邪】の魔王は、気が狂いそうなほどの怒りを覚えた。

 彼にとって、雌とは蹂躙し、屈服させる存在。それが自分を見下している。

 許せるわけがない。壊れるまで犯して、犯して、犯しぬいて、何度でも孕ませて、使えなくなったら、どこまでも惨たらしく殺してやる。

 そう決め、【収納】している魔物を取り出し襲撃を命じた。


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