エピローグ:戦争前夜
俺は一人、街長宅を出て空を見上げる。
月が綺麗な夜だ。
いつもと街の様子が違う。
日頃は街のいたるところに居る治安維持用のゴーレムたちが姿を消していた。
街の中にいるゴーレムだけじゃない、二十四時間体制で鉱石を掘り続けるゴーレムたちも持ち場を離れている。
全てのゴーレムは地下の防衛用区画で戦闘配置についていた。
街では、冒険者たちが夜だというのに出歩いている。
今となっては酒場や、娼館などが出来ていて娯楽には事欠かない。体力があり余っている彼らは一晩中遊び歩くことも珍しくない。
面白い事に娯楽施設ができると、感情の動きが大きくなるようでDPの収入もあがっている。いつか直営で感情を揺れ動かす娯楽施設を作りたいものだ。
「ついに明日か」
戦争までの期間はあっという間に過ぎていった。
その間に、地下一階の三フロア目を完成させていた。
戦争の真っ最中に完成する【創造】のメダルの使い道も決めている。
合成したい魔物は確定。だが、変動レベルで生み出せば、レベルを上げる時間はないので戦力にならない。
かと言って、固定レベルで呼び出してしまえばレベル上限が下がる上に、同一レベル時のステータスが下がってしまう。
せっかくのランクSの魔物を固定で呼び出すのはもったいない。
そのジレンマを解決するため、いつでも合成できる準備だけおくことにした。
追い詰められたとき、即座に固定レベルのランクSを呼び出す。もし、その必要がなければ戦争終了後に変動で生み出すのだ。
「勝たないとな」
ひとり呟く。
勝算はある。ただ、それは集めることが出来た情報からの推測に過ぎない。
何か、とてつもない抜け道があるかもしれない。
「プロケル、あなたでもそんな顔をするのね」
緑の髪を揺らす勝気な少女が現れた。
俺の友人にしてライバルである【風】の魔王ストラスだ。
今回の【戦争】で力を貸してくれる。
明日からの戦争に備えて、この街の宿に泊まってもらっていた。
彼女も落ち着かなくて外に出てきたのだろう。
「まあな、人並みに緊張するし、不安にもなる。ここには大事なものが多すぎる」
虚勢を張っても仕方ないので正直に伝える。
この街も、クイナたちも失ってしまうかもしれないと考えると、怖くなる。
魔王である俺は配下の魔物たちに弱気な姿は見せられない。だが、ストラス相手なら少し弱いところ見せられた。
「少し安心したわ」
「安心?」
「ええ、あなたにもそういうところがあるって思えたから。私と同じ、ただの魔王なんだって」
そんなストラスの言い回しが面白くて俺は苦笑する。
「プロケル、心配する必要はないわ。この私が、あなたの保険になってあげるのだから、絶対に水晶を砕かせはしない。あなたは安心して敵のダンジョンを蹂躙してきなさい」
「心強いよ。だけど、ストラスの力を借りずに勝つようにやってみたいと思う」
ストラスは俺の水晶の部屋に控えてもらい、最後の守りである第三フロアの仕掛けを使用後に力を借りる約束になっていた。
そうしたのは、俺の意地と、俺の魔物たちの力を信じたいという気持ちがあったからだ。
「あなたのそういうところ好きよ。我がライバルにふさわしいわ」
「落胆させないようにしないとな」
「そろそろ、エスコートしてくれないかしら?」
「ああ、案内しよう」
彼女はあらかじめ水晶の部屋に移動しておかないといけない。
俺は魔王特権の転移で彼女を水晶の部屋に送り届け、その部屋を後にした。
時間だ。俺のほうにも大事な用事があるのだ。
◇
地下一階の第二フロア。
日頃はパン工場と兵器工場として使用しているアンデッドたちの住処である墓地エリア。
そこには俺の魔物たちが整列していた。
まず、ワイト率いるアンデッド軍団。
スケルトンたちに、【風】の魔王ストラスとの戦いでアンデッド化したモンスター、それにワイトを連れて【紅蓮掘】で狩りをしたときにアンデッド化したモンスターたち。
総勢で一〇〇体を超える大所帯だ。
魔物としての能力だけを考えるとスケルトンたちはひどく弱い。しかし、俺が【創造】で作り出したアサルトライフル、MK416を装備することによって攻撃力を確保している。
次に、ロロノとドワーフ・スミスたちが作り上げた大量のゴーレム軍団。
総勢八〇体のアンデッド軍団に次ぐ大戦力。
その中でも特筆すべきは、一二体のミスリルゴーレムたち。
彼らは、Bランクの魔物に匹敵する能力を持っている上に装備がいい。
ブローリング D2 カリバー.50。対戦車ライフル並みの一撃を一秒間で六発ぶち込む化け物。人間では到底装備できないそれをアサルトライフル感覚で振り回す。
ミスリル以外のゴーレムたちにもその圧倒的なパワーを活かした装備を与えてあり、機動力にかけるが強力な軍団だ。
そして、街が出来てからひたすら訓練をし続けたグリフォンを筆頭とした空爆部隊二〇体。
BランクのグリフォンにDランクのヒポグリフの混成部隊だ。
彼らの役割は上空から爆弾の投下。俺の【創造】で作った化学薬品で大量の高威力の爆弾を作り上げており、それらを空からばら撒くのは有効な戦術の一つ。
対空攻撃手段を持たない相手なら一方的に蹂躙できる。
もともと、人間の街との戦いを想定して作り上げた部隊だが、今回の戦争でも十分に活躍してくれるだろう。
最後に混在部隊。ストラスと余興で戦ったときのあまりポイントで大量に作ったBランク相当のイミテートメダルで作ったBランクとCランクのさまざまな固定レベルで生み出した魔物たちの集まりだ。Bランクとは、並みの魔王が直々に合成してできあがる戦力。弱いはずがない。こちらは総勢一二体。
これらが主力部隊となる。
あとは少数精鋭部隊として、クイナが鍛え上げた【変化】と炎を操る力を持ち、隠密性、機動力、火力に優れた妖狐二体。
エルダー・ドワーフを師と仰ぐ、土属性の魔術と工作能力による支援能力に長けたドワーフ・スミス四体。
エンシェント・エルフを姉と慕う、風を操り圧倒的な索敵能力と、アンチマテリアルライフルによる長距離高威力射撃を併せ持つハイ・エルフ四体が存在する。
何より忘れてはいけないのが、もっとも俺が信頼している。三人の娘たち。クイナ、ロロノ、エンシェント・エルフ。
圧倒的な戦力。頼もしい俺の魔物たちだ。
用意してあったステージにあがると俺の魔物たちが全員、俺のほうを向く。
「親愛なる我が魔物たちよ。ついに戦いのときが来た」
あたりを緊張感が包む。
「かつての戦いとは違う、本物の【戦争】だ。失った者は帰って来ない。負けたら全てを失う」
そう、【風】の魔王ストラスとの戦いでは死んだ魔物は【刻】の魔王の力で帰ってきた。
だが、今回はそんな安全弁はないし、水晶を砕かれれば、全員消滅してしまう。
たとえ勝てたとしても、犠牲になった命は戻ってこない。
「俺はおまえたちを失いたくない。だから、死なないでくれ。そのための作戦は用意した。十全に己の力を発揮し生き残り、勝利を掴め、それが俺の命令だ」
全員の目に決意が宿る。
一人一人の顔を見ていく。
そこには悲壮感はない。絶対に勝つという決意が見えた。
死ぬなという言葉は魔王失格かもしれない。
本来なら、魔物を餌にして人間を誘い込み、使いつぶしていくのが魔王の役割。魔物に感情移入なんてしない。
だけど、俺はそんな風に割り切れない。
娘と思っているクイナたちはもちろん大切だ。彼女たちだけじゃない。ワイトのことを信頼し頼りにしているし、妖狐やハイ・エルフ、ドワーフ・スミスとも何度も会話をして笑いあった。
パンを作ってくれるスケルトンたちに感謝してる。グリフォンの背中に何度も乗った。そのときの安心感を知っている。
他のみんなだってそうだ。
ここに居るのは大事な俺の仲間だ。
「みんなで勝って生き残るための作戦を伝える。主に三グループに分かれる。第一部隊は、クイナとロロノを主力とし、ハイ・エルフ二体と混在部隊の中から高速型の魔物を加えた二〇体。指揮はクイナに頼む。目的は【粘】の魔王の水晶の破壊だ。開始直後に奇襲をかけろ。水晶を砕けば即座に戻って、ダンジョンの防衛に当たれ」
クイナとロロノの二体のランクS。そこに索敵能力に優れるハイ・エルフが加わり、さらにランクBとランクCという敵の切り札と同等の魔物たちという戦力。
十分に勝ち目はある。
「わかったのおとーさん。雑魚なんて一蹴してすぐに戻ってくるの!」
「ああ、頼んだ。おまえが水晶を砕いてくれれば、相手の戦力が三分の二になる。どれだけ早く砕けるか、それが今回の戦争では重要だ」
今回の戦争は時間制の上に勝敗が、残存する水晶で決まる。
相手は防衛に集中すれば勝てる。だからこちらから攻めるしかない。
なら、最強・最速の戦力で攻める。
そして、これは守りの一手でもある。【粘】は気が弱い。自分のダンジョンが攻められれば、守りのために攻めに使った軍勢を呼び戻すだろうし、クイナたちが水晶を砕けば、【粘】の魔物は消滅する。
「そして、第二部隊だ。第二部隊は俺が率いる。目的は【邪】の魔王の水晶の破壊。俺とエンシェント・エルフ。そして妖狐、ドワーフ・スミスの半数。グリフォン部隊の半数、そして混在部隊のうち足の遅い連中を【収納】して連れていく」
エンシェント・エルフが火力と索敵能力を担い、妖狐がわきを固める。そして切り札として空からの爆撃ができるグリフォン部隊を引き連れ、足が遅いが強力な連中を【収納】で強引に運び戦力として運用するという陣形。
Aランクメダルを作れない魔王相手なら十分勝てると踏んでいる。
「エンシェント・エルフ。おまえが相手のエースに勝てるかが全ての鍵だ。頼りにしている」
「ご主人様、任せてください。誰にも負けませんから」
エンシェント・エルフは気負いなく答える。
まるで勝つのが当然と思っているようだ。無理もない、超高速飛行超火力超高精度砲台。クイナですら彼女相手には分が悪い。
「信じているよ。エンシェント・エルフ。この戦いでお前の実力を証明してくれ」
俺は彼女に微笑みかける。
そして、もし彼女が敵の魔王のエースを打ち倒し水晶を砕いた暁には名を与えようと決めていた。
「最後に第三部隊。想像ができていると思うが、役割は街の防衛だ。ワイト、おまえに全てを任せる。残った魔物たち全ての力を借りて、アヴァロンを守ってくれ。三人の魔王たちの猛攻を受ける、エースたちはいない。この状況を任せられるのは、参謀たるおまえだけだ。できるか?」
俺の問いを受けたワイトは恭しく礼をした。
「我が自慢のアンデッド軍団。頑強たるゴーレム軍団。ゴーレムを手足のように操るドワーフ・スミスが二人。目となり、対空攻撃を受け持つハイ・エルフが二人。そしてグリフォン爆撃部隊の半数。これだけの駒があれば、三流魔王の相手など容易い。我が君が用意した最終フロアの切り札を使わずとも、屠って見せましょう」
まったく頼りになる男だ。
戦力的には彼の言う通り十分すぎるほど整っている。
だが、それを戦略的に運用できるには将の器がいる。そして、ワイトにはそれがあった。
俺の魔物たちには【風】の魔王ストラスの存在を伝えていない。安心感は気のゆるみに繋がるからだ。
例外はワイトだけだ。自分たちの力だけでは勝てない。その敗北を受け入れた瞬間に全魔物を退却させ、第三フロアの仕掛けを使用したうえで、ストラスに助力を求める。
その苦い判断をワイトに任せている。こんなことを頼めるのはワイトしかいない。
「この場に居る全員に告げる。俺の不在時にはワイトが全権を担う。ワイトの命令は俺の命令だと思え」
俺の魔物たちが頷いた。
ワイトは歓喜に打ち震えながら口を開く。
「我が君、この命にかえてもアヴァロンを守りきりますぞ。我々の力で!」
その言葉は嬉しい。
だが、若干間違っている。
「ワイト、その覚悟はいい。だが、間違えるなよ。俺はおまえたちを失いたくないんだ。命にかえてもなんて言うな。生きて勝て、それが俺の命令だ」
悲劇なんていらない。
犠牲なしに勝つ。
「はっ、我が君の御心のままに」
これで、作戦会議は終わりだ。だから、最後に一つ言葉を贈ろう。
「初めての【戦争】だ。圧勝し、みんなで戻ってきて笑いあおう。全員配置につけ!」
慌ただしく親愛なる俺の魔物たちが動き始める。
じきに創造主によって転移されるだろう。
さあ、勝つぞ。
二章完結しました! 三章はしょっぱなからクライマックスですよ!




