第二十二話:変則ルール
【鋼】の魔王は二人の魔王と同盟を組んだ状態で俺と交渉に来ていた。
彼はその交渉の中で二人の仲間を裏切り、俺とザガンで雑魚である彼と同盟を組んだ二人の魔王を倒そうと持ちかけてきたのだ。
その提案を俺は断った。すると、【鋼】の魔王ザガンが動揺して立ち上がる。優雅にコーヒーを楽しむ貴人のような振る舞いは吹き飛んでいた。
「馬鹿な、僕の話を理解していないのかな? いいですか、これはあなたにとって最善の策で」
「確かに悪い話ではないな」
【鋼】の魔王ザガンと俺がきっちり連携してうまくことが運べば確実に勝てるだろう。
三対一で戦うよりはずっと楽だ。
「だったら、どうして?」
不思議そうに奴は問いかけてくるが、逆になぜこんな提案を受けてもらえると考えられるのか不思議なぐらいだ。
「簡単に仲間を裏切るやつを信じて協力できると思うか? おまえが仲間を切り捨てたように、俺の背後を突かないとは思えない。いや、むしろ必ずおまえはそうする。もしかしたら、三対一で戦う際の作戦の一環で、俺を罠にかけるための作り話かもしれないしな」
「そんなことは」
「ないわけないだろう。実際、おまえはそうしたのだから」
確実に勝てる状況に持ち込む策。
その策に乗ることによって得られる安心を【鋼】の魔王の行動は揺るがしていた。簡単に仲間を裏切る奴を信じられるほど、俺はお人よしじゃない。
そして、それだけじゃない。
「付け加えて、利益面でも三対一で戦ったほうが美味しいしな」
「いったい、何を言ってるんだ」
「なにせ、まとめて三つオリジナルメダルを得るチャンスだろう? この機会を失ってたまるか」
俺は意図的に自信ありげな笑みを浮かべる。
おまえたちはただの餌だと言いたげに。
目に見えて、【鋼】の魔王ザガンの動揺が大きくなる。こいつの想定では、俺は三対一という状況に怯えて縋りついてくるはずだった。
「【創造】の魔王、なんて、傲慢な。その判断、後悔することになりますよ」
「それはどうかな? おまえを信じて背中を任せるよりずっと安心できる判断だと思うが」
俺がそう言うと、【鋼】の魔王ザガンが肩を震わせる。
そして、右手を挙げて大声を出した。
「来い、ロノウェ、モラクス」
彼がそういうと、床に転移陣が浮かぶ。
何かしらの力で転移陣を隠蔽していたのだろう。
転移して来たのは二人の魔王。
ロノウェは二足歩行のカエル。二メートル近い長身だが肥満体で出来物が全身に出来たひどく醜い容姿の男性。
モラクスのほうは人型だが、悪魔の角と翼をもつ陰湿そうな壮年の男性。
既に興奮して臨戦態勢。今にでも宣戦布告してきそうな勢いだ。この二人にはまず、【鋼】の魔王ザガンが降伏勧告をして、受け入れられない場合、即座に宣戦布告をすると伝えていたというのは本当のようだ。
今まさに、ザガンが口を開こうとしていた。よし、水を差そう。
「そこの二人、【鋼】の魔王ザガンは、おまえたち二人を売ろうとしたぞ。俺と組んで、二対二の【戦争】がご要望のようだ。三人がかりで俺と戦うより、雑魚のおまえたち二人を俺と組んで倒すほうがやりやすいし、確実に【戦争】のノルマを果たせて魅力的だとさ」
俺の言葉で、二人が【鋼】の魔王ザガンを凝視し、次に俺の顔を見た。
大した信頼関係だ。簡単にぐらつく。
ザガンは舌打ちをして、口を開いた。
「騙されるな、僕たちを混乱させるための罠だ! 僕がそんなこと言うはずないだろう! ここで仲間割れをしたら、同盟が無駄になって、それこそ【創造】の魔王の思うつぼだ」
まあ、そう言うだろう。ザガンに怒鳴りつけられた二人は、さらに迷いが大きくなる。
俺の目的は、疑心を抱かせること。なので、信じてくれなくてもかまわない。
いざというときに、ただでさえもろい信頼関係が崩れるように楔を打ち込んだだけなのだから。
「だっ、だけど、おで」
「何をごちゃごちゃと言ってるんだロノウェ、おまえみたいなウスノロ、僕が助けてやらなきゃ、震えて何もできなかったじゃないか、馬鹿なんだから黙っていうことを聞け」
「ひっ、わかった。わかったんだな」
二足歩行のカエル男が、体を小さくする。二人の力関係が透けて見える。
「モラクスも、こんな小細工に惑わされるな。僕たちは仲間だろう」
「……そうですな。ザガンさんのいう事に間違いなんてない」
ふむ、こっちの陰湿そうな悪魔もこんな見た目で気が弱いのか。
ザガンは小物だが、妙に悪知恵が働くタイプだ。自分が扱いやすい魔王を選んだのだろう。
「ロノウェ、モラクス! 早く、宣戦布告をするぞ。まずは僕から!」
ザガンは、強引に話を進めて引き返せなくしてしまうようだ。
悪い手ではない。
「この僕、【鋼】の魔王ザガンは【創造】の魔王プロケルに戦争を申し込む!」
「おっ、おで、【粘】の魔王ロノウェは【創造】の魔王プロケルに戦争を申し込むんだな」
「このワタクシ、【邪】の魔王モラクスは【創造】の魔王プロケルに戦争を申し込むでございます。はい」
ザガンが口火を切り、次々に宣戦布告が行われた。
その瞬間だった。脳裏に声が響きだした。
それは創造主の声。妙に懐かしく感じる。
『宣戦布告を了承した。【鋼】【粘】【邪】の三人と【創造】の【戦争】が決定した。【鋼】の申請により、【戦争】の開始は四日後。各自、それまでに準備を進めるように。戦争開始一時間前に、全てのダンジョンをつなげ、一時間後に戦争を開始する』
なるほど、宣戦布告を受けるとこうなるのか。
最短で四八時間後に【戦争】を開始でき、挑まれたほうに拒否権はない。
頭の中に創造主とのつながりを感じる。ちょうどいいので、一つ質問をしてみよう。
「三対一の場合、勝利条件は? 俺自身が殺されるか、水晶を壊されれば敗北するのはわかるが、俺が勝つには全員の水晶を壊す必要があるのか?」
念のためだ。
もし、一人でも水晶を壊せば、勝ちであるなら随分と勝利条件は緩くなる。
頭の中で創造主の笑い声が聞こえた。嫌な予感がする。
『【鋼】【粘】【邪】のチームの勝利条件は、【創造】の殺害、、水晶の破壊、降伏。【創造】の勝利条件は【鋼】【粘】【邪】全ての殺害、もしくは全ての水晶の破壊、降伏。また、制限時間は二四時間。制限時間を過ぎた場合、その時点で残水晶の多いチームの勝ちとする』
ちょっと待て、今とんでもないことを言わなかったか?
「制限時間だと!? それも水晶の残数で勝利が決まる? なんだ、そのルールは。初耳だ」
『新人魔王たちにおける複数参加の【戦争】は初めてだからね。説明は初めてした。これだけのダンジョンを同時に転移させると、そんなに長く維持できなくてね。悪いけど制限時間をもうけさせてもらった。と言うわけで、これで創造主からの話は終了だ。各自健闘を祈る』
必至に思考を巡らせる。さすがにこのルールは想定していなかった。
対策は必須だ。だが、その対策よりも重要なのは少しでも情報を得ること。
遠のいていく創造主の気配を掴み、もう一つ問いかける。
「もう一つ聞かせてほしい。一年以内に【戦争】をしろと言った、その真意は【戦争】そのものを実施することか、それとも新たな魔王の水晶を砕くことを指しているのか?」
『後者だね。【戦争】以外でも水晶を砕けばいい』
その言葉を最後に創造主の声は聞こえなくなった。
確認したいことは確認できた。この情報は絶対に武器になる。
だが、いくらなんでも、このルールはまず過ぎる。
「ふははは、【創造】の魔王。まさか、こんな落とし穴があるなんてね、僕も予測していなかったよ」
【鋼】の魔王が俺を見て嘲笑する。
当然だ。このルールはあまりにも【鋼】の陣営に有利すぎる。
二四時間と言う時間制限と、制限時間終了後に水晶の数が多いほうが勝ちということは、奴らは一切攻めずに守りに徹して二四時間経てば勝利できる。
もともと水晶が三つあるのだ。一つまで壊されても勝ち。
ダンジョン戦は攻めるよりも守るほうが容易い。そして数で負けている俺は、自らのダンジョンに敵を誘い込み主戦場にして、有利な戦いを展開するべきだが、それが封じられたも同然だ。
リスクを承知で、最低二人の魔王のダンジョンに挑まないといけない。
だが、ダンジョン攻略のために戦力を出そうものなら、守りが手薄になり、あっという間に攻め落とされる。
「まあ、せいぜい頑張りなよ。君のその傲慢さを後悔しながらね」
三人の魔王が転移陣を起動して消える。
隣にいたクイナが俺の手をぎゅっと握った。
「おとーさん、このルール結構まずいの」
「そうだね。さすがに、このルールは予想外だったな」
たった二四時間で、三人の魔王の猛攻に耐えつつ、最低二つ、ダンジョンの最奥の水晶を破壊しないといけないなんて。
考え込んだ俺を見て、クイナが心配そうな顔をして、それから明るい笑顔を無理やり作った。俺を励ますつもりだろう。
「安心して、クイナたちは絶対に勝つから。おとーさんとアヴァロンを守るの!」
力強いクイナの言葉。それが嬉しくて彼女の頭を撫でる。
やわらかな髪とキツネ耳の感触が心地いい。
「頼りにしてるよクイナ。あと、勘違いしているようだけどね。別に負けるなんて一欠けらも思ってない。このルールで、楽な戦いから、ちょっと苦労する戦いになっただけだから」
「おとーさん、すごいの!」
圧勝する予定だったが、少しリスクを背負う必要が出来てしまった。
だが、逆に考えれば俺の魔物たちに経験を積ませるいい機会だ。これぐらいの緊張感があったほうがいいだろう。
クイナが目を輝かせて抱き着いて来た。
さて、少々予定を変更しつつ作戦を考えようか。
◇
ダンジョンに戻った俺は、本格的に【戦争】の準備を始めた。
DPは十分にある。
この街の人口も増え、一日に得られるDPが今は1,000DP近い。
【紅蓮窟】での狩りも、人間たちにかなりの部分の仕事を任せることが出来て、俺や魔物たちの仕事が減って、毎日行けているのでそちらでも1,000DP得ている。
おかげで、今手元のDPは21,500ある。
これだけあれば、たいていのことができる。
まず、実施するのは……。
「地下の三フロア目を作らないとな」
地上部は街として機能させ、地下は全て水晶を守るためのダンジョンにしている。
第一フロアは、かつて【風】の魔王ストラスを蹂躙した重機関銃を装備したミスリルゴーレムが居る、全長二キロの洞窟。
第二フロアは、アンデッド軍団の住処たる墓地地帯。そこは無数の罠が張り巡らせ、グリフォンを筆頭とした空爆部隊が存在する悪夢の迷宮。
そして、第三フロアはそれすらも超える最終ラインとして完成させる。
今回のルールでは、クイナ、ロロノ、エンシェント・エルフの三人は攻めの駒として使わなければ絶対に勝てない。
残存戦力だけで、守り切ることが必須。
それを可能にする部屋を俺は作り始めた。
細部はエルダー・ドワーフたるロロノの協力が必須だろう。
そして、いざというときの保険を検討していた。
奴らは根本的な勘違いをしている。【戦争】は宣戦布告をした魔王とその魔物以外にも戦力を引っ張ってこれる抜け道がある。
その抜け道を作っているルールは三つ。
1.戦争開始時にダンジョン内の”魔王と魔物以外”の全ての生物が別空間に転移される逆説的に言えば、魔王とその魔物はダンジョン内に残った状態で戦争がはじまる
2.【戦争】時には他の魔王と魔物を傷付けることが許される。それは【戦争】の当事者に限らない。
3.自分の【戦争】でなくても、水晶を壊すことで一年以内に【戦争】を行うノルマは達成できる。
この三つの条件を考えれば、創造主は意図的に抜け穴を作ったと考えるべきだ。さっそく、その抜け穴を使わせてもらおう。
俺と俺の魔物たちだけでも勝算はあるが、もしものときに備えて手を打っておく。
あいつに借りを作るのは気が重いが、俺の街と愛する魔物たちを守るためにそんなことは言ってられない。
「馬鹿だな。自分たちが同盟を組んだなら、どうして俺が同じことをしないって思い込めるんだろう」
さあ、手紙を書こうか。
俺は一人の友人の顔を頭に浮かべた。