第十七話:アヴァロンの裏の顔
俺の先制攻撃に、商人の男……コナンナは一瞬たじろいだ。
「これはこれは。交渉を持ちかける前に断られてしまいました。一応、話だけはさせていただきましょうか。この街で取り扱っている剣はエクラバでなら四倍の値段で売れますよ。今の三倍の値段で私が一括で買わせていただきたいと考えております。お互い損がない取引だと思いますが」
「その提案に乗ることはありえません。事情は話せませんが。私の目的は一人でも多くの人間をこの街に呼ぶことです。客寄せのための武器を譲り渡すことはできません」
金なんてその気になればいくらでも用意できる。
重要なのは人だ。
「ふむ、意外ですね。私にまとめて売るほうがよほど楽なはずなのに……それに、この街で売っている剣の製法。それを売っていただけるなら、剣が一本売れるごとに金貨一枚払いましょう。そうすれば、収入は百倍、いや千倍にもなりましょう」
いかにも商人らしい考え方だ。
もし、実現できればアヴァロンは眠っていても金がどんどん手に入る状態になる。
「くどいですよ。俺はこの街の商品を外で売るつもりはない。金額の問題ではありません」
「金以上の目的があると」
「この街にたくさんの人間を集め、発展させていくことが目的でしてね。そうでないと意味がない」
商人が俺の顔を覗き込む。
そして、ため息をついた。
「なるほど、みじんの隙も見当たりません。どうやら本心からのお言葉のようですね」
俺は無言で頷く。
「これは交渉の余地がなさそうだ。では、私にとっておまけのほうの交渉を進めましょう。この街に我がクルトルード商会の商店を出させていただきたい」
この街にとってこれ以上の申し出はない。
アヴァロンには足りないものが多すぎる。
今、アヴァロンで売っている食料はパンとリンゴ、そして干し肉だけ。これらが格安だからと言って、それでは人間は満足しない。もっとさまざまなものを食べたいだろう。
長期の生活をするなら、服だって靴だって居る。美味しい料理を提供する定食屋も欲しい、夜の店だって。
実際今は、冒険者や小さな行商人たちが商品を持ちこみ裏で様々な取引が行われているのを容認している状態だ。
この提案は俺たちにもメリットがある。いちいち、大量の商品を街に仕入れにいくのは面倒だし、そんな人出はない。だが、巨大な商会の商店ができれば、この街で売れるもの……つまり必要とされるものがどんどん供給されるようになる。
何よりも、俺たちにいっさいの負担がなく集客力のあるコンテンツが増えていく。そうなれば人口も街の収入も増える。
「プロケル様。この提案は、アヴァロンにとっても魅力的だと思われますよ。つきましては、二点お願いがあります。まず、関税を」
「関税はなしでいいですよ。好きなだけ品物を持ち込んでください」
「なっ」
コナンナが驚きに声をあげる。
通常、関税は重要な財源だ。一切取らないなんてありえない。
「正気ですか?」
「ええ、アヴァロンは、あなた方の商会にとって、関税がなく、人が多くあつまり、なおかつ安全に商売ができる場所となります。その分、商品の品数を増やし、値段を勉強していただければ助かります。もう一つ、アヴァロンの直営商店で販売するのは、この街で獲れた素材を使った、もしくはこの街で買える……これはあなたを初めとする我が街に進出した商店で買える素材を使った商品だけにします。あなたの商店ができれば、干し肉の販売すらやめるつもりです。……もっとも、あなたの店で取り扱わないものがどうしても街にとって必要だと言う状況になれば話は別ですがね」
商人が生唾を飲む。
この時代、どの街も商品を運び込む際に関税をかけてくる。かと言って、街の外で商売をするのは魔物がはびこる今の時代には不安がある。
関税がなく安全が担保されている街に店を構えられるというのは、商売上かなりの優位になる。
さらに、俺が言った街で揃えられるものでしか商売しないという言葉は、採算度外視で低価格で商売をするアヴァロンと競合しないで済むということを意味する。
人が多く、素晴らしい特産品があって集客力も期待できるのに、なにもかも足りない街。商売のチャンスなんて無数に転がっている。
「私がお願いしようとした、二つ目の条件を先に言われてしまいましたな」
コナンナは呆れた様子で笑う。
「ただ、税金はいただきます。月ごとに売り上げの一割。それ以上は一切とるつもりはありません」
「利益ではなく、売り上げですか。それを踏まえても安い。いいでしょう。さっそく店を構えたいのですが、土地を販売していただくことは可能でしょうか?」
「建設済みの家を一つ差し出しましょう。好きなように改装してください。井戸・温泉・下水をはじめとしたインフラの使用。それに、あなたの商会にシルバーゴーレムを二体プレゼントします。これは、私の街で商品を仕入れられないことに対する配慮です……とは言っても、売らないのは私だけですけどね」
「ありがたい申し出だ。後半の売らないのはプロケル様だけという意味を詳しく聞かせてもらっていいですか?」
気になって当然だろう。通常の商売では、アヴァロンで売るためのものを持ちこみ、帰りにはアヴァロンの魅力的な商品を仕入れて他の街に売る。それができないと儲けは半分になる。
「いずれこの街に移民が集まり、街の民が作物を育て始めれば、あなたが褒めてくださったリンゴも、そして他の街ではけして獲れない高品質の小麦も、移民たちが売ってくれるようになるでしょう。それにここには冒険者が多く立ち寄る。ダンジョンで手に入れたお宝だって、買いとることができるはずだ。そういった街の民の商売を規制するつもりは一切ないということです」
「はい、仕入れに関してはそうなりますな。一番の目玉の剣が手に入らないのは残念ではありますが、十分魅力的です。それにゴーレムですか」
ゴーレムと聞いて、コナンナの目の色が変わった。
商人なら、その意味が一発でわかるだろう。
「馬の代わりに馬車を引かせるといいでしょう。瞬間速度では馬以下ですが、長距離移動ならシルバーゴーレムのほうが早い。力もあって積載量が増える。飯も水もいらなければ疲れもしない。ランクC相当の強さがあるから護衛にもなれます」
それがゴーレムの魅力だ。馬と言うのは育てるにも、維持するにも金と手間がかかるし、魔物に襲われた際、守るのが難しい。ゴーレムが遅いというのは、そのランクにしてはという前置きが入る。
さらに、魔物がはびこる今、通常であれば冒険者の護衛を雇う必要がある。
シルバーゴーレムはそのすべてを解決し、輸送コストをかなり削減してくれる。
「他にも、商店の従業員のために家を用意します。一つ言っておきますが、さきほどのは店に対する税です。この街に定住している者に対しては、得た金額の一割を奉納して頂きます」
俺の出した条件は頭がおかしい。
それも、商店が有利すぎると言う意味で。
「ちょっと、ちょっと待ってください。プロケル様その条件はいったいなんですか。いたせりつくせりすぎます。正気ですか?」
「ええ、自分で言ったじゃないですか。あなたの商店は私の街のプラスになると。だからこそこの条件ですよ。私にとっては、この街を発展させるための投資も兼ねています。断っていただいても構いません。それならば、別の商会にまったく同じ条件で売り込んで見るだけですからね」
商人がたじろぐ。
あまりにも条件が良すぎて罠ではないかと疑っているのだ。そして、疑っていながらこんなおいしい話をほかの商会にもっていかれることを恐れている。
なら、一つ安心材料を与えよう。
「コナンナさん。とはいえ、これだけの譲歩をする対価に、一つ条件をつけさせてください」
「……条件とは」
「あなたの商会のネットワークでこの街の宣伝をして欲しい。この街の魅力の宣伝を。それに移民の募集の周知も」
俺は一枚の紙を手渡す。
それは移民の募集の用件を書いた紙。
「これは」
「この街は冒険者が立ち寄るだけではなく、定住者も募集しています。ひとまずは余っている農地を遊ばせないだけの農民が欲しい。小作人を引き込みたいんです」
「税金が安すぎる。小作人たちにとって、この数字はあまりに魅力的だ。エクラバでは収穫量の七割をもっていかれますよ? それがたった三割。この程度の税金で街が運営できるとは思えませんが」
「できますよ。治安を守るゴーレムたちは全て無料。水路等のインフラも亜人たちの魔術でほとんどノーコスト。人間たちとは運営にかかる金額が違いすぎます」
本来、今言ったどれもが人間に任せればとんでもない金がかかる。
そもそも、俺たちが一週間で作った街だが、人間なら十年以上かかった。
「……わかりました。私のネットワークを使って宣伝と移民募集をさせていただきます。ふう、あなたには欲がなさすぎますね。その気になればもっと貪欲に稼ぐことができるはずなのに」
「欲がないというのは、失礼ですね。俺は貪欲ですよ。ただ、得たいものが金ではないというだけだ」
俺とコナンナは握手をする。
これで契約締結だ。
この街の物流が一気に加速し、なおかつ宣伝が強化される。
コナンナに相談すれば人材の融通もしてもらえるだろう。
……そして、大きな商会というのは政治力もある。ある程度、そこにも期待している。
「コナンナさん。一つだけ忠告を。俺もアヴァロンも極めて誠実に対応します。ですが裏切者は許しません。こそこそ裏で何をしようと構いませんが、この街で私に隠し事をできるとは思わないでください」
「わかっていますよ。金の卵を産む鶏を絞殺したりしない」
俺たちは笑いあった。
そのあとは、いくつか家を見てもらい。引き渡す物件を決め、詳細を詰めた。
雑談レベルだが、コナンナが商店の他にも、娼館や酒場、そう言ったものを作りたいと提案してくれたので、前向きに考える。
商売において、もっとも効率がいいのは汗水たらして商品を開発して売ることではない。
商売をできる場を用意して、どんどん人と商人を呼び込んで商売をさせ、その上前を撥ねることだ。
ただ、お遊びでレストランの一つでも、余裕が出来たら開いてみたいとは思う。
何はともあれ、これでどんどん街の成長が加速する。
コナンナを見送る。彼の馬車にはシルバー・ゴレームが繋がれていた。
友好の印として、先にプレゼントしたのだ。あれぐらいなら持ち逃げされても、ダメージはないのでためらいはない。
家に帰ろうとしたとき、肩にふんわりとした感触。
「また、来たか」
俺の肩に小さな青い鳥が乗っていた。
【風】の魔王ストラスからの手紙を届けてくれたのだろう。
その手紙には、自分はもうダンジョンを作って、冒険者たちを招き入れてDPを稼いでる。ライバルとして俺の近況を知りたいと挑発的に書いてあった。
「ほう、さすがストラスだ。この短期間でまっとうなダンジョンを軌道に乗せるなんて。それにしても、まったくあいつらしいな」
だが、そんな挑発的な手紙も途中から、彼女の親である【竜】の魔王からのアドバイスを箇条書きにしてまとめていたり、心配そうな文体に変わって、遠回しに【戦争】を仕掛けられたら、加勢するともあった。
……俺はいい友人をもった。
「心配しないでいいよ。ストラス。そっちもちゃんとやっている」
俺は、手紙の返事を書きながら、【鉱山】エリアの奥に存在する、エルダー・ドワーフとエンシェント・エルフの二人によって巧妙に偽装された地下への入り口を通り、アヴァロンの裏の顔。忍び込んだ獲物を一匹残らず殲滅するためのダンジョンに入り込む。
一フロア目の重火器とミスリルゴーレムのフロアを通り抜け、二フロア目、アンデッドに補正がかかる墓地地帯に入る。
そこには、パン工場と兵器工場があった。
パン工場ではせっせとスケルトンたちがパンを作り、兵器工場ではもくもくと俺が【創造】した原料をもとに爆弾を作り続けている。一体20DPのスケルトンは気軽に増やせるいい労働力だ。
このフロアには空がある。空を見上げると、グリフォンが飛んでいた。その背後には、グリフォンの二ランク下の魔物、大きな石を持ったヒポグリフの群れ。グリフォンを合成したことで購入できるようになったランクDの飛行可能で、それなりな積載量を持つ魔物だ。彼らはいろいろと便利だ。安くて量産できるのがいい。
彼らは上空から石を拾っては落として、拾っては落としてを繰り返す。
「うん、訓練の成果が出てきた。なかなか精度があがっているな。空襲部隊も首尾は上々か」
彼らは、防衛にも。そして矛にもなる。さて、下準備は出来てきた。裏のほうを重点的に進めていこう。……【戦争】の影はそこまで来ているのだから。