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第十五話:アルバイト

 俺は妖狐の接客のフォローをするつもりで冒険者たちのところに向かったが、多少の不満はあるが納得してくれているようで一安心。

 しかし、そのあとの話で宿と武具も利用してくれそうな気配があったので営業をかけることにした。


「よろしければ、ご案内しますよ。私の街では武具の販売、修理も取り扱っておりますし、宿屋の営業も行っております」


 突然現れた俺に一瞬戸惑ったものの、すぐに平静さを取り戻し口を開いた。


「亜人の父? 大賢者? おまえはいったい」

「この街は迫害されている亜人の子たちのために私が作った街であり、私は彼女たちの保護者です。そして、こんな街を作れる存在、大賢者以外に存在しないとは思いませんか?」

 

 どや顔で言ってみたが。

 ちょっとはったりを利かせすぎた。いぶかし気な目で見られてしまっている。少し失敗したかもしれない。

 ちょっと気恥ずかしい。よし、話題を変えよう。


「……それより、鍛冶屋と宿屋の案内はどうなされますか?」

「そっ、そうか、まずは宿屋のほうを見せてもらっていいか?」

「はい、喜んで」


 俺は頷いて、冒険者たちの四人組を連れて宿屋に向かった。


 ◇


 宿屋については今のところワイトに取り仕切らせている。

 彼に任せていれば問題ないという判断だ。


「いらっしゃいませ。お客様」


 宿屋の扉を開くと、ワイトが出迎えてくる。

 彼は全身を高級なローブで包み、顔には仮面をつけてある。

【幻惑】の付与効果があるので、品のいい紳士に見えているはずだ。


「ここが、この街の宿か」

「はい、そうです。とは言っても寝るだけのものですがね。システムを紹介しましょう」


 俺はこほんと一度咳払いをする。


「プランは二つあります。一つは個室。こちらについては人数にかかわらず、一部屋につき一晩銀貨二枚となっております。まあ、二人ならゆったりと。詰めれば四人ぐらいは眠ることができます。鍵をかけることができるので、プライベートに気を遣うならこちらに。どちらのプランでも温かい毛布を支給します」


 ちなみに銀貨一枚というのは相当安い。

 エクラバの街で、冒険者向けの肉体労働だと一日銀貨六枚程度を稼げる。


「安いな」

「眠るだけですからね。滞在中の掃除等も自身でやっていただきます。食事などはさきほどの商店で購入してください。宿の中庭にある井戸はご自由に使ってかまいませんので、洗濯等をなされるといいでしょう。また、温泉がこの街にはございます。そちらを使っていただいても構いません」

「温泉があるの!?」


 冒険者のうち、唯一元気そうな盗賊の少女が目を輝かせる。


「レッカ、それが何か知ってるのか?」


 戦士の男が少女に問いかける。


「うん、知ってるよ。あったかいお湯に浸かるんだ。すっごく気持ちよくて、疲れが取れるんだよ」


 うっとりした顔で少女が温泉を浮かべた。


「ご博識ですね。おっしゃる通り疲れを取る効果がございます。我が街の温泉は特に優れており、疲労回復のほか、美肌、怪我と病気の回復促進、魔力回復、様々な効能があります」

「たかが湯に浸かっただけでそんな」

「この街は高位のエルフたちによって祝福されておりますので温泉にも不思議な力が宿っているのです」


 まごうことなき真実だ。

 全て気休め程度だがきっちりとした効果がある。

 エンシェント・エルフが風呂に入る度に効果が強くなっている。もしかしたら、あの子から出汁が出ているのかもしれない。

 

「ねえ、ソルト、ここに泊まろうよ! 温泉が好きに入れるなんて最高だよ! 怪我も早く治るし! ミラの魔力だって早く回復するし!」

「……信じられん。まあ、どっちみち今日は泊まるつもりだしな。温泉とやらも試してみるか」

「うんうん、うわぁ、今から楽しみ」


 どうやら、ちゃんと温泉が武器になったようだ。冒険者受けがいいのは、助かる。


「最初にプランが二つあると言ったが、もう一つは?」

「はい、大部屋に雑魚寝してもらいます。当然鍵などもないので、持ち物の盗難などがあっても一切責任はとりません。その分、お値段は安くて一人銀貨一枚となります。お客様の場合は、四人で部屋を共用するなら、個室のほうが安くなるので、そちらをおすすめしますが」


 大部屋のほうは基本的に一人で旅をする冒険者向けのサービスだ。

 パーティで来るなら個室のほうが安い。


「なら、二部屋借りる。銀貨四枚。これでいいんだな」

「はい、問題ありません」


 俺がそういうと、ワイトが鍵を二つ出して詳細を説明する。


「お客様。これが、部屋のカギとなります。部屋番号を示した地図が壁に貼り付けておりますので、そちらを確認してください」


 戦士風の男は鍵を受け取り、そのうち一つを盗賊の少女に渡した。

 どうやら男女で部屋を分けるらしい。

 冒険者にしては珍しい心配りだ。


「プロケル、荷物を下ろしてくる。そこから武具の店の案内を頼むがいいか?」

「ええ、喜んで」


 俺は微笑む。

 この冒険者たちはそれなりに強いし、経験も積んでいる。

 彼らであれば、口コミで評判が広がる可能性が高い。

 多少の手間は惜しむべきではないだろう。


 ◇


 しばらく経ってから冒険者たちがやってきた。

 どうやら着替えたらしく身軽な服になっていた。

 ただ、背中に大きな袋を担いでいる。おそらく壊れた剣や防具だろう。

 俺は、彼らを連れて商店に戻った。


 ◇


 商店に戻ると、妖狐二人とクイナが慌ただしく動きまわっていた。

 客引きをしていた妖狐も戻ってきている。

 おそらく、客が増えすぎてさばききれなくなったので呼び戻したのだろう。


 看板と護衛としてつけていたミスリルゴーレムが戻ってきてないことを考えると、ゴーレムに看板を持たせておいて来ているはず。一応集客力はあるので咎めなくていいだろう。


 今の客の数は三〇人ほど。

 食料品を景気よく買い込んでくれていた。

 さほど多くないが、三人では若干辛い。


 クイナが助けを求める目でこちらを見ていたがあえて気付かないふりをした。

 大丈夫、彼女たちならなんとかするだろう。むしろこれがさばけないと今後やっていけない。心を鬼にして彼女たちの成長に期待する。

 俺は咳払いをして、冒険者たちのほうを向く。


「さて、この街では武具の販売と修理も実施しております。武具については今のところ、剣のみの販売です」


 俺はそう言って、店の中に入り食料品を置いている場所の反対側にある武具置き場に来た。

 そこには無造作に剣が立てかけられている。

 客寄せのためにエルダー・ドワーフが本気で作った剣だけは額縁に入れて壁に取り付けられていた。


 冷静に考えると、この陳列はないな。入り口からだと客は注意深く見ないと剣を置いていることに気付かない。実際、今まで商店に来た冒険者たちはこの剣の存在に気付いていない。


 あとで改善しないと。

 そんなことを考えていると……。


「剣は置いてないか? ここで素晴らしい剣が売られると聞いていたんだが?」


 清算であたふたとしているクイナたちのところにさらに団体の客が現れた。それも二〇近く。

 初めから剣を目的としている。おそらく、街の鍛冶屋でやらかした一件の噂を聞いてきたのだろう。

 クイナたちがパニックになりかけている。

 そっちの客は俺が引き受けよう。


「剣はこちらに置いてあります。ちょうど、こちらのお客様が試されるところですので、一緒にご覧ください」

「おう、そっちか。気付かなかったぜ」


 ぞろぞろと剣目当ての客がこちらに集まってきた。

 店内は広いので、これぐらいの人数なら全然問題ない。

 俺は量産品の剣を手に取り、戦士の男に渡す。


「これが、うちで扱っている剣です。なかなかの品ですよ」


 剣を戦士の男に渡す。

 剣を取った瞬間、リラックスした日常モードから剣士のものに、眼の色が変わった。

 舐めるように剣を凝視し、表面を触った。

 そして構えて、剣を振るう。風を切る音が聞こえた。

 いい腕前だ。


「素晴らしい剣だ。これほどの剣、エクラバでもそうそう見ることができない」

「試し切りをしてみますか?」

「いいのか!?」


 思った以上の食いつきだ。

 試し切りように置いてある、丸太を立てる。ただの丸太ではなく底に金具がついてあって倒れない。

 戦士風の男は、横なぎで剣を振るう。すると、スパッと丸太が切れた。


「すさまじい切れ味。この軽さ、強さ。魔力が通っているのを感じる。俺の剣よりもずっといいな。この剣の値段は?」

「金貨二枚です」


 俺がそう言った瞬間、戦士風の男はあんぐりと口を開いた。

 よほど驚いたのだろう。


「ちょっと待て、この剣がたった金貨二枚!? 今の俺の剣だって金貨四枚したぞ!? これほどの剣どんなに安くても金貨六枚……いや八枚はする!」


 男は俺に詰め寄ってくる。

 ちなみに、この値段設定はエクラバの街で見たミスリルを鉄で水増しした量産品そのままの値段だ。


 この剣はそれに比べて、配合の割合、精製も段違いにいい合金を使い。加工技術も比べものにならない。ドワーフ・スミスたちにとっては適当に数優先で作った剣に過ぎないが、人間にとっては一流の職人が丹精込めて鍛え上げた剣に匹敵する精度がある。


 さらに、ドワーフ・スミスの剣はエルダー・ドワーフのように魔術付与エンチャントはできなくても、魔力を宿らせ性能を底上げすることができる。これは一種の魔剣だ。

 お買い得なんてレベルではない。


「うちの鍛冶師は腕がいいので、そのレベルだと簡単に作れてしまうんですよ」

「グランドマスタークラスの鍛冶師が居るのか!?」

「可愛いドワーフの女の子たちです。ここは亜人の街。人間に出来ないこともたやすくこなせる人材がいるのです」

「エルフの祝福にドワーフの鍛冶師、すさまじい街だな。この剣を売ってくれ、すぐに! この剣がこの値段なら、この場で買わないと、すぐに買われてしまう」


 血走った目で男は、俺に金貨を一枚に、銀貨を三〇枚握らせる。

 銀貨三〇枚で金貨一枚なのでちょうど金貨二枚分になる。

 肉体労働者が汗水働いて一日で銀貨六枚という事を考えると、おおよそ肉体労働者が休みなく働いた半月分の給料とほぼ同じ値段。


 けして安くはないが、質を考えると、恐ろしくお買い得だ。


「商品として用意しているのは、その剣だけですが、その剣を作った鍛冶師が武具の修理を行っております。こちらが工房の地図です。基本的には使用した素材の費用に加え、一律で銀貨六枚いただきます。あとでそちらにも顔をだしてください。また剣以外にも、その剣と同じ素材、同じ製法でオーダーメードで武器の作成が可能です。そちらは割高になりまして金貨三枚いただきますが」

「これだけのものが作れるんだ。腕に間違いはないだろう。防具の修理を任せたい」


 男は買ったばかりの剣をうっとりとした顔で見ていた。

 ただ、違和感がある。

 男の後ろからあまりにも多くの視線を感じる。

 鍛冶屋の一件で剣を目当てに来ていただけじゃない。さきほど食料品に集中していた冒険者たちもみんなこちらに注目していた。

 次の瞬間、一斉になだれ込んでくる。


「その剣、俺にも見せてくれ」

「これ、ミスリル製じゃないか」

「なんて切れ味だ」

「これが金貨二枚? 正気か」


 微妙に商店の入り口から遠かったせいでこの剣のことに、客たちは気付いていなかったのが今の騒ぎで気づいてしまったらしい。

 次々に剣の品定めをし始めた。

 そして、一通り確認した後は……。


「よし、買うぞ!」

「そこのお嬢ちゃん、この材質と製法で槍を作って欲しいんだがその交渉は!」

「ちょ、もう在庫がねえぞ次の入荷はいつだ」


 販売をしている妖狐たちのところに流れ込む。

 しかも扱っているのが武器だ。質問や要望が盛りだくさん。

 ただでさえ、バタついていたレジがさらに悲惨なことになった。


「おとーさんのばかぁ! こんなの無理なの!」


 クイナの恨みのこもった声が聞こえてきた。

 確かにこうなったのは俺のせいだ。

 まあそれでも、泣き言を言いながらもてきぱきと、仕事をこなすところはさすがクイナだ。


「その、なんだ、悪かったな」


 戦士の男が微妙に気まずそうにしている。


「こうなったのは遅いか早いかの違いですよ」


 客たちが剣の存在に気付いていなかっただけで、いずれはこうなっただろう。

 まあ、クイナたちならなんとかする。


「ん、なんだ、あの剣は!?」


 戦士の男が突然大声をあげる。

 額縁に入れ立てかけられている剣を見ていた。

 恍惚とした表情で、魂ごと持っていかれているようにすら見える。両手で自分の体を抱きしめ震えている。


「プロケル、あの剣は、すうんごい。あれも、あれも商品なのか!? 売って、売ってくれええ」


 俺の肩を両手でつかみ揺らしながら迫ってくる。

 口調までおかしくなっていた。


「高いですよ。あれは特別ですから。金貨で10,000枚」


 城が買えるほどの値段だが、それだけの価値がある。


「とても、手が届かない。だが」


 完全に欲に目がくらんでいる。盗みかねない。

 まあ、この商店は常にミスリルゴーレム二体が監視している。高価な商品には魔石の欠片が仕込まれており、レジでそれを取り外さないと、盗みを感知し襲い掛かる仕組みだ。まず問題がないだろう。

 そんなことを考えていると、盗賊の少女と魔法使いの女性が、険しい顔で戦士の男に詰め寄った。


「ねえ、その剣に金貨二枚払ったけど、今の手持ちってそんなに多くなかったよね」

「私の記憶だと、それを払うと手持ちの資金が尽きちゃう気がするんですか」


 二人の問い詰めに、戦士の男が冷や汗を流す。


「レッカ、ミラ。すまん! だけど、これほどの剣がこの値段で買えるチャンスなんてもうないんだ。だいたい、剣を直すのに金を払うぐらいなら、強くて新しい剣を買ったほうが得だろ。ほら、見ろ。もう全部売れちまった。あのタイミングじゃないと買えなかった。本当にすごい剣なんだ」


 彼の言う通り、棚にかけられていた剣は全てレジで順番待ちをしている冒険者たちの手にある。


「気持ちはわかるし、すごい剣なのもわかるけど……でも、路銀が尽きちゃったから一度エクラバに戻らないといけなくなっちゃったよ」


 そうなるだろう。今日の宿賃はもらっているが明日以降は払えないだろうし、日々の食事も金がかかる。

 いや、いいことを思いついた。


「よろしければですが、女性のお二人、バイトをしてみませんか? 男性方は怪我をしておられますが、お二人は体を動かしても問題ないでしょう。そちらの女性は魔力枯渇気味ですが、リンゴを食べて少し良くなっているようですし。一日、銀貨一二枚支払いましょう」


 肉体労働者の二倍の金額だ。それにこのパーティはどっちみて、男たちの怪我が癒えるまでダンジョンには潜れない。

 この街に滞在して傷をいやしながら、バイトで金を稼ぐのは理に適っている。

 こうなると当然。


「「受けさせて」」


 となる。

 ダメな男の生活費を女性が稼ぐ。まあ、様式美だ。


「ありがとうございます。さっそくですが、彼女たちを助けてやってください。営業時間は日が完全に暮れるまで。営業時間終了後に日ごとに給金を支払います」


 俺がそう言うと、戦場になっているレジに二人が向かってくれた。

 さすが、冒険者だ。度胸がある。

 初めての仕事なのにまず手を動かす行動力。頭の回転も速い。

 何はともあれ、人手が少しは確保できた。

 これで、クイナたちの負担も減る。


 新戦力の加入で、なんとかうまく回り始めた。そうでないと困る。なにせ、今日のこの客たちはさらなる客への呼び水になる。そしてその増えた客がさらなる呼び水となるだろう。

 これからもっともっと忙しくなるのだ。

 さあ、これからどうなるか楽しみだ。

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[一言] 安すぎて冒険者より買占め目当ての商人が殺到しそうですねw
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