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第十三話:アヴァロン

 次に俺が向かったのは、この街にある四つの特別な施設の三つめである商店だ。街に入ってすぐの目立つ場所に設置してある。

 大きな店で、食料とドワーフの武具を扱う。

 食料のほうは、生のリンゴ、エンシェント・エルフが作ったりんご酒、塩を利かせて硬く焼いた保存性の高いパン、水、そして街から買ってきた干し肉を並べてある。

 リンゴ以外は、ダンジョンの探索に必須のものばかりだ。

【刻】の魔王と、巨大な商業都市の中心に位置するこの立地で売れないわけがない。


 移民や商人が増えれば、もっと幅広い品揃えを用意出来るが、今は販売の負担を減らすために限界まで商品は絞り込んでいる。

 物を売るサービスとは別に武器の修復も受け付ける。主にドワーフ・スミスたちの仕事になるだろう。


「ご主人様、来てくれたんですね」


 たっぷりリンゴが入った樽を運んできたエンシェント・エルフが声をかけてくる。


「ああ、いよいよ明日開店だからね。商店のほうの進捗を見ておきたくて」

「準備はばっちりですよ」


 樽を地面に置くと、水音が聞こえた。


「その樽はなんだ」

「私が作った生命の水にリンゴを漬けているんです。この水に浸かっている間は、傷まないですし、この水に一度でも漬けたリンゴはすごく腐りにくくなって、美味しさが持続するんです。効能も増しますよ」

「……ほどほどにしておけよ」

「はい、もちろんです!」


 ただのリンゴですら、俺のエンシェント・エルフにかかればチートになりえる。

 世間話のように生命の水なんて単語が出てきたが、人間たちからしたら間違いなくとんでもない代物だろう。


「クイナたちはどうしたんだ?」

「店の奥で、練習をしてますよ。可愛い売り子さんたちで、お姉さん興奮しちゃいます」


 可愛いもの好きのエンシェント・エルフはうっとりした表情になる。


「そうか、それは気になるな。見に行こうか」


 俺とエンシェント・エルフは店の奥に入った。


 ◇



 店の奥に入る。そこにはクイナと妖狐たちが居た。


「じゃあ、妖狐たち。【変化】を使うの!」


 クイナが配下である妖狐たちに命令を出していた。

 彼女たちは両手を合わせ魔力を高める。

 光があふれて、彼女たちのキツネ耳とキツネ尻尾が消える。

 完全に人間に擬態した。


 いくらこの世界の人間は亜人に慣れているとはいえ、やはり売り子は同族のほうが好ましい。

 とくに呼び込みをするのなら、人間に見えることが重要だ。

【変化】で耳と尻尾を消すことができる美少女の妖狐たちにはぴったりな役割だ。


「あっ、おとーさん。見てみて、可愛いの!」


 クイナが胸を張る。たしかに妖狐たちは可愛い。

 エルダー・ドワーフが作った店員用の服は、ひらひらのフリルがついて大変可愛らしいデザインだ。

 間違いなく、俺の隣で目を輝かせて妖狐たちを見つめているエンシェント・エルフの趣味が入っている。

 ……妖狐だけじゃなく今はクイナも身に纏っていた。

 クイナは変化せずにキツネ耳キツネ尻尾をつけたままでだ。尻尾を通す穴まで作っているぐらいだから確信犯だろう。


「クイナは、変化しないのか?」

「クイナのお仕事は、この街の防衛が最優先。店員はできないの」


 まあ、それもそうだ。

 彼女はこの街の最強戦力。売り子で彼女の時間を奪うわけにはいかない。


「最後の頼みはおまえだ。頼りにしてる」

「やー♪」


 クイナが近づいて来たので頭を撫でる。

 そんなことをしていると足音が聞こえた。


「追加のパンが焼けたので届けにまいりました。……おう、これは我が君」


 現れたのはワイトだ。

 背後のゴーレムたちがパンの入った木箱を運んでいる。

 商品になるパンを焼いているのは、ワイトが率いるスケルトンたち。

 さすがにゴーレムと違って地上を徘徊させるわけにはいかないので、地下のフロアでせっせとパンを焼き、ゴーレムたちに運ばせることで街に貢献してもらっている。

 戦闘がないときもこうやって街の役に立ってもらう。

 スケルトンたちが集団でパンを作る光景は果てしなくシュールで、とてもじゃないが人間には見せられない。



「お疲れさま、一つ食べていいか」

「ええ、是非。我がアンデッド軍団が丹誠を込めて焼いたパンですぞ」


 スケルトンが作ったパン。普通に考えればひどいものになりそうだが……。

 保存性重視で塩をきつめにしてがちがちに固く焼いたパンの味は悪くなかった。飛びぬけてうまくはないがまずくもない。普通のパン。これなら商品になりえる。


「うん、十分売れる出来だ」

「我らは味見が出来ないゆえ、愚直に分量を守って作っておりますからな」


 単純作業をさせれば、ワイトの率いるスケルトン軍団の右に出るものはないだろう。

 機械のように正確に淡々と決められた動きを繰り返す。


「ワイト、人間たちがこの街に来はじめれば」

「わかっております。私も地上に上がるのは避けたほうがいいでしょう。この身は異形。我が君の街づくりの弊害になりましょうぞ」


 俺の思考を先回りしてワイトがそう言う。

 その懸念は正しい。さすがにクイナたちのような亜人やゴーレムと違ってアンデッドは明確な人間の敵だ。

 普通なら、絶対に見せるわけにはいかない。

 だが、今回だけのことを言えば外れだ。

 俺はにやりと笑う。


「何を言っている。おまえは俺の参謀だ。共に居て助けてもらわないと困る」

「……そのお言葉は嬉しいです。ですが、この身では」

「だから、こんなものを用意した」


 俺は彼の顔に仮面をつける。


「エルダー・ドワーフに作らせた幻惑の仮面だ。【幻惑】の魔術付与エンチャントがかけられているんだ。それをつけている限り、おまえは人間に見える。【幻惑】にも限界があるから、ローブで体を覆ってもらうし、長袖長ズボン、手袋着用は義務にするがな」


 俺の言葉を聞いたワイトが感激に打ち震える。

 そして、震えたままで言葉を発した。


「我が君、私のためにこのようなものを。いかに、最上位のドワーフである、エルダー・ドワーフ様でも、これほどの逸品、簡単には作れないでしょうに」

「おまえほど優秀な部下を遊ばせるわけにはいかない。エルダー・ドワーフには無理をしてもらった。おまえの働き、期待しているぞワイト」


 人の感情の機微に敏感で、頭も回り知識もあるワイト。

 彼の力は街の運営には必須だ。


「はっ、このワイト。我が君の御心のままに」


 ワイトがその場で跪く。

 彼の力、頼りにさせてもらおう。

 そうして、この場を後にした。


 ◇


 そのあと、四つめの特別な施設である宿屋。

 ここは最大で百人ほど泊まることを想定しており、かなり部屋数があり、雑魚寝用の大部屋まである。

 そして、大量の毛布が用意されていた。

 実は、素泊まりのプランしか今は考えていない。

 今はそれが限界だ。

 だから複数ある部屋で勝手に毛布を使って寝ろ。個室は高く、大部屋は激安。井戸も好きに使っていいし、大衆浴場も使っていい。飯が欲しければ商店のほうで食べたいものを買えという、おおよそ全てのサービスを放棄した形にした。

 というより、それ以上できない。


「やっぱり、人手がまったく足りてないよな……積極的に人間を雇っていくか」


 店の売り子、宿の受付、客寄せ、風呂や宿の掃除。

 これらの仕事は、品質を求めなければ適当に雇った人員で回すことができる。喰い詰めていそうな冒険者が居れば、短期でバイトさせるのもいい。

 採掘した銀で、近くの商業都市にある銀貨とまったく同じものをエルダー・ドワーフに作らせているので、資金は十分あるのだ。

 いつまでも、俺の魔物たちにさせるわけにはいかないだろう。


「理想を言えばプロが欲しいな。こういうときにコネがないのは辛い」


 宿屋や商店は経営まで任せられる腕のいい商人に、この街に支店を出してもらえたら言うことはない。

 俺が儲けることよりも、魅力的なコンテンツがこの街にできることのほうが重要だ。

 今後どう発展させるかは課題だが、とりあえず人間を宿泊させることができる施設が出来ただけでも上出来だろう。


 そして五つ目にして最後の特別な施設である天然温泉の大衆浴場。

 ここも男湯と女湯、それぞれ無事完成していた。

 こっそり、俺たち専用の特別な湯もある。

 街の衛生と、宿屋に泊まった客の満足度に貢献してくれるだろう。


 これで、街の運営に全ての要素が揃った。

 これなら明日から人を呼ぶことができる。


 ◇

 

 翌日の早朝、全魔物を街の広場に集めていた。

 スケルトンたちもこの場に居た。


「親愛なる俺の配下たちよ。おまえたちの働きに感謝する。俺たちのダンジョン……いや街もようやく形になった。まだまだ、課題は多いがこれなら人間を呼ぶことができる」


 インフラは整い、商品である食料と武具は揃った。

 宿屋も娯楽施設も一応存在する。


「本日より人間を招き入れる。そして、人間の感情を喰らい始める。本当の意味で、俺たちの街の運営が始まるんだ」


 何もかもが最初からうまくいくことはありえない。

 だが、それでも一歩を踏み出すことができる。


「おまえたちの中に、まどろっこしいことをせずに、人間なんて殺し、喰らいつくせばいいと考えるものもいるかもしれない。俺もそちらのほうが強い感情が喰えるのは理解している。だが、それは一時的なものだ。数百、数千……いや、数万の人間が笑いあう。そんな街を作り上げることでしか、たどり着けない場所がある。そこに俺はたどり着くことを約束する」


 それこそが最強のダンジョン。他のどの魔王のダンジョンよりも、DPを得て、たくさんの感情を喰らえる。


「それにそっちのほうが楽しい。まっとうなダンジョンを運営するのなら人間を誘い込んで、騙して、殺して、殺される。魔物であるおまえたちを餌にしないといけなくなる。甘いかもしれないが、俺はおまえたちは失いたくない。おまえたちが好きなんだ……だから俺の夢のために力を貸してくれ。いや貸せ。これは魔王として我が配下に行う勅命だ」


 俺の言葉を聞いた魔物たちの顔にそれぞれ覚悟と決意が浮かび、全員がその場に跪いた。


「さあ、みんな。俺たちの街を始めよう。希望と笑顔の街……”アヴァロン”それが俺たちの街だ! 総員、持ち場につけ!」


 その掛け声と同時に全員が持ち場に向かう。

 まずは人間の呼び込み、勝算はある。あとは実行するだけだ。 

 

 

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