第十一話:温泉
今日の仕事が終わった。
インフラが整ってきたので、明日からは商売の準備に入っていくつもりだ。
商品として、リンゴと固焼きパン、それにエルダー・ドワーフたちの武器を用意するとして、他に面白いものを考えないといけない。
それはそれとして……
「温泉なの♪」
そう、温泉だ。
二日目ぐらいにエンシェント・エルフが地下の水の流れがおかしいと言い出して、調べてみると天然の温泉の源泉があった。
それを掘り起こし、エルダー・ドワーフに簡単な設計方針を話して作り上げてもらったのが、この街の大衆浴場だ。
街の一角に大衆浴場が建設されている。
街に娯楽と衛生面の対策も必要だと思っていたので渡りに船だった。
大衆浴場はその両方を満たすどころか、宿屋の売りにもなる。
なので力を入れてお風呂を完成させた。腐りにくさと手入れのしやすさを優先して石で浴場を作っている。
ちなみに自然の源泉に、ドワーフが作ったポンプで水を引っ張ってきて薄める仕組みになっていた。
街の水源にはエルフたちの祝福がかかっているので、普通の温泉では考えられないぐらいに効能のある温泉だ。
「おとーさん、遅いの」
クイナが俺の手をひいてはやくはやくと急かす。
俺は苦笑し大衆浴場の中に入り、更衣室に行く。
クイナは恥ずかし気もなく、いっきに服を脱ぎ捨てて裸になった。
エルダー・ドワーフは少しほほを染めながら、ゆっくりと服を脱ぎ、エンシェント・エルフはクイナとエルダー・ドワーフをにこにことした表情で見つめつつ、彼女たちが着替えを終えると、一瞬で服を脱いでいた。俺に見られることにたいする抵抗はないらしい。
「おとーさん、行こう!」
「マスター、はやく」
「クイナちゃんも、エルちゃんも可愛いです。じゅる」
俺は頷き、湯船のほうに移動した。
ちなみに俺の服は魔力で編んだ服なので着替える必要すらない。魔力を解くと俺の体に吸収される。
これもある意味魔王の力だ。魔王の装備は魔王の成長と合わせて強くなっていく。
◇
浴場のほうにいくと湯気がもくもくと立っていた。
中央には石で出来た湯船。
クイナが全裸で尻尾を揺らしながら湯船の近くまで走っていく。
彼女は一二、三歳ぐらいにしては発育がいい。そろそろ父親としては恥じらいをもって欲しいと思ってしまう。
エルダー・ドワーフのほうを見る。
クイナと同年代ぐらいに見える銀髪美少女のエルダー・ドワーフはぺったんこだ。
ただ、幼女体形というわけではなく、すらっとしていて妖精のような可憐さがある。
「マスター、そんなに見ないで。恥ずかしい」
そして、絶妙な恥じらい。
こういうところはクイナにも見習ってもらいたいところだ。
「ご主人様、何をぼうっとしているんですか」
背後にやらかい衝撃。
エンシェント・エルフが抱き着いてきていた。
「エンシェント・エルフか。せめて、裸のときはそういうのは止めようか」
「ご主人様だからいいんです。ご主人様の背中大きいです。安心します」
エンシェント・エルフは巨乳だ。
クイナたちよりも少し成長しており、十四、五歳ぐらいで、まだまだ少女のはずだが、スタイル抜群ででかい。
腰も括れていて、女としての魅力は飛びぬけている。
「わかったから離れてくれ」
いかに自らが生み出した娘とはいえど、本能はどうしようもない。
これ以上されたら我を忘れそうだ。
「わかりました。ふふふ、ご主人様にふられたので、クイナちゃんとエルちゃんを愛でるしかないようですね」
獲物を狙う獣の眼光で、エンシェント・エルフはクイナとエルダー・ドワーフを見る。
クイナの尻尾の毛が逆立ち、エルダー・ドワーフは背筋を震わせた。
割と洒落になっていない。
何はともあれ、真っ先に湯船に向かったクイナが桶でお湯を頭に被ってから湯船につかりとろけた顔を見せてくれる。
可愛い。
「俺たちも行こうか。放っておくと、俺たちが入る前にクイナがのぼせちゃいそうだ」
「確かにその通り」
「ですね、みんなで同じお湯に浸かりたいです」
そうして俺たちもお湯をかぶって湯船に浸かった。
◇
「あー、エルちゃんだめ。そこはクイナの特等席なの!」
「早い者勝ち。いつもクイナが楽しんでる。今日は私の番」
湯船に浸かった瞬間、エルダー・ドワーフが壁に背を預けて両足を開いた足の間に小さな体を滑り込ませ、もたれかかってきた。
いつもはクイナがこうしている。
妙にエルダー・ドワーフが俺にくっついて来ていると思ったら、クイナより先にこうするのを狙っていたのだろう。
「ううう、クイナの特等席……」
クイナがジト目で俺たちのほうを見てくる。
「まあまあ、早いもの勝ちだから仕方ないです。クイナちゃん。クイナちゃんの寂しさはこの私が埋めてあげますよ」
これ幸いとエンシェント・エルフがクイナを後ろから抱きしめる。しかも、わさわさと手を動かしていろんなところを撫でまわす。クイナが熱い吐息を漏らした。
しかし、クイナはすぐに表情を険しくする。
「おとーさんじゃないと駄目なの。あと、ルフちゃん。変なところばっかり触るから嫌い」
そして体を震わせ、腕から抜け出してきた。
こちらに来て、何をするかと思えば、エルダー・ドワーフを少し右に寄せスペースを作り、俺にもたれかかってくる。
肌と水にぬれた尻尾の感触。
二人の娘のダブルもたれかかり。
これは……いい。
「クイナたちは小さいから、二人一緒に特等席に座れるの」
「今日は私の番なのに」
「エルちゃん、固いことは言いっこなしなの」
「……そのセリフ覚えた。今度、クイナが甘えているところに割り込む」
「うっ、い、いいの」
エルダー・ドワーフがにやりと笑う。クイナはずる賢いがわきが甘いのか、たまにこうしてエルダー・ドワーフにやり込められる。
「ご主人様、羨ましいです。クイナちゃんとエルちゃんを一緒に愛でるなんて」
「ああ、いい気分だ」
温泉でリラックスしながら、娘の肌から伝わるぬくもりを楽しむ。
なるほど、ここが天国か。
「おとーさん、このままぎゅっとして」
「いい考え。マスターお願い」
娘の頼みなら仕方ない。
俺は手を回して二人を抱きしめる。腕に柔らかい感触。
密着度が増す。
温泉は素晴らしい。俺は今この瞬間の幸せを噛みしめる。だが、時間と共にいろいろと問題が出てきた。
いくら可愛い娘たちであっても、俺は男だ。……こらえなければ。
「そろそろ出ようか、上せてきた」
「やだー。お風呂気持ちいい。もっとゆっくり浸かるの」
「マスター、もう少しこうしてたい。だめ?」
娘たちの無慈悲なお願い。こんなことを言われると断れない。
絶体絶命のピンチ。
そんな時だった、救いの女神が現れた。
「ご主人様、クイナちゃん、エルちゃん。お風呂を楽しむために、面白いものを作ってきました」
エンシェント・エルフだ。
彼女は三つの竹筒を持っている。
「まずは、クイナちゃんとエルちゃんはこっち」
ハチミツ色の液体をコップに注いで、二人に手渡した。
甘い匂いに引かれて、俺の元から二人が離れていく。
「甘酸っぱくて美味しいの。ルフちゃん、ありがとう!!」
「冷たい。お風呂の中で飲むと最高」
おそらく、竹筒の中身はきんきんに冷やしたリンゴジュースだ。
クイナが知らないということは、妖狐あたりの力を借りたのだろう。
エンシェント・エルフは、美少女好きで当然のように自分の直属の部下であるハイ・エルフだけではなく、ドワーフ・スミスや妖狐にも手を出している。
なぜか、妙に好かれている。同格のクイナやエルダー・ドワーフと違い、妖狐たちから見ればエンシェント・エルフは遥かに格上の存在で尊敬の念があるのだろう。
「そして、私たちはこっちです」
もう一方の竹筒、そちらも液体が入っていた。だが、若干発泡している。
「これはまさか」
「飲んでからのお楽しみですよ」
俺は期待に胸を膨らませつつ、グラスを傾ける。
「これはいいな。いい酒だ」
そう、彼女の作ったのは酒だ。度数が高めの酒で、リンゴのさわやかさと、炭酸の爽やかさがアピールされている。
口当たりも後味もすごくいい。いくらでも飲めそうだ。
温泉で火照った体に冷たい酒が染み渡る。
「その通りです。リンゴを生で食べるだけじゃ芸がないですからね。ちょうど、いい菌が居たのでアルコール発酵させてみました」
「確かにこれは俺たちようだ。クイナたちにはまだ早い」
俺がそう言うと、エンシェント・エルフがにっこり笑って俺の耳元で囁く。
「はい、クイナちゃんたちには早いです。まだ小さいので、お酒だけじゃなくて、他のことも。するなら私で我慢してくださいね」
囁いたのは一瞬だった。
すぐに離れると彼女もグラスを傾け、満足そうに微笑む。
「いや、あの子たちにも、もちろんエンシェント・エルフにも変なことはしない。大事な娘だからな。ごほん、それは置いておこう。酒なんてものが作れたんだな」
「ええ、得意です」
酒は自然の力を借りて作るもの。エンシェント・エルフに作れないはずがないか。
これほどの酒、まずお目にかかれないだろう。
「これも、売れそうだな。数は用意できるか」
「ええ、私の力なら朝飯前ですね」
それは頼もしい。
そして体の異常に気付いた。やけに体が軽く、疲れが抜けていく。温泉の効果もあるだろうが、そんな生易しいものではない。
これはいったい。
「エンシェント・エルフ、いったいこの酒に何をした。妙に体調がいいんんだが」
「何もしてないですよ。そもそも、エンシェント・エルフである私が全力の祝福を種の時から浴びせて作ったリンゴの木に実った果実ですよ。普通のリンゴなわけないじゃないですか」
エンシェントエルフが虹色の聖水を与えた光景を思い出す。
「ちなみに、どう普通じゃない?」
「食べると、一次的に自己治癒力が大幅に高まります。軽い病気なら一発で治りますし、病気に対する抵抗力も増します。疲労回復効果に、疲れにくくなる効果もありますね。リンゴまるまる一つ食べれば一日何も食べなくても大丈夫ですよ」
少しくらっとした。
もうそれはリンゴではなくて、マジックポーションの一種だ。
確かに素晴らしい効果だが、悪目立ちしそうだ。
「少し、このリンゴを人間に売っていいのか悩みそうだ」
冒険者たちの間であっという間に噂になるだろう。
冗談抜きでこのリンゴを巡って戦争が起きる可能性すらある。
「それなら、大丈夫ですよ。強い効果があるのは、はじまりの一本だけにしてます。あとのは、同じ効果はありますが気休め程度です。あれだけの数を全部本気で祝福していたら、魔力がいくらあっても足りません。はじめの一本だけは本気の本気です。私たちの思い出の木ですからね」
それは安心した。
少し疲れが取れる。傷の治りがちょっぴり早くなる。腹持ちがいい。それぐらいなら、いい果物で終わりそうだ。
「安心したよ。エンシェント・エルフ、さすがは自然と共に生きる種族だ」
俺の予想よりずっと力が強いようだ。
ここにきて改めて思い知らされた。
「ふふふ、私もすごい魔物なんですよ。ご主人様」
豊かな胸を彼女は張る。
そこにクイナがやってきた。
「ルフちゃん、さいごの一つ、何が入ってるの? クイナ楽しみなの!」
そういえば、竹筒が三個あったな。
美味しいジュースと酒があった以上残り一つも間違いなく素敵なものだろう。
「じゃーん、リンゴの氷菓子です。この前ご主人様との会話でそういうのが出てきたので作ってみました。すりおろしたリンゴにハチミツを加えて、空気をたっぷり入れながら凍らせたんですよ」
にっこりと微笑みつつ、みんなの分を取り分けてくれる。
口に運ぶと、しゃくしゃくして、リンゴの甘さと酸味がほどよい。
ジュースもいいが氷菓もたまらない。温泉に入りながらだとさらに魅力的になる。
とくに、クイナとエルダー・ドワーフは気に入ったようで、目を輝かせながらリンゴの氷菓を食べている。
こうして楽しい温泉の時間は過ぎていった。
この温泉と、冷たいリンゴジュースやリンゴ酒と氷菓。この取り合わせはこの街の魅力として宿に泊まりにくる層にアピールできる。
今日のエンシェント・エルフはファインプレイだ。リンゴのジュースのお菓子と氷菓のおかげでなんとか父として威厳を守れた。
次からはいろいろと気を付けよう。