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第八話:はじまりのリンゴの誓い

 ダンジョンとして最低限の体裁を整えた俺たちは作業をその場で終わりにした。


 地下の一フロア目はミスリルゴーレムたちを配置し守りにする予定だが、肝心のミスリルゴーレムはマルコのダンジョンの中だ。


 万が一人間たちが入り込んでしまったときのために今日は水晶の部屋で眠り、明日の朝マルコのダンジョンに仲間たちを迎えにいく予定だ。


「おとーさん、今日のご飯、あの赤い果物ちょーだい! しゃくしゃくして美味しいの!」

「マスター、私はほくほくした茶色のが好き」

「なら、私は黄色いスープが食べたいです」


 食料は保存用の乾パンと干し肉しか持っていなかったので、【創造】で食べ物を作ると言ったら、娘たちがそれぞれのリクエストを出してきた。


 クイナはリンゴ、エルダー・ドワーフはジャガイモ、そしてエンシェント・エルフはコーンスープを所望しているようだ。

 別に魔王も魔物も食事をとる必要はないが娯楽のために毎日食べている。


 もったいなくて滅多に【創造】は食べ物に使わないが今日ぐらいはいいだろう。


「了解、クイナとエンシェント・エルフはそのまま食べられるものだけど、エルダー・ドワーフは料理済のものを出したほうがいい?」

「いい、茹で立てを塩で食べるのが一番美味しい」


 なかなか通だ。この子なりに拘りがあるようだ。

 俺は言われたとおりに、それぞれ欲しがったものを取り出す。


「わー、ありがとうなの!」


 さっそくクイナはおいしそうにリンゴにかぶり付き、ぺっぺと種を吐き出した。

 その種を見て、一ついいことを思いついた。


「さっきの街で、リンゴは見なかったな」

「当然だと思いますよ。ありとあらゆる自然のことを知る【星の化身】である私がその果物を知らないぐらいです、この世界には存在しない。もしくは”過去に存在したが消滅した”食べ物です」


 エンシェント・エルフがそう言い切る。

 彼女がそう言うなら間違いない。なぜか、過去に存在したが消滅したという部分が妙に気になった。まるでそれが何かの核心のような。

 それはひとまず置いておこう。これは、いい武器になる。

 俺はクイナが吐き出したリンゴの種を手に取る。


「あっ」


 クイナが驚いた顔をして顔を赤くした。


「この果物、今日作った農地で育てられるか?」


 リンゴは栄養たっぷりで医者いらずと言われるほどの果実だ。

 ビタミンが不足しがちな、迷宮探索中にはもってこいの果物でもある。水気があるのもいい。喉を潤せる。


 そして、保存期間も長い。木からもいで一か月は食べられる。

【刻】の魔王のダンジョンに向かう冒険者たちにとっては最高の食べ物だ。間違いなく人気が出る。


「ちょっと種を見ますね。……この土地との相性は問題ありません。私の魔術で種をちょっと弄ってから、成長を促進して、気候を操作すれば、一年中実をつけさせることもできますね」


 なんて頼もしい返事だ。

 しょっぱなの客寄せに悩んでいたがその悩みが解消された。

 街に移民を集めるプロセスはこうだ。

 1.ダンジョンに向かう冒険者たちに食料や水、武器を売る

 2.冒険者たちに口込みでこの街の存在、破格の条件で移民を募集していることを広めさせる


 これがうまくいけば、移民や利に聡い商人たちが集まる。

 そして人が集まればできることが増える。

 1.を実行するには強烈な魅力がある特産品が欲しかった。その役割をリンゴが担ってくれるだろう。


「クイナがリンゴをリクエストしてくれたおかげだよ。ありがとう」


 クイナの頭を撫でる。

 ふわふわの髪とくにゅくにゅのキツネ耳が気持ちいい。


「やー♪ おとーさんの力になれてうれしいの」

「ああ、クイナちゃんばっかりずるいです。リンゴを育てるのは私なのに」

「そうだね、エンシェント・エルフもえらい」


 エンシェント・エルフもこれ見よがしに近づいてくるので頭を撫でる。クイナと違ってサラサラの感触。これもいい。


 そんな俺たちを寂しそうにエルダー・ドワーフが見ていた。

 そして、何かを思いついたのか目を輝かせて、まだ茹でてないほうのジャガイモを手に取る。


「マスター、ジャガイモもとっても美味しい。それに、街で見なかった。きっと役に立つ」


 そういえば、そうだったな。

 エンシェント・エルフのほうを見る。


「はい、これも存在しないか、過去に存在した作物ですね」

「ふむ、ジャガイモは収穫できるまで早いし、大量にとれるからな。こっちに移民してきた人間たちに育てさせるのもいいかもしれないな」


 ジャガイモは麦と比べて収穫量が三倍以上だ。

 連作障害に悩ませることが多い作物だが、エンシェント・エルフが居れば問題ないだろう。

 そして、料理のバリエーションも恐ろしく多い。

 茹でて食べることはもちろん、スープにしたり、パンにしてしまうことだって、麺にもできる。

 この世界の食生活をいっぺんさせてしまう可能性があるほどの食べ物だ。

 この街で宿をやるつもりだ。そこで提供し美味しさを思い知らせ、育てやすく収穫量が多いことを移民に伝えれば、我先にと育ててくれるだろう。


「マスター」


 恥ずかしそうに目を伏せながらエルダー・ドワーフが俺の名前を呼ぶ。

 この子はクイナや、エンシェント・エルフほどストレートにおねだりできない。撫でてやるとにへらと表情を緩めた。

「エルダー・ドワーフもえらいよ。よし、リンゴとジャガイモを特産物にして売り出そう!」


 三人がこくりと頷いた。

 これで、最初にやることが決まった。


 ◇


 翌日の朝、俺たちはこのダンジョンを出発する準備を整えていた。

 そのために、一フロア目の【平地】を改造した農地に来ている。


 まだ、農地にするのに最適な土地というだけで、本格的に農地にするには土地を耕し、石などを取り除き、水路や井戸の設置などやることは山ほどある。


 それは後回しだ、小高い丘に俺たちはいた。

 出発前に、リンゴの木を育てておきたい。

 さきほどから、エルダー・ドワーフとエンシェント・エルフは地面に手を当て土地の状態を確認すると同時に手入れをしている。

 リンゴが健やかに育つようにするためだ。


 そして、エンシェント・エルフが浅く土を掘り、リンゴの種を入れ、土をかぶせた。

 手のひらを合わせると、虹色の水が湧いてくる。

 それをちょろちょろと土の上に注ぐ。


「いい子だから、元気な姿を見せて」


 そう、彼女が言った瞬間だった。

 勢いよく土から芽が出て、天に向かって伸びる。

 それは絡み合い、太くなり、やがて木となり、枝葉をはやす。

 知識としてできるとは知っていたが、なんて能力だ。

 そして、青い実をつけそれが赤く染まっていく。


「できました。この子がこの街で初めて育てられた木です」


 自慢げにエンシェント・エルフが笑顔で振り向く。

 俺はリンゴの木を見上げた。

 立派で生命力にあふれた木だ。きっとこの街の象徴になる。

 そっと手を当てる。この木の鼓動を感じる。

 その時だった、赤い実が落ちてきて慌てて受け止めた。

 これは偶然か?

 いや、どうでもいいか。

 俺はしゃくりとかじる。

 甘酸っぱい、ただうまいだけじゃなくて元気づけられているような気がする。


 一口かじったリンゴをクイナに渡す。

 クイナと目があった。

 二人で頷き合う。言いたいことは伝わったようだ。

 クイナは一口かじって微笑むと、次はエルダー・ドワーフに渡した。

 そしてエルダー・ドワーフもかじってエンシェント・エルフにわたし、エンシェント・エルフもかじった。

 この街で最初に育った木。その最初の収穫。その特別なリンゴをみんなで食べた。


 胸に不思議な感慨が沸き上がる。

 ああ、やっと俺の街ができた。その実感が出来た。


「おとーさん、今日食べたリンゴの味、絶対に忘れない」

「俺もだよ。クイナ」


 その気持ちは俺だけじゃなくて、みんなも持ってくれているようだ。

 エルダー・ドワーフもエンシェントエルフも頷いてくれた。


 これで出発前にやり残したことは終わった。よし、行こう。

【刻】の魔王の元配下であるカラスの魔物に、【転移】のための陣を刻ませる。

 ダンジョン外の【転移】は陣と陣の間しか飛べない。

 ここで刻んでおかないと帰りに苦労するのだ。


「クイナ、悪いな。留守番を頼んで」

「いいの! 街のことでエルちゃんとルフちゃんが頑張ってくれたから、一番強いクイナはダンジョンを守るお仕事を果たすの!」


 誰かがここに残って水晶を守る必要がある。

 その役目をクイナが自分から言い出してくれた。

 それは、俺の役に立ちたい気持ちであり、魔物の筆頭である自覚だろう。

 なるべく早く帰って来よう。

 そう決めて、俺たちはグリフォンの背中に乗ってマルコのダンジョンに向かって出発した。

 

 

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