第三話:空の旅と魔王様の街
マルコに一言挨拶してからダンジョンの外に出ていた。
お供は【誓約の魔物】であるクイナと、その候補であるエルダー・ドワーフにエンシェント・エルフ、そしてグリフォン。
ワイトは居残りだ。彼にはドワーフ・スミスとスケルトンを使った重要な仕事を任せている。
俺たちの行先は大きな街、それも近くに人気のあるダンジョンがあるという条件に該当する場所をマルコに教えてもらった。
俺を含めて四人とも、人間の街で買った服をマルコにもらって身に着けている。この世界の服はよくわからないが、かなり質がいいものに感じた。
なんでも、暇を持て余しがちな魔王たちは、人間の街に遊びに行くことがそれなりにあるので人間の服ぐらい用意しているそうだ。
よくちょうどいいサイズがあったものだ。俺とエンシェント・エルフは十代半ばぐらい。残りの二人は十代前半。
マルコとは服のサイズが全然違う。俺に至っては性別すら違うのに。少し気になる。
「おとーさん、風がきもちいいの」
「マスターの背中、大きい。安心する」
「ああ、そうだ気持ちいい、本当に気持ちいいよ」
今は、グリフォンの背中に乗って飛んでいた。
目的地までそれなりに距離がある。
俺がグリフォンの手綱を握り、クイナは俺とグリフォンの首の間に座り持たれかかってきて、エルダー・ドワーフは俺の背中に抱きついている。
いい匂いがする、柔らかくて温かい。
愛しい娘たちのサンドイッチ。これはなかなか素晴らしい。最高だ。
「私もそっちが良かったです」
「そうしてやりたいんだけど、さすがのグリフォンも三人が限界だ」
隣をエンシェント・エルフが飛んでいた。
彼女は風を操り飛行できる。速度も申し分ない。
エンシェント・エルフは全速のグリフォンに鼻歌交じりで追いつける。
上空を高速飛行しながらのアンチマテリアルライフルでの長距離・精密射撃は、おそらく俺の魔物の中でも最高クラスの戦闘力を誇るだろう。
「わかりました。でも、えい♪」
エンシェント・エルフが上昇したかと思うと、俺の頭に後ろから上体を乗せてきた。
豊かな胸が押し当てられる。
「これなら、大丈夫なはず。前はクイナちゃん。背中はエルちゃんに取られていますので、ここが私の場所です。ふっふっふ、飛べる私だけの特権ですよ」
器用にグリフォンに体重がかからないように浮きながら、俺の後頭部に絶妙に体を押し付けるエンシェント・エルフ。
危ないのでしかりたい、しかりたいのだが。
このふんわりした感触と温かさを楽しみたい。
「おとーさん、いやらしい顔」
「マスターのえっち」
二人の娘の冷たい声音でなんとか意識を取り戻す。
危ないところだ。もう少しで戻ってこれなくなるところだった。
「エンシェント・エルフ、危ないから離れてくれ。そんなにくっつきたいなら、地上でいくらでもくっつけばいいから」
「残念、お楽しみは後でということですね。ご主人様」
「うー、おとーさんのばか」
ジト目でクイナが俺を見ている。俺をとられると思っているのだろう。そんなクイナにくすくすと笑いながらエンシェント・エルフが話しかける。
「クイナちゃんがぎゅっとさせてくれるなら、ご主人様にくっつくのをやめますよ。どうします?」
「ううう、うううう……ルフちゃん、クイナを好きにしていいの。だから、おとーさんにくっついちゃだめなの」
どうやら、俺への独占欲がエンシェント・エルフへの苦手意識に勝ったらしい。
エンシェント・エルフが笑う。彼女は、クイナの反応を見て楽しんでいる。
よほど、クイナのことが好きなんだろう。
そんな風にじゃれ合っているうちに、だいぶ距離が稼げた。
「もう、そろそろつくな」
「おとーさん、どうしてわざわざ人間の街なんて見に行くの?」
「魔王のダンジョンっていかに人間を呼び込めるかが大事だからね。人間がどういう生き物かをよく知っておかないと。集客は難しいんだ。はじめに軌道に乗せるのが一番しんどい。ましてや、俺はたくさんの人間が住む町を作ろうとしてるんだから、よりいっそうね」
「おとーさん、わくわくするの!」
クイナがキツネ耳をぴくぴくさせながら、目を輝かせる。
以外に興味があるようだし、もう少し話を膨らませてみよう。
「これがなんだか、わかるかい?」
俺は透明な丸い物体を取り出す。
「んー、わかんない。エルちゃんはわかる」
「たぶん、ダンジョンの心臓。それを中心にダンジョンができる」
「ご名答」
俺はにっこりと微笑む。
これはあの【夜会】で支給された、水晶だ。
「これを握って、力ある言葉をつぶやくとダンジョンが生成される」
そう言った瞬間、クイナだけではなくエルダー・ドワーフとエンシェント・エルフも目を輝かせた。
「クイナたちの新しいお家ができるの!」
「マスター、鉱山が必ずほしい」
「私は、自然が豊かなフィールドが欲しいですね」
俺の魔物たちは、それぞれの要望を伝えてくる。
今のところ、その要望は全て叶えられそうだ。
「どんなダンジョンを作るかも大事だけど、ダンジョンは一回作ると動かせないからね。まずはそこを今回の外出で決めたくてね。その下見も兼ねてる。行けそうなら作るよ」
外観は自由、中は異次元に繋がっているので地形や広さなどを考えないでいいとしても、そもそもどこにダンジョンを用意するかが重要だ。
近くに人間がたくさんいることは必須。。
そして、俺は既に人気があるダンジョンを利用することを考えていた。
人気ダンジョンは人間にとって、重要な資源。そこと大きな街の間は人の行き来が多い。
もし、中間に街を作れば、食料の補給、宿泊と言った需要がある。
地下一階の見えている部分は全て街にしてしまう。
俺は、クイナたちに話しながら考えをまとめることにした。
「まず、農地を作るために自然の豊かなフィールドを作るよ。エンシェント・エルフの力なら農地づくりも楽だし、毎年の豊作も約束されたようなものだ」
「嬉しいですご主人様。エルフは木や草に囲まれていると安らぐんです」
自らの土地を持ってない小作人にエルフの力で豊かにした土地をただ同然の値段で貸すつもりだ。
そうすれば、長期的に街に居つきDPの安定収入になる。
いざとなれば元の街に戻れる距離に街を作れば飛びついてくるだろう。
そのほかには、宿屋の経営者の誘致、人気ダンジョンに向かう客を目当てにした商売人の勧誘もする。
「あと、エルダー・ドワーフ、鉱山もきっちり作るよ。客寄せのためにも、おまえの研究のためにも、戦力アップのためにも必要だからな」
「マスター、嬉しい。たくさん、勉強してすごい武器作る。期待して」
「強い武器も嬉しいけど人間に売るために、それなりにいい武器も考えてほしいな」
「そこはドワーフ・スミスに任せる。あの二人でも十分できる」
鉱山はいい客寄せになる。それにドワーフのスキルで作った武具の販売も一緒に行う。人間では到底つくれない高品質な武器を大量に生産するのだ。間違いなく人気が出るだろう。
人気ダンジョンの近くならなおさらだ。
自然を司るエルフと、鍛冶を司るドワーフ。二つの種族の力があって、新しい街が成功しないはずがない。
これらは一例にすぎない。さまざまな手段で人を集めていく。
少ないDPで駆け出し魔王が作るダンジョンなんて、ろくに人を集められず、収益がたかが知れている。人間の立場になれば、すでに人気のあるダンジョンから狩りのフィールドを移す理由がない。
おそらく俺の考えている方法がもっとも効率よくDPを集められる。
「ううう、エルちゃんとルフちゃんばっかりずるい。クイナもお仕事したい」
「クイナは、防衛の切り札だからね。どんと構えていればいい。いくらすごい街を作って人をたくさん集めても、水晶を砕かれればそれでおしまいだ。クイナの力を頼りにしているよ」
「わかったの、おとーさん! おとーさんも、街も、みんなも、クイナが守るの!」
水晶を安置する地下のフロアは、一歩でも足を踏み入れば即死させる防衛だけを考えた悪夢のダンジョンにする。
それに地下への道は可能な限り隠匿するつもりだ。
そもそも、人間を接待すると、他の魔王との戦争を想定するというのでは、ダンジョンの構成はまったく変わる。
両立なんてできない。だからこそ、はじめから接待は捨てる。
とは言っても、戦力とDPが集まってきたら、最終的にはその街の地下にダンジョンが見つかったと宣伝して、中継地点からダンジョンの街となり、人気ダンジョンの客をまるまる奪うというのを最終段階として想定している。
「おとーさん、難しいこといっぱい考えてるの」
「娘たちに苦労はさせられないよ。この水晶が砕かれたら、みんな消えてしまうからね。そうさせないために、いろいろと考えないといけないんだ」
この水晶を渡されたとき創造主に念押しされた。
たとえ、独り立ちのときに再支給されるとは言っても、水晶が壊されれば全ての魔物が消えることは変わらないし、二度ともどってこない。
俺には生み出した魔物たちを守る義務がある。
人間からも、【戦争】をしかけてくる魔王たちからも絶対にこの子たちを奪わせたりしない。
そのためなら、どんなことだってやってみせる。
「うん、おとーさんを信じてるの。あっ、見て大きな街」
「びっくりした。こんな大きなものを作るなんて」
クイナとエルダー・ドワーフが驚いている。
それも無理もない。
俺たちが目指している、エクラバの街は十万都市かつ豊かな街だ。
そんな二人の様子を見ながらグリフォンを操り降下した。
いよいよ街への到着。今回は下見もあるがおもいっきり楽しもうと思う。