第二十五話:歩兵が持てる最大火力
武器名は、商標の問題があって若干いじっています。HK416→MK416 レミルトン→レミントン
最後の戦いが切って落とされた。
ストラス配下の天使型の魔物が詠唱を始める。おそらく狙っているのは付与魔法による強化。
呪文が完成すれば、ただでさえ厄介なエメラルド・ドラゴンが強化され、手も足も出なくなるだろう。
しかし……。
「ん。そんなもの許さない」
エルダー・ドワーフが、アサルト・ライフルM&K MK417をフルオートで放つ。弾倉に装填された二〇発の弾丸が一秒もかからず全て吐き出され、音速の二倍で襲いかかる。
MK417は7.62mmという大口径の弾丸を使用する。
それは、ただでさえひどいフルオート射撃時のぶれをより悪化させてしまう。普通ならただの弾の無駄遣い。
だが、エルダー・ドワーフは違う。ぶれる銃身を鉱石魔術で無理やり高度と粘りをあげ押さえつけ、集弾率を上げるのだ。
呪文の詠唱中という、無防備な状態で一弾倉全ての弾丸の掃射を受ける。いかにAランクの魔物と言えど、こんなものを喰らえば一たまりもない。
「ごめん、なさい、ストラス、様」
天使型の魔物はけして弱くない。
ただ、相性が悪かった。魔法をメインとするものたちにとって銃は天敵だ。
その言葉を残して、天使は光になって消えた。
ストラスが奥歯を噛みしめる。
だが、そんな暇はない。俺のエースが向かっている。
天狐だ。戦いの開始と同時に、キツネ特有のしなやかさでの無音の高速移動。
遠回りになるが、エメラルド・ドラゴンを避けつつ背後からの死角をついての強襲。まだ、ストラスは天狐の存在に気がついていない。
そう、俺は三つの指示を出していた。
エルダー・ドワーフには、天使型の魔物の付与魔法の妨害。
天狐には、ストラス相手への不意打ち。
ワイトには、エメラルド・ドラゴンの気をひくこと。
エメラルド・ドラゴンなんて化け物とまともにやり合うことはない。エルダー・ドワーフに狙撃させなかったのは、火力不足で一撃で仕留められる確信がないから。中途半端な傷を負わせて転移で逃げられるわけにはいかない。
「皆さま、戦闘の時間ですよ」
「私も援護する」
ワイトの指示するスケルトン軍団と、弾倉交換を終えたエルダー・ドワーフの射撃が集中する。
俺は驚愕の声を上げる。
スケルトンたちの5.56mm弾だけではなく、エルダー・ドワーフの放つ7.62mm弾すらその鱗に阻まれた。
だが、ダメージはなくてもイラッとしたようで、スケルトン軍団に近づき、エメラルド・ドラゴンがその場で回転する。
遠心力をつけた尻尾で周囲の敵を薙ぎ払うつもりだろう。
ワイトとエルダー・ドワーフは素早く後ろに飛んだが、敏捷が低いスケルトンたちの半数は回避が間に合わない。ばらばらに砕け散った。
ワイトは、悲し気な仕草をして、彼らの死を悼む。
だが、その死は無駄ではない。
エメラルド・ドラゴンはワイトたちのほうに完全に気を取られている。その間に天狐はストラスに死角から十分すぎるほどに近づいた。
「これで終わり……なの!」
天狐がの白銀のショットガン……レミルトン(改)ED-O1S。
セミオート機構を搭載し、弾丸のサイズを12ゲージから4ゲージに大幅に大口径化し、ミスリルパウダーで魔力の力をも爆発に加え、四倍の威力を達成した脅威の魔銃が火を噴いた。
ストラスはまったく反応できずにスラッグ弾の直撃を許す。いかに魔王と言えど耐えられるはずはない。
ストラスの体が四散する。
これで、この【戦争】は終わりだ。
いや、違う。
『残念、そこに居る私は【風】で作った偽物よ』
どこからか声が響く。
俺は歯噛みする。
冷静に考えれば、当然か。自らが制御できない化け物を至近距離で生み出すんだ。保険がないわけがない。
おそらく、【収納】からエメラルド・ドラゴンを呼び出すと同時に偽物を生み出し、本体は【転送】した。
「我が君、もう、もちません」
エメラルド・ドラゴンを引き付けていたワイトが悲鳴のような声をあげる。
さきほどからスケルトン軍団が懸命に射撃を続けるが、まったくエメラルド・ドラゴンに通用していない。
エメラルド・ドラゴンが咆哮をあげ、頭から突っ込む。
一匹は頭突きで粉砕、その場で首を曲げ、二体目をかみ砕く。
また、二体のスケルトンが犠牲になる。
「天狐、任せた」
「わかったの、おとーさん」
頭から突っ込んでくれたおかげで、数瞬エメラルド・ドラゴンの動きがとまった。
その一瞬で天狐が全力で距離を詰める。
エメラルド・ドラゴンが天狐のほうに振り向く。
おそらく、本能的に天狐が脅威になることに気付いたのだろう。
風が渦巻く。エメラルド・ドラゴンを中心に巨大な風がうねり絡みつく。それはさながら、風の鎧。
天狐は、ほとんどゼロ距離まで詰める。
硬い鱗と風を貫くにはそれが必要だから。
「喰らうの!」
そして射撃。
落雷のような轟音がなり、白銀のショットガンが火を噴く。
当然、威力を重視したスラッグ弾。
天狐自身の攻撃力も加算されたそれは、ミスリルゴーレムの放つ重機関銃をも上回る。
だが……
「なっ、嘘なの!?」
風で大きく威力が減衰され、さらに逸らされ、硬い鱗にはじかれる。
数枚の鱗がはじけ飛ぶだけで、エメラルド・ドラゴンはほぼ無傷。
天狐が両手をクロスする。そこにエメラルド・ドラゴンの爪が振り落とされた。
「きゃああ」
天狐の両腕から血が吹きでる。それだけじゃない。地面にたたきつけられ、大きくまり玉みたいに何度も跳ねる。
「天狐!」
彼女の名前を呼ぶ。
彼女は二〇メートルほど、転がりやっと止まった。
「ちょっと失敗したの」
両腕と口から血を流しながら天狐が言う。立ち上がろうとして失敗した。
そんな天狐をエメラルドドラゴンが睨みつけていた。
首を前に押し出し、口を開く。
口の中には恐ろしい勢いで風の魔力が集まっている。
間違いない、これは風のブレス。
まずい。天狐は、ダメージが深すぎて身動きが取れない。
「天狐様はやらせませんぞ。いけ、我がしもべたち!」
ワイトが支配する骨だけになった鳥たちが一斉にエメラルド・ドラゴンの口の中に飛び込む、そのせいで臨界まで高まった風の魔力暴走し爆発。
エメラルド・ドラゴンが大きくのけぞった。
「よくやった、ワイト」
「一回きりの不意打ちです。ですが、ここからが正念場です」
エメラルド・ドラゴンがこちらに向かってくる。
今の一撃をよほど怒っているのだろう。
エルダー・ドワーフが銃を構える。
銃を見ると、フルオートではなくシングルモード。
「風の守りが消えた今なら……狙い撃つ」
そう短く言うと一発、一発丁寧に射撃をした。
大火力のブレスの展開を行ったおかげで、風の鎧はない。
鱗はともかく急所なら貫けるだろう。
その弾丸は正確に、エメラルド・ドラゴンの右目に直撃する。
右目から血を流し、それでも止まらない。
「弾丸が、あんな浅いところで止まった!? 化け物」
「GYUAAAAAAAAAAA!」
エルダー・ドワーフが地面に手を付けると、石の壁ができる。
構わずにエメラルド・ドラゴンは右腕を叩きつける。まるで紙細工のように石の壁が崩れた。
しかし、壁の向こうにエルダー・ドワーフとワイトはいなかった。
俺の足元が盛り上がる。
「マスター、今のは危なかった」
「助かりました。エルダー・ドワーフ様」
そう、エルダー・ドワーフは石の壁でブラインドを作りワイトを抱えて地中に潜ったのだ。
「マスター、今の装備じゃ歯が立たない。火力がほしい」
「わかった」
俺は、【創造】を起動する。
呼び出すのは単発火力がもっとも要求される武器。
「以前、研究用に渡したから使い方はわかるな」
「わかる。任せて」
エルダー・ドワーフが生み出したばかりの俺の武器を受け取る。
おれが 作り出したのは対戦車ロケット弾のベストセラー。
USSL RRG-7
全長950mm。重量6.3kg。口径85mm。装弾数1。初速115m/s
おおよそ、歩兵がもてる武器で最強の攻撃力を持つ装備。
見た目はただの鉄の棒で、先端が流線形になっているだけのシンプルなもの。
成形炸薬弾(HEAT)をロケットブースターで飛ばすという仕組みで、当時は画期的だった。
成型炸薬弾は装甲車の装甲すら貫くことができる。
使い捨て故に、三本まとめて【創造】。
エメラルド・ドラゴンがこちらを向く。
すでに風の鎧は再び纏われていた。
エルダー・ドワーフが肩に乗せた、USSL RRG-7を放つ。
油断しているのか、エメラルド・ドラゴンは避けようとすらしない。
ロケットモーターで加速されたヒート弾頭が空中で加速する。
完全に直撃コース。奴の腹の中心に吸い込まれそうだ。
だが、俺は奥歯を噛みしめた。
ヒート弾頭は奴に命中し、信管が作動し指向性の爆発が起きる。
戦車の装甲すら貫く圧倒的なエネルギーが奴を襲う。
モンロー/ノイマン効果。成形炸薬弾(HEAT)は爆発のエネルギーを一点に集中させ、超高熱・高速の金属噴流によって対象に深い穿孔を穿つのだ。
「GYUAAAAAAAAAAAAA」
エメラルド・ドラゴンが悲鳴をあげる。
右腕の三分の一ほどが抉れていた。
だが、逆に言えば、その程度の被害に過ぎない。
「どうして? あの威力なら貫けるはず!?」
エルダードワーフが驚いた声をあげる。
「二つ、理由がある。一つ目、風で弾頭がそれた。だから狙った体の中心じゃなくて、右腕に向かった。二つ目、奴の風の密度が高すぎる。奴の体に当たるまえに、信管が作動して爆発エネルギーが散らされた……」
そう、俺が歯噛みしたのはそれがわかっていたからだ。
これでは何度撃っても、致命傷は与えられない。
エルダー・ドワーフが速やかに二本目のRRG-7を撃つ。
しかし、こんどは当たりすらしない。奴はあの巨体で避けて見せた。
ロケット弾の第二の弱点、その構造故の弾速の遅さ。
初速は音速の三分の一程度。アサルトライフルの六分の一以下の遅さ。ある程度の実力差なら見て避けられる。
奴はロケット弾の威力を知った。もう二度と当たってはくれないだろう。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAA」
エメラルド・ドラゴンの咆哮。
ただでさえ、強い風がさらに吹き荒れ密度を増す。
ああなれば、もう当てることすらできない。
エメラルド・ドラゴンの風はどんどん強くなり、奴を中心に効果範囲が広がっている。
おそらく、あいつはあの場に仁王立ちして、風の力をどんどんまし、俺たちを一網打尽にするつもりだろう。
事実、あの風は刃のようになっていた。周囲の岩がすぱすぱバターのように切れてる。
「マスター、どうする」
「”切り札”を使うか」
これは、もう決断をせざるを得ない。
俺は今回の【戦争】で見せていい範囲というのを決めていた。
ミスリルゴーレムと、重機関銃。
天狐や、エルダー・ドワーフのショットガン、アサルトライフル、それにRRG7。
ここまではいい。この程度ならいくら見られても構わない。
だが、この先を見せるのはまずい。
「もう迷っている時間はなさそうだ」
どんどん、風の刃を伴った台風が逃げ場を奪っていた。
そんなことを考えていると、天狐がやってきた。
まだダメージが抜けきっていなく、足取りが重い。
「天狐に任せるの……エルちゃん。エルちゃんが作ってくれた銃、だめにするけど許して」
「天狐、あれを使う気?」
「うん、エルちゃんの、ショットガン、ED-01Sの真の力があれば、貫ける」
天狐がにやりと笑う。
しかし、少しだけその笑いがぎこちない。
……おそらく、かなり分の悪い賭けになるだろう。
「天狐、やれるのか」
「任せてなの。天狐は、おとーさんの一番の魔物。それに大好きなエルちゃんの武器がついてる。負けるわけがないの」
天狐の言葉には揺るぎない。信頼と自信があった。
俺は息をのむ。
そして、決断をした。
「わかった、天狐に任せる」
「うん、おとーさん。行ってくる」
天狐はポーチからいつもとは違う弾倉を取り付ける。一回り大きい。そしてショットガンにあるレバーをSからFに切り替えた。
そして決死の覚悟で突撃を開始した。