第二十一話:絶望の先にあるのは……
「ローゼリッテ、休みなく魔物を次々に突っ込ませるわ。まずは編隊を整えなさい!」
私のもっとも信頼する魔物。
天使型の魔物ラーゼグリフであるローゼリッテにテレパシーで指示を出す。
すべてはこのダンジョンの攻略のため。
「すぐにとりかかります。ストラス様」
確かに、ダンジョンに入った瞬間に即死させる攻撃には驚いた。
こんな超高威力、高射程の魔術、そうそう使えるわけがない。
魔王のユニークスキルと言っても限界がある。
これほどの力、連続では使えないし、回数制限だってあるはずだ。魔力だって消費が大きいはず。
どう、悲観的に考えてもせいぜいあと二回が限度のはず。
なら、次々に魔物を突入させて、攻撃が止まった瞬間に距離を詰め、倒す!
ここに居る敵はたった二体のミスリルゴーレムだけなのだから。
「ストラス様。編隊、整いました。いつでもいけます」
「ローゼリッテ、全員に可能な限りの防御強化の付与、防御スキルを持っている魔物は、全員出し惜しみをせずに使わせて! 全軍突撃よ!」
「かしこまりました。ストラス様」
これでこの悪夢を突破できる!
そう私は信じてた。
◇
その20分後、私は乾いた笑いを浮かべていた。
私の馬鹿な思い込みで、一〇〇体近く大事な魔物を失った。
途中でやめようと思った。でも、みんなを無駄死にで終わらせるわけにはいかない。もうすぐ、敵の限界が来る。味方の犠牲が増えるほど、引き返せなくなり、このざまだ。
途中、仲間たちの死体を盾にし、半分ほど進んだ子もいた。
だけど、その子は地面にある何かを踏んだ瞬間、その何かが爆発して命を落とした。即死だ。
たぶん、その何かはミスリルゴーレムのところにたどり着くまでに、いくつもあるだろう。
八〇体もの魔物を犠牲にして、最高で半分までしか進めない。
ゴーレムまでの2kmが果てしなく遠い。
「あは、あははははは」
敵の攻撃は一度も途切れなかった。
いや、途切れることもあったが、数十秒後にはまた攻撃を再開した。
変な帯を鉄の筒に繋ぐとすぐに攻撃が可能になるのだ。
突撃する魔物を増やしても。肉片を増やしただけ。
そもそも、冷静に見ると、あの攻撃に魔力のひとかけらも感じない。あれは魔術じゃない。なら、いったいなんだと言うの?
わけがわからない。
ただ、ずっと、魔物たちが死んでいく光景を見て分かったことがある。
あれはAランク上位の全力攻撃に匹敵する破壊力の物体を、音の三倍の速さで、一秒間に一〇回繰り返す。
そして、最大で十数秒間攻撃を続けることができ……二十秒後にはあっさりと、また同じ攻撃ができるようになる。
そんなの、突破できるはずがない。ゴーレムまでの距離が長すぎる。
この部屋全て射程内。隠れるところも盾にするものもない。いったいどうすればいいの?
いや、一つだけ突破口がある。
だけど、それは……
そんなことを考えていたとき、脳裏に声が響いた。
『やりましょう。ストラス様。このまま終わりなんてありえないです』
『俺たちなら突破できる』
『目に物を見せてやろうぜ』
私とつながっている【誓約の魔物】たちだ。
深いつながりがある【誓約の魔物】たちに、私の思考が流れていってしまったのだろう。
「やめて、私の考えは、【偏在】で生み出したコピーだけじゃ無理、本物のあなたたちを危険にさらすわ。いえ、危険どころじゃなくて、全員生存は無理よ」
『ストラス様、わかっているさ』
『だがやらねばならないです、ストラス様。……ローゼリッテ、【偏在】のおまえは借りる。だが、本体は防衛のために自陣に戻れ。守りの要のお前がいないと支障が出る』
『わかりました。では、みなさんご武運を』
私のダンジョンに残していた。オリジナルの【誓約の魔物】その二体がこちらに向かって来ている。
私の子たちはひどく難しい賭けだとはわかっているだろう。 だけど、私の名誉のため、この難攻不落のダンジョンに挑むと言ってくれた。
そんな我が子が愛おしい。
そして、その子たちなら蜘蛛の糸のように細い突破口を越えてくれるという期待があった。
まだ、三部屋あるうちの一つ目。
だけど、ここは間違いなく、あの男の切り札。
全リソースをつぎ込まなければこれだけのものは作れない。
ここさえ突破すれば、勝利は確実だ。
なら、私の愛する【誓約の魔物】たち、その底力に賭けてみよう。
死力を尽くしこの部屋を突破し、そして、絶対に勝つんだ!
◇
私は一度、地上に出る。
そこに居たのは、私の自慢の【誓約】の魔物たち。
Aランク。天使型の魔物ラーゼグリフ……ローゼリッテ。
Bランク。カマイタチ型の魔物シザーウインド……マサムネ。
Bランク。天馬型の魔物ペガサス……フォボス。
みんな、強く、頼りになる優しい自慢の子たちだ。
純粋な戦闘力なら、もう一体特別な子が居るが、総合的な能力ならこの子たちが最優。
「ストラス様、誓約の魔物が全員揃いました。私だけは【偏在】しかいませんが」
天使型の魔物ローゼリッテが苦笑する。
「さっさと、ぶち抜いちまおうぜ」
「ああ、あれだけの戦力を第一の部屋に集中させているんだ。あの部屋さえ抜ければ後はやりたいほうだいだ」
カマイタチのマサムネは自信満々に、ペガサスのフォボスはどこか冷静に意見をくれる。
ついさっきまで、諦めさえあったのに、心の中が軽くなる。
私は、この子たちを作ってよかった。
この子たちがこんなに前向きなんだ。ここで私が暗い顔をしてどうする!
「我が【誓約の魔物】たち! これより、卑劣な罠を真正面から突き破る! 私は私の魔物たちが成し遂げると信じている!」
「「「はい、ストラス様」」」
この子たちにできないはずがない。
私は、希望をもって信じられる魔物たちとダンジョンに潜った。
◇
これまでの数十体の魔物の犠牲は無駄ではなかった。
おかげでいくつかの弱点が見えている。
あのゴーレムたちの攻撃は、上方への攻撃になった瞬間命中精度がひどく落ちる。
つまり、天上すれすれを超高速で跳べば、いっきに危険度はさがる。
とは言っても、命中精度が下がるだけで安全なわけじゃない。
だから、隊列を組んだ。
【偏在】カマイタチ、カマイタチ、【偏在ペガサス】、ペガサス、ラーゼグリフ。が一列に並ぶ。
ラーゼグリフは全体の能力向上を行い、風の防御障壁が得意なカマイタチが、防壁を展開。ぎりぎりまで敵の攻撃を耐える。
そして、全ての防御を貫かれたあとは、最速を誇るペガサスが駆け抜けると行った作戦だ。
チャレンジできるは一回切り。
私は霊体のまま、オリジナルのペガサスにしがみつく。
そして、いよいよ決断のとき。
最初で最後の特攻が始まった。
◇
天上すれすれの超高速飛行。
おとりで、地上からも魔物を突進させる。時間稼ぎのためだ。
もう、【偏在】の魔物はほとんど尽きた。なので、本来防御に回すはずだった、魔物たちをダンジョンから引っ張ってきてる。
数十秒で、魔物たちが肉片になった。
しかし、その時間で距離を四分の一ほど詰めた。
地上の魔物を仕留め終えたゴーレムたちは、鉄の筒を傾けこちらを狙ってくる。
カマイタチが全力で風の防壁を張る。
すぐ近くを、鉄の球がかすめていく。どんどん鉄の球が近くなる。
そして、ついに直撃。
たった一発で、風の防壁を鉄の球が突き破る。
だが、防壁による威力の減衰。ラーゼグリフのエンチャントのおかげで致命傷にはならない。
【偏在】のカマイタチは二発の直撃に耐えてくれ、三発目で青い粒子になって消えた。
残り、距離は二分の一。
距離が詰まれば詰まるほど命中精度が高くなる。【偏在】より強力なカマイタチ本体も、頑張って耐えてくれた。
しかし、限界が来た。
防壁を維持できず、直撃を喰らって即死する。
だが、もう距離は残り三分の一を切った!
駆け抜けられる!
そんな希望をもったときだった。
カマイタチが倒れ先頭に居た【偏在】ぺガサスが突如猛烈に苦しみ始める。
まさか!? どく、ゴーレムの近くの空気には毒が含まれていたのだ。なんて狡猾な。
だけど、【偏在】で生み出したペガサスは、毒にもがき苦しみながら、それでもにやりと微笑み、最後の気力で風を巻き起こした。
毒が霧散する。
残りはオリジナルのペガサスと【偏在】ラーゼグリフだけ。
ミスリルゴーレムがペガサスに狙いをつける。今までの経験でわかる。避けられない。ここまで来て……
半ばあきらめかけたとき、ラーゼグリフが微笑んだ。
ペガサスを追い抜き先頭に立つと両手を広げた。鉄の球を何発か受ける。
青い粒子が立ち上っている。消滅の前兆。
「ローゼリッテ!」
「あとは任せました。ご武運をストラス様」
彼女は自分の役目はこれまでだと悟り、最後に盾になってくれた。
いつ消滅してもおかしくない状況で、ペガサスの背をポンと押し、最後に残った力を振り絞り風を吹かす。
ペガサスが風に乗って超加速。ミスリルゴーレムの頭の上を超えた。
後ろを振り向く、ラーゼグリフが微笑み、次の瞬間、ハチの巣にされて消滅する。
私は涙をこらえる。
みんなを犠牲にしてここまできた。絶対にこの犠牲を無駄にできない。
ペガサスも気持ちは一緒だ。
ただ、全力で羽ばたく。
そして、ついに……
「抜けた!」
悪夢の部屋を抜けた!
第二の部屋にたどり着く。もう、あのゴーレムの攻撃は届かない。
「やった、やったわ。フォボス」
ペガサスの名前を呼び、彼の首に抱き着く。
ペガサスが誇らしそうに、ひひーんと鳴き声をあげた。
払った犠牲は多かった。
だけど、私たちは卑劣な罠を攻略した。
私の【誓約の魔物】たちはその勇気で、あの男の悪意を乗り越えた! 私の魔物は最高だ!
さあ、前を向こう。
一番の難所をクリアしたからと言って気は抜けない。
おそらく、ここに一番力をつぎ込んで来たのだろうが、残り二部屋あることには変わりない。
ペガサスは自慢の魔物だけど、彼一体で最後まで戦い抜くのは難しいだろう。でも、きっとやってくれる。
私とペガサスは、まっすぐに前を見つめる。
そこにあったのは……
「……こんな……こんなの……ありえない。こんなの絶対おかしいわ!」
ただの絶望だった。
二キロ近いただただ、まっすぐな道。
その最奥にはミスリルゴーレム。そしてその前には悪夢の鉄筒。
今通り抜けた部屋とまったく同じ構成。
仲間たちの屍を越えてやってきた。
絶望の先にあるのは希望だと信じていた。
でも、実際は絶望の先には絶望しかなかった。
頬を涙が伝う、乾いた笑いがこみ上げてくる。
もう、私の仲間は残ってない。それにそもそも、ここを抜けたところでまた……
「いったい、何のために私はみんなを犠牲にして!」
私の叫びはどこにも届かない。
ミスリルゴーレムの構える鉄の筒が火を吹く。
次の瞬間、ペガサスがミンチになった。
私は涙を流しながら、自分の心がぽきりと折れる音を聞いていた。