第二十話:竜の特訓
アヴァロンの地下区画。
新設された【鉱山】で、二頭の竜が空を舞っていた。
翡翠色に輝く風を纏う竜と、瘴気を帯びた漆黒の闇竜。
二頭の竜はお互いに敵意を向け合って咆哮をする。
翡翠の竜は雷の嵐を巻き起こし、闇の竜は黒炎のブレスで応戦する。
俺の前にはアウラがいて、全力で風の結界を張っている。
……流れ弾一発で死んでしまいかねない。
それほど破滅的な威力の攻撃が飛び交っているのだ。
風の竜が先に動いた。高く高く上昇し見えなくなったと思ったら、そのまま風を纏って急降下してきた。重力を味方につけてとんでもない加速をしている。
闇の竜は逆に地上に降り立つと、大地を踏みしめ力を溜める。
風の竜が消えた。音速の数倍もの速度にも到達し目で追えなくなったのだ。
同時に、闇の竜が力を解き放つ。
自身を中心にして、球状の闇の力場が展開される。地面が抉れた。
次の瞬間、衝突音。
闇の力場に翡翠の竜が突っ込んだのだ。
闇の力場によって速度が落ちたものの、翡翠の竜の突進は止まらない。破滅的な運動エネルギーを伴った突進が闇の竜を捕らえようとしていた。
だが、闇の竜は動じない。
もとより、この程度の力場で渾身の一撃を防げるとは思っていない。狙いは突進を止めることではない。突進を遅らせることだ。
闇の竜が口を開く。ブレスだ。さきほどまでの牽制ようのものではない。
殺す気がで放つ渾身の一撃。
闇のフィールドで突進速度を落としたからこそ、迎撃が間に合った。
黒炎が風を纏う竜に直撃する。
しかし、風の竜はひるまない。纏う風を槍のように変形させて、さらに推進力を増し黒炎をも突き抜けた。
闇竜が瘴気を纏わせたこぶしを振り上げる。そして、正面衝突。
それぞれの体が吹き飛んで岩山に叩きつけられた。
岩山が崩れ、大地が揺れる。
二体は、まだやれるとばかりににらみ合った。
「そこまでだ! デューク、エンリル、よくやった!」
俺は叫ぶ。
もう少し、二体の戦いを見ていたかったが、このままではどちらかが死ぬまでやりかねない。
それにしても……Sランク二体の戦いは壮絶だな。
【鉱山】エリアの地形が変わってしまっている。
最初は遠巻きに観戦していたグラフロスたちも、あまりの力の差におびえて逃げ出していた。
デュークの黒炎のブレスもエンリルの雷も気軽にけん制でばらまいているが、一発一発がAランクの魔物でも蒸発する威力だ。
ただでさえ、二体はSランク。それが【狂気化】で1ランク上の力を得てしまっている。
今回の戦いでは、エンリルのほうがダメージが大きい。
エンリルは速度、デュークはが火力が勝る。
それなのに、真正面から打ち合ったせいだ。エンリルには戦い方を教える必要がある。
二体の竜が縮んでいく。
デュークは初老の竜人の姿に。
エンリルは子犬サイズの子竜に。
二体の低燃費形態だ。
「エンリルどの、なかなかやりますな。最後に闇のフィールドで鈍らせたときは仕留めたと思ったのですが」
「ガウガウ!」
「ははは、お上手ですな」
さきほどまで、激戦をしていたとは思えないほど二体はもう笑い合っている。それは連携をするうえで大きなプラスになる。
観客は俺だけではない。
エンリルがいる以上、その主もいる。
「すごいわね。Sランク同士の戦いって。見ていて震えたわ」
「……だな。この二体がかりでようやく戦いになる皇帝竜テュポーン。いったいどれだけの化け物なんだか」
こうして、エンリルとデュークを戦わせたのはただの遊びではない。
特訓の一環だ。
皇帝竜テュポーンのシーザーに勝つためには、ただ二体がかりで挑むだけでは不十分。
高度な連携が必要だ。
連携をするためには、二体がお互いのことを理解しないといけない。
だからこそ、こうして戦わせたみたいのだ。
実戦以上にお互いの力を感じ取る手段は存在しない。
「やっぱり、エンリルはずるいな。【狂気化】を押さえる条件が、ストラスの近くにいるってだけでいいというのは使い勝手が良すぎる」
「私からしたら、時間制限があるとはいえ、離れて運用できるデュークがうらやましいわ」
お互いの竜について感想を言いあう。
【狂気化】という力は、ありとあらゆるスキルの中でも最上位の強化スキルだが、代償として理性を失う。
俺のデュークは【勇猛】という精神耐性(極大)と攻撃力と士気を上昇させるスキルを所持している。
これがあるおかげで、【狂気化】のオン・オフができるし、【狂気化】の発動中もなんとか理性を保てる。
しかしあくまで狂気を抑え込んでいるだけで、【狂気化】の発動中は徐々に精神を蝕まれている。
レベル上昇により、竜でいられる時間は伸びているが【狂気化】を解放できる時間はせいぜい十五分ほど。それをすぎると戻ってこれなくなる。
竜形態では最強を誇るデュークも、竜人形態では指揮官に特化した魔物になり、純粋な戦闘力ではSランクの中では下位となる。
「お互い、となりの芝生が青く見えているようだ」
「そうかもしれないわね」
そして、エンリルは【騎士道】というスキルを所持していた。
”守るべき姫君のそばにいる限り”理性を持ちつつ、さらなるステータス向上を可能とする。
ストラスが傍にいる限りは、【狂気化】のデメリットは受けない。
……もっとも、エンリルがストラスと離れるだけで理性は吹き飛ぶ。
それだけじゃない。エンリルがストラスを守るべき姫君だと思えなくなった瞬間に、このスキルは効果を発揮できなくなるという爆弾でもある。
「ご主人様、ポーションの調合が終わりました!」
「アウラ、お疲れ様。さっそく、デュークとエンリルに渡してくれ」
今回の模擬戦で少なからず、二体はダメージを受けている。
この後の特訓に支障がでてはいけないので治療が必要だ。
アウラがポーションを渡すと二体はポーションを飲み干して、こちらにやってきた。
完全回復とはいかないが、もともと竜種は自己治癒力が高い。ポーションの効果もあり、一時間もしないうちに全快するだろう。
「我が君、エンリル殿は頼りになりますな。ともに戦う日が楽しみです」
「ガウガウ!」
仲が良さそうな二人を見て、ほほえましくなる。
ストラスと【刃】の魔王の戦争において、デュークは【竜帝】の力で、エンリルに力を貸した。
そのおかげで、エンリルはストラスの窮地を救えた。エンリルはデュークに恩を感じているのだ。
そして、デュークはデュークで、エンリルのことを可愛がっている。
「デューク、これほど長い間、【狂気化】を解放したことはなかっただろう。異常がないかが心配だ。ささいな違和感でもいい。何かあれば教えてくれ」
「お気遣い感謝します。ですが、まったく問題はありません……もう少し、竜でいても大丈夫だと思われます」
デュークはこういう場で見栄を張らない。
彼が大丈夫と言えば、大丈夫だろう。
デュークの戦闘可能時間も考慮して、戦術を組んでいる。ここに来ての限界時間の延長は喜ばしい。
「それは良かった。休憩の後はコンビネーションを試したい。俺とストラスもアイディアを出すが、ともに戦ったお前たちだからこそ、思いつくこともあるだろう。俺たちの指示を持たず、積極的に試せ」
「もちろんです。我が君の期待以上のものをお見せしましょう。私とエンリルとなら、それができる」
相変わらず、頼もしい奴だ。
デュークにはいつも助けられている。
エンリルのほうに向けると、可愛い鳴き声を上げながら、ストラスに頬ずりしていた。ストラスが撫でてやるとごろごろと喉を鳴らす。
ちょっと可愛い。
俺も撫でてみたいと思い手を伸ばすと、ガウッと威嚇された。
エンリルは俺に懐いてくれない。
もともと、魔物は自分の主人以外の魔王に懐くことはないが、それとは別にストラスを取られるとでも思っているのかもしれない。
さて、ポーションも効いてきた。
休憩はこれで十分だろう。
「デューク、もうひと頑張りしてくれ」
「エンリル、またかっこいいところを見せてね」
二体の竜は頷く。
そして、力を解放しエンリルは翡翠の翼竜に、デュークは闇色の巨竜となって空を舞う。
……空を見つめながら、ストラスに話しかける。
「ストラス、俺たちにできることはこうやって、二体が連携を習得するだけの時間と場所を作ること、それから可能な限りのレベルあげだ」
「そうね、二体はまだレベルを上げる余地がある。それが一番近道ね」
デュークはワイトのレベルを引き継ぎ、さらにマルコの救出戦で莫大な経験値を得られることで固定で生み出したAランクの魔物程度のレベルを得ている。
エンリルは、Aランク固定で生み出したときのレベルを引き継いでいるだけ。
……純粋にテュポーンと比較したときにレベル差が痛い。
とはいえ、このレベル帯になると【渦】で生み出されるCランクの魔物を倒したところで、劇的なレベル上げは期待できない。
今のところ、【紅蓮窟】に通うと同時にストラスの【偏在】で作った魔物たちを倒して経験値に変えているが、それでもSランク相応のレベルにまで一か月到達することは難しいだろう。
可能な限り、レベルを上げるがテュポーンとのレベル差があるまま挑まないといけない。
二頭の竜が空で絡み合う。
その様子を二人で眺める。
「ねえ、プロケル」
「なんだ、ストラス」
「【竜】の試練が終わったら、二人っきりで話したいことがあるの。全部終わったら、時間をもらえないかしら?」
「……わかった約束する。そんな顔をされると、少し怖いな」
ちゃかすように言う。
だが、ストラスの顔は痛いほど真剣なままだった。
その話は想像ができる。
……だけど、今は【竜】の試練に集中しよう。
俺たちはなんとしても【竜】を受け継がないといけない。
偉大な先人が残したものを、無にしてはならないのだ。
デュークとエンリルの二体にはそれができる力がある。……あとは、その力を俺たちがどう使うかだけだ。【竜】の試練、必ずクリアして見せる。