プロローグ:新たな戦力
ルルにルーエ名を付けたことで、魔力と魔王の力を失った俺は、はじまりの木の近くの馬車生活に戻っていた。
屋敷と生活空間を頻繁に変えるのもどうかと思うので、ずっとこっちでもいいような気がしてきた。
それぐらいに、エルダー・ドワーフのロロノが作った居住用馬車は快適だ。日に日に少しずつだが、ロロノが手を加えているので、どんどん新機能が追加されている。オーバースペックなぐらいに。
……いったいあの子は、この馬車で何と戦うつもりなのだろう。
「ご主人様、もう完治していますよ。デュークさんのときより、ずっと早いですね」
今はエンシェント・エルフであるアウラの治療を受けている。
「デュークは完全な規格外だからな。ルーエも規格外だが、あのときに比べたら、ずっと軽くて済んだよ」
あのタイミングで名前を与えことにリスクはあった。
しかし、リスクを受け入れてでも、あれだけ報いてくれたルーエに名前を与えるべきだと判断した。
「でも、あんまり無茶しないでください。ご主人様が倒れたらアヴァロンは終わりですから」
「わかっているさ。許容範囲内で無茶をする。さて、これでいろいろと、案件を進めることができる」
ポケットに入れている【創造】のメダルを握り締める。
やっと、こいつの出番がきた。
今日、新しい魔物を生み出す。
すでに、どんな魔物を【合成】するかは決めてあった。
「ご主人様、午後からはお出かけですよね」
「そうだ。留守を頼む」
アウラはにっこりと微笑み、そしてごほんっと咳払いした。
「かしこまりました。お知らせがあります。私もだいぶ力をつけて来たので、二本までなら、黄金リンゴのなる木を育てられるようになりました。だいぶ前から仕込んでいた新しい黄金リンゴの木が十分に育ってくれて、明日にも収穫できそうなんです! 今度見に来てください」
黄金リンゴの木が増えるのは朗報だ。
黄金リンゴでないと作れないポーションが多々ある上に、普通に食べても美味しくて健康にいい。わずかだが、強くしてくれる効果まである。
「それは楽しみだ。俺とストラスの治療に、【刻】の魔王の献上する黄金リンゴのワインで消費して、今までろくにストックできてなかったからな、生産量が二倍になるのはありがたい」
黄金リンゴを実らせる木は、はじまりの木のほかにも欲しいとずっと思っていたのだ。
しかし、黄金のリンゴを実らせるには、特濃の【生命の水】を与え続ける必要があった。
いくらアウラといえども、膨大な魔力を使う特濃の【生命の水】を生み出すのは一本分が限界だった。
だが、ついに二本分の【生命の水】を生み出せるようになったらしい。
黄金リンゴは、最上級ポーションの原料になる。
これは大幅な戦力増につながるだろう。
「ご主人様、楽しみにしておいてくださいね。クイナちゃんも喜びます」
「そうだな。クイナの進化をなるべく早くしたい。遅くても、新人魔王を卒業する日までに進化してほしい。そのためにも、黄金リンゴで、最高の魔力回復量強化ポーションを作ってやってくれ」
今のペースでは、とても間に合わない。
黄金リンゴで作った魔力回復ポーションは、間に合わせるための一つの鍵だ。
「クイナちゃんが喜ぶようにリンゴジュース仕立てにしますね。ケアルガの書を読んでたっぷり勉強したので、今まで以上の魔力回復ポーションができるはずです!」
クイナの尻尾の毛は、一本一本が魔力を貯めるバッテリーだ。
魔法を主体に戦うBランクの魔物の魔力総量に匹敵する魔力をため込むことができる。
そして、クイナはレベルが上がり、俺の【誓約の魔物】となり目覚めたスキル、【空狐転召】を得た。
前段階で、9999本の尻尾に魔力をため、そのすべてを使用することで、天狐から空狐へと進化する。
ただでさえ、最強クラスのクイナが進化すれば、切り札として大活躍してくれることは間違いない。
「今度こそ、行ってくる」
そうして、俺は屋敷の外に出て、護衛のクイナを拾い、カラスの魔物の力でマルコのダンジョンへと【転移】した。
◇
マルコの魔物に、彼女の部屋に案内される。
マルコは、妙にひらひらで可愛い服を着ていた。フリルやリボンがたくさんついて、甘ロリとでも言えばいいのだろうか?
「どう、プロケル、似合う?」
「マルコには、もう少し大人びた服が似合うと思うよ」
マルコは【新生】したときに、十代後半まで若返ったとはいえ、長身で、可愛いというより、きれいでかっこいいタイプの女性だ。
こういう服は似合わない。
「ああ、ひっどい。こういうときは、お世辞でも褒めないとだめだよ。プロケルには女心がわからないんだね。君の親として、そういうのも教えなきゃダメだった。反省、反省」
マルコがちゃかしてくる。
こういうふうに子ども扱いされるのは、微妙に傷つく。
「ちなみに、なんのつもりでそんな服を着ているんだ?」
「プロケルを喜ばせるためだね。プロケルはロリコンだもん。少しでもそっちに寄せようとがんばって見たんだ。どう?」
そう言ってくるっとマルコが回転した。フリルがついたひらひらのスカートが膨らむ。
「大きなお世話だ。言っておくが俺はロリコンじゃない」
まったく、ひどい言いがかりだ。
俺はいたって健全な嗜好の持ち主だ。
断じてロリコンなどではない。
「そんなこと言って、自分の魔物に、こんな姿をさせてるくせに」
マルコの視線の先はクイナだ。
クイナは、十二、三歳の少女の姿になっている。最近までは成長した十代半ばの姿だったのだ。
「おとーさんに言われたからじゃないの! 省エネなの!」
成長したのに、わざわざその姿になっているのは、魔力の消費を少しでも抑えて、尻尾に魔力を貯めるため。
クイナ曰く、もっとも魔力の消費が少ないのがこの姿らしい。
「てっきり、プロケルの趣味かと思ってた」
「マルコはいったい俺を何だと思っているんだ……」
まあ、慣れ親しんだこの姿でいてくれたほうが、落ち着くと思っていることは否定しない。
抱き心地もいいし、飛びつかれてもバランスを崩しにくい。成長したクイナも、素敵だが、こっちはこっちで素晴らしい。
……駄目だ。思考が脇道にそれてしまった。
「で、プロケルはどうしてここに来たのかな?」
「聞きたいことがあってきた。【魔王権能】でメダルは作れるか」
マルコがにやりと笑った。
やはり、できるのか。
「うん、できるよ。当然、ご主人様のプロケルにあげるつもりで、手元に置いてる。一応聞くけど、君の魔物になる前、けっこういろんなメダルをため込んでるけど、そっちは?」
「受け取らない。前に言っただろう? 俺の魔物になる前に作ったものは受け取らないって」
「そういう男の子なところは好きだよ」
また、子供扱いだ。いつか、マルコを見返してやらないと。
「一つ教えてくれ。どうして、この前DPを回収しに来た時に教えてくれなかった?」
教えてくれれば二度手間にならなかったのに。
「答えはね。教えたら、次に会えるのがまた一か月後になっちゃうから。そんなの寂しいから、あえて黙ってた。そしたら、今日みたいにプロケルが会いに来てくれると思ってね。これが女心というものだよ」
そういって、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
やっぱり、マルコにはかなわない。
「これからはできるだけ、暇を見つけて来ることにする。……それとな、いつでもマルコが来たいときに遊びに来ていいんだ。マルコが来てくれると俺もうれしいよ」
俺がそういうと、マルコがにまーって笑って。俺は抱きしめてくる。
マルコは長身なので、胸に顔が埋まる。
「このー、このー、かわいいこと言っちゃって。プロケルって本当にマザコンなんだから♪」
「やめてくれ、苦しい」
なすがままにされる。
たぶん、力づくで引き離すこともできるだろうが、マルコに頭が上がらない俺にはそれはできない。
マルコの気が済むまで好きにやらせた。
「プロケルはかわいいね。はい、これが【獣】のメダル。また来月取りに来てね」
「助かるよ。これで新しい魔物を作れる」
「あと補足情報。【獣】は作れるけどね。他の魔王の水晶を砕いて作れるようになったメダルは、作れないね。あくまで【獣】の魔王の【魔王権限】みたい。他にもイミテーションメダルは買えなくなってる」
「参考になった。また、来るよ」
マルコに礼を言って【獣】のダンジョンを後にする。
メダルは揃った。これで異空間系の魔物を作れる。
それも、俺の期待通りなら【転移】の能力も得ることができるだろう。
◇
マルコと別れて、アヴァロンに戻ってきた。
屋敷にある研究室で俺は精神集中していた。
これから新たな魔物を生み出す。
今回は【人】を使わないつもりだ。
今までは、意思疎通と会話ができ、自らに近い存在を求めて【人】を使ってきたが、今回は純粋な戦力として魔物を呼び出す。
新しい家族が生まれると聞いて、クイナのほかにエルダー・ドワーフのロロノやエンシェント・エルフアウラ、ルルイエ・ディーヴァのルーエも来ていた。
「新しい妹が楽しみなの!」
「ん。新しい仲間にどんな武器がいいか、ちゃんと見定めないと」
「美味しいリンゴをたくさん食べさせてあげます」
「パトロン、約束覚えているよね! 次は異空間で戦える子だよ!」
それぞれ、言うことは違っても、みんな期待しているのは一緒のようだ。
「ちゃんとわかっているから。生まれたら、温かく迎え入れてやってくれ」
手のひらに三つのメダルを並べる。【創造】【獣】【刻】
三つのメダルを握り締める。
さあ、始めよう。
「【合成】」
その言葉と共に、メダルが光の粒子になり絡み合う。
脳裏に無数の可能性が現れては消えていく。
俺が新たな望む可能性を手繰り寄せていく。
見つけた。
これなら、俺が望んだとおりの子が作れそうだ。
俺はにやりと笑い。……一つの可能性に手を伸ばした。
今日から八章、これからも魔王様の街づくりをよろしく!