第十八話:思わぬ再会
【黒】の魔王が死んだ。
それにより、やつとの【戦争】は中止になった。
その報告を受けてかなり動揺している。
「このタイミングは絶対に偶然じゃない」
【戦争】が中止になってラッキーだなんて思うほどお花畑ではない。
あいつは用心深い。大打撃を受けようと本人が死ぬことなどありえない。
絶対に生きている。あるいは、別の誰かになっている。
そして、そうであった場合、俺を無視し続けることもありえない。やつは蛇のように執念深い。
ここまで恥をかかされておいて、俺を捨ておけるわけがない。
「考えても仕方ない。やることをやろう」
俺がやるべきことは備えを作ること。
ひたすらにアヴァロンと魔物たちを強くする。
それは地味だが、もっとも重要なことだ。
ただ、明日は……彼女のお祝いだ。ひと時の休息を味わおう。
◇
はじまりの木の馬車ではなく、ようやく屋敷に戻って来ていた。
もう、完調してあそこで過ごす必要もない。なので広い屋敷に戻ってきたというわけだ。
短い間だがあそこで過ごした日々は楽しかった。
服を着替えて外にでる。
今日は護衛をつけていない。クイナもロロノもアウラもそれぞれに用事があるようだ。
俺が向かったのは、最近になって、アヴァロンにできた時計塔だ。よく待ち合わせに使われる。
そして、今日は俺もそういう使い方をさせてもらった。
「早いな、ストラス」
「そっちこそ」
今日はストラスとのデートだ。
彼女の魔力と魔王の力は少し前に戻っていたが、まだまだ調子を崩していた。
そんな、ストラスもようやく快復し、今日の夕方には自らのダンジョンに戻ることになった。
快復したお祝いをすると言ったら、ストラスは二人きりでデートをしてほしいとリクエストしてきた。
俺はそのリクエストを受け入れたのだ。
常に、ストラスと一緒にいるエンリルも今日はお留守番している。意外に空気が読める竜だ。
出かけるまでは、そう思っていたのだが。
気付かないふりをしよう。
ストラスは緊張のせいか気付いていないみたいだし。
俺の背後の物陰に、クイナとロロノがいた。そして、クイナの頭の上にはエンリルが。
おそらく、クイナだけなら気付けなかっただろう。
だが、足手まといが二人いればさすがに気付く。それにしても、エンリルはいつのまにあの子たちと仲良くなったのだろうか。
「プロケル、どうかしたの?」
「いや、なんでもないさ。行こうか。今日はただの客としてアヴァロンを楽しむつもりだ。もしかしたらストラスより今日のデートを楽しみにしていたのかもな」
【天啓】を使うようになってから、俺の顔を知らないものはこの街にいなくなってしまった。
なので、ちょっとした変装をしている。
とは言っても、服装をラフなものにして眼鏡をしているだけだ。
「それはないわ。私はプロケルが思っているより、ずっと今日のデートを待ち望んでいたのよ。ふふ、ちゃんとエスコートしてね」
「任せておけ」
そうして、ストラスの手を握りデートが始まった。
大事な親友だ。精一杯もてなそう。
◇
デートが始まり、演劇を楽しんだ。
高名な旅の一座がやっている演劇だけあってなかなか良かった。
もともとは、アヴァロンは人が多く、いい稼ぎになるとやってきた一座で、数回の講演で出ていく予定だった。
しかし、今ではアヴァロンに居付いてくれていて、この街の人気娯楽になっている。
なんでも、想定以上にずっと実入りはよく、しかもアヴァロンでは世界中の脚本を集めることができるので、一座にとっても最高の環境ということだ。
今回見たのは、スライムに転生した大賢者が正体を隠し、陰ながら娘たちを見守る話だ。
スライムになった大賢者は、一生懸命なのだが、どこかコミカルで、でもやるべきところはきっちりやる。
クライマックスのシーンでは、思わず感動してしまった。娘との絆か、俺もクイナたちと、あんな強い絆で結ばれたいものだ。
いい劇だった。
演劇を見終わった俺たちは、そのまま外に出る。
「プロケル、面白いわね。ふふ、人間ってこういう物語をどうして思いつくのかしら?」
「数が多いからだろう。人の数だけ出会いと別れがある。その経験が物語を育てるんだ」
俺は彼らのことを尊敬している。
魔王や魔物だけだと生み出せないものを彼らは作る。
「そうかもね。プロケルが人間たちに夢中になるのもわかる気がするわ。あらっ、何かしらあの行列」
「見てこよう。おもしろそうだ」
どうやら、何か食べ物の屋台のようだ。
アヴァロンには世界中の多様な料理が並んでいるし、安くてうまい店も無数にある。
だから、ちょっと美味しい店ぐらいではあんな行列ができない。
このアヴァロンであれだけの行列を作るなんて並大抵の店ではない。ここは絶対に行くべきだろう。
ストラスと二人で行列に並ぶ。
回転率はなかなかいいようで、あっという間に順番が回ってきた。
甘い匂いがする。焼き菓子の店のようだ。
「美味しい、美味しいカエル焼きなんだな♪ カエルが焼いた、甘くて美味しいカエル焼きなんだな♪」
俺たちの順番が近づくと、店主らしき男の陽気な歌が聞こえてくる。
この特徴的な言葉遣い、どこかで聞き覚えがある。
いや、きっと気のせいだ。こんなところにいるわけがない。
「お待たせしたんだな。お客様、ご注文は? あっ、ああああああああ!?」
店主は驚いたことにカエル顔だった。
というより、二本足のカエルだ。
しかも見知った顔だ。カエルの知り合いなんて一人しかいない。
「どうして、俺の街にいる? 【粘】の魔王ロノウェ」
「なっ、なっ、なっ、ちょっ、その名前で呼ばれると困るんだな。サブ、あとは任せるんだな。休憩行ってくるんだな」
「いってらっしゃい、親方」
カエルこと【粘】の魔王ロノウェは、この店で売っているカエル焼きという名の焼き菓子をいくつか紙袋に詰めると、俺とストラスの背中を押して、店の裏に連れて行った。
◇
カエル男こと、【粘】の魔王ロノウェは店の裏まで来ると、カエル焼きを差し出してきた。
「プロケル、まずは食べてほしいんだな」
「毒は入っていないんだな?」
「そんな命知らずなことはしないんだな。プロケルに目をつけられたら、アヴァロンじゃ生きていけないんだな。おらには、ここしか行く場所がないんだな」
いぶかしげに思いながらも、袋の中に手をいれる。
あつあつで、甘くていい匂いがする。
袋の中には、俺の【星の記憶】にあるたい焼きに似た、デフォルメされたカエルの焼き菓子が詰まっていた。
小麦色の皮の中に餡がたっぷり詰まっている。
ストラスにも手渡し、かぶりついてみる。
「うまいな」
「ええ、ほんと。アツアツで中のカスタードクリームが美味しいわ」
「ナッツがたまらないな」
「行列ができるのもわかるわね」
そのお菓子は表面がぱりぱりで中はふんわりの甘い卵たっぷりの皮で、カスタードクリームを包んでいる。
そのカスタードクリームにはドライフルーツや、ナッツがたっぷりと混ぜ込まれていた。
皮との相性も抜群で、いくらでも食べられそうだ。
カエル焼きを食べ終わった後ロノウェのほうを見る。
「食べたぞ、アヴァロンにいる理由を聞かせてもらおうか?」
ロノウェが恥ずかしそうに、どこか言い辛そうにぽつぽつと語り始めた。
「おいらは、あの【戦争】のあとたくさんの町にいったんだな。魔王の力がないから、おいら自身で人間を脅して、人間を恐怖に陥れないと、感情食えなくて死ぬからがんばったんだな。……でも、おいらはそんなに強くない。何度も殺されそうになった。……そんなとき、プロケルを思い出した。人間を喜ばせるって言ってたって、そっちなら、殺されずに済むと思ったんだな」
水晶を砕かれれば、メダルを作れないしDPも使えない。
そうなれば、魔物も作れない。
ロノウェの苦労は並大抵のものではなかっただろう。
「いろいろやった。でも、一番向いてたのが料理だったんだな。人間がうまいっていうと、感情が喰えた。だからがんばって美味しいものを作った。変装して人間のふりをしながらがんばったんだな。でも、どこの街に行っても、おいらがカエルだってばれると、襲われるし、客が寄り付かなくなったんだな」
まあ、無理もない。ほとんどの街では亜人は迫害される。
巨大な人型のカエルだと余計に辛いだろう。
「おいら、もう自殺するしかないって思ってたとき、亜人でも差別されない街があるって聞いたんだな。そこなら、カエルのオイラだって受け入れてもらえる。そう思ってやってきたんだな」
アヴァロンは亜人と人間が共存する街だ。ここならロノウェのような外見でも受け入れられるだろう。
「ここにきて、びっくりしたんだな。おいら、人間の振りしなくても、普通に受け入れられた。商売も、うまくいきだして、みんなを幸せにして、おいらのお菓子で、美味しいって、うれしいって感情、もらえるようになったんだな。だから、おいらがんばって、がんばって、やっと今のカエル焼きができたんだな。なあ、プロケル、おいらのカエル焼き、うまかっただろ!? 頼む、おいらをここに居させてくれ!」
俺はストラスのほうを見る。彼女は小さく笑っていた。
どうやら、俺と同じ気持ちらしい。
「好きにしろ。水晶が戻るまではアヴァロンにいていい。ここは、ありとあらゆる人間や亜人、魔物すら受け入れる町だ。魔王がいても不思議じゃない」
魔王だからと言って、追い出す必要もない。
ロノウェに悪意がないことはわかっている。
なにより、カエル焼きがうまかった。
「ありがとう、ありがとうなんだな!」
「礼を言う必要なんてないさ。おまえのカエル焼きはアヴァロンにとって利益になるから利用するだけだ。ここは俺のダンジョンだ。おまえが人を喜ばせれば、おまえは感情を喰えるだろうが、俺にもわけまえがある」
素晴らしいコンテンツは少しでも多いほどいい。
「それでもありがとうなんだな! 水晶を取り戻して、ちゃんとした魔王に戻れたら、そのときはプロケルに恩を返すんだな。絶対の絶対なんだな!」
「期待しないで待っているよ。ストラス行こうか」
「ええ、……ロノウェ、あなたのカエル焼き美味しかったわ」
ストラスが去り際に、ロノウェをほめた。
すると、ロノウェはカエル顔を赤く染める。
「プロケル、ストラス、また来るんだな! おいらのカエル焼きは、日々進歩しているんだな!」
彼はぶんぶんと手を振っていた。
この、カエル焼きがまだ進化するのか。
「ストラス、また来たいな」
「ええ、また来ましょう。次のデートでお腹がすいたらね」
顔を見合わせて笑う。まだ時間はある。もっとアヴァロンを楽しむとしよう。
◇
アヴァロンをめぐっているとあっという間に時間が過ぎて夕方になった。本当に魅力的な街に育ってくれた。
ストラスも終始楽しそうにしていた。
だけど、楽しい時間は過ぎていくのが早い。デートの終わりの時間だ。
門を出ると、すでに迎えが来ていた。
グリフォンの上位種に、ストラスの【誓約の魔物】である天使のローゼリッテ。
それに……。
「また会ったな。プロケル」
そこにいたのは初老の男性。【竜】の魔王アスタロトだ。
「こんなに早く再会するとは思ってませんでした」
「今日は、二人に話があってきた。プロケルとストラス、二人がいないと意味がないのでな。突然の訪問になってしまい申し訳なく思う」
苦虫をかみつぶしたような顔で、【竜】の魔王がつぶやく。
「ストラス。今後、プロケルに近づくことを禁じる」
「なっ、アスタロト様、いきなり何を言うのかしら? そんなこと言われて、従うと思って?」
俺もストラスも取り乱していた。
【竜】の魔王はむしろ、俺たちをくっつけようとしていたぐらいだ。
「そう言うと思った。……従わないなら、それはそれでいい。だが、覚悟が必要だ。今、若手の魔王が派閥を作ろうとしている、プロケルをつぶすためにだ。一年経ち巣立ちが終わったあと、即座に狩ろうとしている。プロケル、おまえは目立ちすぎた。若い魔王たちはお主が怖くてしかたないらしい」
そう言われたことで、彼がストラスに近づくなと言った意味が分かった。
ストラスが俺の仲間だと思われてしまえば、対プロケル派閥につぶされる。
「……そうなの。なら、私はプロケル派閥になるわ。親友として、そんな悪質な連中、見過ごせない」
一切の迷いなくストラスは言い切る。
【竜】の魔王はそんな彼女の肩に手を置き、その目をまっすぐに見て、凄みを利かせる。
「いいか、ストラス。巣立ちの頃には、わしはおらんのだぞ。お前を守るものはおらん。それでも、プロケルと運命を共にするというのか」
「ええ、この程度で親友を見捨てるような安いプライドしか持たない魔王が、最強の魔王になんてなれるわけがないわ。……そう教えてくれたのはアスタロト様よ」
【竜】の魔王は目を丸くする。
そして、大声で笑った。
「それでこそ、わしの娘だ。いいだろう。好きにするがいい」
【竜】の魔王はそれで満足し、俺のほうを向いた。
「プロケル、ストラスを任せた。わしがいなくなったあともな」
「……ええ、俺を信じてくれたストラスを殺させはしません」
「そういう意味で言ったわけではないのだが。まあ、いい。そして警告だ。これから先、一人で戦い抜くには限界がある。相手が派閥を作るなら、プロケルも派閥を作るべきだ」
「ええ、そのつもりです」
それは俺も考えていた。
新人魔王を守る一年ルールが消えれば、おそらくどの魔王も単独で生きていくのは難しい。
協力し合い派閥を作るのが必要となる。
アヴァロンを最強にするのと同時に、仲間を集めるのだ。
「そしてな。……今回の派閥はすべて若い魔王の集まりだが、妙に引っかかる。若い奴らのくせに手際が良すぎるのだ」
ふいに脳裏に【黒】の魔王の顔が浮かんだ。
あくまで、仮説にすぎない。
やつは逃げるだけでなく、延命と戦力増加のために、有望な魔王の一体の中身を黒く塗りつぶし、そいつに成り代わっているのではないか?
そして、俺を確実につぶすために、対プロケル派閥を作った。
あとは、若い魔王たちを、今までの経験で導き育て上げ、一年ルールが終わった瞬間に俺を物量で叩き潰す。
……あいつならそれぐらいやる。
「ご忠告ありがとうございます。俺は俺でいろいろと調べて見せます」
「そうするがよい。わしも、残された寿命で少しでもストラスに何かを残せるようにしよう」
【竜】の魔王が、配下に乗って消えていった。
いい情報をもらった。また彼には借りができた。
彼が消えてしまう前に、この借りは返したい。【竜】の魔王には時間が残されていないのだから。
「プロケル、大変なことになったわね」
「そうだな。……それとありがとう」
謝りはしない。謝罪なんてストラスは望んでいないから。
だけど、親友として感謝の言葉はしっかりと伝える。
かなりまずい状況だが、チャンスでもある。
なにせ、この俺が巣立ちまで半年以上という莫大な時間を手に入れることができたのだ。
最悪のケースは奴らが派閥を作りつつ、【黒】の魔王がやったように詐欺同然の手段で一年ルールを破ること。
リスクを恐れて、やつらはそれを選ばなかった。
その甘さによって与えられた半年、それを最大限に利用させてもらう。
「さて、これから忙しくなるな」
半年あれば、戦力を五倍以上にできるだろう。