表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/223

第七話:聖杯《クリス》教

前の話で【黒】の魔王の宗教名を間違っていたので修正しています。

 宗教の立ち上げを宣言してから、四日経った。

 宣言するだけでは意味がない。あの場では【天啓】のインパクトで押し切ったが、それだけではだめだ。宗教を形にしていく必要がある。そうしないと求心力は生まれない。

 この四日の間にドワーフ・スミスたちの手により、教会が作られた。

 なかなかの出来だ。教会として使うだけではなくイベント会場でも使えるように巨大なホールとして完成させている。


 ロロノがいるせいで目立たないが、本来Bランクというのは大半の魔王にとってオリジナルメダルがないと作ることが難しい魔物だ。

 鍛冶をこなす魔物の中で上位の魔物の一体。

 重機がわりにゴーレムたちを巧みに操り、人間では到底不可能な工事もあっという間にこなしている。


 そして、新たな宗教を始めるために動き出しているのは魔物たちだけではない。

 人間たちにも協力を頼んでいた。


「プロケル様、頼まれていたものが完成しております。いやはや、苦労しましたよ。我がクルトルード商会でなければ間に合わなかったでしょうな。プロケル様に頼まれた通り、第二案の草案を元にしたものを五百部ほど……職人たちが不眠不休で作り上げました」

「コナンナ、助かるよ」


 馴染みのクルトルード商会に商品を頼んでいた。

 クルトルード商会のコナンナはアヴァロンで一番の商人だ。

 彼はいつも俺の期待に応えてくれる。


「まさか、本なんて高価なものを無料配布するとは、さすがはプロケル様です」

「必要なものだからね。口伝よりも形に残したほうがずっといい」


 俺が頼んだのは聖書の作製だ。

 俺が立ちあげる宗教の基本方針は、亜人も人間もみんな仲良く幸せになろう。

 その一言で収束されてしまうのだが、それだとあまりにもかっこうが付かない。


 なので、詩人に水増し……もとい情緒的に書き直してもらった。

 それを二十ページほどの薄い本にして大量に作成している。

 それらは教会で信者に無料で配布する予定だ。


 まだまだ紙は高価であり、本も当然高価なものになる。

 それでも聖書の配布を決めたのは、少しでも教えを広めるのと、教えを正しく伝えるためだ。

 そのためなら多少の投資は構わない。


「うん、いい本だね」


 聖書は皮張りで、うっすらと光沢がある。丈夫でいい仕事がしてある。

 原稿ができたのが三日前。いくつもの工房に依頼しているとはいえ、これを五百部も用意するのは並み大抵の苦労ではなかっただろう。


「プロケル様から、たっぷりと予算をいただいておりますから。明日の早朝、五百部が届きます」


 ありがたい。これで間に合う。明日は記念すべき第一回目の礼拝を開催する。

 全員にはいきわたらないだろうが、一家族一冊ぐらいはなんとかなる。 


「この質が維持できるのであればあと千部買おう。千部まとめて納品しろとは言わない。一週間に一度、できた分をよこしてくれ。金は前払いで払おう。値段は言い値で構わない。職人たちのボーナスを支給できる額を請求してくれ」


 いい仕事には、相応の対価を払う。

 それが俺のポリシーだ。 


「それは助かりますな。ですが、前払いではなく後払いで構いません」

「前払いのほうが、助かるんじゃないのか?」

「ふふ、プロケル様の立ち上げた宗教に入信してから代金をいただきたいのです」

「やはり、おまえは耳がいいな」


 俺の立ち上げる宗教に入信すればアヴァロンで税制面で優遇が受けられる。

 また、農業に従事しているものは水路の優先的な割り当て、無償での肥料の提供が受けられ、有利になる。


 餌で釣ることにためらいはあるが、必要なことだ。

 餌で釣った信者に信仰心はない。それもわかっているし、ちゃんと対策も打ってある。信者にさえなってもらえれば信仰心など後でどうとでもなるのだ。


「わかった。明日から入信を受け付ける。入信したら取引を行おう」

「ええ、そうしてください」

「いいのか? クルトルード商会のおまえがリグドルド教ではなく、俺をあがめる宗教に入って」


 リグドルド教は【黒】の魔王が神となって君臨する世界最大の宗教だ。

 あれの信者は、リグドルド教以外との掛け持ちを許さないはず。

 コナンナは笑う。


「もちろんです。以前よりプロケル様のことを尊敬しておりました。それにプロケル様の教えは我ら商人の考えとも一致するのですよ。亜人だろうが人間だろうが、利益をもたらすものが我らの同胞です。人間至上主義のリグドルドよりもよっぽど性に合いますよ」


 さすがは一流の商人だ。

 彼はアヴァロンに己の商会を賭けてくれている。

 アヴァロンの商業の発展は彼の功績も大きい。


「お前がアヴァロンに来てくれてよかったよ。コナンナ、礼と言ってはあれだが、おまえの提案してくれた孤児院の設置を早急に行おう。驚いたよ。おまえは商売以外に興味がないと思っていたが、意外と優しいところもあるじゃないか」


 そして、この男は案外、人情家でもあるようだった。

 宗教を起す。そう言った翌日には教会に孤児院を設置するように提案してきた。


 この街には冒険者が多い。彼らは【刻】の魔王のダンジョンで生計を立てている。ある日突然死んでしまうこともある。……そうなって家族が置き去りにされることも少なくない。


 以前から孤児の存在は問題視していた。

 生きていくために、ごみ漁りやスリに手を染めるしかなく治安が悪化するし、捕らえたところで根本的な解決にはならない。

 冒険者たちの相互組合もあるが、うまく機能しているとはいいがたかった。


 治安を守るためにも、あるいは冒険者などをアヴァロンに勧誘するためにも親を失った子供たちのために孤児院を設置するのはいい手ではある。

 孤児が健やかに育ち子を為せば、アヴァロンの利益にもなる。


「買いかぶりすぎですよ。これも商売です。きちんとした教育を受け、正しい仕事で稼げる大人になってくれれば、我が商会としても上客になる。そのために、アヴァロンに負担をかけようとしているだけです」


 と、本人は言っているが俺は知っている。

 彼は可能な限り自分の商会で身寄りを失った子供たちを雇っている。

 それも、ちゃんと一人の人間として扱っていた。


 彼のことは警戒して、いろいろと調べさせていた。その一環で知ったことだ。

 この他にも彼は裏でこそこそと善行を積んでいた。彼の出自が孤児で奴隷だったこともあるのだろう。

 人には意外な一面があると思い知らされた。


「教会の内装も頼む。明日までになんとかしてくれ」

「はい、すでに手配は十分しております。何から何まで最上級、そして神聖な雰囲気を我がクルトルード商会がありとあらゆる手段で集めた最高の職人たちの手で演出しますのでご期待ください」


 ドワーフ・スミスたちは優れたものを作れても、コーデネートなど、感性が重要視される分野になるとさすがに守備範囲外だ。


 そこは、金を積んで人に任せる。

 これも魔物と人間の理想的な共同作業の一つだ。

 二、三点コナンナと話して、俺たちは別れた。

 ほかにもいろいろと準備をしているのだ。


 ◇


 はじまりの木の近くにある馬車に戻る。

 奥のキッチンで、アウラが鼻歌を歌いながら怪しげな薬を調合していた。


 そして、大部屋ではルルが、オーシャン・シンガーたちの歌に耳を傾けて、ダメ出しを繰り返していた。

 この歌はまだ住民たちに聞かれるわけにはいかないので、ここで練習してもらっている。


「だめだよ、そこ、もっと感情を込めて。こう、ラブが足りないよ、ラブが! そんなんで、みんなを愛と平和を愛する気持ちにさせられると思う? 僕の作曲に込めた想いはこう歌うんだ」


 そして、ルルが見本を見せる。

 聞いているだけで心が優しくなる歌だ。


「はい、じゃあ第三節からやり直し! 明日まで時間がないよ! みんな頑張ろう!」


 そうして、再びオーシャン・シンガーたちが歌い始めた。

 またもや、ルルはダメ出しをしていたが、さきほどよりよくなった気がする。

 歌い終わりを待ってルルに話しかける。


「ルル、順調か?」

「うん、これなら明日までに間に合うね。パトロンのためにとびっきりの聖歌を作るよ。異界の歌姫、ルルイエ・ディーヴァの名にかけてね」


 ちなみに、今作っているのは聖歌だ。

 ルルたちの歌は感情を揺さぶるし、その詩を心に刻む。

 無数の言葉よりも心に残る歌のほうがよほど効果が高い。とくに歌を自在に操るルルたちの歌はとんでもない威力を発揮する。


 そのためにルルに作曲と作詞をしてもらった。

 歌詞の内容は、亜人も人もみんな同じ人間だ。みんなで幸せになろう。プロケルは偉大な神だからあがめよう。というのを歌にしやすいようにルルが考えた歌詞。それにふさわしく、心に残る曲もできている。


 税や農地の優遇で釣り、信仰心がなく、愛や平和に興味がない連中も、一度でも教会に来てこの歌を聞けば、熱心な信者になる。そして人にも精力的に広めて、教会に新たに人を連れてきてくれる。そして、新たな信者はまた……というようにどんどん信者が増えていく。

 洗脳まがいの手法だが、そこまで悪質ではない。そういう価値観が生まれるだけで、害はない。

 信者のための礼拝は明日が初回、以降は週に一度。そのたびに信仰心はよりまし、新たな信者が増えるだろう。


「パトロン、音響設備は信用していいんだね? ロロノが設計したわけじゃないからちょっと不安だよ」


 さすがは根っからのエンターテイナー。抜け目がない。


「設計はドワーフ・スミスたちがやったけど、ちゃんとロロノがチェックしてる。信用していいよ。世界最高のステージを用意した」

「なら、安心。じゃあ、こっちのクオリティをどんどん高めないとね!」


 そうして、再びルルはオーシャン・シンガーたちの特訓を始めた。

 俺はそれを見届けてアウラのほうに行く。


「そっちも順調か?」

「はい、ちょうど試作品ができたところです。見てください。人を陶酔状態にする特製ポーションです。【神の微笑】と名付けました! これを樽のお酒に一滴垂らすだけで、そのお酒を飲んだ人たちは思考力が落ち、陶酔状態になるので、素直にいろいろと受け入れちゃいますよ」


 アウラがかなり邪悪な笑顔になった。

 エルフなのに、こういう表情が似合うのはどうなのだろうか。


「聖水もちゃんと準備ができそうだな」


 客寄せの材料は税と農地の優遇だけではない。

 礼拝に来るだけで、信者でなくても聖水として最高のワインを振る舞うと宣伝している。


 そのワインに【神の微笑】を垂らすのだ。

 ただでさえ、強力なルルたちの歌。それを陶酔状態で心を空っぽにして聞けばその破壊力は跳ね上がる。

 聖水と聖歌により、アヴァロンの住民たちの心は一つになるだろう。

 明日が楽しみだ。


 ◇


 そしていよいよ、初回の礼拝の日が来た。

 入信希望者を募り始めた。

 協会の前に受付を多数設け、妖狐たちを待機している。

 時間が来ると行列ができた。


 入信者が多いのも当然だろう。税金と農地で優遇を受けられる。そのうえ、上等なワインがただで飲めるし、売り払えば高額になる聖書がもらえる。入信しない理由がない。


 妖狐たちが、入信者に名前を書かせて、文字を書けないもの相手には代筆をし、信者の証である首飾りと聖書を渡してから教会へと案内する。


 どんどん、教会に人がなだれ込んでいる。

 巨大なホールとして造り上げて良かった。生半可な大きさの教会ならあっという間にパンクしていただろう。

 それを見届け、俺は教会の裏口から入る。

 さて、神として言葉を届けないといけない。


 ◇


 千人以上が収容できる教会にはたくさんの人が詰めかけていた。

 どうやら、妖狐たちが行列をさばききったみたいで扉が閉じられる。

 この部屋の構造は、魔術儀式的な意味もあるように設計されている。この会場そのものが儀式の場だ。


 住民の一人ひとりに、上等なワイン、あるいは酒がだめな人のためにジュースが配られ、他にも街で評判のベーカリー数店舗に作ってもらった、上等なハムをたっぷり使ったハムサンドが配られる。


 ただで、うまいものを喰えると住民たちはおお喜び。

 だが、微妙に焦点が合わなくなってきている。心地よい恍惚の快楽に身をゆだねはじめた。ワインやジュースに混ぜた、【神の微笑】が効いてきたようだ。


 この教会には幕が閉じられたステージが存在する。

 ステージの幕が開く。


 すると、ルルが率いる諜報部隊が現れた。

 美女、美少女たちの登場に、住民たちが興奮していく。


 ルルが微笑んだ。その微笑みだけですでに魅了の効果がある。

 そして、優しい調べが流れ始める。ホールの音響設備によりクリアな音がホール中に響く。人々は音楽に酔いしれ始めた。


 ルルが作曲した魔歌。

 感動すら通り越した音楽は、それ以外の音を奪う。

 少しでもこの歌を楽しみたいと、人々は音を出すことをやめるのだ。


 そして、歌が始める。

 平和と平等を尊び、神であるプロケルを称える歌。

 魔力を帯びた歌により、その詩が住民たちの心に刻まれていく。


 ここに来たものたちの九割以上は邪な気持ちからで、平和や平等、俺への尊敬なんて存在しない。

 この礼拝をぶち壊すつもりでやってきた、【黒】の魔王の信者どももいるだろう。

 だが、アウラの作った【神の微笑】とルルたちの歌により、本物の信者に生まれ変わっていく。


 歌が終わった。

 誰もが、呆けた顔をしていた。トランス状態でルルの歌を聞けばこうなる。ありえないほどの快楽をみんな味わっていたのだ。

 ルルが礼をすると、拍手喝采が鳴り響く。

 そして、ルルたちが舞台そでに消える。


「よくやってくれた。想像以上の出来だよ。信者たちのあふれ出る感情が俺の中に流れ込んでくる。なるほど、【黒】の魔王が宗教に夢中になるわけだ」


 魔王は自らのダンジョン内にあふれる感情を喰らう。

 今回の礼拝では、良質な感情を喰らうことができた。必要だから礼拝を開催したが、これほどの美味を味わえるのなら、毎週行っても苦痛ではない。


 さて、いよいよ俺の出番だ。

 俺は舞台にあがる。

 それだけで、住民たちは熱狂する。

 そうなるように、ルルの歌が刻まれているおかげだ。


「みんなよくきてくれた。俺が神、プロケルだ。俺の教えに賛同してくれてありがとう。今日から君たちは、平和と平等を愛する……聖杯クリス教徒の仲間だ」


 俺たちの宗教は聖杯クリス教と名付けた。

 すべての望みを叶える聖杯にあやかったものだ。


聖杯クリス教の思想は……人も亜人も関係ない、隣人を愛し、そしてみんなで幸せになろう。俺たちは家族だ」


 住民たちは、感極まって涙を流し雄たけびをあげた。空気にだいぶ酔っているようだ。


「そして、お願いがある。この幸せをほかのみんなにもわかちあいたい。この礼拝は週に一度行う。ぜひ、知り合いにすすめてほしい。うまい酒と最高の歌を楽しめると言ってね。きっかけはそれでいい。俺たちの考えを聞けばきっと、みんなも理解してくれるだろう」


 そういうと、笑い声が響いた。

 それから、適当に神っぽいことを言って礼拝は終了だ。

 仮初の信者から、熱心な信者へと生まれ変わった住民たちが満足した顔で帰っていく。


 手ごたえは十分だ。これでどんどん信者が増えるだろう。良質で強い感情が手に入りやすくなり、これまでよりずっとアヴァロンの統治は楽になる。


 今回はアヴァロンに教会を作ったが、よその街に出張所を作り、同じ手法を使えばアヴァロン以外でも聖杯クリス教を広められる。

 どんどん、聖杯クリス教を大きくすることは可能だし、アヴァロン内に強い宗教ができたことで、宗教汚染など起こりようがない。


 王族が二日後に来ると、正式な通達が来ていた。

 俺は王族たちに、国教などというものを廃止し、複数の宗教を受け入れることで、単一宗教によって国政に影響を受けすぎることを防ぐことを提案するつもりだ。


 その他にも二つの餌を用意している。

 二つのうちの一つは【竜】の魔王の協力が必要だったが、ばっちり了承をもらっている。


 この地に新たな宗教ができ、これだけ多数の熱心な信者がいるとわかればどんな反応をするだろうか?

 それが今から楽しみだ。

 さて、武力を用いない戦い、どんどん手を打っていこう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載始めました!
こちらも自信作なので是非読んでください。↓をクリックでなろうのページへ飛びます
【世界最高の暗殺者、異世界貴族に転生する】
世界一の暗殺者が、暗殺貴族トウアハーデ家の長男に転生した。
前世の技術・経験・知識、暗殺貴族トウアハーデの秘術、魔法、そのすべてが相乗効果をうみ、彼は神すら殺す暗殺者へと成長していく。
優れた暗殺者は万に通じる。彼は普段は理想の領主として慕われ、裏では暗殺貴族として刃を振るうのだった。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ