第六話:プロケル神の教え
【黒】の魔王が宗教を利用してせめてくるなら、こちらも宗教を武器にすると決めた。
さっそく信者を使って悪さをしてきたので、まずはアヴァロンを舞台に強固な基盤を作る。
宗教を広めるためにもっとも必要とされるのは奇跡だ。
だが、慌てて用意する必要もない。
この街で奇跡は十分に見せつけてきた。
アヴァロンがたった一週間で作られたことは知っているものは多い。
さらにいえば、アヴァロンは一度も災害に悩まされたことがなく、常に豊作が続き、水は清らかだ。
アウラをはじめとしたエルフの祝福と、ロロノが設計しドワーフ・スミスたちと協力して造り上げたインフラ設備、その二つが合わさった結果、他のどの街よりも住みやすい奇跡の街となっている。
積み上げた奇跡をここで使う。
「ちょうど、嫌がらせも受けているところだしな」
近頃、アヴァロン内では【黒】の魔王の宗教の信者たちによる嫌がらせが続いていた。
奴らの主張を要約すると、この街を支配するプロケルは悪魔であり、いずれはこの街の住民に不幸をもたらす。今のうちにやつを追い出してしまおう。
加えて、やつらの教えの一つに亜人の排斥がある。【黒】の魔王がどいうつもりでそんな教えを作ったのかはわからないが、人間至上主義で亜人を汚らわしい、あるいは劣ったものであると触れ回っている。
今が好機とばかりに、俺と一緒に魔物たちも排除しようとしている。
愚かなやつらだ。この街を支えているのは、その魔物たちだというのに……。
住民たちから搾取している悪魔のプロケルを追い出し、亜人たちを追放、もしくは奴隷にすることでよりよい生活をおくれ、神の祝福を受けられるとほんきで喚ているのだ。
悲しいことに、その話を真に受けている連中もいる。
なんとかしないとまずい。
放っておくと暴動に発展しかけない。
「潰すだけなら簡単なんだろうけどね」
一番簡単な対処方法は、物理的な対処だ。
騒ぐ連中を全員取り締まる。
できれば、それは避けたい。アヴァロンが言論弾圧をしている。あるいは長であるプロケルを批判するだけで投獄されると、尾ひれをつけて噂を流される。そうなれば、アヴァロンの人口の増加は止まるだろう。
さらに、最悪の場合、信者を救うためといいながら【黒】の魔王が支配されている国々が連合を作ってせめて来るのが目に見えている。
だから、別の手を使う。
悪評以上に印象に残る情報を一気に広めることだ。
さて、タイミングを見図ろうか。
◇
俺はアヴァロンを見渡せる小高い丘にいた。
街を見下ろしつつ、祭りの準備を行う。
「アウラ、やつらは動きだしたか?」
風で音を拾っているアウラが俺のほうを向く。
「はい、今日も元気に信者のかたがたがビラを撒いていますね。あれ、すごくいらってするのでたまに狙撃したくなります」
今日も精力的に、【黒】の魔王の信者どもは俺をけなして、亜人たちの排斥を訴えかけている。
「まあ、あれも【黒】の魔王に騙された被害者だからな。穏便に行こう」
問題は、奴らの甘言に騙されてその気になっている連中だ。
そいつらの目を覚まさせるところから始める。
俺に従ったほうがいいと思わせることが必要だ。
「ロロノ、【天啓】のほうは整備は十分か」
「ん。問題ない。いつでもやれる」
ロロノが、空間映像転写・立体音響複合装置である【天啓】の最終チェックを終えた。
これは、空に映像を映しだし、さらに俺の声を街中に広げることを目的とした装置だ。
その初のお披露目の機会がきた。
自分の足場を固めるには【天啓】を使う。
【黒】の魔王には【天啓】の存在がばれるだろう。これを使って俺が何をするか、向こうが気付くとは思えないし、持ち運べる機械であることなんて想像もつかないので問題はない。
「おとーさん、今日はいつもよりビシッとしてかっこいいの」
クイナが目を輝かせて俺を見ている。
「今日は俺の晴れ舞台だからな」
アヴァロンに宗教を作り俺自身がシンボルとなる。
シンボルがだらしない姿なら恰好がつかないのでいつもより気合を入れた格好をしている。
こういうのが得意なルルの力を借りたおかげで、なんとか様になっているはずだ。
深呼吸をする。
よしっ、やろう。
「ロロノ、頼む」
「ん」
ロロノが頷き、【天啓】を起動させると空に俺の姿が映し出された。
すさまじいサイズだ。
街中の人々が空を見上げて目を見開いている。
さて、つかみは抜群だ。
「アヴァロンのみんな聞こえているか? 俺の顔を知っているものも多いが、あえて自己紹介させてもらおう。俺はアヴァロンの長、プロケル。この街を作った大賢者だ」
街中に俺の声が響いている。
住民たちは好奇心と恐れの交じった反応をしている。
さっそく、【黒】の魔王の信者たちが悪魔の技だと騒ぎ始めていた。
「さて、近頃、俺は人間ではないと言いまわっている者がいる。……それは正しい。俺は人間ではない」
住民たちの驚きがどんどん大きくなる。
よし、興味が深まった。
「だが、彼らの言うように悪魔ではない。俺は神だ。そして、この言葉は【天啓】だ」
力強く言い切る。
人を信じさせるには、理屈よりも大きな顔で、大きな声をあげることが肝要だ。
ましてや天からの声に反論は許されない。
【天啓】があればそれができる。
さっそく、住民たちの中で拝むものが出始めた。
【黒】の魔王の信者たちは慌て、わめいているが迫力が違いすぎて声が届かない。
圧倒的な威容を見て、本当に神だと信じているものがかなりの割合で出ている。その流れを加速させる。
さて、ここからが正念場。
「この地上に降りてきて最初にアヴァロンを作った。誰もが笑って過ごせる楽園を作るためだ。不思議に思ったことはないか? この街では一度も災害が起きなかった。作物を育てれば常に豊作だ。これだけの大都市でありながら流れる水はいつも美しく、空気は澄んでいる。これらはすべて神の技だ」
皆、心当たりがあるのだろう。
農民たちはアヴァロンに来るまで、天候や虫害、野菜の病や、痩せた土地、水不足、ありとあらゆる自然の驚異と戦い続け、苦しんできたが、アヴァロンに来てからはそれらから解放され豊かな生活を送っている。
大都市で活躍する商人たちも、この時代の未熟なインフラでは大きな町ほど水がよどみ異臭を放ち、工業が発展すれば煙が街を被うということを知っている。だが、アヴァロンはこれだけ栄えても美しい街であり続けた。彼らにとって、それはずっと疑問だったはずだ。
それらに答えを与える。その答えとは俺が神だと。
「そして、これは俺の力だけでは実現しない。亜人たちの力を借りている。彼らの力を俺の力で増幅することで可能になったことだ。亜人を追い出せと叫ぶものが増えてきた。それは悲しいことだ」
ここで悲し気な表情を作る。
やはり、【天啓】はいい。表情まできっちり住民すべてに届けられるのは大きい。声だけと比べて説得力が違う。
「みんな、思い出してくれ。君たちが人間ではない隣人とすごした日々を。彼らは邪悪だっただろうか? 彼らは君たちに害をなしただろうか? 違うだろう。むしろ、彼らのおかげでこのアヴァロンは豊かになっている。そして俺は知っている人間と亜人たちが、同じものを食べて美味しいと笑い合っていた日々を。共に歌い飲み明かした日々を。俺の望みは、人間も亜人も区別なくみんなが幸せになることだ」
さて、盛り上がって来た。
うん、やっぱり正論はいいな。
亜人は人間より劣っている、きっと何かたくらんでいる。そんな根も葉もないうわさより、今までの生活のほうがよほどリアルだ。
噂を信じていたものたちが、恥ずかしそうな顔をしていた。
「本当は俺が神であることは伏せて起きたかった。俺にできることは、これまでと同じようにアヴァロンをみんなが住みやすい街にすることだけだ。病を治すことも、富を生み出すこともできない。ただ、アヴァロンの住民を幸せにして守るだけ……。余計な期待をさせたくなかったんだ。でも、こうして言い出したのにはわけがある。リグドルド教団がどうやら、自分たち以外の神も、亜人の存在も許せないらしい。だから、奴らは信者を操り、このアヴァロンを崩壊に導こうとしている」
リグドルド教団とは、【黒】の魔王の宗教の名前だ。
心当たりがあるぞと住民たちがぼそぼそと言い始めた。
「結論から言おう、俺がいなくなればこの街は消える。亜人たちを追い出せば、これまでの様な素晴らしい生活は失われてしまう。だが、奴らはそれをわかっていて俺を追い出し、みんなを不幸にしようとしている。自分以外の神が許せないらしい……だから、このアヴァロンを壊そうとしている。みんなが笑って暮らせるこのアヴァロンの日常を守りたい。だから、悪意のある言葉に惑わされないでほしい」
俺の声が響く。
【天啓】はやはりすごい。
声を感情を表情を、同時にすべての住民に伝えられるなんて、支配者としてこれ以上の道具は存在しないだろう。
住民たちの支持を根こそぎ手に入れた。そして【黒】の魔王の信者どもには敵意が向けられる。
さて、本題に入ろうか。
「そして、俺はこのアヴァロンの民の心を一つにするために一つの宗教を立ち上げようと思う。教えはただ一つ。人も亜人も関係なくみんなで幸せになろう。……俺の教えは、それだけだ。その考えに賛同するものは是非入信してくれ。詳細は後日伝えよう。……時間を取らせて悪かった。アヴァロンの信愛なる民よ。今後もともにすごしていこう」
それで言葉を終え、【天啓】を終了する。
手ごたえは十分あった。すぐに多くの信者が集まる。みんなで幸せになるという、耳障りのいい言葉。さらに、俺の可愛い信者はこのアヴァロンの税制面で優遇してやろう。商人たちは喜んで飛びついてくれる。
これでアヴァロンを内側から崩されることもなくなった。
【黒】の魔王の宗教の連中は動きにくくなるだろうし、いろいろとメリットがある。
日々の祈りや、宗教行事では強い感情を生みやすい。今まで以上に効率よく感情を喰らえるだろう。
そして、もう一つ重要な点がある。
俺自身の宗教を立ち上げたこと。
これが、王族との交渉のときに重要なカードの一枚になる。
さて、これは始まりにすぎない。
これから忙しくなる。
俺は笑いを噛み殺しながら帰路についた。
さて、これで【黒】の魔王と対等なステージに出た。やつの次の手が楽しみだ。
俺の読みでは、あと数手で直接の殴り合いになるだろう。
青い鳥が肩に止まる。
「ありがたいな。さすが、【竜】の魔王だ。話がわかる」
同時並行で動かしていた案件がうまくいっている。
これで、王族相手に最高の手札を手に入れた。
これで、万全の状態で王族を迎え入れられるだろう。