第三話:【天啓】
温泉タイムを終えて、ロロノの仕事場に来ていた。
【黒】の魔王の策略に打ち勝つために、どうしてもロロノの力が必要だったからだ。
ロロノに一枚の設計図を渡す、これは武器ではない。
【黒】の魔王を神とあがめる人々の目を覚まさせるために必要な道具だ。
【創造】で生み出したものでは、俺の求める水準に届いていない。
ロロノの力でさらなる改良が必要だった。
ロロノが手渡された設計書を見て頷く。
「これ、面白そう。神の声と姿を一つの街に同時に伝える。これなら、マスターの声と姿が天啓になる」
さすがはロロノだ。
俺の狙いを一発で見抜いたようだ。
「ロロノ、また仕事を増やしてすまない」
「ん。いい。私は父さんの娘で【誓約の魔物】。父さんが期待してくれる限り、それに応え続ける」
ロロノはあえて、マスターではなく父さんと呼んだ。
彼女の覚悟のほどがうかがえる。
ふと壁を見ると、ロロノのスケジュール表が張ってある。
そこには、ロロノの手がけている仕事が書かれていた。
最優先:アヴァロンリッターの修理・増産
最優先:クイナの新武装の開発
最優先:諜報部隊からの要望であるアサルト・ライフル(EDモデル)の増産
最優先:先の戦いで失われた切り札、大規模破壊兵器MOABの再生産
最優先:空爆部隊で使用する新型爆弾の開発
優先:【機械仕掛けの戦乙女】の強化
優先:デュークの専用武装の開発
優先:マルコ様の専用武装の開発
優先:アヴァロンリッターのフルドライブ及び、アンチマジックシェルの課題解決及び改良
優先:アヴァロンの人口の急激な増加に伴う、インフラの破たん対策及び再整備
優先:ミスリルゴーレム以下の下級ゴーレムのさらなる戦力強化
優先:ヒポグリフ馬車の改良
優先:増員されたドワーフ・スミスたちの教育
優先の下にもそれ以下の優先度の仕事がずらっと書かれている。
見ているだけでめまいがするほどだ。
そして、これらはあくまで飛び入りの仕事であり、このほかにロロノには通常業務がある。ゴーレム部隊の長の仕事も存在する。
ロロノの小さな肩にはアヴァロンの未来が重くのしかかっている。
正直、ここからさらに仕事を振るのは心が痛む。
だが、必要なことなのだ。
「俺はロロノの仕事を減らしてやることはできない。だが、おまえの負担が減るならどんな要望も聞き入れて環境を整えるし、私生活の要望だって叶えて見せる。……だから、がんばってほしい。それと、ロロノにはもっとわがままをいってほしいんだ」
クイナなら、心配しなくてもほしいものはほしい。甘えたいときは甘える。
だけど、ロロノはいつも遠慮ばかりで心配になる。
「ん。なら、ぎゅっとして。父さんにぎゅっとされるとそれだけですごく幸せで暖かくなる」
「こうか」
後ろからロロノに抱き着くと、ロロノが体重を預けてきた。
しばらくして、ロロノが離れる。
「父さんの温もり充電完了。仕事に戻る。父さん、期待していて。最高のものを作り出すから」
そう言ってロロノは複数のパソコンを同時に操作し始め、設計を開始した。
その姿は頼もしい。
ロロノが二人いれば……そんなことを考えてしまう。
そうだ、もしストラスの力が戻れば、【偏在】でロロノをしばらく二人に増やしてもらうように頼もう。
そうすれば少しは彼女の負担が減るだろう。
がんばるロロノのためにコーヒーを淹れる。
最近、街で出回り始めてた南国の飲み物だ。
コーヒーをロロノに渡したら帰ろう。これ以上、ここにいても仕事の邪魔だ。
そんなことを考えていると、扉が開いた。来客のようだ。
「ロロノちゃん、夜食に甘いもの作ってきたの! あとで食べてるといいの!」
クイナの声が響く。
そして、クイナは去っていった。
玄関に行くと、バスケットがおかれてあり、そこにはフルーツパイが入っていた。
それを持ってロロノのところに向かう。
コーヒーと一緒に食べると美味しいだろう。コーヒーと共にクイナの作ったフルーツパイをカットして皿に盛り提供する。
「父さん、ありがとう」
「クイナはよく来るのか」
「うん、最近は手作りのお菓子を持ってくる。邪魔をしないようにお菓子だけおいて帰っていく。最初はまずかったけど、だんだん美味しくなってきた。アウラは教えるのがうまい」
ロロノがクイナのために、武器を作るように。
クイナもロロノが心配で自分にできることをやっているようだ。
「マスターも食べてみて」
コーヒーを片手にPCを睨みながらロロノがフルーツパイを進めてくる。
一口食べる。
若干、歯ごたえが悪いが十分美味しい。これをクイナが作ったのは驚きだ。中からあったかくて甘酸っぱい果肉入りフルーツジャムが出てきて、パイ生地とよく合う。
「驚いた。ちゃんと美味しい」
「頭脳労働をしていると糖分がほしくなる。クイナにしては気が利いてる」
ロロノの口元が緩んでいた。
この子の場合は美味しいパイよりもクイナが作ってくれたことが嬉しいのだろう。
姉妹の仲がいいのは喜ばしいことだ。
俺は最後にがんばれと言って、ロロノの工房を後にした。
クイナのように、俺も俺ができることでロロノを支えよう。
◇
ついに【黒】の魔王との交渉の日になった。
今日の付き添いは、クイナとルルの二人。二人は表に出していて、保険として何体か【収納】にいれている。
あくまで話し合いをする予定であり、戦いになることはない。
……だが、それはあくまでそういう予定でしかないのだ。
ましてや、交渉する場所は【黒】の魔王の指定した場所。
ルルの諜報部隊に調べさせて罠がないことは確認できているが、油断はしない。可能な限りの用心をしていく。
アウラが見送りに来てくれていた。
今回はアウラは留守番だ。
「ご主人様、気をつけてください」
「任せておけ、アウラ、ストラスを頼む」
「はい、順調に回復しているところですが、まだまだ油断は禁物ですからね」
アウラの言う通り、ストラスの容体は日に日によくなっている。
目を覚ます日もそう遠くないだろう。
出発しようと、暗黒竜グラフロスの背中に乗ろうとしていると、慌ただしい足音が聞こえてきた。
ロロノが自分の背丈ほどの大きなカバンをもってやってきたのだ。
よほど急いできたのか、息が乱れている。
「マスター完成した、マスターが頼んだ、空間映像転写・立体音響複合装置……【天啓】」
ロロノがバッグから取り出したのは三つのユニットに分かれていた。
これこそが、ロロノに開発を頼んでいたものだ。
【黒】の魔王の武器である宗教、その信仰をぶち壊すために必要だった。
まさか、こんなに早くできるとは思わなかった。
この装置を使えば、街にいるすべての人間に、俺の姿と声を同時に届けることができる。
それこそ、まさに天啓のように。
笑いをこらえきれない。
この世界では、情報を大勢に一瞬で届ける。そういった技術がろくに存在しない。
結局のところ、議論で最強なのは大きな声と大きな姿で、主張を叩きつけること。
ちまちまと、街中で演説するのと空に姿を映して、全住民に声を一度に届けるのでは、インパクトも情報伝達の速さも正確さも違いすぎる。
さらに、この世界の人々はそれを神の御業と思うだろう。
ロロノが作った空間映像転写・立体音響複合装置は、世界を変える発明だ。
「ロロノ、よくやった」
思わず、ロロノをぎゅっと抱きしめる。
最初はびっくりしたようだが、そのままなすがままにされていて、途中からロロノからも抱き着いてきた。
本当にこの子は俺の期待によく応えてくれる。
これがあれば、俺を神格化するだけでなく、別の道具と組み合わせればやつの失脚まで狙える。
「帰ってきたら、褒美をやろう。考えておいてくれ。この前のご褒美より、すごいものを要求してもいいから」
「……ん。考えておく」
抱きしめているので顔は見えないが耳まで真っ赤になっていた。
これを使って、どうやつの縄張りをかき乱してやるか。
それを考えると今から楽しくなってきた。
とはいえ、今は時間がない。
約束の時間に遅れないように出発しよう。
暗黒竜グラフロスがはばたく。
さあ、出かけようか。交渉とは名ばかりの騙し合いに。
最初から俺も【黒】の魔王も、相手の誠意などまったく信用しておらず嵌めることしか考えてない、剣を使わない斬り合いだ。
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