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第十八話:黒死竜の真価

 なんとか、ストラスを受け止めることができた。

 嵐騎竜バハムートへと【新生】したエメラルドドラゴンに名前を与えた彼女は魔力と魔王の力も根こそぎもっていかれて気を失い、ぺガサスの背中から落ちてしまったのだ。


 幸い、近くにいたのでこうして受け止めることができた。

 安らかな寝顔だ。

 ストラスは配下の魔物と俺を信用してくれているからこそ、昏睡状態になるのがわかっていて名前を与えた。


「無事でよかった。なんども途中で手を出しかけたよ」


 眠っているストラスに微笑みかける。

 俺は数分前からこの場所にたどり着き、アウラの力で不可視状態となり気配を消して見守っていた。


 本当にまずい状況になったら、アウラの狙撃で助けるつもりだった。

 だが、ストラスは自分ですべての危機を打ち払った。

 俺と戦ったときより、ずいぶんと強くなったものだ。さすがは俺のライバル。

 ストラスの寝顔を眺めていると、バハムートのエンリルが周囲の敵を蹂躙して安全を確保してから、ストラスをお姫様抱っこしている俺の前に舞い降りた。


【刃】の魔王の魔物たちは、エンリルの圧倒的な力と突如現れた俺たちを恐れて、遠巻きに眺めているだけで動きはない。


『ストラス様を離せ』


 どうやら、エンリルは俺のことを警戒しているらしい。

 ローゼリッテがストラスの命をうけて、【風】の魔王の全軍に俺の命令に従うように周知をしていたが、おそらくエンリルにはローゼリッテの命令に従うつもりがない。

 今まで、【狂気化】のままに暴れているままだった彼に指揮系統を理解しろというほうが酷だろう。


「安心してくれ。俺はストラスの友達だよ。彼女を助けるためにここまで来た」

『信じられない。ストラス様を離せ。僕がストラス様を守る』


 下手をすると殺されかねないな。

 どうしたものか。

 そう考えていると、デュークが前に出る。


「無事、姫君を守ることができましたな。幼き騎士よ」

『あなたは、竜の王様?』

「ははは、面白い呼び方ですな。たしかに私は【竜帝】です。この方は、姫君にとって王子様です。信用しなさい」


 エンリルは、俺とストラスの顔を交互に見る。

 ストラスの安らかな顔を見て、頷く。


『信じる。王子様、ストラス様を抱きしめていて。僕はぎゅっとするのが苦手だから。別のやり方でストラス様を守る』

 

 そう言うと、エンリルは羽ばたき対空をしながら【刃】の魔王の魔物たちをけん制し始めた。

 どうやら、俺のことを認めてくれたらしい。


「これより追撃戦を行う」


 俺の背後から、エンシェント・エルフであるアウラと黒死竜ジーク・ヴルムのデュークが一歩踏み出す。


「エンリル、おまえは空を支配しろ。アウラ、デューク。地上はおまえたちに任せた」


 アウラとデュークが頷き、エンリルが思念で任せてと伝えてきた。

 これほどの強さを持つエンリルがいるのは心強い。


 だが、注意が必要だ。

 エンリルは【狂気化】を発動しながら理性を保つためのスキル、【騎士道】を所持している。これはストラスの隣にいる限り【狂気化】のデメリットを踏み倒し、ステータスの上昇効果まである。

 逆に言えば、ストラスから離れた瞬間、理性を失い凶暴化して見境なく暴れる。


 同じように【狂気化】のデメリットを踏み倒すスキルをもったデュークと比較した場合、時間制限とデメリットがない点は勝るが、魔王と共にいないといけないという点で運用にひどく制限がかかる。


 デュークの場合、【狂気化】を解放できる時間は少ないものの【狂気化】を発動させないと言う選択肢もあるし、短時間ならどこであろうと【狂気化】を解放できる。

 どちらが上とは一概には言えないだろう。


『空は任せて。空で僕が負けることはない』

「頼む。ストラスの騎士の力を見せてくれ」


 アウラも対空狙撃が可能といえ、ここは本職に暴れてもらおう。

 アウラには別の仕事を任せるつもりだ。


『うん、僕は誰よりも速く、高く飛ぶ』


 信じられない速度で上昇。

 そして、エンリルは暴れ出した。


 ローゼリッテとテレパシーで通信を始める。

 彼女はすべての魔物と情報連携ができる。


『お久しぶりです。プロケル様』

「久しぶりだ。ローゼリッテへの指示だ。負傷者を後ろに下げて、戦える連中で部隊を再編しろ。同時に【偏在】の連中に足の速い魔物だけでも先に来させるように指示をしろ」

『かしこまりました。プロケル様、ストラス様を助けてくれてありがとうございます。お礼に、うちのお姫様をあれしていいです』

「……冗談を言うのは、すべてが終わってからだ」


 通信を切る。

 再編を頼んだが、おそらくその必要はないだろう。

 このまま、挟み撃ちと行こうか。


「アウラ、射線が空いたら【刃】の魔王を狙撃しろ。殺すなよ」

「かしこまりました。適当に足にでもかすらせます」


 エルダー・ドワーフであるロロノによって開発されたアンチマテリアル・ライフル。科学と魔術の混血児、デュランダル。

 科学の化物が魔術の力を得たデュランダルの威力は戦車砲をも凌駕する。

 それをSランクの【誓約の魔物】であるアウラが放つのだ。

 ただでさえ優れたステータスに【魔弾の射手】という遠距離攻撃の命中精度・威力向上のスキルがのっている。まともに当たれば木っ端みじんになるだろう。


「そうしてくれ。【刃】の魔王は生け捕りにする。やつの背後にいる黒幕を聞き出す必要があるからな」

「ご主人様、射線が通るまで待っていても暇なんで、適当に強い子から頭を吹き飛ばしていいですか」


 アウラはすぐにでも、引き金を引きたくて仕方ない様子だ。

 アウラは重度のトリガーハッピーだ。悪い癖が出ている。

 まったくこの子は……。


「許可する。存分に暴れろ。弾切れには気をつけろよ」

「はい!! もちろん。ねらい撃ちます」


 風が渦巻く。

 アウラのデュランダルはアンチマテリアル・ライフルでありながら銃身が短い。


 取り回しと軽量化を優先してそんな形状になっている。

 だが、銃身が短いということは火薬の燃焼時間が減って威力と初速が下がり、さらには直進性が落ちて射程と精度が落ちる。

 常識的に考えればデュランダルはアンチマテリアル・ライフルとしては失敗作だろう。

 ……使い手がアウラじゃなければ。


 風の密度が高まっていく。風によって仮想バレルが展開される。

 そう、アウラは自らの風で重量のない銃身を形成できる。


 引き金を引いた。

 通常、弾丸というものは初速が最高速であり距離と共に空気抵抗を受けて減速するし曲がる。

 アウラの弾丸はその常識を超える。デュランダル本体に施された魔術付与エンチャント【加速】によりむしろ速度を増す。さらには空気抵抗を一切受けていない。【風】の支配者であるアウラの祈りにより風が弾丸を避けていたのだ。


 速さは、そのまま威力となる。【魔弾の射手】の力まで乗ったその一撃が【刃】の魔王の近くにいた一体の眉間を打ち抜いた。ざくろのように魔物の頭が破裂する。


 その後になってようやく音が聞こえた。この一撃は音速の三倍を軽く超える。音が遅れてくるのは当然だ。

 そして風が避けてくれる以上、ソニックブームも発生しない。すなわち、それを引き起こすために消費するはずの無駄なエネルギーを消費せずに弾丸の速度と威力に使われていることの証明。


 アウラから打ち抜いた敵との距離は五百メートルほど。

 それだけ離れていてもアウラは容易く精密射撃が可能だ。アウラの精密射撃が可能な距離は約2km。精密射撃ではなければ射程は倍ほどに伸びる。

 このフロアにアウラの手がとどかない場所はない。


「さあ、どんどん行きますよ。そうやって、様子見していると全滅しちゃいますよ」 


 アウラは弾丸を連射する。

 アウラの射撃は射程と威力と精度に目が行きがちだが、早打ちも得意だ。コンマ数秒で狙いをつけることができる。

 射程外から一方的に一撃必殺の威力を伴った攻撃を放てるアウラは、もっとも相手にしたくない魔物の一体だろう。


「さて、敵はどう動くかな」


 こうして、遠距離から一体一体潰していけば敵は次の行動をとらざるを得ない。突っ立っているだけなら遠からず全滅するのだから。

 突貫してくるか、後退するか。

 利口なのは後者だ。

 残念ながら、【刃】の魔王は頭が悪いみたいだ。


「全軍突撃、わけのわからない奴らが現れたが、数で押せば勝てる。このまま押し切るぞ!! 空の化け物は飛べる連中が命がけで足止めしろ!!」


 号令と共に【刃】の魔王の軍勢が、突撃してくる。

 やつの声が離れていても聞こえるのはアウラが風で声を運んでくれているから。相変わらず気が利いている。


 アウラは一体一体丁寧に、強い順番に始末しているが数が多すぎる。

 敵の数は百体を超える。あっという間に敵の軍勢が距離を詰めてくる。このままでは敵に飲み込まれるだろう。


 アウラだけなら、突破されたかもしれない。

 だが、俺がそばに控えさせているのはアウラだけじゃない。


「デューク、俺がここに来たのはストラスのためだが、まったく下心がなかったわけじゃない……収穫しろ。たっぷりと土産をいただいてアヴァロンに持ち帰ろうじゃないか!」

「はっ、我が君の望むがままに」


 竜人形態のデュークは、敵が眼前に迫っている状況で優雅に俺に向かって礼をする。

 この程度の連中を相手に、デュークの真の姿を晒す必要はない。


「いけ! 地上の敵はエルフと竜人だけだ。踏みつぶせええええ」


【刃】の魔王が魔物たちを鼓舞していた。

 ふむ、アウラとデュークの二人だから簡単に勝てると思っているのか。


 なら、前提を覆そう。

 デュークの体から瘴気が噴き出る。

 冥界の力を使おうとしているのだ。

 黒死竜とは、その名のとおり死を司る竜。その力の一端が今解放される。


「【強化蘇生】」


 あたりの気温が数度下がる。

 繋がってはいけない、この世ならざる場所と繋がる。


 瘴気が地表を被うと、地中から何かがはい出てくる。

 それらは、今回の戦いで死んだ魔物たち。

【強化蘇生】……死者を生前より力を増した状態で蘇らせアンデッドと化し、隷属させる闇の力。


 一日、十五回の回数制限があるものの、魂がその場にとどまってさえいればこうして復活させることができる。

 蘇った魔物たちが怨嗟の声をあげる。

 憎い、憎いと。


 その憎しみは彼らを殺したストラスの魔物に対してではない。

【刃】の魔王に対してだ。

【鬼】の魔王の魔物たちのほとんどは、心の底から【刃】の魔王を恨んでいた。


 敬愛する主君を奪い、なおかつ自分たちを魔王権限でしばって無理やり戦わされていた。

 主君の仇である【刃】の魔王のために利用あれ戦わされる魔物たちの胸のうちはどれだけ辛く、苦しいものだったのだろうか?


 ストラスの魔物たちが善戦できたのは、一部を除き【鬼】の魔物たちが、意志に反して戦わされていたという点が大きい。

 命令で縛られながら、心の底では【刃】の魔王のために力を振るうぐらいなら死んだほうがましだと、彼らは願っていた。彼らは本気では戦っていない。

 経験豊富かつ強力な【鬼】の魔物たちが、その力を存分にふるえていれば、もっと一方的な戦いになっていただろう。


「さあ、枷を解かれたあなたがたは自由だ。存分に恨みを晴らすといい」


 デュークが高らかに宣言する。

 デュークが【強化蘇生】した対象は、能力が高く、強く【刃】の魔王に恨みを抱いている魔物を優先して十五体。

【鬼】の魔王の魔物たちは嬉々として、生前よりも増した力を憎き【刃】の魔王に向ける。

 彼らの叫びには、深い深い憎悪と、やっと主の仇がとれるという歓喜の感情が入り混じっていた。


 すでに、【刃】の魔王の手ごまにいたAランクの魔物はほとんど残っていない。

 ストラスの善戦により十体以下となっていたし、優先的にアウラの狙撃で始末している。

 残った有象無象で、十五体の強化されたAランクの魔物に勝てるはずもない。

 一方的な虐殺が始まっていた。


「デューク、追い打ちだ。新入りたちを呼べ」

「はっ。彼らの初陣ですね。では、【門よ開け】」


【死の支配者】であるデュークは、配下のアンデッドへの支配・強化能力を持つだけではなく、闇の魔術が使える。

 冥府の門が現れ、開かれる。


 門の中は果てが見えない暗闇。

 瘴気を纏った冒険者と兵士たちが、五十人ほどはい出てくる。。

 うつろな目で、それぞれの獲物を構えて全力で【刃】の魔王の軍勢を襲う。

 その一体一体が、【刃】の魔王の魔物を圧倒していた。


「ふむ、十分に戦力として数えられるな」

「自慢のアンデッド軍団です。元がいいですし、【強化蘇生】されたものたちは例外なくアンデッド属性。私のアンデッド強化能力で力を増します。あの程度の軍勢、歯牙にもかけません」


 黒死竜ジークヴルム。

 単体での戦闘力も極めて高いが、その真価は死を司ることにある。

 戦いを重ね、死が周囲にあふれるほど力を増す。


 今呼び出した人間たちは、隣街に仕掛けられた戦争で動員された人工英雄どもと屈強な兵士たちを【強化蘇生】したアンデッド。

 アヴァロンを滅ぼそうとして派遣された戦力がこうして俺の戦力になっている。

 人間はいい。死体を冷凍保存しておけば一日十五体の制限を、日をまたいで達成できる。

 魔物の場合、死後時間がたつと一定確率でドロップアイテムを残すが、基本的に光の粒子になって消える。魂が去っていくのも早く、殺して半日以内に蘇生しないとだめだが、人間はしっかりと処理すれば数日もつ。


 デュークがいる限り、アヴァロンは戦えば戦うほど敵の戦力をわが物にできる。

 マルコの救出戦でも、めぼしい魔物を十五体分しっかりと【強化蘇生】して戦力を増強させている。


 一体で一軍に匹敵する。それこそが黒死竜ジークヴルムの真価だ。


「【刃】の魔王には感謝しないとな。貴重なAランクの魔物を、気前よくただでくれるのだから」

「はい、アヴァロンに戻ったら歓迎会でもしましょうか」

「それはいい提案だな。……さて、【刃】の魔王はどうするかな。戦力差は明白だ」


 元人工英雄のアンデッド軍団と、十五体の【鬼】の魔物たちは圧倒的だ。

 すでに質はもちろん、数ですら圧倒した。

 そこに再編が終わったストラスの魔物部隊が援軍に現れる。


 見ていると、【刃】の魔王は真っ青な顔をして、魔物たちを盾にしながら後退を始めた。

 せっかく、【収納】にはアウラとデューク以外にも八体用意したのに、このままではアウラとデュークだけで終わってしまう。

 ……そして。


「ようやく来たか」


 ストラスの【偏在】された魔物の軍勢が、このフロアに現れた。

 俺たちを恐れて後方に戦力を集中させたものだから、いいようにやられている。

 ついに、射線が通った。

 アウラの【翡翠眼】が【刃】の魔王を捕らえ、弾丸を放つ。

 その弾丸はやつの足をかすめた。それだけで下半身が吹き飛ぶ。

 もう、逃げられないし、心も折れた。

 仕上げだ。


「アウラ、風で俺の声を限界まで大きく響かせてくれ」

「了解しました」


 音とは空気を伝わる振動。

 アウラにかかれば、拡声器の真似事は容易い。

 俺の顔の周りにアウラの風が漂う。

 ローゼリッテ経由でストラスの魔物たちに手を止めさせ、デュークにアンデッド軍団を止めさせた。

 始めようか。


「【刃】の魔王。配下すべてを無力化しろ。変な行動をすれば即座に殺す。降伏しても【戦争】の終了が告げられる前に殺す。話がしたい。それを受け入れるのなら生きて降伏させてやる」


 この状況で、【刃】の魔王に勝ち目はない。

 勝ち目のない戦いをするほどの間抜けならどうしようもないが、どう動くだろうか。

 しばらく様子を見ていると、【刃】の魔王が両手をあげ、涙でぐしょぐしょの顔でなにかを叫んだ。

 アウラは奴が降伏したと教えてくれた。

 さて、ゆっくりと黒幕を聞き出すとしよう。


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