第十七話:【風】の騎士は舞い降りる
本日、4/15。魔王様の街づくり二巻発売です! 表紙になったアウラが大活躍する書き下ろしもありますので是非読んで下さい!
エメラルドドラゴンは自らの意思で【収納】から力づくで抜け出した。
本来、そんな芸当は不可能だ。
だが、Aランクの中でも最上位に位置するほどの力を持ち、【狂気化】により一ランク上昇した能力。
さらに、どこかのおせっかいな【竜帝】がたっぷりの魔力と竜帝の力をこめた応援を送った。
創造主が魔王に与えた【収納】はせいぜい、普通のSランクまでしか想定していない。今、この瞬間だけはその想定を超えた。
なにより……
『僕が君を守るから』
エメラルドドラゴン自身の強い想いが不可能を可能にしたのだ。
◇
翡翠の竜は【収納】から飛び出した瞬間、姫君に手を出したふらちな輩をかみ砕いた。
かみ砕いたのは防御力にすぐれたAランクの魔物だった。
【狂気化】と借り物の【竜帝】の力を同時に発揮している彼にとって、それぐらいはたやすい。
さらに【風】のブレスを放つ。
【風】の魔王の魔物、数十体がかりで引き起こした竜巻すら上回るブレス。ただの風ではなく、無数の風の刃の渦だ。巻き込まれた敵はミキサーのように細切れになる。
【刃】の魔王の魔物が、冗談のように吹き飛ばされ、切り刻まれていく。
「どうして、そんな、ぼろぼろの体で出てきちゃったの。死んじゃうわよ」
涙目になったストラスがエメラルドドラゴンを見上げる。
そんな彼女をエメラルドドラゴンは見下ろす。
翡翠色の優しい目だった。初めてみせる狂気に染まっていない、彼自身の色。
ストラスは息をのむ。そこにあるのは慈しみと強い覚悟。
エメラルドドラゴンは、ストラスを背に隠し、座り込む。そして咆哮した。
この細い道であれば、彼を倒さない限り先には進めない。
今のエメラルドドラゴンの方向は敵への威嚇であり、ストラスたちに逃げろというメッセージだった。
「あなた、死ぬ気なの?」
『逃げて、僕がここで戦うから』
エメラルドドラゴンは質問には答えなかった。
それは図星だからだ。
はじめて、【狂気化】の枷から解き放たれた。
【竜帝】により力を与えられたことで力を増した。
だけど、とっくに彼は限界だった。
致命傷を受け、魔力もほとんど残っていない。
残ったのは頑丈な体だけ。
最初から、エメラルドドラゴンはすべての敵に勝てるなんて思っていはいない。可能な限り敵の戦力を削り、自分がここで盾になることで、ストラスを助けるためにはせ参じた。
彼女を助けられるなら、死んでもいい。
吹き飛ばし切り刻んだ【刃】の魔王の中で即死を免れたものたちが次々に戻ってくる。エメラルドドラゴンを警戒し、距離をとっての攻撃を開始した。
刃が槍が矢が炎が氷が土が降り注ぐ。
もう【風】のブレスを放つ魔力は残っていない
残されたわずかな魔力をすべて【硬化】に回す。
ストラスが逃げるまで死ぬわけにはいかない。
それまでは、死んでも死なない。
肉がえぐれ、うろこがはじけ飛ぶ。
だが、悲鳴だけはあげなかった。
少しでも彼女に心配させないために。
『どうして、逃げないの。僕に君を守らせて』
エメラルドドラゴンは祈るように心を送る。
だけど、ストラスは動かなかった。
それどこか近づいてきて背中にほっそりとした手を置いた。
その手はとても小さくて冷たくて、震えていた。
「あなたは、お父様のメダルで作った私の最初の魔物。それにとっても優しい子。あなたを犠牲にして、逃げるなんてできないわ。とっくに名前だって決めてるのよ。だからね……私も勇気を出すと決めた」
こうしている間も、無数の攻撃を受けている。
命が尽きるまで一分もない。
「答えて、あなたは生まれ変わりたい? 生まれ変わってもこうして私を守ってくれる」
ストラスの声には覚悟が込められていた。
エメラルドドラゴンは迷わない。答えはとっくに決まってる。
『生まれ変わりたい。僕は君とずっと一緒にいたい』
心のままに羽ばたける自分に生まれ変わりたいと願い続けた。
生まれ変わったら、今度こそずっとそばにいて彼女を守れる自分でありたい。
「ありがとう……フォボス、マサムネ。三十秒、私たちのために時間を作りなさい。命令よ」
ストラスが力強く叫ぶ。
「はいよ」
「なんなら一分でもいいぜ」
その叫びに二体の【誓約の魔物】が応えた。
そして……。
「【新生】」
ストラスが目を閉じ力ある言葉を発する。
それは、創造主に【夜会】での褒美として与えられた力。勝者であるプロケルとは違い、たった一度きりの切り札。
対象をメダルに変換し、【合成】しなおすことができる能力だ。
エメラルドドラゴンがその力を受け入れる。
彼の体が金色の粒子に分解され、光の粒子がストラスの手の中に集まる。
それは一つのメダルを形作った。
Aランクメダル【翠竜】。
壁となっていたエメラルドドラゴンが消えたことで、敵の攻撃が背後にいたストラスに殺到する。
だが、それらが彼女を捉えることがなかった。
背中にかまいたちのマサムネを乗せたペガサスのフォボスが現れ、ストラスを咥えて駆け抜け上昇し、からくも敵の攻撃を回避する。
マサムネがストラスをフォボスの背中に移動させる。
ストラスの命である、三十秒を稼ぐために二体の【誓約の魔物】が動きだす。
「フォボス、追撃が来てるぜ」
「わかってるさ。マサムネ、手をかせ」
フォボスが、眼前の空気の壁を切り裂き、マサムネが風を後方に起こして急加速。
二体の魔物の連携技による常識外の加速により、背後に迫っていた魔術を回避。
だが、前方の風景が歪む。空間に罠を仕掛ける能力を持つ魔物がいたのだ。
フォボスは直角に曲がる。
ペガサスは純粋な速さだけでなく、圧倒的な機動力を武器とする魔物だ。これぐらいの芸当はやってのける。
「あの暴れ竜があれだけやったんだ。三十秒ぐらい、稼げなきゃ【誓約の魔物】の名折れだ」
「だな、がんばろうぜ兄弟」
雨のように降り注ぐ無数の攻撃をフォボスとマサムネは息の合った連携でかわし続ける。フォボスがその機動力を十全に活かし、マサムネは的確に減速、加速に協力しつつ、非力なマサムネでは受け止めることができない敵の強力な攻撃を風で逸らす。
Bランクの魔物で固定レベル。
ストラスの【誓約の魔物】としてはあまりにも二体は弱すぎた。
周りに言われ続けたし、そんなことは言われるまでもなくわかっている。
だが、二体は腐らなかった。
自分にできることを極めようとした。数字に見えない強さを求めてあがき続け、個々の技量を磨き、力を合わせることで活路を見出し、血を吐くような努力を続けた……それが今、実っている。
たとえ、Aランクの魔物だろうが、これだけの集中砲火を避けることはできない。それができるのは、血のにじむような努力を積んだフォボスとマサムネだからだ。
高いレベルもステータスも、チートじみたスキルもない彼らには圧倒的な技量と、誇りがあった。
その二人が命を削って稼ぐ時間。
それをストラスが無駄にするわけがない。
彼女の手には、三つのメダル。
エメラルドドラゴンそのものである【翡竜】。
さらに彼女自身の象徴である【風】。
そして、ライバルであり想い人の【創造】。
その三つのメダルを強く握りしめる。
「プロケル、あなたの見ている世界、私も見せてもらうわ。お願い、私とエメラルドドラゴンを導いて……【合成】」
光があふれた。
Aランク三つの常識を超えた合成。それは光となって存在感を示す。
ストラスの頭の中に無数の可能性が現れては消えていく。
意識が精神世界に導かれる。
そこで、彼女は翡翠色の竜と出会った。
「これが全部、あなたの可能性というわけね。驚いたわ。本当にたくさんあるのね」
『僕とストラス様の可能性』
竜の無骨な手をエメラルドドラゴンが差し出し、その先をぎゅっとストラスの手が握り、二人で手をつなぎながら可能性を眺めていく。
「ずっと、こうして話すことが夢だったの。こんな状況だけどとってもうれしいわ」
『僕もだよ。ずっと君が好きだって言いたかった。君の隣で戦いたかった』
凶悪な見た目からは想像できない、甘える少女のような声がエメラルドドラゴンから響く。
「あなたはそんな声で、そんなふうに話をするのね。かわいい。ねえ、エメラルドドラゴン、あなたはどんなふうになりたい」
その問いを聞いたエメラルドドラゴンの眼が強く輝く。
『僕はずっと、心のままに自由でありたいって思ってた。ストラス様のそばで君を守り続けることが夢だった。そんな僕の夢を聞いた竜の王様は僕のことを騎士と呼んだ。ねえ、ストラス様。僕は、ストラス様を守る騎士になりたい』
ストラスは微笑む。エメラルドドラゴンが鼻息を荒くする。
二人の前で一つの可能性が輝いた。
ストラスとエメラルドドラゴンはその眩い輝きを放つ可能性につないだ手を伸ばした。
可能性はよりいっそう光り輝き、光が満ちた。
ストラスの意識が現実に戻る。
「わかったわ。これが私たちの答え」
手の中にあった【創造】が変化した。
変化した先は……【騎】。
騎士の名を冠するメダル。
そして、いっそう光が激しくなり、三つのメダルが分解され光の粒子が混ざり合い、空で折り重なり一つになる。
黄金の色が翡翠色に染まる。
それは、エメラルドドラゴンの色だ。
粒子が一つの形を作る。
それはエメラルドドラゴンと同じく翡翠の鱗をもった巨大な西洋のドラゴン。
だが、細身のシルエットになる黄金の紋様がところどころに刻まれ、爪はよりするどくなり、頭には一角獣のような角を持ち、眼はよりいっそう鮮やかな翡翠色。それは、【翡翠眼】と呼ばれる魔眼だ。
そう、ついにエメラルドドラゴンは生まれ変わった。
【狂気化】しながらも、その狂気を忠誠心で跳ね除ける。風の騎士竜。
その名は……。
「嵐騎竜バハムート」
ストラスは高らかにその名を告げる。
バハムートは新たな姿、なによりストラスを守れる強い自分になれたことに歓喜の咆哮をあげる。
敵の攻撃はまだ止んでいない。
生まれたばかりのバハムートはフォボスと追走し。そして雄々しく翼を広げ、自らとフォボスを中心の安全地帯に嵐を巻き起こした。
すべての攻撃をはじき返しながら嵐は広がっていく。
風だけじゃない。雷を伴うサンダー・ストーム。
ありとあらゆるものを吹き飛ばし、雷で打ち払い蹂躙する。
「私の声が聞こえる」
『聞こえるよ。僕はストラス様の騎士だ。どこにいても君の声はとどく』
「最初の命令よ。目に見える敵、すべてを倒して。できるかしら」
『おやすいごようだよ』
Aランク十体以上、Bランク、Cランクを合わせれば百体を超える軍勢。 それを相手にして、この発言。
通常ならだれもが笑い飛ばす。
だが、バハムートにはそれができる。
全能力を一ランク向上させる【狂気化】。そして、【狂気化】を発動させながら、”守るべき姫君のそばにいる限り”理性を持ちつつ、さらなるステータス向上を可能とする【騎士道】というスキルを所持している。
そもそもがAランクメダルを三つ使った最上位のSランク。
固定Aレベルで生まれたエメラルドドラゴンのレベルを引き継いだことによる生まれ持っての高レベルの変動レベルで生み出された魔物。
その程度の戦力で止められるはずがない。
「プロケル、お願いがあるの」
ストラスは風に意思を乗せる。
彼女の周囲には、エンシェント・エルフであるアウラの風が渦巻いていた。
途中で何度も、彼に助けを求めようと思ったが踏みとどまった。
魔物たちがまだあきらめていないのに、自分が諦めてたまるかと歯を食いしばっていた。
「私はこれから倒れてしまうと思うわ。この戦い、あとは任せるわね」
そんなストラスの口から出たのは穏やかな諦めの言葉だった。
ストラスはローゼリッテにテレパシー能力で全軍に対し、自分が倒れること、そして以降はプロケルの命令を聞くようにという指示を出した。
ストラスのもとにプロケルの言葉が届く。
『これから逆転劇が始まるのに、美味しいところを持っていっていいのか』
ストラスは小さく笑う。
ばれていたか。
ストラスは勝利のための手を打っていた。
一つは、【偏在】して作り出した敵のダンジョンを攻めている魔物の中に隠密に長けた部隊を用意しており、戦わずして敵をすり抜け水晶を砕こうとしていた。これは、万が一成功すればラッキーというもの。
もう一つは、【刃】の魔王がのこのこと現れた瞬間に、敵のダンジョンに向かわせてた【偏在】した魔物たちのほとんどを、呼び戻しており、背後から強襲を狙っていた。
ここで、これだけ【刃】の魔物を削た状態で、挟み撃ちが成功すれば【刃】の魔王は逃げきれない。【刃】の魔王を倒して、この【戦争】の勝利となる。
【刃】の魔王は保険のために転移陣をいくつか仕掛けたようだが、情報収集のために張り付けた偵察用の魔物に消させている。
「勝つより大事な約束があるの。だから、私はもう戦えなくなる。あなたには大きな借りを作るけど死んでも返すから」
それは、古い約束だ。
最初に作り出した魔物に誓った言葉。それを守るためにストラスはプライドを捨て、プロケルに頼ることに決めた。
「バハムート、あなたに約束したわね。いつか、私があなたを使いこなせる立派な魔王になったら、真っ先に名前をあげるって。あなたのための名前はすでに考えてあったの」
ストラスはプロケルから、ワイトにデュークと名前を与えたときどうなったのかを聞いていた。
プロケルは自分より強い。そのプロケルがボロボロになり魔力を失いそうになった。バハムートはデュークに負けず劣らず強力な魔物だ。
今の自分が名前を与えれば、プロケルよりひどいことになる。
そして今は【戦争】の真っ最中。
常識で考えれば、名前をこの場で与えるなんてことは馬鹿げている。
だけど、ストラスは穏やかな気持ちで、名前を与えることにした。
命をなげうって自分を守ろうとしてくれたバハムートとの約束を破れるわけがない。
その約束を守ることは、ストラスにとって勝利より大事なことだ。
それに、あとを任せられる人がちゃんといる。
だから、迷いなくストラスは口を開く。
「嵐騎竜バハムート、あなたの名前はエンリル。これからもよろしくね私の騎士」
名前を発した瞬間、ストラスの体からすさまじい勢いで魔力と魔王の力が抜き取られる。根こそぎ持っていかれたもまだ足らず、命そのものを無理やりはぎとられていく。
壮絶な苦痛。
そんななか、ストラスは笑う。
バハムート……エンリルはストラスと一つになりより輝きを増し、その力で敵を打ち砕く。
「みんな、プロケル、あとは任せたわ」
最後にそう呟いて、意識を失いつつあるストラスがフォボスの背中から落ちていく。フォボスが慌てて拾おうとするが途中でやめた。その必要がなくなったからだ。
何もない空間から色がにじみ出した。
そこには、一人の男と最上位のエルフがいた。
男が優しくストラスを受け止める。
「ストラス、よく、がんばったな。あとは任せろ」
ストラスは微笑む。それは恋する乙女の顔だった。
その笑顔のまま、ストラスは意識を失う。彼女の体を男は強く抱きしめる。
それに呼応するようにエンリルは咆哮を上げ、蹂躙を続ける。
彼にストラスの力と想いは届いている。
だから、振り返りたい気持ちを堪えて必要なことをするのだ。
そして、ついには【刃】の魔王の軍勢は撤退を始めた。
その背後にほぼ無傷のストラスの【偏在】の魔物たちがせまっているとも知らずに……。