第十二話:天狐の妹
【紅蓮窟】に通い始めて三週間ほどたった。今日も【紅蓮掘】で狩りをしている。
天狐が洞窟の中を疾走する。敵を見つけたのだ。
目標は空を舞う赤い隼。
もちろん、ただの隼ではないCランクの魔物、火喰い鳥だ。
鋭い嘴と爪で頭上から襲い掛かってくる。
せまい洞窟だというのに、器用に方向転換しながら低空を飛ぶ。
あの火喰い鳥を捕らえるのは困難だろう。
だが、天狐にはあれがある。
「無駄なの!」
ショットガン、レミルトン M870P。
二種類の弾丸を天狐は使い分ける。今回使ったのは散弾。
武骨な銃身から放たれた弾丸が弾ける。
広範囲に散らばる散弾は、高速で空を飛ぶ赤い隼を容易くとらえ、翼に弾丸を受け火喰い鳥は墜落する。
そこに、天狐は突進。銃身についているポンプをスライドさせ、素早く次弾を装填。天狐のショットガンは散弾とスラッグ弾が交互に入っている。
次に放たれるのは当然、超高威力のスラッグ弾。
胴体にぶち当たり、火喰い鳥の体が四散する。
「どう、おとーさん。見てくれてた!?」
嬉しそうに、天狐はこちらを振り向く。
「ああ、ちゃんと見ていたよ。天狐はすごいな」
「やー♪」
天狐はキツネ尻尾を振る。
天狐は狩りが好きだ。こうして体を動かすと機嫌がよくなる。
最近は、スケルトンたちは背後を守るために数体を配置しているだけで、前方は全て彼女に任せてある。
スケルトンたちが、変動レベルで生み出した場合の限界値のレベル二〇に到達してしまったので、経験値を等分するのがもったいなくなったのでこうしている。
他にも純粋に、天狐の好きなようにさせたいという思いがあった。
「そろそろ帰ろうか」
「わかったの。おとーさん」
疲れは判断力を奪う。
ある程度余裕を残したほうがいい。
連日の狩りで、天狐はレベル三一.俺はレベル二九まであがっていた。
レベル三〇を超えたあたりから、ほとんど天狐はレベルがあがらなくなっている。サキュバスの話だと高ランクの魔物ほどレベルがあがりにくい。
おそらく、Cランクが相手ではこれ以上レベルをあげるのが困難なのだろう。
「おとーさん、帰ったら美味しいご飯をお願い」
「任せておけ」
レベルがあがって、MP上限が3450まで上がっているのでMPの運用に余裕が出来ている。
天狐のわがままを聞くぐらいの余裕はある。
今日はたっぷり英気を養ってもらおう。
「いよいよ明日か」
「どうしたのおとーさん? にやにやして」
「天狐の弟か妹ができるんだ」
メダルを作れるのは一月に一度。
ようやく明日メダルを作る権利が戻ってくる。
「天狐の、弟か妹?」
「うん、【創造】のメダルと、マルコからもらった【土】のオリジナルメダル。それに、イミテートメダルで魔物を作りあげる。天狐と同じSランクの魔物が生まれるよ」
「……Sランク」
マルコの話を思い出す。ランクAメダル同士なら、三分の二の確率でAランクの魔物。三分の一でBランクの魔物。
ランクAとランクBなら三分の一でAランクの魔物、三分の二でBランクの魔物が生まれる。
創造のAランクを加算すると、ランクがまるまる一つ上がると考えていい。
つまり、Aランクである【土】のオリジナルメダルに、【獣】か【人】か【炎】のBランクであるイミテートメダルを使えば、Sランクの魔物が生み出せる可能性がある。
俺にとっては可能性があるだけで十分。
【創造】は、『無数の可能性から、望む可能性を選び取る』。つまりSランクは約束されたようなものだ。
もっとも、オリジナルのAランクメダルに、イミテート側も元がAランクのメダルでなければ、Sランク魔物の確率がそもそも存在しないという制限はある。
……ただ、感覚でわかっていることがある。
Sランクは、最上のランクだ。だから、Aに収まらないものは全てSで括られる。故にSランク内でも能力の格差が存在する。一つでもイミテートが混じれば、天狐のような最上位のSランクの魔物は作れないだろう。
「天狐は弟か妹が出来るのは嬉しくないのか?」
天狐は浮かない顔だ。
「おとーさん」
天狐がぎゅっと俺の服の袖をつかんだ。
「どうしたんだ、天狐?」
「もし、天狐より強い魔物が生まれたら、天狐のこといらなくなっちゃう?」
不安そうな顔で天狐は俺の顔を上目遣いで見る。
若干涙で潤んでいた。
馬鹿だな、そんな心配いらないのに。
「約束する。絶対そんなことはない。俺は天狐のことが大好きだからね。天狐より強い魔物が出来ても天狐のこと、いらないなんて思わない」
彼女を抱き寄せ、頭をぽんぽんとする。
すると、天狐は俺に体重を預けてきた。
ずる賢こくて打算的なところはあるが、天狐は寂しがりで幼い。
そしてとびきりの甘えん坊だ。
「やー♪ おとーさん、約束なの」
天狐が顔をあげて念を押す。
「ああ、わかった約束する」
そう言うと、天狐がほほにキスをした。
「天狐!?」
「約束のキスなの。おとーさん、絶対の絶対の約束なの!」
キスをした天狐本人もすごく恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして、俺から離れ速足でサキュバスが用意してくれてある転送用の陣に向かって歩いていた。
◇
マルコのダンジョンに用意されてある俺たちの家に戻ってから、ご飯を天狐と二人で食べる。
スケルトンたちは【収納】している。
彼らが居ると部屋がせまくなるのだ。
少し、気まずい。天狐はまだお昼のキスで照れている。
大好物のステーキを【創造】したのに、食事のペースが遅い。
そんななか、天狐は口を開いた。
「おとーさん、今回はどんな魔物を作るの?」
若干、声音が震えてる。
彼女なりに場の空気を和ませようと必死なのだろう。
「そうだね、最初はアンデッド系の上位モンスターを作ろうと思っていたんだ」
スケルトンを鍛えるのはなかなか骨が折れる。
知性が高く、スケルトンを意のままに操れる高位の魔物を呼び出すことができれば、今までより楽に、なおかつ効率的にスケルトンたちの訓練ができると考えていた。
「その言い方、アンデッド系はやめたの?」
「ああ、なにせ手元にあるオリジナルは土だけだからね。イミテートと【創造】の追加属性だと厳しそうだなって」
【土】とアンデッドは相性は悪くはないが、ぴったりというわけではない。
なら、もう少し待ってアンデッドと相性がいいメダルが手に入るのを待つべきだと考えたのだ。
「そうなの、なら何を作るの? 天狐の弟か妹だから可愛いのがいいの」
天狐がのってきた。
だんだん、照れが消えてきた。いい調子だ。
「鍛冶を任せられるドワーフを作ろうかなって思うんだ。【土】とドワーフは相性が抜群だ。それに、【人】のイミテート。最後に【創造】を【錬金】に変化させる」
【錬金】の存在はマルコから聞いている。
有用そうなメダルの情報は可能な限り教えてもらっている。必ず今後どんな魔物を作るかの指針になるからだ。
俺は、【土】、【人】、【錬金】を使った、最高位のドワーフを呼び出すつもりだ。
「なんでドワーフ? そんなに強くないの」
「まあ、戦闘特化ではないな。期待してるのは鍛冶の能力だ」
「おとーさんの武器、十分強いよ?」
「ああ、十分強い。だけど、その上を見たいと思わないか? 例えば天狐の、ショットガン、レミルトンM870はね。もっと火薬量が多くて大きな弾丸に変えれば攻撃力が跳ね上がる」
「うわぁ、素敵なの! 天狐、そのショットガン欲しい!」
新しいおもちゃを想像して天狐が目を輝かせる。
俺は苦笑する。
「天狐、ショットガンの場合、弾のサイズはゲージと呼ばれる。数字が小さいほど口径が大きく威力があがる。レミルトンM870Pの標準規格は、一二ゲージ。だが、弾は四ゲージ~二八ゲージ存在するんだ。四ゲージと一二ゲージだと、威力が三倍違う。だが、残念ながら、レミルトンM870だと一二ゲージしか使えないし、俺の記憶には、四ゲージに対応したショットガンはない」
四ゲージは相当特殊な弾だ。一二ゲージは直径18.1mm。だが4ゲージは25.2mm。1.5倍程度の大きさ。
熊やトドを相手にするときでさえ一〇ゲージ。戦車でもぶち抜こうなんて気構えがないと四ゲージなんて使わない。
「残念なの。四ゲージ、威力三倍、撃ちたいの」
「天狐は残念がっているが、そんなもの存在しないのは当たり前だ。反動が強すぎて使い物にならないからね。人には使えない」
「天狐なら大丈夫なの。天狐は力持ち」
天狐のいう事は正しい。
魔物の筋力なら、四ゲージだろうが使いこなせる。
「天狐が大丈夫でも、銃自身が耐えられないからな」
四ゲージが使われていたのは、現在主流となっている無煙火薬ではなく黒色火薬が主流だった時代。
無煙火薬は黒色火薬よりも威力が高く、無煙火薬で作った四ゲージに耐えられる銃は存在しないだろう。
「銃は根性がないの。もっと頑張って欲しいの」
天狐が頬を膨らませて、無茶を言っている。
気持ちはわからなくない。
「付け加えて、そもそも四ゲージの弾丸なんて実物は俺の記憶にないし【創造】できない」
作られてないのだから存在しなくて当然だ。
「おとーさんの意地悪。期待して損したの」
「いや、諦めるのはまだ早い。。俺の【創造】では作れないってだけだよ。もし、凄腕の鍛冶師が居たら、俺の【創造】で作った銃を分解して構造を調べて、四ゲージ対応に改造したり、四ゲージ弾を作れる。それに、この世界には、魔法の金属がある。魔法の金属で弾丸を作れば弾丸そのものの威力があがる、魔法の金属で銃を作れば、四ゲージに耐えられる銃が作れるかもしれない」
それこそが俺の目的。
武装の性能の底上げ。
さらに欲を言うと、俺の【創造】に頼らない武器の量産。
スケルトンたちの性能は連日のレベル上げで認識した。
なら、その先を目指すのだ。
「わかったの。それだとドワーフが最適なの! 天狐のショットガン、もっとすごいのにしてもらう!」
天狐は立ち上がり、もふもふのキツネ尻尾をピンっと伸ばす。
お気に入りの玩具の新たな姿に期待をしているようだ。
それは俺も同じだ。
今から、新しい仲間であるドワーフ。そして、新たな武器に想いを馳せていた。