第十三話:ストラスの【戦争】
ストラスが迎えに出した魔物に乗ってダンジョンに向かう。
彼女が用意したのはグリフォンの上位種。
前の俺なら、高ランクの魔物のステータスは覗けなかったが、きっと今なら大丈夫なはずだ。
マルコの救出戦での急激なレベルアップにより、自分の魔物でなくてもAランクまでなら覗ける。
種族:ストーム・グリフォン Bランク
名前:未設定
レベル:58
筋力B 耐久B 敏捷A 魔力D 幸運D 特殊D
スキル:風の担い手 剛力 嵐を征く者 高速飛翔
ストーム・グリフォンは近接能力と、飛行性能に優れた魔物だ。
なかなか使い勝手がよさそうだ。
さすがは、グリフォンの上位種なだけはある。一番の特筆点は乗り心地の良さだろう。
速さだけなら、アヴァロンで空路を任せている暗黒竜グラフロスも同格だが、あれの乗り心地はあまりよくない。乗り物としてはこちらのほうが優秀だ。
そんなことを考えながら、空をいく。
今日は一人だ。お供の魔物なしに外に出るのは久しぶりだ。
なかなか心細い。だが、【収納】しているし、きっちりと保険は用意してある。
◇
しばらくして、彼女のダンジョンについた。
相変わらずの正統派ダンジョンだ。ストラスの美意識が前面に出ている。
乗ってきたグリフォンにそのまま、奥へ奥へと案内される
。
たどり着いたのは、水晶の部屋ではなくストラスが用意した客間だ。
落ち着いているが美しい。実に彼女らしい部屋だ。
そこには、【竜】の魔王がいた。
「プロケル、来てくれたのね」
ストラスが笑みを浮かべて口を開く。
「約束したしね。それに、友人の晴れ舞台だ。応援したいだろう」
「ふふ、あなたらしいエールね。がんばらないと」
喜んでもらえて何よりだ。
もう一人、あいさつしないといけない相手がいる。
【竜】の魔王アスタロトだ。
「お久しぶりです。【竜】の魔王アスタロト様」
「ここまで、はやく再開するとは思っておらんかったのう」
「今日は、ストラスの応援に来ました」
「うむ、仲が良くて結構。わしのほうは気合いを入れに来た。お主と違って【戦争】が始まる前には戻る」
ずいぶんと過保護だ。
これほど、子を愛する親はなかなかいない。
「プロケル、ストラスを任せたぞ」
意味ありげな目で俺を見る。
おそらくだが、【黒】の魔王の動きに気づいている。
俺が何も言わなくても【竜】の魔王は周囲に目や耳を用意しているのだ。
「ええ、任せてください。俺は友人を守ります」
「いい返事だ。わしは動ける状態じゃないからのう」
【竜】の魔王は今、参加国の連合軍と戦争状態だ。
【黒】の魔王の作り上げた宗教、その聖地を襲撃したことにより、人間の国を敵に回した。
現状は優勢らしいが、人間たちの数と物量はすさまじいものがある。
しばらくは身動きが取れない。
「【竜】の魔王、助力が必要になれば、申しつけください」
「いらぬ、いらぬ。わしは強い。そして、わしんは信頼できる派閥の魔王がおる」
「出過ぎたことを行って申し訳ございません」
「いや、その気持ちはうれしかった。お主はわしではなくストラスを気にかけてやってくれ」
強く頷く。
それはきっと、俺にしかできないことだからだ。
「もちろん、彼女は大事な友人ですから……それとちょうどいい機会なので約束のものを渡そうと思います」
魔王は月に一回メダルを【流出】により生み出せる。
そして、【創造】のメダルをマルコ救出に協力してもらう代わりに差し出す約束をしていた。
ようやく前回メダルを生み出してから一か月がたち、なおかつ魔力は戻らないもの魔王の能力は戻りメダルを生み出すことができたのだ。
「それが、【創造】のメダルか。いいメダルだな。そのメダルはわしではなく、ストラスに渡してやってくれ」
「あなたがそう望むのであれば、これはストラスに渡します」
旧い魔王から、新たな魔王へ魔物やメダル、DPを渡すことは禁止されている。
一度、【竜】の魔王に渡してしまえば、それをストラスに譲ることができなくなる。
だから彼は俺から直接ストラスに渡すように命じたのだ。
「【竜】の魔王アスタロト様、そのメダルはあなたがプロケルとの取引で得たものよ。私にはそれを受け取る資格がないわ」
「ストラスの言葉は正しい。だが、父は子に少しでも多くのものを残したい。Sランクの魔物。絶対的な切り札が一枚でもあるとずいぶんと違う。ストラスよ。おまえの誇り高さは知っている。だがのう、親の愛情を素直に受け入れる器の大きさ、そして時には、実利のために気持ちを押し殺すことも必要だ」
【竜】の魔王アスタロトは優しく微笑む。
ストラスはしばらく何かを言い出そうとして言葉を飲み込み、決意を込めた表情で口を開いた。
「……ありがたくいただきます。お父様」
ストラスが頭をあげ、【竜】の魔王が頭を撫でる。
この二人の絆はまぶしい。
「とういわけだ。頼むぞ、プロケル」
「かしこまりました。ストラス、受け取ってくれ」
俺はストラスに【創造】のメダルを手渡した。
「ありがとうお父様、プロケル。このメダルは大事に使わせてもらうわ」
俺と【竜】の魔王の想いが籠ったメダルだ。彼女なら絶対に無駄にはしないだろう。
「うむ、ではわしはそろそろ行く。いつも通りなら、まず負けん。ストラスには才能がある。そして、プロケルと出会って唯一の欠点だった慢心も消えた。そこの男以外に、新たな魔王に負けることはありえん……野暮な連中が動かなければな」
ストラスは謙遜しない。
それを当たり前として受け入れて、強い意志を込めて【竜】の魔王の目を見つめる。
二人はそれで十分だ。余計な言葉はいらない。
【竜】の魔王が去っていく。
これから、ストラスの戦いが始まる。
◇
俺は水晶の部屋に待機していた。
水晶はストラスのダンジョン内を映す。
彼女が支配する【風】の魔物には飛行能力をもった魔物が多い。彼女のダンジョンは、飛行能力を活かすために空があり、足場が悪いフィールドを多く採用している。
飛行能力を持たない魔物にとっては侵略は非常に難しいダンジョンになっている。
飛行能力を持つ魔物は少ないので、ほとんどの魔王にとってストラスのダンジョンを攻め落とすのは難しい。
守備の面では鉄壁と言っていい。
だが、逆に言えば敵のダンジョンを攻める際に、飛行能力を活かせるフィールドかどうかは敵次第だ。そこがストラスの課題だろう。
「もう、準備は終わったのか」
「ええ、できることは全部やったわ」
ストラスが水晶の部屋にやってきた。
彼女のいう通り、魔物たちはダンジョン内に適切に配置されているようだ。
「プロケル、私の作戦はね。まずは【偏在】した魔物たちで総攻撃をかけるわ。【偏在】以外の魔物たちは全員、ダンジョン内に待機させて守備をさせる。そして、【偏在】だけで勝負がつけばそれでいいし、もし失敗しても、敵のダンジョンの戦力と配置、罠も筒抜けな上に【偏在】で消耗した相手に、状況を見てダンジョンから出せる最大の戦力をぶつけることができる」
「俺がストラスなら同じ作戦を立てる」
この【戦争】で失った魔物は戻ってこない。
だからこそ、魔物たちを失わないことを最優先で考える。
ストラスの戦略はその点ではもっとも有効だ。
【偏在】。魔王と同一フロアかつ支配下にある魔物を一ランク下げた状態で複製するチート能力。
一ランク落ちるとはいえ、戦力が二倍になる。
なにより……失っても構わない手ごまというのが戦略を考えたときにありがたい。
ストラスが説明したとおり、突撃させれば敵の戦力も配置も罠もすべてが筒抜けになる上に、敵を一方的に疲弊させられる。
「プロケルがそう言ってくれて安心したわ。【戦争】まであと一時間ね。ねえ、プロケル。勇気を出すためのおまじないをしてほしいの」
ストラスが微笑みかけて目を閉じる。
そういうことを期待しているのはわかる。
俺はストラスに顔を近づけて。
「いじわるね、プロケルは」
おでこにキスをした。
「ストラスは大事な友人だよ。友人は、これ以上のことはしない」
ストラスは寂しげな笑い顔になった。
「わかってはいたわ。行ってくるわね」
「元気は出たか」
「ええ、額でがっかりしたけど。それ以上にすごくうれしかったの。おかしいわね。すごく心臓がどきどきしてる」
ストラスが背を向ける。
耳まで赤くなっていた。
【収納】を解除する。一体の魔物をストラスが気づかないように呼び出し、陰に潜ませた。
マルコに借りた隠密のスペシャリスト。
これは、策の一つ。彼女の影からストラスを守ってもらう。
マルコの話では影を起点に異空間に入れるだけでなく、異空間内ではステルス能力を持つ。さらに戦闘能力が低くなりがちな空間操作能力を持つ魔物なのに、単体戦闘能力はトップクラスという化け物だ。
彼がいるから、マルコの救出戦でずっと異空間を防衛し続けられたらしい。
「がんばれ。ここで俺は見守っている」
ストラスはもう振り返らない。
ただ、指を立てて大丈夫だとメッセージを送ってきた。
ストラスは【風】の能力の一つである、己の分身で敵のダンジョンへの突撃部隊を指揮し、本体も防衛の最前線で指揮をとる。
彼女に何かあれば水晶の部屋からも把握できるし、布石は打った。彼がいる以上、何があっても時間稼ぎはできるだろう。
◇
創造主の声が頭に響く。
【戦争】の当事者でなくても、この空間にいれば声が聞こえるらしい。
ダンジョンごと、あの白い部屋に飛ばされたのだろう。
『これより、【風】の魔王ストラスと、【刃】の魔王サブナックの【戦争】を始める。勝利条件は水晶の破壊、もしくは敵対魔王の降伏。……始め!』
創造主の言葉と同時に戦争が始まった。俺のときと違って制限時間はないらしい。
【刃】の魔王はBランクの魔王。
Bランクの魔王である以上、自力ではAランクの魔物を作れない。親から初めに三枚のAランクのメダルをもらっていたとしても、BランクとAランクのメダルを組み合わせて、Aランクの魔物が出来上がる確率は三分の一。
所持しているAランクは多くて二体。交渉によってAランクのメダルを得ている可能性は考えにくい。なにせ、Bランクメダルしか持たない魔王に、Aランクメダルと釣り合うだけの対価は払えないのだ。
Aランクの魔物を一、二体しか使えない魔王など、ストラスの敵ではない。
懸念があるとすれば、【刃】というメダルは若干、ストラスと相性がいいかもしれない。
無機質系の魔物は防御力が高い。速いが攻撃力が欠けるストラスの魔物は若干不利になる。
……とはいえ、ランク差を覆すほどの相性差ではない。
ダンジョンの最初の階層にあるフロアを見る。
十体ほどの魔物が現れた。
「全員、Aランクだと!?」
そのすべてがAランク。
ありえない。
ストラスは動揺しながらも、すぐに第一フロアにいた、すべての魔物を後退させ、いきなり切り札を切った。【収納】から魔物を取り出したのだ。
【狂気化】能力をもったAランクの魔物。Sランクにも匹敵する力をもったエメラルドドラゴンを呼び出す。
Aランクの魔物の軍団には、これぐらいの切札でないと対抗できないと一瞬で判断したのだ。
Aランクの魔物軍団がエメラルドドラゴンに群がる。
【狂気化】によりSランクの並みの力をもつエメラルドドラゴンは嵐のように暴れまわり、次々に魔物たちをつぶしていく。
かつて、天狐のクイナすら苦戦した相手だ。そうそう簡単にはやられない。
善戦できているのは後方からの支援が適切というのもある。エメラルドドラゴンをエンチャントで強化し、さらには敵に遠距離攻撃をぶつける。
これなら、勝てる。
だが……。
「さらに、援軍だと!?」
十体のAランクの魔物が現れ、戦いは一方的な展開にかわる。いくら強力な魔物でもAランク二十体なんて相手にできるはずがない。
数分後、エメラルドドラゴンが断末魔の悲鳴をあげる。
ストラスはすでに後退させた魔物たちと共に次のフロアまで戦線を引いた。
この状況で無理に戦っても戦力をいたずらに消耗するだけだ。正しい判断だろう。
……一、二体しか所持していないはずのAランクの魔物を”見えているだけで”二十体。
確実にまだまだ控えている。
ありえないことが起こっている。
絶対に【刃】の力では用意することができない戦力。
実際に、二十体のAランクの魔物たちは【刃】の特徴を備えていない。
「【黒】の魔王かどうかはわからないが、絶対に裏に誰かがいるな」
そう確信した。
このままではストラスは負ける。
この時点で、俺は介入を決めた。こんなものは新人魔王同士の【戦争】ではない。
恩のある友人を見殺しにはできない。
それに、【黒】の魔王の介入であれば俺のせいでストラスが負ける。そんなことは許せない。
「さて、今の俺にどこまでできるか」
ストラスを援護するための俺のカードは事前に用意した策と【収納】済の魔物のみ。
【創造】の力は失われている。
……面白い。俺はストラスを死なせない。
敵が恥も外聞もなく、【戦争】に介入するなら、俺も全力を持ってストラスを援護しよう。
ここからは、ストラスの【戦争】ではない。
俺とストラスの【戦争】だ。
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