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第十二話:飛行艇と二つの罠

【黒】の魔王から手紙が届いた。

 内容は主に二つ。

 一つ目は俺に会って二人だけで話をしたい、十日後に指定された場所に来いとあった。

 二つ目はもしこの話を断った場合、もしくは他の誰かに【黒】の魔王との接触があったことを話した場合、【風】の魔王ストラスのダンジョンを攻め落とす。

 

 ここで、いくつかのことが想定される。

 俺が魔力を失うタイミングを向うがずっと待っていた。そして、こちらの情報が何かしらの手段で筒抜けになっている。


 ルルイエ・ディーヴァ率いる諜報部隊が何も言ってこないので異空間に潜まれたわけでもない。調査が必要だ。


 その手がかりが手紙の中にあった。十日後という日時指定だ。

 本来、Aランクの魔物に名前を与えれば一月は魔力を失う。だが、俺はアウラの治療のおかげで八日ほどで回復する見込みだ。


 回復が早くなるのは、俺とアウラしか知らない情報だ。この情報を相手が得たなら十日後という日付指定は間違いなく変更される。


 逆に言えば、変更がなければこの情報が漏れていないことになる。情報が漏れたパターンと漏れないパターンを比較でき、調査が楽になる。

 少なくとも俺の周囲に諜報要員を張り付けているわけではない。


「ストラスを人質にできるのは人工勇者がいるからか」


 本来、攻撃を受けていない限り旧い魔王は新たな魔王は攻撃できない。

 おそらく、前回の救出戦で俺たちが葬った魔物の中に【黒】の魔王の魔物が紛れ込んでいた。そのため、俺を攻撃することは可能だがストラス相手だと、不可能なはず。

 だが、【黒】の魔王には例外がある。人工勇者だ。

 あれはあくまで人間であり、なおかつ平均的なAランクの魔物より強い。

 前回、【竜】の魔王によって養成機関が潰されたとしても、かなりの数が手持ちにいる。

 その気になれば、ストラスのダンジョンを潰すことは可能だろう。


 ……とはいえ、たったそれだけの戦力でどうにかなると思っているのなら、ずいぶんと舐められたものだ。

 俺はストラスに力を貸すことができる。

 マルコの救出戦のときにアヴァロン・リッター隊を全機失った。さらに、フェルとローゼリッテは返却し戦力的には低下している。


 だが、それを補ってあまりある戦力を得ている。

 マルコの軍勢だ。すべて俺の支配下にある。

 今は、マルコのダンジョンの再建を最優先しているのでアヴァロンに一体も連れてきていないが、その気になればマルコの軍勢をストラスのダンジョンに派遣することができる。


「何を考えている? 奴に残された戦力で俺とマルコに喧嘩を売って勝てるわけがない。……違う、マルコが生き残ったことを知っていても、マルコが【新生】して俺の配下になったことに気付いていないからこちらを甘く見ている?」


 その仮説が正しいなら、九割がた【黒】の魔王の情報源はアヴァロンの中にいる人間だ。

 デュークに名前を与えたということに関して、魔物たちに一切の口止めはしていない。

 魔物たちも、お祝いの品やパーティのための酒や食べ物を買う際に、人間相手に、デュークが名前を与えられることは普通に話している。


 人間たちに名づけの意味はわからなくても、諜報に使っている人間に、変わったことがあれば報告しろと【黒】の魔王が命令しているなら問題ない。


「人間を使っているなら、マルコのことを知らないのも納得か」


 マルコはこちらに来て日が浅いし魔物たちも話題にはしていない。

 俺の回復までの期間が短くなったのに気づかないことにも筋が通る。


「ずいぶん、喧嘩腰な相手だ。初手から脅し。舐めてくれる。交渉する気はないだろうな」


 恩のある友人であるストラスに危害を加える。そんなことを言ってくる相手と仲良くなんてできるものか。やつは俺の逆鱗に触れた。


 さしあたっては……。

 念のためマルコのこと、俺の回復が早くなったことの二つは徹底的に口止めをしておこう。

 情報が漏れることを防ぐためにマルコは一度、ダンジョンに戻ってもらったほうがいいだろう。

 もし、【黒】の魔王が二つのことを知らないのであれば致命的な隙を晒してくれる。


 とはいえ、そんな甘い想定で動くわけにはいかない。

 期待しつつも、全力で対策を考えよう。

 そのために一つのカードが必要だ。ロロノの力が必要だ。また、ロロノには無理をさせてしまう。……俺はロロノに甘えすぎているな。


 ◇


 夕方に予定していた商人たちとの打ち合わせを終えて、アヴァロンの屋敷から【はじまりの木】に向かう。治療のためしばらくは、黄金の気が溢れるここで暮らすのだ。

 そこには、ロロノがいて俺がここを出たときにはないものがあった。


「これが、テントか?」


 思わず、間の抜けた言葉が出た。

 こちらで生活するためにテントづくりをアウラがロロノに頼んでいた。だが、これは想像の二つぐらい斜め上だった。


「一から作る時間はなかった。だから、試作型の馬車を持ってきた」

「あれ……本当に作っていたのか」

「途中まで。いろいろ忙しくなって放置してたけど、今日はがんばって最低限、形にはした」


 それは普通の馬車より二回りほど大きい馬車だ。しかも、軽量ミスリル合金製。引いているのは、アヴァロンでよく見るシルバーゴーレムではなく、ミスリルゴーレム。


 ゴーレムは馬とは比べ物にはならない馬力がある。

 だから、重量を気にしないでいい。


 重量を気にしない分、快適に過ごせるようにするという設計思想だ。

 いずれ、馬車での長旅をするかもしれないと考えていたので、ロロノに制作を依頼していた。

 ロロノは、俺たちが使うならと安全を確保するために防御力と攻撃力を追求し、始めて愉快なものが完成している。


「これなら、マスターも快適にすごせる。しかも、私の【具現化】で作ったパーツをいくつか組み込んだ。【機械仕掛けの戦乙女】に採用した半重力発生機能による重量軽減も完璧。その気になれば暗黒竜グラフロスに引かせる飛行艇にもなる。自信作」


 ロロノが得意げな顔をする。

 そして近づいてきて俺の顔を意味ありげ見上げてくる。

 いつものおねだりだ。


「ありがとう。テントよりもよっぽど快適に過ごせそうだ」


 やりすぎだ。というのは野暮だろう。

 ロロノの要望通り、頭をなでてやると微笑んだ。

 いつか快適な空の旅が必要になったときに必ず役に立つ。


「中に入っていいか」

「ん。家具は一通りそろっているから、すぐに住める」


 馬車の中にロロノと共に入る。

 中は俺の寝室によく似ていた。違いは一回り多く、多人数が暮らすことを前提にしているゆえの気配り。他にもシャワー室や簡易キッチンなどが存在する。


 とても馬車とは思えない贅沢さだ。

 ロロノのいう通り、家具も運び込まれていた。屋敷の中にあった予備を使用しているし、新たにロロノが作ったものや急遽買い足したものもある。

 ベッドを見ていると、布団からもふもふのキツネ尻尾がはみ出ていた。


「クイナ、おまえも来たのか」

「やー♪ 今から温泉に入るからクイナも一緒なの!」


 布団を剥がすとクイナが飛び出してきて抱き着く。

 クイナは、ぼろぼろだった。魔力もほとんど失っている。クイナをここまで追い込む敵はそうそういない。おそらく、特訓を頑張っているのだろう。

 クイナが尻尾をすりすりとこすりつけてきた。

 温泉? いったい何の話だ。


「あっ、ご主人様、打ち合わせが終わったんですね。では、これから温泉です!」


 奥の部屋からアウラが出てきた。

 薬の匂いがした。

 ポーションづくりにこの馬車の設備を使っていたのだろう。

 キッチンまであるとこういうこともできるのか。


「……温泉は構わないが、理由を聞いてもいいか?」


 俺が問いかけると、アウラが、ちらちらとクイナと俺の後ろにいるロロノの顔を見た。

 アウラはクイナとロロノには今日は久しぶりに俺と温泉に入ることしか伝えていないようだ。


 そして、アウラが言いよどむということは、これが俺の治療にかかわることだからだ。


「アウラ、ロロノとクイナには言っていい。そして、ロロノ、クイナ。ここで聞いたことは他言無用だ。絶対に俺たち四人の秘密だ」


 回復の見込みがない状態であれば、クイナたちにすら漏らすわけにはいかなかったが、見込みが立った今は、【誓約の魔物】、そしてデュークの四人だけには現状を話しておくべきだろう。

 彼女たちの協力は絶対に必要だ。


「わかりました。えっと、ロロノちゃん、クイナちゃん。実はこの前、デュークさんへ名前を与えたとき、ご主人様の魔力回路と魔力炉がぐちゃぐちゃに壊れてしまったんです……二度ともとに戻らないぐらいに。普通の魔物なら一か月ぐらいでもとに戻るのですが。デュークさんの力が強すぎて、そうなってしまったみたいです」

「大変なの!」


 クイナが、キツネ尻尾をぴんっと立てて動揺し始めた。


「由々しき事態。でも、アウラとマスターの態度を見ていると、深刻そうに見えない。治る見込みはついてるはず」


 ロロノのほうは顔を青くしているものの、クイナと比べると冷静だ。

 するどい質問をする。その問いにアウラが頷いた。


「はい、黄金リンゴのポーションと私の魔術と気の力で癒せることがわかりました」


 涙目になっていたクイナが、ほっとした顔で胸をなでおろす。

 ロロノのほうも顔色がもどった。


「さすが、アウラちゃんなの! 褒めてあげるの! 今日は尻尾もふっていいの!」


 クイナがアウラに抱き着く。アウラは頬を紅潮させて、手を震わせながらクイナのもふもふ尻尾に手を伸ばす。

 アウラはもふもふ尻尾を握った瞬間、とろけた声を出す。


 可愛い女の子が大好きなアウラにとってクイナは最大のターゲットだが、クイナは抱き着くのは好きでも、抱き着かれるのは苦手なので避けるし、尻尾を俺以外に触らせない。


「はうう、クイナちゃんの尻尾、もふもふで、ふかふかで、温かくて、幸せです。手が飲み込まれちゃいます」

「くるしゅうないの!」


 アウラが恍惚の表情を浮かべている。

 クイナの尻尾はいいものだ。俺も毎日のように楽しんでいる。


「それで、話を戻しますが。私とハイ・エルフたちの祝福を受けた水源から湧き出た温泉は、それ自体にも癒しの効果があります。気休め程度ですが、ご主人様の魔力が回復するまで毎日、みんなで入りましょう!」


 クイナの尻尾をもふり続けながらアウラが言葉を続けた。

 尻尾の魅力に取りつかれている動きだ。


「アウラちゃん、きれっきれなの!」

「いい考え、今日から毎日お風呂の時間を作る」


 俺の治療と温泉にみんなで入るのは別問題だ。べつに一緒に入る必要はない。

 ……とはいえ、みんなが喜んでくれているなら水を差すことはないだろう。

 それに、娘の成長を父親として確認する必要がある。

 一週間とちょっと、この子たちと毎日温泉に入ろう。

 一気に十六歳ぐらいまで成長したクイナもだが、ロロノもちょっとづつだが、成長している。アウラは服を着たままではわからないが、成長をしているかもしれない。


「じゃあ、さっそく行こうか!」

「やー♪」

「ん」

「リンゴのジュースと、アイスを用意しますね!」


 馬車の棚から、それぞれ荷物を取り出し始める。

 

「もう、馬車に私物を運び込んでいたのか」

「おとーさんのいる場所がクイナのおうち」

「当然」

「みんな、一緒です!」


 完全にこっちに移住してくる気まんまんだ。

 俺も一人でここにいるよりみんなといるほうがうれしい。


 別宅にいるマルコにも、あとでしばらくこっちで過ごすことを伝えておこう。


 ◇


 それからというもの、毎日クイナたちと温泉に入っている。 

 二日目はマルコとも一緒だった。その後、マルコには【黒】の魔王のことは伏せつつ、【黒】の魔王を嵌めるための作戦を伝えて、【獣】のダンジョンに戻ってもらった。理由を話さなくてもマルコなら察してくれる。……去り際に浮気をするなと念を押された。俺に限ってその心配はない。


 アウラの尽力で、魔力は戻らないものの、五日たったころには魔王権限がいろいろと戻ってきている。


 まだ、【黒】の魔王には動きがない。

 おそらく、俺の魔力の戻りが早くなっていることも、マルコの新生のことも向こうは気付いていない。


 そして、今日は一日外出だ。

 選りすぐりのメンバーをすでに【収納】してある。


「じゃあ、行ってくるよ」

「おとーさん、気を付けて!」


 クイナに見送られながら、アヴァロンを出る。

 迎えに、グリフォンの上位種が【平地】にやってきてた。

 今日は【風】の魔王ストラスの【戦争】を彼女の水晶の部屋で見守る日だ。


 本来、俺の役割は、ただの保険だが……【黒】の魔王がちょっかいを出さないとは限らない。ストラスの【戦争】相手が【黒】の魔王の力を得ている可能性は十分ある。


【黒】の魔王と会うのはここから四日後。そして、彼のことはお望み通り誰にも話していない。

 だからと言って、やつがストラスに何もしないと信じるほどお人よしではない。


 無数の備えをし、それが無駄にならなることを祈りながら、俺はストラスが迎えによこした魔物に乗った。

 アウラの治療も、ロロノの頑張りも、マルコの協力も、すべてに感謝しつつ、離陸した。

 さあ、【黒】の魔王との前哨戦の始まりだ。

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