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第十一話:名づけの代償

 朝食が終わってから自室に戻り、少し後悔していた。飲みすぎた。

 ワイトにデュークと名をつけ終わったあと、魔物たちが持ち寄った酒で大騒ぎだ。

 このまえ、マルコを救うための戦いの後にご褒美として、かなり高額の報奨金を与えて魔物たちの懐が温かったことも、あの場の豪華さにつながっている。

 それでも足りなくなったので、俺のポケットマネーで酒と食料を追加した。


「やっぱり、魔力は空っぽか」


 いくら力を込めてもまったく魔力が出てこない。

 デュークは黒死竜ジークヴルム。特別なSランクの魔物だけあって、名づけの負担も半端がなかった。

 魔力を生み出す機関に過剰な負担をかけて限界以上の魔力を引き出したせいで、魔力が回復しなくなっている。

 自己診断では当初想定していた一か月は魔力が回復しないというのはまだまだ甘く。どれだけ短くても二か月、最悪の場合は見当もつかない。


「まずい、デュークの力の見通しが甘すぎた」


 かつて名づけについて教えてくれたマルコも、想定がAランクの魔物だったのだろう。

 通常ならAランクから先は考慮しないでいい。マルコを責めるのは筋違いだ。逆にこの程度で済んだことで感謝をしないといけない。人間との戦い、マルコ救出戦での大幅なレベルアップがなければ命をお落としかねなかった。

 もし、マルコに名前を与えたらどうなっていただろう……下手すれば死にかねない。

 ただ、一つだけ希望はある。

 そんなことを考えていると、ノックの音が聞こえた。


「入れ」

「ご主人様、あなたのアウラが参りました! さあさあ、なんなりとご用命を」


 少しおかしなテンションでエンシェント・エルフのアウラが入ってくる。もしかしたら、まだ酒が残っているのかもしれない。

 心なしかいつもよりおしゃれだ。自慢の金髪は艶やかだし、服にも気合が入っている。大きく形がいい胸が強調されている気がする。


「アウラ、仕事前に悪いな」

「いえ、ご主人様が二人っきりで秘密の話があるなんて言うのは初めてで、いろいろと期待……もとい、緊張しています」


 アウラは【誓約の魔物】の中で唯一、父と俺を呼ばない。

 その真意を確認したことがあるが、クイナたちとは違った目で俺を見ているとのことだ。

 とはいえ、俺はアウラのことは娘と見ている。


「二人っきりで話したいって言ったのは他の魔物に知られたくない話をするからだ。名づけで魔力と魔王の力が一時的に失われるっていうのはアウラも知っているだろう?」

「ええ、ご主人様に教えていただきました。半月から一か月ぐらいかかるんですよね」

「ああ、そうなると思っていた。だが、デュークが強すぎてな。想定以上に力を持っていかれた。状況はかなり悪い。もっと時間がかかるのは間違いないし、治るかすらわからない」


 アウラが顔を青くする。

 魔王が力を失う。一時的でもまずいのに、それが恒常的になるのは致命的だ。


「……なぜ、その話を私だけに」

「朝食で黄金リンゴを食べたとき、少し体が良くなった気がしたんだ。エンシェント・エルフのアウラなら医療の心得もあるだろう。俺の体を診てほしい。そして、黄金リンゴで治療できるかを確認してほしいんだ」


 俺と【誓約の魔物】たちだけは、毎朝黄金リンゴを食べている。

 健康のためと、わずかだが能力を底上げする力があり、少量でも毎日食べることに意味があるからだ。

 その際に、少し体調が良くなった気がしたのでアウラを呼んだ。


「なるほど、そういうことですか。少し、見てみますね」


 エンシェントエルフが近づいてきておでこを俺のおでこに充ててくる。

 彼女の魔力がしみ込んでくる。


【星の化身】のスキルを持つ彼女は、氣を使った治療も得意だ。


「ひどいですね。魔力回路はぐちゃぐちゃ。魔力炉もかなり傷がついています。これ、魔力を出すどころじゃないですよ。実は起きているだけでかなりつらいんじゃないですか」

「さすがはアウラだ。よくわかったな」

「これは他の子には言えませんね」


 優しさのある呆れという、複雑な表情をアウラは浮かべた。


「魔王の力が戻らないかもしれないと話が広まったら魔物たちが不安になるだろう。それに、デュークは自分を責める。だから、俺とアウラの二人の秘密にしたい」

「わかりました。誰にもいいません。ちょっと実験です。これを食べてください」


 アウラが胸の谷間に手を突っ込む。

 そして、黄金リンゴを取り出した。


「どうして、そんなところにリンゴがある」

「ここなら誰にもとられませんし。黄金リンゴは最後の命綱になりますからね」


 えっへんと、アウラが豊かな胸を張った。

 それを食べるのはすごく複雑な気分だ。

 とはいえ、せっかくの黄金リンゴを無駄にするわけにはいかない。

 黄金リンゴをしゃくりと食べる。心なしかアウラの香りがした。


「どうだ、なにかわかったか」

「それを調べます」


 アウラがまた額を押し当ててきた。今回は押し当てる時間が長い。


「はい、たしかにわずかですが改善が見られます」

「良かった。これなら、早く治せる可能性がある」

「ちょっと、いろいろと気になることがありますし、有効成分の特定もしたいですね。それがわかれば、その効用を強めることができます」


 たしかにその通りだ。

 俺はうなづく。


「ご主人様、今日のお仕事の予定は?」

「夕方から、商人たちと打ち合わせ。それまでは事務仕事だな」

「なら、机と書類を持ってリンゴ園に行きましょう。そこでお仕事です」

「理由を聞いていいか」

「私の役得……もとい、黄金リンゴを実らせる【はじまりの木】の回りには黄金の気が溢れています。そこで過ごせばいい方向に転がるんじゃないかって推測ですね」


 たしかに理に適っている。

 そういえば、瘴気に犯された白虎のコハクも黄金の気が満ちている【はじまりの木】で過ごすことで体調を回復したはずだ。

 それに、仕事をする場所を移したところでとくに問題はない。

 なら、少しでも快方に向かうようにするべきだ。


「すぐに準備をしていくよ。アウラは先に仕事に出てくれ」

「いえ、待ちますよ? ご主人様に重い机や椅子を運ばせるなんてできませんから!」


 それはそれはいい笑顔だった。

 辞退をしようとしたが押し切られた。

 そのおかげで娘に重い机と椅子を運ばせて、てぶらでのこのこ歩くという微妙に人には見せたくない姿をさらすことになってしまったが、アウラがうれしそうなので差し引きゼロというところだ。


 ◇


 アウラのリンゴ園の最奥にあるはじまりの木の周辺に机と椅子、それに種類を持ち込んで仕事をしていた。

 万が一、急ぎの案件が屋敷に来た場合、妖狐たちがここまで伝えに来てくれる。


「やっぱり、ここはいいな」


 黄金の気が満ちているのもあるが、なによりアウラが愛情をこめて作ったこの場所は、気配りと優しさに満ちていた。


「うむ、わしも気に入ってる場所だぞ」


 巨大な白猫。

 もとい、白虎のコハクがあくびをしながら返事をする。

 歴戦の戦士であり、頼りになる魔物だ。彼に相談すると長年の経験から適切な回答をもらえる。

 そんな彼も、この場にいる限りはただの大きな猫に見えてしまう。実にまったりした雰囲気だ。


「まだ、コハクは番虎をやっているのか」

「いや、今はワイト……デュークの指揮する実行部隊で諜報部隊の情報があれば現場にでむいておる。わしはこう見えて隠密行動が得意だ。オフはだいたいここにいる。ここは気が休まるからのう。わしはこうして、侵入者がいれば食い殺す代わりに最高の昼寝場所を提供してもらっておる。主よ。まあ、おまえもここにいればいい。ずいぶん、中身が傷ついておるようだしな。ここはそういうのにも効くぞ」


 俺が名づけで、深く傷ついていることに気づかれているようだ。


「ああ、そうさせてもらう」


 机と椅子を並べて、書類を準備して仕事を始める。

 仕事がはかどる。ここは不思議と安らぐのだ。

 ふむ、病気が癒えても気分転換を兼ねて週に何度かこっちで仕事をするのもいいかもしれない。

 しばらく仕事をしているとアウラがやってきた。なぜか、クイナとロロノを連れている。


「おとーさん、いいものを持ってきたの!」

「思いついたのはクイナだけど、作ったのは私」

「まあまあ、ロロノちゃんもクイナちゃんもケンカしないで」


 クイナの手にあるのは巨大なパラソルだ。

 ロロノが手際よく机を加工して接続口を作り、パラソルを差し込んで広げるといい感じに日の光をさえぎってくれる。


「これはありがたいな。仕事がはかどるよ」

「クイナはお昼寝マスターだから、こういうのが必要だってわかったの!」


 そうか、アウラからしばらくここで仕事をすると聞いたクイナが、ロロノに製作をお願いしたのか。


「クイナもロロノもありがとう。こっちにおいで」


 二人は駆け足でやってくる。

 その頭を撫でてやると二人とも嬉しそうに微笑んだ。


「みんなもいることだし、おやつにしましょう。今日はアップルパイです。前回の食事会で食べたアップルパイのレシピをもらったんです! 精一杯がんばったのですが、やっぱりあの日のアップルパイには全然かなわないですね。でも、レシピがいいので、すごく美味しいですよ」

「うわーい、クイナはアップルパイが大好きなの」

「来てよかった。アウラのお菓子は美味しい」


 甘いものに目がない二人の口元には涎が垂れていたので拭いてやる。

 クイナは素直にありがとうと言って、ロロノは恥ずかしそうに照れていた。

 そのまま、作業中のハイ・エルフも交じりおやつタイムになる。

 アウラのアップルパイは彼女のいう通り、先日のものには劣るが、十分すぎるほどうまい。

 また、作ってほしいとその場でお願いした。

 

 ◇


 おやつタイムが終わり、みんなが去っていきアウラとコハクだけがその場に残る。

 コハクは俺の状態を一目で見抜いたし、分別があるのでここにいても問題ないだろう。


「では、ご主人様。いくつかの試薬を作ってきました。ご主人様の魔力の回復に効きそうな有効成分を推測してそれだけを強めたポーションを六種類。どれが一番効果が高いか一本づつ試していきます」


 俺はうなづく。

 どれも、アウラが意図的にそういう味付けをしたのか甘くて飲みやすい。


 一本飲むごとに、アウラが額を押し当てて体の変化を確認する。

 その結果を確認するごとにアウラはペンを走らせる。


 六本全部終わり、アウラはメモを読み返し六種類のポーションのうちから二つを取り出し、3:1ぐらいの割合でまぜ、いくつかの薬品を加え、さらに何かしらの魔術を施した。


「ご主人様、有効成分の特定が終わりました。効果があったのは二種、それを混ぜ合わせて、さらに薬効を強める補助薬と魔術を施しました」


 アウラはそういって、ビンいっぱいに入ったポーションを渡してくる。


「これを飲めば、魔力の回復が早くなるのか」

「もう少し経過を見ないといけませんが、この場所ですごすこと。そして、このポーションを毎日飲んでいただき、私がご主人様に治療の魔術を段階的に施します。そうすれば八日ほどで回復する見込みです」


 さすがはエンシェント・エルフだ。

 当初の想定よりも早く治るのは驚きだ。


「ありがとう。助かるよ」

「はい、ただ、分量には気を付けてくださいね。薬効を限界まで高めるために毒薬一歩手前ぐらいまで濃くしましたから。そのビンの蓋に三杯。八時間おきに飲んでください。飲み忘れると回復が遅れますし、飲みすぎますと命にかかわります」

「気を付けよう」

「本当に気を付けてください。それから、やっぱりその症状だとできるだけ、睡眠も屋敷じゃなくてこっちがいいですね。ロロノちゃんにテントを作ってもらいます」

「そこまでするのか」


 あまり手間をかけるのは悪い。


「寝てる時間って長いですよ? その時間を回復を早めるために使うのは当然です」


 言われてみればそうか。

 俺は毎日六時間眠っている。その六時間を無駄にするのは非効率だ。


「ふふっ、ご主人様。今日のおとーさんの日は私です。ここなら、ご主人様が叫んでも、誰も助けに来ません」

「……何をするつもりだ」

「ナニです」


 笑顔で即答。

 アウラはこういう冗談が好きだ。

 とはいえ、その中身はすごい恥ずかしがり屋でそういうことはできない。


「そういう冗談は好きじゃない」

「ふふ、冗談です。やっぱり、ばれちゃいましたか。では、さっそくロロノちゃんにテントづくりのお願いをしてきますね!」


 アウラが風のように去っていく。

 その背中を俺は苦笑しながら見送った。

 なんにしても……。


「八日で治るというのはいい情報だ。アウラがいてくれてよかった」


 魔王の力である【収納】や【魔王の書】などのほうが魔力が戻るより早く戻るらしい。ストラスの【戦争】を観戦するころには魔王の力だけでも使えそうで安心した。

【収納】をはじめとした魔王の力が復帰するのは心強い。

 クイナは【収納】をひどく嫌がるが、クイナ以外は拒否しない。

 何人か【収納】して、保険としてついてきてもらおう。

 青い鳥が飛んできた。足首には手紙がまかれている。

 その手紙をとってやる。

 この青い鳥が手紙を運んでくるのは、人間ではなく魔王の中の誰かだ。


「……魔力を失ったタイミングでこれはできすぎか?」


 俺はその手紙を見て表情を硬くする。

 二通あった。一つはストラスからの【戦争】の詳細。


 もう一つは、俺にとってあまりいい手紙ではなかった。そして同時にけっして無視はできない内容だった。

 差出人はマルコを陥れようとした【黒】の魔王。俺に二人きりで会いたいらしい。

 ご丁寧にも、ストラスからの手紙を届けようとした青い鳥を捕らえて自分の手紙を括り付けさせた。

 喧嘩を売ってくるようなやり方だ。その喧嘩を買わせてもらおう。

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