第十二話:手のひらの上で転がされていたのは……
~~~???視点~~~
「ほう、【創造】の魔王が現れたか」
側近の魔物、高位の女性型の悪魔であるリリスに報告を一人の魔王が受けていた。
彼は、【獣】の魔王の失墜を狙い、幾重もの罠をしかけた張本人。ワインを片手に呆れたような声音で呟いた。
所詮、【創造】も一時の感情で破滅するつまらない魔王だったか。
あの、愚かな【炎】の魔王のように。
「それで、状況はどうなっている」
「はっ、空から漆黒の竜で強襲した【創造】の魔王は、入り口を守らせていた部隊を殲滅しました。第一フロアの迎撃部隊もろくな抵抗もできないまま突破され、さらに奥に向かっているそうです」
彼は笑う。
なかなか、やるものだ。
生まれて一年もたたない魔王がここまでできるというのは驚きだ。
並大抵、いや、天才と呼ばれる魔王でも【獣】の魔王のダンジョンにすら入れず終わっていただろう。そこは褒めてやってもいい。
やつは数百年に一度の天才だ。
だが、【創造】の魔王が浮かれているのも今のうちだけだ。
【獣】の魔王マルコシアスのダンジョンを攻めている魔王たちの本当の力はこんなものではない。
戦力のほとんどが、【獣】の魔王マルコシアス打倒に注がれているのだ。
彼が相手にしたのは二軍以下の戦力。
彼は愚かにも、旧い魔王たちを本気にさせてしまった。
二軍とはいえ、それなりに強力な魔物たちが倒されたのだ。魔王のプライドにかけて、調子に乗った若造をけちらすだろう。
それに……。
「【創造】の魔王のダンジョンを見張らせていた連中はなんと言っている」
「はっ、【創造】の魔王はほぼすべての戦力を【獣】の魔王のダンジョンの救援に注ぎ込んだと。すでに襲撃部隊を編成、【創造】の魔王のダンジョンに送り込んでおります」
「はっ、馬鹿なやつだ。あいつは自分から旧い魔王に喧嘩を売った。そのくせに、守りを捨てるとは、よっぽど死にたいらしい」
旧い魔王は新たな魔王を攻撃できない。
だが、あくまで新たな魔王から攻撃していない場合のみの話。
【創造】の魔王は六人の魔王の混成部隊に手をだした。
その六人は全員、【創造】の魔王を攻撃できる。
つまりは……。
「【創造】の魔王のダンジョンが落ちるのは時間の問題だな」
「そろそろ、足の早い魔物で編成された第一陣は【創造】の魔王のダンジョンに到着するころあいです。がらあきの若い魔王のダンジョンごとき、半時もかからないでしょう」
バカなやつだ。
そんなことすら気付かないなんて随分と買いかぶってしまったものだ。
彼の行動はすべて監視していた。
【創造】の魔王は、【竜】と【刻】に救援を求めにいったこともしっている。
だが、結局は一人で突っ込んできている。【竜】と【刻】が【獣】の救援に来るわけがないというのに。あの最強の三柱にできた溝は生涯埋まらない。【炎】を含めて四人だから、バランスがとれいてた。それが崩れた時点で、どうしようもないほどに壊れている。
救援を得られないことに絶望し、【獣】の魔王を救うなんて大それたことを諦めればまだ救いはあった。
なんの手もないまま死地に向かう。ほとほと救えない。
「ふふ、そろそろ【獣】の魔王の魔物たちは疲労がピークだろう。体力も魔力も気力だけでもたせている。回復アイテムの備蓄もとうに尽きているだろう。これで、六人の魔王の主戦力は自由になる。さて、【獣】の魔王にとどめを刺すか、それとも生意気な【創造】を蹴散らすことにするか。悩ましいね」
【獣】の魔王は、さすがは最強の魔王の一人と言われるだけはある。
六人もの魔王の猛攻を単独で耐え続け来た。
とはいえ、いかに強力な魔物といえど、魔力も体力も限りがある。傷も負っていく。
入り口を抑えて補給物資を供給し続けた六人の魔王とは違い、【獣】の魔王は物資の補給ができない。休憩する暇もない。
【獣】の魔王誇る最強の軍勢は、傷つき疲れ果てている。
深手を負って、奥にさがったきり戻ってこない名前付きの魔物も多数確認できている。
そうなれば、残された魔物にさらに負担がかかる。
どう考えても破たんは目前だ。
実際に、【獣】の魔物は露骨に魔力と体力を温存し始めている。
「それについてですが、気になる報告があります」
悪魔型の魔物リリスが主に申し訳なさそうに受けた連絡を入れる。
それを聞いて、彼は眉をひそめた。
「なに、まるで【獣】の魔王の魔物たちの疲れが消えたかのように大胆になり、大量の魔力を使う魔術を連発している? しかも、一度は戦闘不能になった、名前付きの魔物が戦場に戻ってきているだと!?」
ありえない報告を受けて、彼の顔が歪む。
それが本当ならかなりまずい。【獣】の魔王を攻めさせている六人の魔王の戦力もかなり削られている。
ここで持ち直されてしまえば、逆にこちらが……。
「間違いありません。昨日からその傾向がありましたが。本日はさらに顕著になっています。どう考えても、【獣】の魔王の軍勢は何かしらの補給を受けています。それも、世界樹と同格のレジェンダリー級の回復アイテムを大量に」
「ありえない、レジェンダリー級の回復アイテムなんて作れる魔王は数えるほどしかいない。そんな奴らが【獣】に手を貸しただと!? それも我らに気付かれないうちに!?」
彼は知らない。
【創造】の魔王プロケルの配下、星の化身たるエンシェント・エルフは、原典たる世界樹に匹敵する神木、【はじまりの木】を育てあげ、その木に実った黄金のリンゴでレジェンダリー級のポーションを作っていることを。
彼は知らない。
プロケルが、突入前に異界の歌姫ルルイエ・ディーヴァたちを派遣した際に、すでにルルイエ・ディーヴァが運べる限りの黄金リンゴで出来たポーションを渡し、それをマルコが自身の名前付きの魔物に優先して使用して戦力を立て直していたことを。
彼は知らない。
【獣】の魔王のダンジョンに突入したプロケルは、第一層の魔物を一掃したあと、大量のポーションをマルコの魔物であるサキュバスに【転移】で運ばせていたことを。
サキュバスは、マルコシアスの魔物だ。
ゆえに、マルコのダンジョン内であれば転移陣になしに跳べる。
その気になればプロケルはマルコと合流できた。
だが、マルコの軍勢の復活を悟らせないために、あえてサキュバスの存在を隠し、秘密裡に大量のポーションと自分の意図を知らせる手紙をマルコに届けていたのだ。
すべては、調子に乗った敵を罠に嵌めるために。
「……いったい、何をしたんだ。【獣】の魔王。しかし、その補給も一時的なものだろう。このまま攻め続けるしかない。くそっ、【獣】の魔王の魔物を抑えるのに使っている主戦力を【創造】の魔王に回せないな。まあ、それもいい。どうせ、【創造】の魔王のダンジョンを攻め落として水晶を壊せばあいつの魔物はすべて消える」
【創造】の魔王の目の前でやつの魔物を蹂躙してやることはできなかったことは残念だ。
遊んでいる余裕がなくなった。復活した【獣】の魔王と戦っているところで、背後から強襲されれば洒落にならない。
そうそうに、【創造】の魔王のダンジョンの水晶を砕かないと。
少し待っていれば、すぐに朗報が舞い込んでくるはずだ。
「報告します。【創造】の魔王のダンジョンに向かった第一陣が……」
ほら、来た。これであの愚かな若者は終わりだ。
「全滅しました。現在、第二陣、第三陣が向かっています」
悪魔のリリスは震えながら、配下から送られてきた念信を読み上げる。
「なに、【創造】の魔王のダンジョンは空ではないのか!?」
「たしかに【創造】の魔王の全戦力はダンジョンの外にいます。しかし、それが、【創造】の魔王の魔物ではなく、【刻】の魔王の軍勢が現れ……」
その言葉を聞いて、彼はようやく【創造】の魔王の意図に気付いた。
【創造】の魔王は初めから、【竜】や【刻】と共に救援に向かうつもりなどなかった。
まず、【刻】の魔王に頼んだのは自身のダンジョンの防衛。
なら、【竜】の魔王には何を頼んだ。いったいなにを!?
「続けて、報告です。【竜】の魔王の派閥の魔王たちが、【獣】の魔王を攻めている魔王たちのダンジョンを襲っています。主力が出払っていて、ろくに対処ができていません。圧倒的な劣勢です。さらに報告、一部の魔王たちが攻めに使っている兵力を慌てて呼び戻しています」
「おっ、おのれ、あいつは、これを狙って」
彼は憤る。
【創造】の魔王の留守を狙って、がら空きになったダンジョンの襲撃をするつもりだった。それを逆にこちらがやられている。
【竜】の派閥の魔王たちは、美味しいエサが目の前にぶら下げられたら飛びつくだろう。
なにせ、オリジナルメダルが簡単に手に入り、やすやすとライバルを蹴落とせるのだから。
こんなことをされれば、【獣】の魔王を攻めている魔王たちは、自衛のために戦力を引かざるをえない。
「【竜】の魔王自身はどうしている!?」
【竜】の魔王は常に先陣を切る。
派閥を動かした以上、本人が動かないわけがない。それにあれは老獪かつ、豪胆。確実に急所を狙ってくる。
つまり、今、一番狙われて嫌な場所に来るはず。となれば来るのは……。
「報告です! 【竜】の魔王が現れました。巨大で強力な二十体のドラゴンを引き連れて、場所は聖都の養殖所です。あそこには、まだ出荷前の、模倣英雄たちが」
「くっそ!! あのトカゲ野郎! 正気か!? 聖都を強襲すれば世界の敵になるぞ!」
やられた。
完全に警戒が薄れていた。宗教を味方につけ、ダンジョンを聖都にした自分は絶対に安全だと考えていた。なにせ、自分を攻めることは人類の敵になるのと等しい状況だからだ。【竜】の魔王は、それをわかっていて、なおそうした。
この自分がコケにされて手玉にとられた?
あの、愚かで若い【創造】の魔王がこの絵を描いて、【刻】と【竜】を動かしたとでもいうのか!? プライドが高く、けして自分を曲げない堅物たちを。
これでは、まるで、あの【炎】の魔王のようじゃ。
「出る、あれを失うわけにはいかない。あれは、ただの戦力増強のために作ったわけじゃない」
彼はいら立ちを抑えながら、配下の魔物を引き連れ出陣する。
そこに、リリスは声をかける。
「あの、【竜】の魔王から手紙が届いています。高速型の竜の魔物で届けられたようです」
「読み上げろ」
リリスは顔を青くしながら、部下から届けられたメッセージを読み上げる。
「策士きどりの小心者が、本物の魔王を相手にさかしい罠を仕掛けて、さぞかしいい気分だったのであろうな。大それた野望は身を滅ぼす。そのことを教えてやろう」
彼はリリスの顔を裏拳で殴り吹き飛ばす。
その手は怒りに震えていた。
よくぞほざいた、前世の遺物が。
もう、貴様らの時代じゃない。そのことを思い知らせてやろう。
そして、傍観者として陰に潜み続けた彼は、はじめて表舞台に飛び出した。