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 ポーラにとって王宮での生活は、まるで夢のように瞬く間に過ぎ去っていくもののように思われましたが、クリフ王子にとっては夢のようとばかりも言っておられず、現実的な問題がカンツォーネ王国との国境である、マスキル山脈にまで山積しているように思われました。けれども、ロイヤル=サイオニア号難破事件以来、暗い海の底に沈んだ錨のようだった王子の心に、真珠の光沢のような虹色をした歓喜の輝きが、ポーラをとおして差しこんできたことも、また事実だったのです。

 王子はまず、ポーラと正式に結婚するためにはどうしたらよいかということを、順序立ててよく考えてみることにしました。クリフ王子は、大変真面目な信仰深い方でしたので、父君のラドクリフ王のように愛妾を持つ、ということを考えつくのがまず不可能でした。それに、自分の父と母のような政略結婚だけはしたくないと思っておりましたし、愛のない結婚をしたがゆえに父は何人もの妾を召しかかえ、母は若いツバメを持つに至ったのだろうと、そのように解釈しておりました。

 クリフ王子の初恋のお相手は、王子の家庭教師をしていたシャーロット先生という、優雅な気品ある美しい方でしたが、王子はシャーロット先生に恋している間中、何がどうあろうと彼女のことをお妃にしたいと心密かに願っていました。といっても、その時王子は十四歳で、シャーロット先生との年の差は一まわり以上ありましたし、先生には婚約者の方がいらっしゃったのですが……。

 とにもかくにも王子は、その時にはもう心に堅く決意していたのです。自分は必ず心の底から愛する人と結婚し、両親のような愛のない政略結婚だけはするものか、と。

 そして王子がポーラのことを拾ってきてから一月あまりが過ぎたある日のこと、王子は病いの床にある父上から、朝の奏上のあとに呼びだしを受けました。実をいうとお父君のラドクリフ王はもう一年半以上も病いの床から下りられないという状態で、右半身が麻痺しておりました。それでクリフ王子との共同統治期間を設け、仕事の引き継ぎの間は王子が貴族院に出席して彼らの意見や苦情などを聞き、それを病臥の王に言上し、最終的にもっとも重要な書類には王がサインをするという形式がとられていました。

 ラドクリフ王は病いの床に伏しておられるとはいえ、右半身が麻痺しているという以外は、非常に溌剌とされてお元気でしたので、国の政策方針やその骨子などについて、クリフ王子とたびたびぶつかりあっていました。ラドクリフ王としても、一日も早く自分の王の称号を息子に譲りたいと思ってはいるものの、クリフ王子が今の潔癖な性格を曲げないでいるかぎりは、とても安心して王政を任せられないと、大変危惧しておいでだったのです。

 クリフ王子は、サイオニア王国の今の現状を、一日も早く断固たる決意をもって変革する必要があると切実に感じておいででしたが、王子のあまりにストレートなやり方では、変革の前に暗殺されてしまうのではないかと、王は自分のひとり息子のことを大変心配しておられたのです。ですから、ロイヤル・サイオニア号沈没事件は、ある意味でクリフ王子にとってちょうどよい薬になったのではないかと、そんなふうに感じてもいらっしゃったのでした。もっとも、そのせいでこれからクリフ王子の片腕として働くべき、栄誉あるクロイツネイル家の嫡男を失ったことは、王にとっても大変な痛手ではあったのですが……。

 ロイヤル・サイオニア号難船の報を最初に聞いた時には、王は再び脳溢血を起こされるのではないかと思われるくらい、気落ちしておられましたが、息子が無事王宮に戻ってくるやいなや、鋭い剣のような冷たい言葉の数々を、彼は息子に浴びせたのでした――王はこれを機に<宗教改革>をはじめとする、政治全般における抜本的改革など諦めるよう、王子の心にお灸を据えようとしたのです。

「おまえは今回、ほとんど強引に宗教改革とやらを断行しようとしたが、そのおまえひとりの我儘のためにおまえ以外の九十九名もの尊い生命が失われることになったのだ。とりわけクロイツネイル将軍の死は、彼の父君にどう言い訳したらよいのかわしにもわからぬ。よもやクロイツネイル公爵がこの件を機に王家に叛意を持つとも思えぬが――クロイツネイル家は過去四百年以上にも渡って王家を支えた、武人の家系ゆえ――しかしおまえはくだらぬ宗教改革などのために失われた多くの人命のことに思いをひそめ、そのことをとくとよく考えてみよ!こんなことではわしは、おちおち安心して死ぬこともできぬわ」

 王宮の廊下を大股に歩きながら、クリフ王子は王に叱責された時のことを思いだし、苛立たしさと腹立たしさで胸がむかむかしてきました。実をいうとクリフ王子は、自分のお父さまのことが大嫌いだったのです。実際のところ、自分の父上が死んだところで、涙が頬をつたっていくかどうか、王子にはわかりませんでした。確かに王侯貴族の手前、悲しいふりをしたり、今にも泣きだしそうな演技をするには違いないと思うのですが、自分は何故あんな父親の息子なのだろうと、王子は王としてではなく、人間として自分の父親のことを軽蔑しきっていたのです。

 クリフ王子は北翼にある、王の寝室の扉の前までくると、敬礼している近衛兵に向かって王に王子が参上した旨伝えるよう命じました。

 重厚なオーク材の扉の前にいた二名の兵士のうちひとりが、

「王さまからは、クリフさまが参りましたら、黙ってそのままお通ししてよいとのことでございました」

 敬礼の姿勢のままでそう答え、もうひとりの兵が恭しく、扉の右側を開きました。

「どうぞ、お通りを」

 クリフ王子は白い執務服の襟を整えながら、赤い絨毯の上を真っすぐ歩いてゆき、緞子の前まできてから膝をついて、頭を垂れました。

「ラドクリフ王の第一子、クリフトフ。ただ今御前に参上いたしました」

 金糸銀糸で縫われた赤紫色の緞子の向こう側からは、若い女の囁くような笑い声が聞こえ、ラドクリフ王の野太い、人を威圧するような声がそれに続きました。

「そう堅苦しいことを言うな。まあ階段を上がってベッドの近くまでくるがいい。おまえに話したいことがあるのだ」

 クリフ王子は王の言いつけどおり、大理石の階段を上がると、緞子を分けて王の寝室へと入りました。

「失礼いたします」

 ラドクリフ王は天蓋つきの、広々としたベッドの上に横になっておられましたが、その隣には年若い、下着姿の娘がひとりはべっていました。王は彼女の手に掴まりながら、ベッドの背もたれに体を預け、衣服の乱れも彼女に無言で整えさせています。

「今日は一体いかなる御用件なのですか、父上」

 クリフ王子がさも軽蔑しきったような、冷たい侮蔑の眼差しを若い娘のほうに向けますと、彼女は恥じらうように顔を真っ赤にして、タオルや桶などを慌てて片付けています。

「おお、怖いのう、カミーラ」と、王は少女のほうをちらと見、震え上がるような仕種をしてから、

「ごくろうであった」

 そう彼女に優しくねぎらいの言葉をかけました。

「おまえはきっと何か考え違いをしているのだよ、クリフトフ。カミーラはただ、動けぬわしの体をタオルで拭いてくれていただけではないか。わしはほらこのとおり、半身不随の不具の身ゆえ……」

「なんのことをおっしゃられているのか、わたしにはさっぱりわかりません。あの娘は王の新しい側女で、体を拭いていた、ただそれだけのことではありませんか」

<ただそれだけではない>ということを重々承知していながら、クリフ王子はあえて当てつけるように王にそう言いました。

「やれやれ。相変わらずだのう」

 寝室の脇部屋の向こうに下がったカミーラの後ろ姿を眺めながら、王は溜息を洩らしています。

「おまえとて、人のことは言えなかろうに。おまえが一月ほど前に拾ってきた、どこの馬の骨とも知れぬ娘……クリフよ、おまえは結婚もせぬ前から、女を囲いはじめるつもりなのか。わしでさえ、あれがおまえを生むまでは、妾のひとりも持たなんだのに……」

 王はいつも、公式の場以外では、クリフ王子のことをおまえと呼び、お妃さまのことをあれと呼んでいました。そしてお妃さまの名前というのが、先ほどの娘と同じ、カミーラという名前なのです。

 クリフ王子は憮然として、自分の父上に言い返しました。

「お呼びになったのは、そのことだったのですか。それなら御心配には及びません。わたしはポーラのことを、正式な妃として迎えるつもりでおりますから。ポーラはとても……容姿だけでなく、その心根までもが美しい、よい娘です。王も一度、彼女にお会いになれば……」

 クリフ王子がみなまで言い終わる前に、王はファッ、ファッ、ファッと、特徴のある笑い声で、呵々大笑なさいました。

「さてはおまえ、その女にすっかりたぶらかされておるのであろう。近うよって、その女の様子をわしにとっくりと詳しく聞かせよ」

 クリフ王子はビロードの背もたれの肘掛椅子から立ち上がると、王のベッドの脇へと腰かけました。

「何をお聞きになりたいのですか」

「決まっておる。どうやってそのポーラとかいう女が、潔癖症のおまえを口説いたのか、それを知りたいのじゃ」

 王は年老いてなお、つやつやしている色艶のいい顔を、王子の耳元に寄せてそう言いました。先ほどのお気に入りの侍女にさせたのでしょうか、王のふさふさした白髪頭はきちんとカールされておりましたし、髪粉もつけてあって、お召物さえおとり替えになれば、王の威厳を傷つけるものは何もなかったと思われます。

「ポーラは、王がお考えになっているような、そのようなふしだらな娘ではありません。海のほこらで倒れているところを偶然わたしが助けたという、ただそれだけなのです。わたしは……ポーラのことを妻に迎えることができるのなら、王の言うとおり、政治改革を断念してもよいと、そのようにすら思っています。ですから、わたしの一生に一度の我儘を、王にお許しいただきたいのです」

 腹に据えかねる思いをなんとか忍びつつ、クリフ王子はこの譲歩案を王に提出いたしました。けれども心の奥底では、王亡きあとに、断固改革を推進する心積もりであったのです。

「いや、許せぬ」

 王は切って捨てるような、きっぱりとした口調で息子に申し渡しました。

「そのようなことは決して許せぬぞよ。あれにも聞いてみるがいい。何を血迷うておるのかと、おまえのことを厳しく叱責するであろう。あくまでも妃は正妻、妾は妾じゃ。あれの意見を聞いてのち、もう一度頭を冷やしてから、ここに顔を見せい」

 予想通りの展開に溜息を着きつつ、クリフ王子は形ばかりの敬礼をして、王の寝室の間を辞去しようとしました。ところが王が最後に、

「ところでおまえ、その娘とはもう床をともにしたのであろうな?」

 好奇心に満ちた声音で、からかうように王子に問いかけられましたので、クリフ王子は腹立たしげに緞子をめくって、振り返りもせずつかつかと大理石の柱の間を通っていかれたのでした。

 そして最後にまた、ファッ、ファッ、ファッ、という特徴のある笑い声がしたかと思うと、ベルの音が二度鳴り、「カミーラ!カミーラ!」と、王がお気に入りの側女を呼ぶ声が、王子の背中に聞こえたのでした。


 クリフ王子が中庭を突っ切って、南翼にある王妃の館を訪ねたところ、王妃は外のガラスの温室におられるとのことでしたので、王子は生け垣がまるで幾何学模様の迷路のようになっている外庭を通り抜け、やっとのことでお母上のいる温室へと辿り着くことができました。

「母上、お探しいたしました」

 王子は肩で息をしながら額の汗を拭き、見事な薔薇の花園の主である、年老いてなおお美しい、お母さまの手をとって御挨拶しました。

「そなたに会うのは、かれこれ一週間ぶりだったかの。元気にしておったかえ」

 王妃は息子の接吻を受けた手指に白い長手袋をはめ直すと、もう自分のひとり息子にはちらとも目をくれず、薔薇の手入れを再開しはじめました。

「ええ、まあ」

 王子は母上の隣で見事に咲き誇っている赤やピンクや白や黄色の薔薇の香りをかぎながら、暫くの間パチンパチンと鋏で薔薇の茎や葉が切りとられてゆくのを見つめたあとで、慎重にこう話を切りだしました。

「きっともう母上もお聞き及びのこととは思うのですが、僕は一月ほど前に海のほこらである娘のことを拾ってきました。母上、単刀直入に申しますが、僕は彼女と結婚したいのです。決して一時的な気の迷いなどというのではありません。父上は、母上がなんというかを聞いて、頭を冷やしてから出直してこいと申されましたが……母上?」

 王妃が突然くつくつとさもおかしそうに喉の奥で笑われはじめたのを見て、クリフ王子は訝しげに首を傾げました。

「わらわがなんというかを聞いてから……とな」

 カミーラ王妃はまたくつくつと笑いながら、鋏を棚の上に置いています。

「ようするにあの方はわらわにそなたを教え諭せと、そうおっしゃられたのであろう。馬鹿馬鹿しい。そなたもサイオニアの次期国王となる身なれば、己のことくらい己でしかと決めよ。わらわはそなたが誰を伴侶にしようと、別に反対はせぬぞえ。わらわがあの方と結婚した頃はの、まだ戦乱の激しい時代だったゆえ、政略結婚で嫌々ながらも夫婦めおとにならざるをえなんだが、今はこのとおり実に平和で貴族どもが私腹を肥やして太りきっておる時代だからの。そなたがここでひとつ喝を入れて国を変えるもよし、どこぞの馬の骨とも知れぬ小娘と結婚して離縁するもまたよし、じゃ」

「母上、何を申しておられるのですか。わたしは彼女と……ポーラと離縁するつもりなど、毛頭ありませぬ。聖書にも書いてあるではありませんか。『それゆえ、男は父母を離れ、女と一体になるのだ』と。また、神が結び合わせて夫婦にしたものを、人が引き離すことはできないとも書いてあるではありませんか。なればこそ、母上も父上と離縁などせず、今日まで……」

「そなた、母であるわらわに向かって説教をするつもりかえ」

 カミーラ王妃はくるりと振り返ると、敵意に満ちた眼差しで、自分の息子のことを睨みつけています。

「実に不愉快じゃ。もうよい。下がりや」

 クリフ王子は、こうなってはもはや母上の御前から姿を消す以外にないということを重々承知しておりましたので、温室の前で一礼すると、迷路のような幾何学模様の生け垣の間を縫うようにして、東翼にある自分の部屋へと戻っていったのでした。


 実をいうと、クリフ王子はご自分の母上のことがとても苦手でした。カミーラ王妃はサイオニア王国では春先にしか咲かぬ薔薇を四季咲きにする研究及び青い薔薇に関する研究を長くなさっておいででしたが、その研究費用及び造園のための費用といったら……国の財政の十分の一をゆうに圧するほどでした。

 また王妃は、見どころのある絵描きや彫刻家、それに音楽家や詩人などをいずこからか見つけてきては次々と召し抱え、芸術全般を擁護するお立場にある方でもありましたから、それらの者に湯水を使うが如く経済的な援助を惜しまれない方としても有名でした。けれどもそうした財政支出があまりにも果々しいものであったので、王子は一度だけ王妃をお諌めしたことがあるのですが、一喝されて部屋を追いだされて終わりといったような有様でした。

 王子はすっかり冷めてしまったポタージュスープに、パンを浸して食べていましたが、明日王に母上が申されていたことをどのようにお伝えしたらよいだろうと思うと、あまり食が進みませんでした。

「クリフさま、何かお悩みごとでもあるのですか?」

 ポーラはクリフ王子とふたりきりで、少し早めの夕食をとっていましたが、王子がぼんやりして、どことなく元気がないような感じのするのが、とても心配でした。

「いや、なんでもないよ。僕の可愛い拾われっ子さん。君は何も心配せず、ただ毎日自分の興味のあることを勉強して、僕のそばにいるために、知識や教養を増してくれさえしたらそれでいいんだよ。シャーロット先生も、ポーラの覚えがあまりに早いので、教え甲斐があってとても楽しいとおっしゃっておられたし……」

「ええ。シャーロット先生のこと、わたしも大好き」ポーラはにっこりと可愛らしく微笑みながら言いました。「たぶん、クリフさまとメアリーの次くらいに、シャーロット先生のことが好きですわ」

「じゃあ、僕とメアリーとでは、どちらが一番なの?」

「ええと、それは……」

 ポーラがホタテとオマールエビのスープを、困りきったような顔をして見下ろしているのを見て、王子は優しく微笑みました。

「わかってるよ。男の人では僕が一番で、女の人ではメアリーが一番なんだろう。さあ、早くお食べ。猫舌の君でも食べられるくらい、もうスープは冷めているはずだよ。食事が終わったら、今日勉強したところの復習をしよう。そのあと僕のためにピアノを弾いてくれたら、そのお返しに、ポーラの好きな絵本を読んで聞かせてあげるよ。そしたら今日はおしまいだ」

 ポーラは再びにっこりと微笑みながら、大好きなカキ入りのシチューを食べ、野菜やパン、デザートの果物などを食べました。ポーラは鳥や獣の肉を食べると体が受けつけなくて戻してしまうのですが、パンや野菜、果物や魚介類などは、なんて美味しいのだろうと思っていくらでも食べられそうな気がするくらいでした。そしてクリフ王子は、ポーラが幸せそうに食事をしているのを見るたびに、自分も幸せな気持ちになるのをいつも感じていました。王子はポーラのように純真な女性にはこれまで一度も出会ったことがないと思っていましたし、どうしても彼女のことを自分のお嫁さんにしたいと思っていました。

 けれども、そのためにはまずポーラのことをたしなみと気品のある、一流のレディに育てあげなくてはなりません。幸い、ポーラはシャーロット先生が『まるで真綿が水を吸収するように』と形容されるほど、物覚えが早く、一般教養はもちろんのこと、言語学や数学、哲学、音楽など、なんにでも興味を示して次から次へとそれらを自分のものにしてゆきました。とりわけ、ポーラはピアノやハープ、ヴァイオリンなどを演奏するのが巧みで、その人の心を打つ楽曲は、まるで魂のアリアそのものといっても過言ではありません

でした。

 ただポーラは楽譜というものがまったく読めませんでしたので、自分が弾いている曲を音符として五線譜の上に表す、ということができませんでした。それで、宮廷音楽家のひとりが呼ばれて、彼女が心のままに演奏する曲を、次々と五線譜に表していったのでした。また、その曲が先頃宮廷の夜会で演奏されて大変評判になったこともあり、王子は一日も早くポーラのことを自分の婚約者として王侯貴族のみなに紹介したいという気持ちでいっぱいでした。

 そしてそう思う気持ちと同じくらいの強さで、純真なポーラのことを世俗の垢にまみれさせたくないとの思いも混在し、自分がもし王子という身分でさえなかったなら……と、時々ひどくポーラのことが不憫でたまらなくなることもありました。

 ポーラはあまりにも純粋で、アコヤ貝の真珠のように傷つきやすかったので、権謀術数の渦巻く宮廷で果たして穏便に暮らしていけるものかどうか、クリフ王子は彼女の無邪気な微笑みを見るにつけ、不安でたまらなくなることがしばしばあったからです。


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