4th.発覚した全て
コナンの頭に浮かんだ考えは、今までを思い返す程確信されてゆく。
そもそも、キッドは何処か憎めない所もあって、絶対に自分の手で捕まえてやると誓った相手だった。キッドになった経緯はよくは知らないが、今までの快斗を思うと、何となく憎めない理由もわかる気がする。
月明かりに蒼く照らされて、いつだって強気に微笑んでいるあの大胆不敵な怪盗が今自分の目の前に居る、という事実は、少なからずコナンの心を高揚させた。
普通の高校生で、壁を作らない奴。黒羽快斗としている今なら簡単に捕まえられる。けれど、コナンは自分の頭に浮かんだ考えを一蹴した。
「おい、服部……」
青子騒動で快斗と少し離れた平次のすそを軽く掴み、周りに聞こえない小さな声で呟いた。引っ張られるまましゃがみ込んだ平次の耳に、コナンは口を寄せた。
「最初に言うけど、変な声あげんじゃねーぞ?」
「ああ、なんや?」
最初に釘を刺した。彼が自分と同程度にボリュームを落として答えたのを確認するなり、コナンは小さな声でもわかりやすくゆっくり囁く。
「今、彼女の一言で思い出したよ、黒羽の事。あいつは……キッドだ」
キッドという単語に、意図的にアクセントを置く。それを聞いた平次の顔にも驚きの表情が浮かんだ。
「……ちょ、待て。工藤……お前、何言うてんねん!」
「信じられねー気持ちも判るけど、間違いねぇよ。オメーより、オレの方が何度も奴と面識があるんだ。あのコソ泥の雰囲気はよく知ってる……黒羽は、あの怪盗キッドなんだよ」
「く、工藤……」
言い切ってから、コナンの胸を辛い気持ちが襲った。悔しげに唇を噛み、俯く姿に、平次もそれが冗談の類でなく確信ある事と悟った。
辛い表情の意味が、平次には少し読み取れた。快斗がもし、怪盗キッドとするならば、青子と快斗の様子を見れば、それはまるでコナン自身と蘭によく似ている。
ずっと、大切な彼女に正体を隠し続けている自分。そして、それによって傷つく彼女を傍で見ながら、それを明かせない、何も出来ない無力な自分……
何か暫く押し黙り考え込んでいたコナンは、再び口を開いた。
「服部、それでな……確信しちまっておかしな話かも知れねーけど、頼むから今は……彼女が側に居る今は、この事は口に出さないでくれるか? 今だけは、そっとしておいてやりたいんだ。」
「……そないな事、お前に言われんでも分かっとるわ」
痛いほどその気持ちが伝わるから、平次も何も聞かずに了承する。コナンはほっとした顔で微笑んだ。
勿論、二人とも絶対に破らないつもりの約束だ。
彼女にとってキッドは敵。けれど、黒羽快斗は恐らく彼女の何よりも大切な存在だ。真実を知る事があれば、間違いなく彼女は傷つく事になる。
彼女が近くにいる時は、何があっても知らないフリをしている事に決めたのだ。
そう、二人とも、全くそのつもりなどなかったというのに……。
それから、コナンからも平次からもその話題は出なかった。コナンは最初のむっつり考え込んだ様子でもなく、子供の演技全開で、平次と共に皆との時間を楽しんだ。
あちこち色々なアトラクションに乗って、時に叫ぶ場面や笑う場面を過ごしながら、沢山遊んだ。
快斗と青子の二人も、まるでずっと仲がよかった友達のように自然に底に馴染んでいた。
それは、普通の高校生の友人同士の集まりのように。
「……ねえ、それにしても喉渇かない?」
その何気ない呟きが、そもそもの事の発端となる事など、誰も知った由もない。
「んー、そやね。なんか飲み物買って来よか。」
「じゃあ、一緒に行こう。快斗たちはここで待ってて。」
女三人衆は、揃ってジュースを買いに出かけた。つまりその場にはコナン、平次、快斗の三人だけ残されたのだ。
自動販売機は離れた所にあるから、彼女達が帰ってくるまで時間がかかるだろう。それは、まさしく絶好のチャンスだ。
完全に彼女達の姿が見えなくなったところで、コナンが話を切り出した。
「なぁ、どうして盗みなんかやってんだ? 怪盗キッド、さん……?」
下から声をかけられた快斗は、一瞬驚いた顔でコナンを見下ろした。そこには、幼い探偵の顔をしたコナンが居る。
すぐに、快斗はポーカーフェイスにクールな表情を浮かべ、少し低い声で応えた。
「……何の話だ? オレは黒羽快斗だっつってんだろ? ただの高校生。キッドとは何の関係もねーよ」
何をバカな話をとでも言いたげに、呆れた笑いと溜め息が漏れた。そんな態度に、コナンの表情は先程より幾分鋭く険しく変わる。
「隠すなよ。もう、オレ達は全部分かってんだからよ。」
「全部って、何が?」
「オメーが怪盗キッドだって事。多分……そうだな、二人目だ。父さんから聞いた事があるキッドとは少し様子が違うみてーだし、どういう経緯で後を継いだかは知らねーけどな」
「せや。オレも、このボウズから聞いて色々考えたんやけど、アンタとキッドの雰囲気、重なる所がめっちゃあるみたいや」
平次もコナンに同意し、頷いた。すると快斗は目を細めた。
「……オメーら、勝手な事言ってくれるけど、何か証拠はあんのか?」
「別に……けど、こっちはもうお前の名前も、学校も知ってんだ。調べればすぐにわかる事だろ。彼女が離れるまで待っててやったんだから、白状しろよ」
同級生の無駄に気取った名探偵とは、また全く違う強引で強気な追い詰め方だ。有無を言わせないその慧眼に捉えられたら、幾ら言い訳しても無駄。
科学にも何にも頼らず、真っ向から確信した事実を突きつけたコナンに、隠し通すのはもう不可能と観念した。一つ、ため息をついた快斗の顔に、キッド特有の不敵な笑みが浮かぶ。
「やっぱり、気付いてたんだな。さっき青子が言った言葉の反応見ればオレも薄々気づかれたと思ってたけどな」
名探偵には叶わないね、とキッドらしい口調で言った快斗を、コナンも平次もぽかんと見つめた。
「……白状させるつもりではあったけど、やけにあっさり認めたじゃねぇか」
「今ここで言い逃れたとしても、名探偵の確信は変わらねえんだろ? オレはマジシャンだ。トリックのタネを見破られておいて、無様に証拠とかにすがり付くのはモラルに反するんでね」
「中々潔いじゃねーか」
「ああ、それに例え分かった所で、今ここで捕まえるつもりはねぇんだろ? オレを捕まえるなら、怪盗キッドとしてのオレを推理で追い詰めてって、そういう奴だろ……お前らは」
そう話す快斗の顔には、絶対の自信があった。彼はコナンや平次をそういう意味で信じて認めている。
「……確かにな。今“黒羽快斗”を捕まえたとしても、嬉しくもなんともねえよ。お前を捕まえるのは、お前のトリックを推理で破った時だって決めてんだ。それに、彼女を悲しませたくなかったんだよ。オレもお前と似たような身分だからな。」
隠し続けるその辛さ。涙を流すたび、訴えて来る度胸に痛みが響く。それは、恐らくコナンが考える、快斗との唯一で絶対の共通点なのだから。
二人の探偵と、一人の怪盗はその場で暫く対峙した。コナンも平次も、目の前で不敵な笑みを浮かべる彼の変化に驚いていた。
それは、高校生黒羽快斗ではない。外見だけ高校生だが、確かにそれは盗みとマジックの天才、怪盗キッドなのだ。
「あっ!」
蘭や和葉と自販機に向かっていた青子は、突然声を上げた。
「何や?」
「どうしたの? 青子ちゃん」
尋ねると、彼女は少し慌てた様子で、二人に言う。
「実はホラ、快斗の携帯、間違って持ってきちゃった」
そう言って、彼女はバックからその携帯電話を取り出した。もっててくれと言われて預かったものをついそのままにしてしまっていたのだ。
その小窓を見て、青子は困った顔を浮かべた。
「蘭ちゃんも和葉ちゃんも、ごめんね、先に行っててくれる? 何か四回も着信入ってるみたいだし、急ぎの用事だとまずいから、ちょっと快斗に渡してくるよ」
「あ、じゃあ私達も一緒に行くよ」
「そうや。三人で行こ」
顔の前で手を合わせ、必死に謝る様子に、蘭と和葉は目を合わせて頷きあった。しかし、青子は自分のドジに付き合わせる事が申し訳なかったのだ。笑って首を振る。
「大丈夫。すぐ追いつくから。二人は先に行ってて」
青子は明るくそう伝えると、駆け足で元居たそこに戻っていった。
何も知らずに、その携帯を渡すだけのために。
「あ、居た居た……」
視線の先に快斗の姿を発見した彼女は、何も考えずに近づいた。
そこで、彼らがしている会話など、全く予想が出来る筈などなかったのだ。
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