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カカの天下
作:ルシカ



カカの天下85「幸せな病気」


 誕生日、それは特別な日。

 お母さんとどこかへお出かけして、最後にデパートの屋上のレストランでケーキを食べる。それが毎年のお決まりのコースだった。

 私はお気に入りのチーズケーキを頬張りながら、お母さんの「おめでとう」という言葉を聞く。家に帰ればやっとお父さんが帰ってきて、一緒に夕飯を食べる。

 それが、お決まり。

 お父さんは仕事で忙しいからお出かけには来ない。でも、夜遅くなるけど帰ってきてくれる。

 お母さんもあまり家にいないけど、この日だけは一緒にいてくれる。だから寂しくなんかなかった。

 だから、私は笑顔でいられた。

 だから、誕生日のその日にお母さんがこなかったとき、笑顔は消えた。



 その日もお母さんがくるのを楽しみにうきうきと待っていて。

 でもやってきたのは親戚のおばさん。

 おいで、というその声に、何度も遊んでもらったことのある人だったから私は逆らわなかった。

 車に乗せられて、もしかしたらお母さんもこの先にいるのかなぁ、おばさんも一緒に祝ってくれるのかなぁなんて、そんな幸せなことを夢見ていた。

 連れて行かれたのは、おばさんの家。

 お母さんは? という私に、おばさんは答えた。

「今日から私があなたのお母さんよ」

 何を言われたのかわからなかった。

 でも、おばさんの長い長い説明を聞くうちに一つのことだけはわかった。

 今日は、お母さんとチーズケーキは食べられないのだと。


 
 あとから聞いた話だと、私が知らなかっただけで実は両親の仲が悪く……いつの間にか離婚したらしい。本来なら二人の娘である私はどちらかの家に引き取られるはずだったのだけど、厳しいお父さんの家の当主(意味はよくわからない)という人がそれを許さなかった。

「夫婦仲も維持できないような人間に孫を任せられるかっ!!」と激怒したらしく、親戚のおばさんの家が私の引き取り先に選ばれたそうだ。

 おばさんも、その夫のおじさんもいい人達だった。留守がちだった両親と違って家にいることが多かったし、可愛がってくれた。

 いや、可愛がろうとしてくれた。

 でも私はそれを拒んだ。

 あまり会えないお父さんやお母さん。それでも私は笑顔でいた。誕生日だけは絶対会えるから。私が愛されていると確認できるから。

 でも、その絶対が終わった。

 もう、二度とこないらしい。

 だから笑顔は消えた。

 何もかもが灰色。視界に映るすべてが無意味。私に関わる全てが面倒。

 多分、私は拗ねていたんだと思う。
 
 お父さんとお母さんに二度と会えない、なんていう実感はわかなかった。だってあの二人は普段からほとんど家にいなかったから。

 でも、誕生日を祝ってくれなかったという寂しさや苛立ちは実感できた。

 話しかけてくるおじさんもおばさんも無視。

 転校した学校でもほとんど喋らず、友達もできない。

 苛めてくるクラスメイトも気にならない。

 助けてくれたクラスメイトも目に入らない。

 全部どうでもいい。

 母の日にアクセサリーを作ってプレゼントしようと思って始めたビーズ遊びだけを、意味もなく無気力に、ただ続けていた。

 そんな私に。

 もう一度誕生日がやってきた。

 一緒になったばかりのおじさんやおばさんは知らないだろうし。

 友達もいないから誰にも教えていない。クラス名簿でも見ない限りは誰にもわからないだろう。

 どうせ今日も誰にも祝われずに終わるんだ。

 突然お父さんとお母さんが訪ねてきてくれるなんてありっこない。

「去年はごめんね?」なんて謝ってきて、手にはあのレストランのチーズケーキがあって、私の機嫌をとりながら、ずっと謝りながら、これからは一緒に暮らそうなんて言ってくれるんだ。

 ……ねえ、言ってよ。

 なんで言ってくれないの?

 お父さん、お母さん……

 やだよ。

 寂しいよ。

 一人は嫌だよ。

 私、いい子で待ってたよ?

 誕生日に誉めてもらえると思って我慢して、ずっと待ってたんだよ?

 だからさ、言ってよ、謝ってよ。

 一緒にいてよ……

 私、もう一人は嫌だよ……!

 誕生日、おめでとうって、言ってよ……ただそれだけで、私は――

 何か、聞こえた。

 枕に埋めていた顔をあげる。今のは家のチャイムだ。

 あれ、私は……鈍い頭を回転させて記憶をたどる。そうだ、私はたしか……学校から帰ってきて、不貞腐れてすぐに寝ちゃったんだ。

 下から音がする。誰かきたみたいだ。

 ……誰か、きた?

 まさか。

 淡い期待と、そんなわけがないという現実的な思いを胸に抱きながら、私はおそるおそる下へと降りていった。

 ゆっくりと、玄関のほうを見る。
 
 そこには、どこかで見たようなクラスの子。

 ……そうだよね。

 そんなわけないよね。

 そんな都合のいいこと――



「あ、サエちゃん。誕生日おめでとー」

 …………………………………………え。


 拗ねていた。

 もう誰も、私の誕生日なんか祝ってくれないんだって。

 だから、その言葉を聞いたら、涙が出た。

 表には出さなかった。

 私の心は凍ってたから。

 だから、その氷の中で涙を流した。

 その涙は少しずつ、私の心を溶かしていく。

 今日が誕生日ということに初めて気づいたおじさんとおばさんが慌てふためいて、それをあの子がおもしろそうに見て笑ってる。

 気の強そうな子。

 快活そうな子。

 きっとクラスでも人気者だろう。

 そんな子が、どうして私なんかを気にかけてくれたかはわからない。

 言葉にできないこの思いをなんて呼ぶのかは、わからないけど。

 なんとなく思うことが一つ。

 この子とは、仲良くなれそうな気がした。




「……なんとなしにカカすけとどうやって仲良くなったのか聞いてみたけど……おもっ! 話が重すぎっ!!」

 話を聞き終えたサユカちゃんは予想外に長い話に面食らったみたいだ。

「てかさ、わたし聞いてよかったの? サエすけ。その、そんな話」

「あはは。言いたくなかったら言わないよ〜」

 本当の両親のことを誰かに話したのはこれが初めてだった。まだカカちゃんにも言っていない。両親に会えないとかそういうのは私的には過ぎたことで、別に言うのに抵抗はないのだけど……カカちゃんのくだりは、少し恥ずかしい。

「はぁー、そんなことがあったんならそりゃ仲いいはずだわ、君ら」

「でもこれは単なるきっかけだし、それが理由でカカちゃんと仲良くなったわけじゃないよー。なんとなく、いい友達になれそうだなーと思ったから仲良くなったの」

「ふぅん、でもほら、そういうのがあるのとないのとじゃ、やっぱ違いあるじゃない?」

 むくれたようなサユカちゃんの言い方に、私は少し笑った。

「サユカちゃん、心配しなくてもサユカちゃんも友達だよ?」

「な、なにも心配なんかしてないわよっ!!」

 そんな風に意地を張りつつ、おじさんとおばさんがいない今日に、寂しくないようにわざわざ泊まりにきてくれたところなんか可愛くてしょうがない。

「いい子いい子、寂しがることないでちゅよー?」

「ええい頭を撫でるなっ! 君、さっき聞いてた話とほんと違うわねっ。根暗だったなんて嘘でしょっ」

「あはは。ただ単にカカちゃんがうつっただけだよー」

「あいつは病気かっ」

 だとしたら多分、とても幸せな病気だろう。

 うん、私は幸せ。

 お父さんがいなくても。お母さんがいなくても。

 誕生日に「おめでとう」と言ってくれる人がいるんだって、ちゃんと気づくことができたから。

「はいはい、もう遅いし寝まちょうねー。一緒のお布団で寝まちゅかー?」

「だーっ、もうやめいその喋り方!」

「あははは!」

 ほんと、幸せ。







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