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  カカの天下 作者:ルシカ
カカの天下569「あなたの心を傷つけて」
 こんばんは、トメです……

 なんか、元気なくてすいません。いつもならとうに夕飯も終わっているだろう時刻、ようやく仕事から帰宅しながら缶ビールを煽っているところです。

「……っくは」

 うまい、はずのビールが苦いとしか思えない。

 ぼんやり歩きながら飲み続け……ふと川に差し掛かる。橋の上から水面を見つめてため息をついた。

「はぁ……」

 今日の仕事は大失敗だった。

 まるで新人のような確認ミス、それによって増えた大量の仕事、嫌になるほど上司からの叱責……あの会社に勤めて結構になるが、いや、だからこそこんな失態をしてしまうと、ものすごく凹んでしまう。

「はぁ……」

 何度目になるかわからないため息をつき、一気にビールを飲み干す。

「……仕事しすぎで疲れたってのも、あるんだけどさ」

 どうしようもない愚痴を言いつつ、近くにあった自販機横のゴミ箱に缶を投げ捨てる。

 ……もうすぐ家だ。ここに来るまでに何本空けたことやら。

「ま、たまにはいいだろ」

 人間、ずっと穏やかでなんてそうそういられないのだ。凹むときは凹む。幸いカカには携帯で『遅くなるから何か飯食っとけ』と伝えてある。今日はこのまま寝てしまおう。

 そんなことを考えながらのろのろと家まで歩く。あー、さすがに何も食べずにこんだけ飲むと酔いが回る……

「ただいま」

 我ながら気の抜けた声だ。思わず苦笑する。

「あ、おかえり!」

「おー」

 相変わらず元気だなこいつは……

「む、ちょっと待った!」

「……なに」

 そのまま自分の部屋に直行しようとしたところでカカに止められた。

「ホワイトボード! ちゃんと見てよ」

「ああ」

 そうだ、これ見るの日課だったよな。最近は大したこと書いてないから見落としてた。まったく面倒くさいな、えーと、どれどれ?

『ハラヘッタ』

 でかでかと書かれたその文字、っておい。

「……食べとけって、言わなかったか?」

「ん、今日はインスタントの気分じゃないのだよ!」

 いつもだったら、ただ呆れただけだろう。

「トメ兄の料理が食べたいの」

 でも、今日の僕は。

「ん、どした? あまりに可愛いこと言われて感動した?」

 ――イラつきしか覚えなかった。

「うざ」

「え」

「あのな、見てわからないか? 僕は今疲れてるんだよ。料理なんかやる気力ないの」

「えー! 私お腹空いてるのに」

「知らないよ、僕は寝る」

 それだけ言って部屋に戻ろうとする。

 でもカカはしつこく食い下がってきた。

「疲れてるんでしょ? そんなときこそちゃんと食べないとー」

「今はとにかく眠いんだよ。僕のことは放っておいて、自分で作って自分で食べな」 

「ふむ、仕方ないね。じゃー私が世にも素晴らしいカップ麺を二つ作ってしんぜよう!」

「二つも食うと太るぞ」

「トメ兄も食べるんだよ」

「勝手に決めるな」

「まま、そう言わず――」

「うるさいって言ってるだろ!!」

 イラだちは最高点に。

「疲れてるって言わなかったか?」

「え、だから、私が作るって」

 疲れも酔いも、合わさって。

「料理するよりも何よりも、おまえといるほうが疲れるんだよ!」

 ――そんな、心にもないことを言ってしまった。

「そう毎日毎日おまえに付き合ってられるか」

「とめ、に……」

「いちいちうるさいんだよ。疲れてるときくらい休ませろよ。どっか行ってろよ」 

 心にもないこと? いいや違う。そのときの僕にとっては紛れも無く本音だった。

 心の隅にあった言葉が表に出てきてしまった。

 いつもの冗談じゃない。それを感じとったのか……言いたいことを吐き捨てて自室へ戻ろうとする僕の背後から、震えるようなカカの言葉が返ってきた。

「……わかったよ、じゃあ、どっかに行ってるよ!!」

「ああ、行け行け。清々する」

「…………!」

 何を言ったか知らないが、カカはそのまま家を飛び出した。

 ああ、すっきりした。

 部屋に入ってそのままベッドにダイブする。

 まったく、カカにも困ったものだ。

 どれだけの間、一緒にいたっていうんだ。

 僕がイライラしてることくらい見ればわかるだろう。

 まったく……

 そう。

 見れば、わかるだろう?

 ああ、わかる。

 ずっと一緒にいたんだ。

 カカは、夕飯を僕と一緒に食べたかっただけだ。だから待っていた。そして僕が疲れているのに気づいて、元気づけようとしてくれた。

 それくらいわかるだろう。

 おいトメ。

 おまえは何をしている?

「何やってんだ、僕は……」

 泣きそうになる。なぜあのようなことを言ってしまったのか。ちょっと冷静になればわかるのに、どうしてあのときは。

 ……簡単な話だ。疲れてるとか酔ってるとか、そういうのを言い訳にして、何も考えようとしなかったのだ。だから勢いに任せてあんなことを言ってしまった。

 ただの八つ当たり。

 子供相手に!

 妹相手に!

 僕は……最低だ。

「や、落ち込んでる場合じゃない、か。携帯……」

 のろのろと携帯を取り出す。重いのは身体か心か……

 多分、両方だ。

「えと……」

 幸い、カカの行動パターンは予想がつく。

「あ、もしもしサユカちゃん? ああ、うん。実はちょっと困ったことがあってね、恥ずかしながら、その」

 大方サエちゃんかサユカちゃんのところへ転がり込むつもりだろう。家出したとか言いながら……そしてこちらから頼むまでもなくあの二人は受け入れてくれるとは思うが、迷惑をかける以上、僕が迎えにいくまでカカをお願いしなければならない。

「……だから、そしたら連絡くれるかな? 本人には内緒で……あ、うん。大丈夫、それは僕が、自分で言うから……はは、ごめんね。じゃ、よろしく」

 まいった。励まされてしまった。情けなくてまた泣きたくなる。

 でも、仕方ないよな。

 僕は人間だ。大人になったからって、何もかもうまくできるわけじゃない。ヤケにもなる。だけど、失敗したなら、ちゃんと自分で責任を取らないと。

 今回は、僕だけが悪い。 

「はぁ……仕事の失敗よりキツイな、こりゃ」

 今日は厄日だ。自業自得なんだけどな、くそ……

 なんて謝ろうか。

 悩む。

 とりあえず――ちょっと泣いてスッキリするか。

 誰もいない、今のうちに。


 人間、誰しも心の闇にとらわれるときがあります。いかにカカ天の世界が平和、和やかなものとはいえ、彼、彼女たちが生きる中でそういう“人間らしさ”を完全に無視したくないという私の想いはこれまでの話からもわかっていただけると思います。

 続きます。
 そう、もう少し長く。
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