5 麻里愛編 第一部 『お願い信じて!』
麻里愛は隆行や七海とは幼馴染みだった。
物心がついた時点で、もう既につるんでいた。
門倉家の子供というのが門倉夫妻の五つ子と【広目天】夫妻の五つ子の同い年の男女都合十人という、少子化が叫ばれる昨今に於いては極めて社会貢献度の高い構成であったため、いくつかのグループに分かれて行動していたこともあって、常々つるんでいた訳でもないのだが、この三人は同じグループになることが多かった。
それだけに、この二人は他人の中では最も近くにいる存在と言える。
麻里愛と、七海は親友だ。
だからこそ、
『まさかわたしを祟りやしないだろう』
と、高をくくっていたというのもあるし、明らかに隆行が彼女をパートナーとして求めてきたということもあった。
あまつさえ、麻里愛自身が隆行を恋愛対象として、諦めてはいなかった。
だから、交際を始めてしまった。
そして今、一糸纏わぬ姿で重なり合っている二人の後ろに、怒りで髪を揺らめかせている七海がいる。
麻里愛はその只ならぬ気配を察知していた。
下腹部の筋肉が、勝手に萎縮していく。
「うお!
痛ぇ!
なんだよなんだよ!?」
突然襲ってきた麻里愛の膣痙攣に隆行が悲鳴をあげる。
「ごめんねタッキー……。
見えないかな……?
あんたの目の前、わたしのすぐ後ろに居るの。
見えないかな、ブチ切れてるナナが……」
隆行の目が大きく見開かれる。
「ちっ……、違うんだナナ!
おまえをコケにしてる訳じゃないんだ!
違うんだ!
違う……」
見る間に目と口から透明な体液を出し始める。
「いやぁぁああ!!」
今度は麻里愛の悲鳴。
自分の下腹部の内側がさらさらした液体によって温められていくのを感じ取ってしまったのだ。
これは則ち、自分の体内が他人の生命活動のカスにまみれてしまったことを意味する。
温かみを伝える範囲が徐々に広がっていく。
「やだ汚い!
汚い汚いぃぃ!!」
なおも泣き喚いている麻里愛の意識に聞き馴染んだ声が直接飛んできた。
《わたしただここに突っ立ってただけなのに、まーちゃん酷い目に遭っちゃったねぇ。
早く病院できれいに洗ってもらわないと死んじゃうよ?
訳の解らない病気かっ喰らっちゃうよ?》
七海が威しをかけてくる。
「嫌だ……!
助けて殺さないで!」
《わたしはなにもしてないって。
そのお願いは、あんたか隆行の下腹にしなさいよ。
どっちかが普通になってくれれば、まーちゃんは助かるんだからさ》
命乞いをしても、この有り様だ。
そして、七海の言う通りでもあった。
《死んじゃうよ?》という言葉に、なんとも言い難い恐怖が押し寄せてくる。
下腹部の奥に、液体が溜って行く感触、そして、少し前からそこに発生しだした鈍い痛みが、その言葉に現実みを与えていく。
「ごめんなさい!
ごめんなさい!
許してください!
許してください!
許してぇー……」
麻里愛の精神も、隆行同様死に対する恐怖と嫌悪感に潰されていく。
「助けてたすけて……、ゆーちゃん助けてぇ!」
絶叫と共に、それらの負の感情によって引き起こされる生理現象を一気に発現させてしまった。
勇気は成り行きを見守っていた。
本来なら、麻里愛にいい意味で取り憑いている霊として、助けてやらなければならないのだが、対象が完全な悪霊ではないうえに、命を脅かしているものが、麻里愛や、隆行の生理現象なのでは、手も足も出せない。
出しようがないのだ。
《畜生!
助けてったって、どうしようもねえしなぁ》
ほとほと困り果てているところに、突然彼が生前にも死後にも経験したことの無い、全身を駆け抜ける小気味良い衝撃のようなものが走るのを感じる。
そして、気が付くと、自分の体が本来の人形とは全く違う形で実体化していた。
《槍?
俺が槍になってる?
どういうことだ?
俺はこんなもんには少しもなりたかねえぞ?》
あまりの訳の解らなさと、原因不明さに、頭の中が【?】で一杯になってしまった。
《なんだ?
どういうこった?》
自分の意思とは関係のない実体化なのだから、もはやマスターの意思としか考えられない。
出会ったときに、
「わたしのために働いてもらうわよ」
と言いきっていた麻里愛が、自分を使って何かしようとしているに違いないのだ。
《なにをするつもりなんだ?》
自分を槍に変えた筈の麻里愛が、全くそれを手に取る気配を示さない。
それどころか、彼女自身が勇気が変化した槍に驚きの表情を浮かべている。
どうにも次に取るべき行動が決められず、悶々としているところに、突然、いつぞや麻里愛が【クイズ ミリ〇ネア】に挑戦したときの司会者にそっくりな、しかし全く初対面な男の霊体が勇気に向かって手を伸ばしてきた。
あの司会者は麻里愛の五つ子の兄だ。
とすると、この男が彼女の父親なのだろうか。
それ程この霊体と、門倉慶太は似ていた。
手を伸ばし、手に取ろうとしたところで、男は苦痛に顔を歪めながら手を引いてしまった。
「おいあんた!
プロテクト外せ!
麻里愛じゃまだ駄目だ!
あんたを使いこなせねえんだ!」
男が言葉をかけてくる。
突然どこかから湧いて出て、この言い草。
あまり良い印象は持てなかった。
「なんだてめえは!」
勇気の言葉も、自然と喧嘩腰になる。
「んなこと言ってる場合じゃ……!」
男の台詞が終わらないうちに、今度は、麻里愛達に威しをかけていた女の霊体が勇気に手を伸ばす。
そして、男もそれを阻止しようと必死に手を出してきたが、タッチの差で女が勇気に触れた。
「がっ、ぐぎっ、ぎっ、ぎっ」
言葉にならない言葉と苦痛に満ちた表情で、不快感と苛立ちを示す。
「んあああぁぁ!!」
折角男との競争に勝った女だったが、結局は、勇気を握り込むだけで白い絨毯の上に放り出してしまう。
痛みで息を切らせながら、鬼の様な顔付きで麻里愛を睨み付けている。
「なかなか……、面白い事してくれるね……、まーちゃん……」
少しも面白がっていないのだということは、顔付きを見れば、一発で解る。
勇気は、この状況でもなんの手出しも出来ない自分に苛立ちを感じ始めていた。
閉まっている窓を覆い隠しているカーテンが激しくはためき始めた。
「お姉ちゃん!
俺はあんたとやり合うつもりはねえ。
俺の意思で化けたんじゃねえし、まーちゃんだって、俺を見てビビってた。
どっちも無関係なんだ!」
取り敢えず自分達の現状を説明してみる。
これでどうにかなるとも思えないのだが、何もしないよりは、マシだ。
「面白い事言うわね。
あんなプロテクト掛けて霊体を拒絶してたくせに。
なんで死んだ後でこんな痛い目に遭わなきゃなんないのよ!」
四本あるベッドの足が全て激しく軋み、直ぐにへし折れた。
パァン!
という銃声に似たラップ音が、静まりかえった部屋に、激しく響き始める。
「おい、まーちゃん!
まーちゃんからもきっちり説明しろ!
それと、多分まーちゃんの親父!
ボーッとしてねえでなんかしろよ!
おめーが連れて来たんだろうが!!」
大きな爆発音を発てて、箱型テレビが砕け散った。
ラップ現象や騒霊現象により、見る見るうちに、隆行の寝室が破壊されていく。
「ナナ、ごめんね。
あたしはこんなつもり無かったの!」
「ないならなんで今ドッキングしてんのよ!
なんで今隆行の〇〇〇〇、膣痙攣で股ぐらに固定して、わたしにビビった隆行の〇〇〇〇から子宮におしっこ注ぎ込まれて、感染症になりがかってんのよ!!」
一々最もな意見だ。
そうこられるともう、麻里愛も何も言えないだろう。
これが、現場を押さえられた、いわゆる【現行犯】の弱味であると言える。
部屋の中央付近の壁に立掛けてあった書棚が、大きな音を発てて砕けた。
騒霊現象は、前より激しさを増している。
それは、より一層この女の感情が高ぶった事を意味しており、前にも増して危険な状況になってしまったことを示している。
麻里愛の説明は、マイナスの効果しか生まなかったようだ。
「ごめんねナナ!
あたしもうやんないから!
向こう二年はセックスレスを約束するから!
だからお願い!
信じてよ!
お願い、信じてぇー……」
確かに、セックスレスを誓うのも、手だとは思う。
だが、ほぼ間違い無くこの女が望む回答ではない。
案の定、女の髪が激しく揺らめき、部屋中の壁が、ベコベコにへこんだ。
パパパパパパァン!
ラップ音も、リボルバー式の拳銃を速射したかのような激しさとなっている。
もはや、キレてしまったといっていい状況だろう。
「……、ざけんな……。
別れろ!
それが嫌なら、雁首揃えて……、死ね。
わたしがお前らを殺してやるよ。
どっちか選ばせてやるからありがたく思いな……」
やはりキレていた。
殺す気満々になっている。
それでもおそらく、麻里愛は別れるとは言わないだろう。
全面抗争の様相を呈して来そうだ。
「そんな……。
なんで!?
なんでそんな酷いこと言うの!?
なんで……?
なんでなんで……」
麻里愛は女に疑問符を繰り返し繰り返し投げ掛けていた。 |