13 神奈編第一部 『思考』
拓真と約束を取り交わしたとは言え、神奈はまだ動く気にはなれなかった。自分にそんな意志は無かったにしろ、結果的に息子二人、娘三人を産んだそばから捨ててしまったのである。とても合わせる顔が無い。
「後悔しないために産んだのに……。産まなきゃ良かったのかな」
そんな考えさえ持ってしまう。拭い切ることのできない罪悪感。産めば死ぬ、それが解り切っている状況での出産。そこから芽生えた後ろめたさは今や大木へと成長していた。
今、一体の少女を無事に成仏させた後、自分が受付を任されている幻影城北門に帰還して今後の身の振り方について考えている。麻里愛が既に死んでしまっていたならまだ手の打ちようもあるが、生きた人間である以上本来あの世はノータッチの姿勢を貫かねばならないのだ。生者の運命を死者が変えてしまう、今も昔もそれは現世とあの世の狭間における最大の禁忌なのである。
もしこの騒ぎで、麻里愛が死ぬ運命にあったとしたら。それなのに、それを神奈が助けてしまったとしたら。紛れも無くこの禁忌に触れてしまうこととなる。その先に待っているものは……、
《消滅》
自分の存在が果てる、その恐怖を実感しはじめたとき、元々暗い闇に包まれていた北門周辺の景色は更に深い闇へと沈んでしまった。
北門広場。広場というお気楽な響きにはあまりにも似つかわしくない、どす黒い闇。そして、荒んだ景色。幻影城の屋外の景色は今自分が置かれている心情を映し出すといわれているが、今の今までこれほど荒んで見えたことは無かった。
現世での麻里愛の様子を確認するため、映し世の鏡を作り出す。そこに映り込んだ麻里愛は手術台に横たわり、下腹部に大きな切れ込みを入れられていた。
白衣を纏う女の手には見るも無残な悍ましい色彩の肉塊が乗っている。形状で辛うじてそれと判る物体、子宮。一目で腐敗していると判断できた。
「子供、産めなくなっちゃったんだ……」
かつて神奈が味わった、産めば死ぬという辛さとは全く逆の辛さ、苦しみ。それがどれほどの精神的苦痛を伴うものなのかは、現世を女として生きた神奈には痛いほど良く解る。
たとえ亡くなった友人への礼を欠いたツケであるとはいえ、これはあまりにも酷い仕打ちだ。
神奈は決る。助けよう、支えになろうと。
北門広場の風景も、いくらか明るさを取り戻している。麻里愛を支えていこうと決めたことで、いくらか気持ちが晴れたのだろう。
まずはどう接触するか。この時に与えるファーストインパクトによって、ミッションの成否が左右されるのだ。間違っても拓真のように、結界によって締め出されるような愚を起こしてはならない。
今はまだ早い。もう少し様子を見なければ、取り入る取っ掛かりが少なすぎた。
「タクはどうする気なのかな」
あくまでも主導権は拓真である。これは彼が起こした騒ぎであり、神奈はその尻拭いのために駆り出されてしまっただけなのだ。先刻は勢いで連携する気はないと言い張ってしまったが、拓真の動きや狙いが解らなければ、神奈もまた身動きが取りずらいのだということに、今やっと気付くことができた。
鏡の対象を麻里愛から拓真へと切り替えて、確認する。何やら物騒な注意看板が並ぶ、見通しの悪い丁字路で、ショートカットの女性と揉めているようだ。
あれが拓真が怨霊に化かしてしまった今回の対象なのだろうか。現場にはその二体以外に更に三体の霊も存在している。
それにしても、この全員に見覚えがあるのはなぜだろう。このミッションにおいて、そんなことはどうだっていいことなのだろうが、どうしても気になってしまった。
あのショートカットの女性から、何やらとんでもない怨念を向けられたような記憶があるのだ。
「あれは確か、どっかの丁字路で……、遺産相続のゴタゴタで轢き殺されちゃった女の子を……」
ここまで思い返したところで、漸く全てを理解した。今写っている現場がその少女がいた丁字路であること、そして、少女の説得に入る前にあのショートカットの女性が何やら交渉していたことを。
「あの娘が七海って娘なの?」
間違いなくあの女性は神奈に対して、去り際に強い怨念をぶつけている。今神奈は殺されて死んだ霊を成仏させる仕事をしているが、生前はそれ以上の修羅道を歩んできた。
犯罪者を白日の元に曝す探偵業。そして、ライバルとの蹴落とし合戦を生業とする芸能人。そのどちらもが、常々戦いの日々なのだ。そんな暮らしをしてきた神奈が、怨念を他の感情と紛う筈はない。
《あれは怨念だ》
神奈はそう結論付け、拓真の様子を見る。どうやら拓真は、七海以外の霊をまとめて成仏させることを狙ったらしい。その狙い通り、ショートカットの七海以外の連中が拓真と共にその場を離れていく。そして拓真は西門前へと移動し、連中を片っ端からあの世へと送った。
「相変わらずやることが大掛かりだね」
恋人の、いかにも彼らしいやり口を前にして、思わず微笑みが漏れてしまった。 |