求めるのは、ただ一人。
※願うのはただ一つの続き。
夢を見ると、幼かったころの自分がよく思い出される。
私の母は、平民だった。そして、美しかった母に気まぐれに手を出したのが、侯爵であった父であった。
父は、正妻がいようとも気にいった女が居れば手を出すような人だった。平民である母は、権力を持つ父に逆らう事は叶わなかった。
そして無理やり犯された先に、生まれたのが私だった。
父は私の存在を認めなかった。援助も何もしてはくれない。そう、私は父が気まぐれに母に手を出した結果、愛のない行為で生まれた子供。
母は、私を嫌っていたし、憎んでいた。
殺されかけたことだってあった。そんな中で私は生きていくために必死だった。
時には盗みを働き、暴力をふるわれればやり返した。
食べ物がなかったから、盗んだ。
殴られたから、殴り返した。
生きていくために、ただいきたいという願望のもとに必死な子供だった。
衣服だってボロボロで、食事もまともに口に出来ない日も多かった。平民の中でも更に貧民ともいえた私と母親。数少ない稼ぎのお金は母につぎ込まれ、私は母にまともに笑いかけられた記憶さえない。
父親にはちゃんとあった事もない。一度だけ軽蔑したような目を向けられただけだ。
あんな父親が、嫌いだ。
ある時、子供時代に住んでいた街に魔法使いがやってきた。私はたまたま、魔法使いにあって、素質があると言われてその人が街にとどまる間だけ魔法を習った。
すべては生きるためだった。
生きたいという願望が私にはあった。
生きて行くだけの才能が私にはあった。だから、普通なら餓死でも何でもしてしまいそうな所を今生きていける。
目標も何もなく、ただ金を稼いで適当に生きていた。
そんな私は、ある一人の存在に出会った。
****************
その日はいつも通りの朝だった。大陸を移動いながら金を稼いで、ギルドの一員として働いている私はいつも通り、ギルドの扉を開けた。
そこは、いつもと違ってどこか騒がしかった。
周りの視線の先には一人の少年がいた。身なりがよくて、上品な雰囲気を身につけた私より少し年下ぐらいの少年。何処か気品があって、一目見れば違和感というか、貴族だと感じてしまうような少年。
依頼にでも来たのだろうかと思いながら、まじまじと少年を見て、私は驚いた。
ギルドの登録をしようとしていたのだ。ギルドはだれもが登録できるけれども、平民出身者もかなりいる。そのため、ほこりを持っている貴族はギルドをバカにしている節もある。私は父親の事もあって、貴族は嫌いだった。というよりギルドの所属者の多くが貴族をそこまですいていない。
偉そうで、バカにしてきて、そのくせ無理難題を押し付けてくる場合もあるのだから、どうして好きになるのだろうか。
そんな貴族の少年らしき存在がいるから空気が悪いのだ。金持ちの坊ちゃんの娯楽かなんかかと思わずいらだった。
私も含めてギルドのメンバーの多くが生きるために必死で、危険な仕事もするギルドに入るのだ。それなのに貴族の坊ちゃんが遊び半分で入ってこられるのは不愉快だった。それに依頼の中で死なれても面倒だ。ギルドを評価している貴族もいるにはいるが、少ない。ギルドをバカにしている家の息子ならば死んだ際にギルドの責任にされる恐れもある。
だから、私は登録を終えたその少年に話しかけた。
「おい」
「……何ですか」
その少年は私の呼びかけに一瞬びくついて、私を見た。
整った顔立ちに、気品のある様を見て本当に何故ここにきているんだ。さぞ、貴族間では人気だろうにとただ思った。
「ここは貴族の坊ちゃんが来るところじゃない。遊び半分ならすぐ失せろ」
それはきっとこのギルド内にいるほぼすべての人間の総意であっただろう。
「………」
少年は反論することも、バカにすることも、喚く事もせず私を見た。平民風情がとかいって喚くかと思っていたから、少し驚いた。
「貴族なら、家に守られておとなしくしてればいい。死にたくなかったらな」
「……嫌です」
私の言葉に、少年はただ反論した。
ギルド内の人間は私と少年をじっと見据えて、事の成り行きを見守っている。
「……僕は、誰がなんて言おうとギルドで仕事します」
力強い言葉。ギルドでの仕事をかるんじているのかと思ったけれど、その考えは次の言葉により否定された。
「遊び半分とか、そういうわけじゃないです。少しは勉強してきたから、危険な仕事もあるってわかってます。僕は未熟者だし、死ぬかもしれないってのもわかってます。でもそれならそれでいいんです。僕は失敗したならしてでもいいから、ギルドの仕事をするって決めたから」
少年はそういった。
遊び半分でもないし、危険な事あるのもわかっている。未熟者なのも理解していて、死ぬなら死ぬでいいと。
そんな風にいうから驚いた。
何処か影の見える少年。死んでもいいとはっきりというその瞳を見て、嘘を言っているようには見えなかった。でも貴族の少年だろう、目の前の少年がこんな風な思いを抱えているのかわからなかった。
甘やかされて育った貴族だったならば、死にたくないと喚くだろう。だから危険な事をしようとなんてしない。
というより、死んでもいいといえるのがなぜだかわからなかった。
正直、興味を持った。なんで貴族に生まれながらにしてそんなことを言うのか、ギルドで働こうとすのか。
ギルドは登録すれば何の依頼でも受けられる。ただしその結果死んでもギルドは一切責任を負わない。自分の実力をきちんと知った上で依頼を受けないとすぐに死ぬのだ。ギルドのメンバーは。
だから私は思わず口にした。
「……本気なんだな? じゃあ、私が面倒みてあげる」
「え?」
「だから、面倒見てあげるっていってる。すぐに死なれても気分が悪いし、すぐ騙されそうだから」
そうぶっきらぼうに言えば、その少年はありがとうございますと本当に感謝したように笑ったんだ。
簡単に私を信用して、本当に危ないと思った。
興味を持って、知りたいと思った。
だから私は少年の手を取った。
****************
少年の名はディークといった。家出かなんかでしょ? と聞いたらうつむいていたから、おそらく貴族の家から飛び出してきたのだろう。
本名のままはまずいだろうから、ディーと呼ぶことにした。
ディーはやっぱり箱入りのお坊ちゃんがなんかだったのだろう。野営もうまく出来ない様子で、そんななのにギルドで働こうとした事に呆れた。
実戦経験もほぼなく、剣は使えて腕も結構あるが、型にはまった通りの剣技といえるもので予想外の攻撃とかをされたら反撃できないだろうと予測できた。
とりあえず、まず初めに色々な経験をつんでもらう事が第一だという事で採集、討伐など様々な依頼を受けた。
採集する植物などの事もディーは詳しくなくて、一つ一つ教えていったら一々目を輝かせてきて、悪い気はしなかった。
討伐の際には手こずっていたけど、さすがにヤバい時は私が手助けをした。ディーは素直だった。ちゃんとこうした方がいい、ああいた戦い方をすべきだって告げた私の助言をすぐに実行しようとした。
ディーに色々と教えるのは、楽しかった。ディーは貴族の出だけど、いい生徒とか弟子みたいだった。
「ミーナさん」
そういって、私に駆け寄ってくる姿は、好感を持てた。ディーの実家が元々平民を差別にしない家かなんかだったのかもしれない。ディーは貴族らしくはない。
そういえば家出したらしいデーは私の泊まっている宿を紹介して、隣室に泊まらせた。その時にディーが宿代の相場を全然わかってなくてぼったくられそうになっていてあわてた。色々教えなければならないことが多い。
ディーの面倒をみて暮らす日々が、二週間経過した。
私はそろそろ次の拠点に向かおうと思っていた。
「ディー、私は他の街に移動する予定だけど、ディーはどうする?」
二週間で色々と教え込みはしたけれどもまだまだ世間知らずなディーを置いていくのはちょっと気が引けた。二週間のうちに私はすっかりディーに愛着を持っていた。
それに二週間程度では知りたいと思ったことは流石に話してもらえない。知りたいから、できればついてきれくれないかなと思いながらの問いかけだ。
「ついていってもいいならついていかせてください」
「うん、じゃあ一緒に行くか」
そういって笑えばディーも笑った。
その笑顔にはやっぱりどこか影があった。
知りたいと、望んだんだ。
****************
一緒に過ごせば過ごすほど、ディーに興味を持った。沢山の話をした。過ごすうちにディーの事を少しずつ知っていった。
でもディーは家族の事とかは全然話さない。問いかけても悲しそうな表情をするだけで、本当に何があったんだろうと興味を持った。
他人をあんまり知りたいなんて思わないけれど、知りたいと望んだ。
ディーは素直な分、呑み込みがはやかった。私の言った助言を実行しようと努力した。元々剣技の才能はあったんだと思う。魔法はそこまで使えないけど、十分素質はあった。
そもそも私みたいに魔法も剣も使える方が珍しい。私はたまたま才能があって、だからこうしてギルドで生活していきながらも死なずに生きてこれた。
ある日、ディーがうなされていた。
夜の森の中。丁度街から街へと移動する中の野営を行っている時だった。
「……っ」
ディーは何かを口にして、うなされていて、私はその時結界を張って眠っていたのだけれど目が覚めた。元々ギルドで仕事をしているから、気配とかすると目が覚めるのだ。
どうしたのだろうと、ディーを見ると、ディーは泣いていた。
「嫌だ……。僕は……、私は…」
口からこぼれる言葉。何かを嫌だと告げる、言葉。泣きながら、悲痛そうな声をディーは上げる。
「誰か……」
その姿に思わず、ディーの体をゆする。
「おい、ディー、大丈夫か?」
そして何度もゆすれば、その目が開かれる。ディーは目を開けて、そして、私の姿を確認するとまた泣き出した。
それに困惑した。
「え、っとどうした? うなされていたから起こしたんだけど」
泣かれるのにびっくりして思わずあわてて私は問いかける。
「嫌な、夢みた」
とぎれとぎれにそういって、ディーは悲しそうに表情をゆがめた。そして、続ける。
「目が覚めたら、誰も、いなくて…っ。誰も、僕を、見ない夢…。ミーナさんが、いてくれてなんかほっとした」
そういって泣いていたディーは震えていた。思わずディーが寂しさに震える子供みたいに見えて、その体を抱きしめた。
「え、ちょ、ミーナさん!」
ディーはそれに驚いたような声を上げて暴れた。
でも抱きしめる力は緩めない。15,6歳ぐらいだろうから抱きしめられるのが恥ずかしいんだろうけれど。
「大丈夫。ディーは私にとって可愛い弟子みたいなものだから、勝手にいなくなったりしないから」
安心されるように、背中をたたきながら告げる。
実際にディーは私にとって可愛い弟子みたいな存在だ。素直で呑み込みが早くて、色々と教え甲斐があるのだ。
私の言葉にまたディーがわんわんないて、思わず戸惑ったけど、泣き終えてから「嬉しくて泣いてしまって」と言われた。
そんなディーを放っておけないと思った。
****************
ディーと過ごすようになって数か月が経った。それだけ過ごせば見えてくるものも出てくる。
ディーは一人になる事におびえていた。人が去っていく事におびえていた。時折うなされて泣いているのだ。
だからそんなディーにいなくなったりしないという。それでもディーの表情はどこか暗いのだ。きっと私の知らない何かがディーの中にあるのだろう。
知りたいとただ思う。
震えていた、泣いていたディーを放っておけなくて、笑っててほしいなとそう思ったから。いつかそんな表情をしている理由を知りたいって思ったし、そういう影のない笑顔を見てみたいと思った。
ディーが私を慕ってくれているのはわかったけれど、それでも私を不安そうに見るその目を信頼だけに染めてみたいってそう思った。
私とディーは大陸中を巡りながら、様々な人間と会った。昔の依頼で知り合った人とディーを合わせたりもした。
ディーは自分に笑いかけてくれる人間がいるだけでもどこか嬉しそうだった。それでも、ふとした瞬間に暗い表情を浮かべるけれども。
「ディー」
ディーが暗い表情を浮かべたら私は必ず呼びかける。暗い感情なんて忘れられるように、明るく話しかけて、騒動に巻き込んだり色々した。
だって暗い表情より、笑顔の方がディーには似合う。
悲しいとか苦しいとかそんな思いを感じられないほどの日常をディーに与えてあげたかった。
大丈夫だよって、私はいなくならないよって。それを信じてほしかった。ディーに信頼してほしいといつしか思った。
この感情の意味を、私は知らない。
****************
「ミーナさん、ミーナさん」
そういって私の後をついてくるディー。出会って二年。出会った頃よりディーの顔つきは男らしくなってきていた。
ディーは先日、誕生日を迎えた。それで17歳になった。実戦経験も少しずつ積んできたし、遺跡の探索なども二人でこなしてきた。色々な経験を積んで、まだ未熟だけどディーは立派なギルドのメンバーとなっていた。
元々整った顔立ちだったからか、ディーはもてた。酒場で情報収集をしている時なんてちょっと目を離した隙に女に絡まれている事も多くなかった。
そんなディーを見ると何処かモヤモヤしてしまって、自分で自分がわからなかった。
それにディーはギルドに馴染んできていてもやっぱり貴族の出だからか、気品があって、そのせいもあって寄ってくる女もいた。お忍びの貴族だとでも思ったのかもしれない。
何だか嫌だった。むしゃくしゃした。でも、ディーは誰の誘惑にも断っていた。だから嫌だと感じた思いは胸にしまったままだった。
だけど、ある日ディーの特別を向けられた存在がいた。
それは私とディーが出会った国の王都に近い港街を訪れた時だった。
「アブルスト公爵家が来てるんだって」
街の人々が、そんな声をあげていた。その声に、ディーの様子がおかしかったのには気づいていた。
アブルスト公爵家は平民の間でも評判の良い貴族だ。領地での政策もきちんとしているとも聞いている。最も私はよくは知らないけれども。
その評判の良い公爵家が来ているからと港町は騒がしかった。
ディーの様子がおかしかったから、さっさと宿に行こうと思った。震えそうなほどな様子に思わずその手を取って、歩いた。
そうして歩く中で、豪華な馬車が見えた。周りが騒がしいのを見る限り、あれがアブルスト公爵家の馬車だろう。その馬車の中が、窓越しに見えた。
その瞬間、ディーの表情が変化したのを私は見逃さなかった。その瞳に、特別が映った。それだけで酷く動揺した。それと同時にどうしようもない思いが、私の心を覆い尽くした。
嫌だと思った。私にもその瞳を向けてほしいと思った。特別な感情がほしいと思った。他の人間ではなく、私にそういう目を向けてくれないかと思った。
寧ろ、私にだけ特別をくれればいい。
そう思った時、それがどうしようもないほどの独占欲だと気付いた。
自分が、ディーの事を好きだって事にやっと気づいた。
****************
「好きだよ、ディーの事」
気づいてからの私の行動は早かった。だってディーはもてる。特別になりたいと望むのにうじうじしていてディーの特別を誰かに取られるのは嫌だった。
ディーは私の言葉に固まった。いきなりだったから驚いたのだろう。ディーは驚いたように私の顔を凝視している。
「え?」
「だから、好きだよ、ディー。恋愛感情で。好きだって気づいたから、言っとこうと思って」
「え、えっと…」
ディーは見てすぐにわかるほど戸惑っていた。まるでそんなこと言われるなんて検討もつかなかったっていうみたいに。
宿の私が泊まる部屋の中で、いるのは私とディーだけだ。
「………」
ディーは黙り込んで困った顔をしていた。
「…ディーは私の事嫌いか?」
「嫌いなんてわけない。ミーナさんが居なきゃ、僕はきっと今生きてない」
「じゃあ迷惑か?」
「……迷惑っていうか、その、嬉しいけどでも」
そういいながらディーは口を閉ざした。ディーは言いながらも何処か悲しそうで、何か不安にあることでもあるみたいな態度だった。
私が、何かを口にしようとした時、ディーが言った。
「僕は、怖い」
たったそれだけの言葉をディーは苦しそうに吐き出した。そして、私の目を見ていう。
「ミーナさんが、優しい人だって知ってる。一緒に過ごしてたから、僕の事大切にしてくれてるのわかってる。でも、僕は怖い」
その言葉に、その怖さがあるから私を完璧に信用しないのかとそう思った。なら、その怖さを取り払いたかった。
「何が?」
「………」
「教えて、ディー。どんな理由だろうと、その怖さをなくすために私頑張るからさ」
おびえているなら、怖いなら、その恐怖心をなくすだけだ。だって嫌だ。他の人に特別が向けられるのは。ディーの特別になりたい。
だから、やることはそれだけなんだ。
「………僕は」
ディーは口を開く。
「人を好きになるのも、信用するのも……怖い」
好きになるのも信用するのも怖いと、そう告げて泣き出しそうなほどにその顔は歪んでいた。
実際、ディーは信用しない人間だった。何かを恐れているように仲良くはしても心の奥底では本当に信用できていないようなそんな感じだった。
「…どうせ、皆、あいつの事選ぶから、嫌だ」
私がじーっと見据えて、先を促せばディーは口を開いた。
「あいつって?」
「従弟のルイス……」
その名を告げた時のディーは、悲しそうで、だけれども憎たらしそうだった。その存在は、ディーにとって特別な、負の存在なのだろう。でも、負の感情だろうとも特別を向けられている人がいるのは嫌だった。
「ディー、少しずつでいいから教えて。怖がってる理由も、ディーの事も。私はディーの事沢山知りたいし、笑っててほしいんだ」
安心させるように笑いかければぽつり、ぽつりとディーは口を開いた。
「……僕には、前世の記憶がある」
話は、それから始まった。
ディーには前世の記憶という、非現実的なものがあるらしい。5歳の時に急に思い出した女だった時の記憶なのだという。前世の記憶に少なからず影響されながら、ディーは育ったらしい。心に前世の自分と現世の自分がいるようなものだといっていた。
「……前世の”私”は悲しい人だった」
そして、そうもいった。前世のディーは悲しかったのだと。前世では双子だったらしい。それでいて妹の陽菜という存在が、全部奪っていったと。
隣にいることを、笑うことを、強要されて苦しくて憎かったって。でも嫌いだと口にすれば周りが全員敵に回るのがわかっていたと。だから我慢していたらしい。でもコウコウ――-教育機関のようなものらしい――に通っている時に我慢が出来なくなって前世のディーはぶちまけて、周りに苛められ家族に疎まれ、自殺したらしい。
「……前世の”私”は陽菜が嫌いだった。全部…、奪う、から」
嫌いだと、にくいとそう告げていた。無邪気な双子の妹が嫌いだったと。
「そして、僕は自殺したのに、またこうして生まれたんだ」
自殺したはずなのに、続きがあったとそういった。
「父上と、母上と兄上と、アルノ…幼馴染がいて、友達がいて、幸せだったんだ…」
幸せだったと悲しそうに笑う姿に、何とも言えない気持ちになった。
その声と表情から、もうそれは失われたことがわかったから。
「騎士学校に、僕は通っていたんだ。それで、冬休みに……家に帰ったらあいつがいた」
あいつというのは、ルイスという男だろう。向かい合って、私はディーの話を黙って聞いていた。
「あいつを見た時、僕の中の私が、ずっと叫んでた。あれは、”陽菜”だって…。それでわかった。あれが、陽菜の、生まれ変わりだって…」
そういった声は震えていた。幸せだった日常の中に、前世のにくい相手が来て、怖かったのかもしれない。
陽菜と口にする声は、どこまでも弱弱しかった。
「それからは…、前世と同じだった」
悲しそうに、苦しそうに言葉を吐き出すディー。前世と同じで奪われたらしい。自分の場所だった場所が、その前世の妹――今の従弟に奪われていったんだと。
「僕の、名前より、あっちを先に呼ぶんだ…。僕が、いなくても、誰も…っ、気にしなくて」
そう告げる声は、泣いていた。
「大好きな家族も、大好きな幼馴染も、大切な友人たちも……。皆が、ルイスを見た」
震える体、震える声。苦しそうな表情。
ディーはただ悲痛にそこにあった。
「……心の中の、”私”が、つらい死にたいって泣いていた。だから、僕は賭けをした。誕生日の日…ルイスと僕の誕生日の日に、僕が居なくなって誰かが、気づいてくれるかって」
震えて、ディーはうつむいた。
「でも……、誰も気づかなかった。ルイスが、いれば、僕が居なくても誰もが、笑ってて。僕の事、気にかけなかった…っ」
涙が、頬を伝っていた。
前世とか、転生とか、前世の双子の妹だとか非現実的だけど、こんなにディーが必死だから、嘘ではないってそう思えた。
「……だから、皆、ルイスにあったらルイスを好きになって、僕をどうでもよくなるって、思ったら怖い」
そう口にして、ディーは体を震わせた。
だから好きになりたくないと、信用するのが怖いといっていたのだろう。家族も幼馴染も自分を気にしなくなって、だからうなされてあんなふうに泣いていたりしたのだろう。
震えて、悲しそうに泣いているディー。
私はその体を抱きしめて、言った。
「ディーは、私がそいつにあったらディーよりそいつを取ると思っているのか?」
「…………」
図星なのだろう、ディーは黙ったままだ。私をきちんと信じられないのも、過去の事があったからなのだろう。
「……じゃあ、ディー。私と賭けをしよう? ディーがしたみたいにさ。それで私が勝ったら――…」
私は、ディーに信用してもらいたくて口を開いた。
そして、私とディーは賭けをした。
****************
そして私とディーがどこにいるかというと。アブルスト公爵家の前だった。
ディーは、アブルスト公爵家の次男だったらしい。聞いた時びっくりした。でも納得もした。あの日特別を見せたのは家族だったからかと。だから、あんな顔をしたのかと。
「何者だ!」
門番らしき人がそう問いかける。それにディーは答えた。
「ディーク。ディーク・アブルスト。二年ぶりに、かえってきたんだ。開けてくれる?」
問いかければ、その人は驚いたように表情を浮かべた。そして、ディーの顔をまじまじと見ていった。
「確かに…ルイス様にそっくりですね。双子か何かですか?」
そういわれたディーの顔は、歪んだ。そっくりだといわれたくないとでもいう風に。そのルイスという従弟はそんなにそっくりなのだろうか。ディーに。
それから私とディーは中へと通された。
王家の血を少なからず引いている公爵家なだけあって、屋敷は大きく、見るもののほとんどが高級品で、いくら使ってるんだろうと思えるほどだった。
この家で、ずっとディークは15歳になるまで暮らしていたのだ。
使用人に案内されながら歩くディーは震えていて、思わず安心させるようにその手を握った。そうすればディーは驚いたように私を見る。私はディーに笑いかける。大丈夫だよって、気持ちを込めて。
それから案内された場所はどうやら談話室のような場所らしい。私とディーは並んで隣に座らされた。
その後、いくつもの人間がやってきた。
「ディーク!!」
やってきたのは五人の存在で、男が三人、女が二人だった。男性と女性は何処かディークに似ていて、これがディークを見なくなった両親だろうと予測できた。あとの二人の男も似ている。特にディークにそっくりな方がおそらくルイスという男だろう。もう一人はたぶん話に出てきた兄だと思われた。
でも最後の一人の女の子がわからない。その子にディーが特別を向けるのも何だか気に食わなかった。皆、ディーの事苦しませて、悲しませているくせに。なんでディーの特別なんだろうって。
「お久しぶりです…。父上、母上、兄上、ルイス、アルノ」
ディーから告げられた言葉に、女の子が幼馴染の子だという事がわかった。
「久しぶりね、ディーク。ところでそちらの方は?」
「今までどこに行っていたんだ。心配したんだぞ?」
「そうだよ。学校に来ていないって連絡もらって俺たちあわてて…」
「ディーク、なんでいなくなったんだ!」
「…ディーク、心配したのよ?」
上から母親、父親、兄、従弟、幼馴染のセリフだ。
特に兄の言葉に思わず眉をひそめてしまった。学校に来てないって連絡もらうまで気づかなかったのか、この人たちと。
ディーに聞いた限り誕生日の日に誰もいないことに気づいてくれなくて、その日のうちに荷造りをして帰ったのは長期の休みの時だったと聞く。
それならその休み期間の間、誰もディーがいない事に気づいてなかったことになる。思わず心配になって隣のディーを見る。
苦しそうにゆがめられた表情に、ああ、と思った。思わず左手を伸ばして、ディーの膝の上で震えている手を握った。
「…私はミーナといいます。ディーと一緒に旅をさせてもらっていました」
私の方を五人が向いていたから、苦手な敬語を使って私は告げた。貴族に敬語を使わないのは問題だから。
「旅なんてしてたのか。ディーク。いいな、俺も一緒に行きたかった。色々見て回るの楽しそうだし」
その従弟のルイスの言葉に何だかいらだった。ディーは死ぬ事も覚悟してギルドに飛び込んだのだ。でも、この男は違う。無邪気に笑う姿には、覚悟なんてない。
私がディーに一番最初に会った時にいった、遊び半分でギルドに入る貴族のようなそんな感じだった。ギルドを甘く見るなと、現実を甘く見るなと思った。
貴族の箱入り息子が、知識もなしに飛び出すには現実はきつすぎる。ディーだって、私が居なきゃ死んでたと思うって自分で言ってたぐらいだ。それにディーがこの場を辛くなった理由はこのルイスのせいのはずだ。
全然それを理解しないで、笑ってるのが癪に障った。
「……そんな甘くないからやめといたほうがいいよ」
ディーは無表情のまま告げた。
こわばった表情は、きっとこの場所が怖くて、目の前の存在が怖いからだろう。だからディーは笑えない。
「どうしてルイス君にそんなことを言うの。ディーク」
「いいじゃないか。少しぐらい旅に同行させても。ディークとルイス君の仲だろう?」
「ディークだってできたんだからルイスにもできるだろ」
ディーの言葉に、母親、父親、兄は言った。ルイスという男の方をディーより優先している口ぶりだった。
ディーの顔が歪んだ。ああ、苦しいんだって理解できた。
「ルイスが行くなら私も行きたいな。だってルイスの恋人なんだから」
幼馴染の子がいった。それにディーの表情が歪んだ。
軽い気持ちでそんなことを言うのに苛立った。そんな簡単な事じゃないのは本当なのに。
「俺の事しばらくでいいから旅に同行させてくれよ。それが終わったら、また此処で一緒に暮らそう。騎士学校も休学って形になってるからさ」
ルイスは笑って告げた。
「……なんで?」
ディーは無邪気なルイスと対象的に、全然笑っていなかった。
「え、だってここはディークの家だろ? 皆心配してたんだぞ? 急にいなくなるから」
「………」
ギリッとディーが歯ぎしりをした音を聞いた。
居なくなった理由も知ろうともせずにディーが苦しいと思ってた事をなんとでもないものように扱うルイス。
「……急に居なくなるって理由は考えなかったの?」
冷たい、ディーの声が響いた。
きっと考えてほしかったんだろう。見てほしかったんだろう。少しでも期待していたんだろう。家族や幼なじみに。
「手紙に探さないでくださいってあっただろ? だから誘拐とかじゃないし、心配だったけどいいかって思ったんだけど。何か理由あったのか? あ、旅に出たかったとかか?」
自分が原因なんて考えないで、誘拐じゃないならいいと誰もが放置していたのかと思うとディーの気持ちを知っている身とすれば苛立った。
ディーは、ルイスが全てを奪うって言うけどディーの気持ちを知っている私は逆にいら立った。ディーが好きで、特別になりたいから、ぶっちゃけルイスなんてどうもでいい。まだ、どうせあってもどうでもいいだろうと思ったから賭けをしたんだけれども。
「………僕は、ルイスが嫌いだよ」
諦めたように、ディーがいった。流石にそんな事を言うとは思わなくて、少し驚いて隣のディーを見た。
ディーは私の視線に気付いて、悲しそうに笑ってるんだ。
「何でそんな事……、嫌いって」
ルイスが悲しそうに声をあげる。
「嘘だよね? ディークはルイスにそんな事言わないよね?」
幼なじみがそういって、ディーを覗き込む。
でも、その二人の期待には、ディーは答えない。
「嫌い。大嫌い。憎たらしい。僕の場所をいつでも奪っていって、僕を隣に立たせようとして、そうして誰も僕を見なくなるんだ。ルイスだけが居れば誰も僕の事気にしない。そんな状況を作った本人をどうして好きになるの?」
それは紛れもないディーの本音だった。ディーは泣きもせず、悲しいという表情を出さず、ただ無表情だった。
「何でそんな…っ」
ルイスが泣き出しそうな顔をする。
「ディークってば、酷い。ルイスはディークと仲良くしてたのに。ルイスが仲良くしてくれてるのにそんな事思ってたなんて」
幼なじみの子が喚いた。
「ルイス君に何てことを言うの。そんな子に育てたつもりはありません!」
母親が、そういって軽蔑した目をディーに向ける。
「ルイス君に謝りなさい」
父親が、怒ったようにディーを見る。
「ルイスに何て事を言うんだ。最低だな」
兄が、笑顔を消してディーを睨みつける。
ディーはそれでも、謝らない。
「本心だよ。大体僕が居なくなったのは、15歳の誕生日。誕生日のパーティーの時誰も僕が居ない事気付かなかった癖に、心配してたとか、なんなの、それ。ルイスがいればどうでもいいみたいな態度でさ。そう言う風に場所奪われたら誰だって憎むでしょう? それに苦しいのに笑わなきゃルイスが心配するからって皆笑わせようとして、無理に笑わされるなんて状況でルイスを好きになれると思ってるの?」
ディーは無表情だった。ただ、この前聞いた前世の時と同じように本音をぶつけていた。ディーはきっと悲しんでいるけど、それを怒りで隠して告げている。
私だって自分の場所が誰かにとられたら憎くぐらいなる。それで、誰も自分を見なくなるなんて酷く恐ろしい。そんな状況をディーはたった14歳で経験したのだ。
「何でそんな…っ」
ディーの言葉に情けなく泣きだしたルイスに、冷めた目を向けてしまう。
「ルイスが可哀相じゃない。そんな人だと思わなかった」
ディーの言葉に幼なじみが怒ったようにディーを睨みつける。
「ルイス君はいい子なのにっ」
ディーの言葉に母親が慰めるようにルイスに近づく。
「そんな事を言うなんて。ルイス君は大事な息子のような存在なんだぞ」
ディーの言葉に父親は本当の息子よりもルイスを援護した言葉をはく。
「ルイスが気にいらないなら出ていけ、ディーク。二度と面を見せるな」
ディーの言葉に兄がそう言ってディーに怒りをぶつける。
何て滑稽な茶番。誰もディーの事を理解しようとさえしていない。悪者がディーで、被害者がルイス。そんな光景に思わず失笑したくなった。
「お望み通り、出て行きますよ」
ディーは無表情のまま立ち上がる。私もそれに続いて無言のまま、立ち上がろうとした。
だけどディーに父親の声に止められた。
「ミーナさんといったか? ディークは最低だ。一緒に行くのはやめた方がいい」
そんな言葉に、立ちあがって去っていこうとするディーの足が止まった。その背中が怖いという思いをひしひしと告げていた。
そんなに心配しなくてもいいのに。私はそう思いながらも立ち上がる。
そして、笑って告げた。
「いいえ、ディーは最低なんかじゃありません。それに私が好きでディーと一緒に居るんですから、心配はいりません」
はっきりとそう告げた。
そしてそれに驚いたような表情を浮かべるディーの家族と幼なじみを放置して、私の言葉に私の方を向いたディーが泣きそうな顔をしていた。
私はそんなディーに笑いかけて、その背中を押す。そしてそのまま、一緒に歩きだす。後ろでディーの家族達が何かいってたけどそんなもの聞かなかった。
大丈夫、私はディーの傍に居る。
****************
私とディーは、共に歩く。泣きだしそうなディーの手を私はぎゅっと握っている。ディーもその手を握り返してくれている。
ディーは震えていた。
きっとさっきの無表情は強がっていただけだ。だから、本当は泣きたかったはずだ。
「ディー」
私は宿に戻ってから、ディーの名を呼んだ。ディーは私を見上げた。ディーは泣いていた。さっきまで我慢していたものが溢れだしていたらしい。
「……ミーナさん」
そういって私の名を呼ぶディーの目は、前になかった信頼が見えて思わず嬉しくなった。
信頼をもっと、私に向けて。私だけを信用して。私だけでいい。そういう独占欲がわいてくる。
「ね、賭けは私の勝ちだろ? 私はルイスって奴にひかれなかった。寧ろルイスって奴に苛立った。ディーの事が好きだよ。ディー以外いらない」
そういって笑いかければ、ディーはまた泣いた。
賭けは私がルイスにあって、ディーじゃなくてルイスを選べば負け。ディーを好きなままだたら私の勝ち。そんな賭けだった。
そして、賭けにかったら、
「負けたんだから、約束。私と付き合って」
恋人になろうとそんな約束をした。
そもそもディーが不安がっていたのは、どうせルイスにとられると思っていたからだ。だから好きになりたくもないし、信用できなかったのも、それが不安だったからだ。
その不安は取り除かれた。
「まだ、不安?」
黙ったままのディーの顔をじっとのぞきこんで、笑う。
「……いや、僕、嬉しかった」
ディーはようやく口を開いた。
「もしかしたら、僕があんな風にルイスにいったから軽蔑されるかと思った」
「そんなわけないじゃん。それにディーが起こるのは最もだし。私は誰よりもディーの味方する自信あるよ? 他の誰でもない、ディーだから好きなんだよ?」
実際、こんなに執着して、特別を向けられたい、他の人に特別を向けてほしくない、私だけでいい。
そんな風に思ったのはディーだけだ。それに震えて、寂しそうで、一人は嫌だというディーを放っておく事は出来ない。傍に居たいと思ったのは、事実だ。
「僕…わざと、あんな風に本心ぶつけたんだ。ミーナさんが、離れるかどうか、試してしまって……。前の事あって、不安だったから。でもミーナさんは、僕についてきてくれた。嬉しかった」
ディーはそう告げて私を見た。
「好きだよ。ディー、好きだよ。だから、私を信用して? 離れないから」
安心させるようにそう言う。私を好きになって。信用して。私だけのものになって。他の人のものにならないで。
好きだと気付いたその時から溢れだした独占欲が、私の心をずっと支配している。
「………うん。信用する。だから、僕の事見てて。愛して。誰も、僕を見ないのは、いやなんだ…」
ディーはそういって私を見た。
「うん。ディーの事見てあげる。愛してあげる。だから、ディーも私の傍から離れないで」
「……うん」
ディーは私の言葉に、嬉しそうに、泣いた。
見てあげるし、愛してあげる。だから、そういう特別を向けるのは私だけにして。私以外にそんな特別を向けないで。私だけを思って。
きっとディーが離れたいっていっても私はディーを離したくないほどにディーに独占欲がわいている。
「私が、求めるのはディーだけだから、ディーも私だけを求めて」
そんな言葉を口にすれば、ディーは頷いた。
これで、ディーは私のもの。
―――――求めるのは、ただ一人。
(私が求めるのはただ一人。ディーが居ればいい。幾らでも見て、愛してあげる。だから、私だけを求めて。他の人を見ないでとそんな独占欲が私を支配する)
というわけで「願うのは、ただ一つ」の続編です。うまくかけたかはわかりませんが一気書きです。
アルノはルイスと付き合ってます。
ミーナ。
貴族が気まぐれにだした平民の女との間に出来た娘。貧民層の人間で、昔から生きるために必死。ディークより3歳年上。
魔法や剣技の才能があって、そのため15歳から女の身ながらも結構ギルドの依頼をこなしながらも死なずに生きてこられた。
若干ヤンデレというか、独占欲が強い人。
ちなみに最初名前ユナにしてて、後から前世の由菜って名前と被ってると変更しました。
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