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魔王を暗殺するだけの簡単なお仕事です

作者: 黒湖クロコ

「というわけですから、頑張って下さい。魔王を暗殺するだけの簡単なお仕事ですから」



 って、おいっ。話が違う。

 ……誰かこの仕事を引き受ける前の私を力いっぱい殴り倒してほしい。マジで、今はそう思っている。

 そもそも、何故私が魔王を暗殺なんて事になったのか。それは、この国の孤児が集められた施設では、まあ暗殺訓練などが行われていた事がそもそもの始まりだ。私は例にもれず、そんな孤児の一人で、普通に暗殺訓練をさせられていた。

 そして訓練が終わり、私は仕事を貰う事になったわけだが……新人にしては、給料の支払いが良いなと思ったのだ。うん。施設にある程度お給料を入れれば、晴れて自由の身に慣れる為、私はその仕事に飛びついてしまった。

 簡単な仕事。対象年齢15歳以下の女性という条件と片親を魔族にもつ半人族という条件がそろってしまった為、支給金額に目がくらんでつい受けてしまった。

「やっぱりキャンセル――」

「一度聞いてしまったら断る事は出来ません。これは極秘任務ですから」

 ですよね。

 どう考えても、極秘任務じゃないですか。なのにどうして、そんな任務ここに回って来るんですか。最悪じゃないですか。

「あの。なんで、年齢限定なんですか?」

 仕方がない。もう私の命は風前の灯だけど、もしかしたらがあるかもしれない。

 暗殺なんて業務につく限り、碌な死に方はできないだろうと思っていたのだ。最初からラスボス的なところに送り込まれるなんてのは予想外過ぎるが、命が崖っぷちなのはどの仕事でも同じだ。


「今回の魔王とその奥方は、幼い子が好きだそうで。子供だったらとりあえず、警戒はされないんじゃないかなぁって思われたそうです」

「……ちなみに、今までにこの任務に就いた人っていますか?」

「ええ。何人か」

 それでもその仕事がなくなっていないという事は、ことごとく失敗したという事じゃないか。……うわぁん。簡単って何が簡単なんですか。

「詐欺じゃないですか?! 簡単てどこが簡単なんですか」

「嫌ですね。魔王を暗殺するだけの、大人がやるよりも、簡単なお仕事です」

「だったら最初からそう書いて下さいよ」

「書いたら、秘密の任務にならないじゃないですか」

 鬼め。

 悪徳だ。悪徳派遣だ。でも、そもそも暗殺なんて仕事を提供している場所なので、鬼なのは当たり前かもしれない。


「諦めて犠牲になりなさい。私の中で、貴方の事を、勇者と呼んで称えてあげましょう」

 口調が棒読みなんですけどっ!!

 こんな国滅んでしまえと思っても、現実は変えられない。

「せいぜい、可愛らしい恰好をしていく事ですね。いい結果を待っています。そうすれば、私もこんな鬼のような真似しなくてすみますので、良心の呵責にかられずにすみます」

 嘘つけ。

 ピクリとも表情筋がうごいてないんですけどっ!!

 そんな不満を思いながら、生き残れたら絶対コイツに仕返ししてやると心に決めた。





◆◇◆◇◆◇◆






 

 誰が、思惑通りの方法で死んでやるものか。

 半人族を選ぶという事は、たぶん従業員として上手く紛れ込めという事だろう。だがしかし、こういう場所にはすでにスパイ的な人が紛れ込んでいるもの。つまり私がちゃんと仕事をしているか、監視されるのだ。

 そして、都合が悪かったりすれば、今度は私が暗殺される。こんな無謀な仕事を詐欺まがいな方法で回された上に、暗殺されるなんて冗談じゃない。勿論、真面目に仕事をしなければ、私の体内に仕掛けられた魔術が私を殺すので、逃げる事は出来ない。

 だから、一応は仕事をする。文字通り闇にまぎれての暗殺だ。

 でも、やってみて無理だった場合、私はすべてを魔王にぶちまけてやる予定だ。私の国が何をやっているのか。

 私1人で、誰が死んでやるものか。


「こんな場所に居ましたか」


 ふはははは。どんな小動物だって死ぬ間際には死ぬ気で噛みつくんだぜと心の中で、自虐めいた事を考えていると声をかけられ、マジでビビる。

「ふぎゃ――」

 ビビり過ぎて、叫んだ上に木から落ちそうになった私は、口を塞がれた上でそのまま体を支えられる。

「潜んでいるのに、叫んだら駄目じゃないですか」

「むぐっ?」

 何で、情報提供屋がここに?

 私は目を白黒させるしかない。

「仕事が成功するかどうかを確認する必要がありますので」

 シレッと言われたが、私は、パンパンとその口を塞いだ手を叩く。

 一応私が言わんとする事を理解したようで、男は口を塞いだ手を離した。


「こんな場所までついてくるのなら、貴方がやればいいじゃないですか」

 同じところに忍び込んだら、絶対的に不味いでしょ。というか、ここ、敵の本拠地です。何してるんですか。

「私はあくまで、情報提供屋です。なので、貴方が成功するかどうかも情報として知る必要がありまして」

「……監視役も言われているんですか」

 やられた。

 確かに、誰に雇われているかなどの情報を流されたら困るのだろう。

「まあ、そんな所です」

 畜生め。

 シレッとした顔で言いやがって。私が、最期の仕返しをするのも許さないつもりか。……そうだよな。

 でも運がないのはいつもの事。これが私の人生か。

「普通にメイドとして忍び込まないで、どうする気ですか?」

「魔王の寝室の屋根裏部屋に身を潜め、夜に襲います。魔王は魔法を得意とするので、接近戦の方がまだ勝算がありますから」

 私は半魔族に生まれたおかげか、体が周りの人より身軽だ。私が魔王に勝つにはそれしかないだろう。


「そうですか。私はてっきり、魔王にすべての事情をばらして、祖国と一緒に滅んでやると考えたのかと」

「……まさか」

 私の心の声を聞いてきたかのような的確な言葉を言わないで欲しい。

「そうですか。ではまた夜に」

 そう言って目の前から、情報提供屋が消えた。……どうやら魔術が使えるらしい。本気で、だったらお前がやれよと思うが、きっと彼でも殺せないぐらい魔王は強いのだろう。

 儚い人生だった。

 思い返すが、ほんと運が悪い。一度ぐらい奇跡でも起こってくれないだろうかと思いつつ、私は魔王の城に忍び込んだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 奇跡。起きちゃいました。

「やだー。この子、超可愛い」

 いや。奇跡じゃないな。悪夢だ。

 無表情で、魔王に睨まれながら、私は今のところ死んでいない。でもたぶん死ぬ。マジで死ぬ。


 襲撃は上手くいったはずだった。でも、半端なく強かった。魔王の、奥方が。 

 よし、魔王を刺せると思った所で、奥方に手とうを入れられて昏倒。ああ、これ死んだなと思った。でも目を覚ましたらまだ生きていた。

 なら今度は拷問かと思えば、怖い怖い魔王に睨まれた状態で、奥方に抱きしめられて、超可愛いを連呼される。……なんだこれ。

「君いくつ?」

「13です」

 どうしよう。正直にすべての事情を言うのか? でも私には情報提供屋という監視が付いている。言った瞬間に私を魔術で殺すだろう。 

 どうする。どうしたら、私の人生、一矢報いる事ができる? 死にたくはないけれど、それでも死ぬなら何も残さずに死ぬのは嫌だ。


「お名前は?」

「サラです」

 ああ、次は何を聞くんですか。祖国の事ですか。それとも、暗殺の事ですか。奥方は優しそうな人だけど、このまま拷問ですか。

「じゃあ、サラ。うちの子になりなさい」

 どうする。質問に、なんて答え――ん?

「え?」

「あ、もしかして、親とか生きてたりする?」

「い、いえ」

 何んだ? 何が起こっている?

 うちの子ってなんだ? もしかして、寝返ることをそそのかされてる?

「良し。じゃあ、決まり。じゃあ、これからは私の事はお母さんと、そしてこの眉間にしわ寄せた無表情男の事はお父さんと呼ぶように」

「は?」

「うんうん。こんなお父さんは怖いかもしれないけど、しばらくすれば、なれるから」

 えっ?

 あれ? 私が気にしてるのそこじゃないと思うんですけど。

「あの……私。暗殺者ですが」

 迷いネコか何かと勘違いされてます? いや、どんな勘違いだという感じだし。小刀取り上げられた時点で、普通は勘違いしようもないけど。

「うん。真正面から向かってきた潔さも気にいったし、ね。魔王様いいでしょ?」

 いや、良くないでしょ。

「ほら怖くない怖くない。もう。魔王様が怖い顔をするから、サラが固まっちゃってるじゃないの」

 いや、確かに魔王が怖いのもそうなんですけど、固まっているのは多分それが理由ではなく、状況が呑み込めていないからだ。

 何がどうしてこうなった。

 そんな事を考えていると、魔王様が人差し指をこちらに向けてきた。えっ?もしかして、そこからビーム的な何かが出てくるんですか。やっぱり殺されちゃうんですか?

「ほら、サラも指出して」

 何が何だか分からないまま、とりあえず怖いので奥方の言葉に従い指を出すと、チョンと触られた。……別に痛くもなんともない。

「あ。魔王様、嬉しそう。よかった。魔王様も娘ができた事をよろこんでくれて」

 よ、喜んでますか?

 眉間のしわ、一本も減ってないですけど。


 こうして、私はぎりぎり生き残り、異文化コミュニケーションの前で、石化し続けたのだった。





◆◇◆◇◆◇◆






「上手く、中に入りこめたようですね」

 私が部屋で1人になり、どうするべきかと頭を悩ませていると声をかけられてビクリとする。

「……私を殺しに来たんですか?」

 私に仕掛けられた魔法で殺さなかったのは、私から何か情報を得る為だろうか。なぜか魔王の娘になってしまって、あれよあれよというままに、一室をもらってしまった私に。

「いえ。私の仕事はあくまで情報提供屋ですから、殺したりしませんよ」

 つまり私が裏切った瞬間祖国に情報を流して、私を殺すという事だろう。

「まだ私は諦めていません。必ず仕事をこなしてみせます」

「そうですか。では頑張って下さい。定期的に見に来ますので」

 この野郎。定期的に見に来るだけか。

 手伝って――は無理だろうな。彼は情報提供屋なのだから、手伝うは彼の中に仕事として含まれないだろう。

「……情報を私に売る気は?」

 私がそう質問をすると、情報提供屋は初めて笑った。よくできましたとでもいうかのように。

「勿論有料ですが、可能です。そうですね、初めてのお客様ですので、初回特典として、3つまで情報を無料で提供しましょう」

 3つか。

 ここで何かその3つの質問に関して質問したら、たぶんそれも1つとカウントするんだろうな。だとしたら大切にとっておいて、ここぞという所で使いたい。

 とはいえ、ここぞという場面が何処かは良く分からないけれど。

「なら、1つ目の質問。貴方の名前は何ですか?」

「……私の名前ですか?」

「これから、何て呼べばいいか分からないですから」

 勿体ないかもしれないが、名前がないと呼びにくいし、余所余所しい。今のところこの情報提供屋が敵ではないのなら、彼の懐に入りこむべきで、その為には相手の名前を知るところからな気がする。それに仲良くなれば、情報を安く売ってくれるかもしれない。

「クライスです」

「ふーん。偽名とかではないんですよね?」

「情報提供屋は信頼が大切ですので、嘘は言いませんよ」

「じゃあ、これからよろしくお願いします、クライスさん」

「ええ。よろしくお願いします。サラさん」

 私の名前は勿論知っているよね。情報提供屋なら事前に色々調べているの違いない。

「じゃあクライスさん。これから私はここで魔王と奥方を探るから、面白い情報があったら買い取って」

「良いですよ」

 よし。

 こうなったらやれるところまでやってみよう。そう思い私は拳を握る。


『コンコン』

 部屋の扉がノックされ、私は口から心臓が飛び出るかと思った。

 クライスがいるけれど、どうしようと思うと、既に目の前からクライスは消えていた。流石だ。逃げるタイミングを間違えない男である。

「どうぞ」

「はーい。サラちゃん――あら、まだ着替えていなかったの?」

「着替え……ですか?」

 部屋は用意されたなぁと思ったけれど、そもそも個室を用意されたのが初めてで、どうしていいのか分からずとりあえず立ちすくんでいたのだ。そこにクライスがやって来て喋っていたので、ぶっちゃけなにもしていない。

「ほらほら。女の子なんだから、少し位可愛い恰好しないと勿体ないわよ。私の娘になったんだもの。色々着替えてね」

「あ、あの」

「クローゼットにたくさん入っているから」

 バンッと開かれたクローゼットには、何十着ものドレスが掛かっていて、度胆を抜かれる。何だコレ。服は施設からの支給品で、年に1回2着だった私は、こんなに多くの種類のドレスを見たのは初めてだった。

「それとも、気にいったのがないかしら?」

「いや、気にいる気にいらないではなく……奥方様。こんなに沢山用意されても――」

「奥方様じゃなくて、お母さんよ? それともお母さんと呼ぶのは嫌かしら? 誰か別にそう呼ぶ人がいるからというのならば、ママでもマミーでもいいわよ」

「いえ、別に……特にお母さんと呼ぶ人はいないですが」

 両親なんていない。施設の職員はあくまで職員だ。

「じゃあ、お母さんって呼んで。はい、リピートアフタミー」

「えっ?あの?」

「お母さん」

 ニコリと笑って、有無を言わせない顔だ。

「お……お母さん?」

「何? サラ」

 これでもかといううぐらい、嬉しそうな顔をされて……私はどうしていいのか分からず、ただ彼女に抱きしめられた。





◇◆◇◆◇◆◇





「情報その1。お母さんは、私を着せ替え人形にするのが好きなようです。毎日毎日、私と一緒に服を選びに来ます」

「その情報はすでに私も知っています」

 ですよね。監視しているんですもんね。

 クライスが表情筋1つ動かさず私の話を聞く。少し位愛想よくしてもいいのに。魔王といい、そんなに表情筋を動かすのは大変なのだろうか。


 魔王の城に魔王の娘として潜入して以来、私はクライスと1日1回、情報をやり取りするようになった。私が話した内容はもしかしたら母国に持ちかえられ、魔王を暗殺する次の方法を考える為の資料となっているのかもしれない。何だか自分をお払い箱にする為に情報を渡しているようで嫌だけれど、でも私はまだあきらめていない。なのでとりあえずクライスから情報を聞き出す為には必要な事だ。どれか一つぐらい高根で売れる情報があるかもしれないのだし。

「じゃあ、これはどうですか? どうやらお母さんは、子供が産めないらしいんです。私が引き取られたのも、そこに理由があると思うんです。魔王は、今のところお母さん以外を妻に娶ろうとは考えていないみたいですし」

「その情報もすでに持っています。それぐらいなら、何故貴方が娘に選ばれたかの情報を調べなさい」

「はーい」

 本当に持っていたのかといいたくなるぐらい、この情報提供屋は何でも知っている。

 私には、ただの気まぐれのようにしか思えないのだけど……クライスが理由があるというのならば、彼はちゃんと理由があるだろうという情報を掴んでいるのかもしれない。

「とりあえず、だいぶんとここの生活にも慣れてきたみたいですね」

「まあ、それなりには。あ、でも。大丈夫ですよ。ちゃんと、私の使命は忘れてませんから」

 このまま流されてしまいたくなるぐらい、ここでの生活は快適で、お母さんもすごく良い人だ。いや、いい魔族だ。

 でも流された瞬間、私の命も終わる。

 だからどれだけ優しくされても、私は流されるわけにはいかない。でも今の魔王の娘となり、クライスと情報のやり取りをする生活は施設で訓練に明け暮れていた日々よりも充実していた。


「魔王の情報は何かないんですか?」

「いや、無理ですよ。そんな、だって、怖いですし」

 お母さんは気さくだけど、お父さんはいまだに怒っているのか怒っていないのかすら良く分からない無表情キング。お母さんがあれだけ、天然ぽやぽやな人なので、たぶん私の事をすごく警戒しているとは思うけれど……。あの無表情で無口な魔王から情報を得るのはすごく難しいのだ。

「頑張りなさい。最初の時に魔王と指と指で触れあったのでしょう」

「見たんですか」

 どこからとか、そういうのはもう気にしてはダメなのだろう。毎回ここに忍び込めるぐらい、クライスは能力が高いのだから。

「とにかく魔王にちゃんと近づきなさい」

 分かってますよ。お母さんとどんどん仲良くなったって、それだけじゃ駄目なことぐらい。


 クライスはそれだけ言うと、窓から外へ出ていった。ここは3階なのに、かなり身体能力が高い。魔術が使えて、身体能力が高いなら、本当に自分でこの任務をやればいいのにと思ってしまう。

 とはいえ、愚痴ったって仕方がない。とりあえず、魔王を調べてみようと、私は尻込みする心を騙しつつ、魔王の書斎へ向かった。

 今は仕事中かもしれないが、逆にこのタイミングならどんな仕事をしているのか見る事ができる。

 足音と気配を消して魔王の書斎を覗く。覗くと、黙々と1人で書類を書いている魔王がいた。なんとなくイメージで、魔王は部下に囲まれてイエスかノーを言うだけの仕事で、書類を書いたりする仕事ではないと思っていたので、意外だ。

「あれー? サラちゃん、こんなところで何してるのかな?」

「お、おかっ。お母さん?!」

 流石魔王の奥方。気配を感じなかった。

 背後に回られてしまった為、魔王と挟まれた状態になった私は逃げられない。一生懸命気配とか察する訓練も受けてきたのに、この妻チートすぎる。私より、ずっと暗殺者向きだ。


「あ、もしかして。お父さんに会いに来たの? ほらほら、だったら遠慮せず、入って、入って」

「いや。でも」

 ぐいぐいと背中を押されて私は部屋の中に入った。

 ……どうしよう。妻は天然ぽややんでも、普通に考えて魔王は私を警戒しているに違いない。魔王と目が合い、私は石化した。

 今日こそ駄目かもしれない。

「魔王様ったらそんな緊張しなくてもサラちゃんなら大丈夫よ。ほら、またアレやっておく?」

 アレ?

 アレって何だと思っていると、魔王がすっと人差し指をさしだした。ああ、あの良くわからない異文化コミュニケーションかと思い、私も人指し指をだし触れる。

「ほら。大丈夫でしょ? 魔王様は心配性なんだから」

「あ、あの。何なんですか。これ」

 魔族的挨拶なのだろうか。良く分からない。でもこんな事、お母さんとはやった事がなかった。魔王限定だ。

「魔王様はね、就任するととても魔力が強くなっちゃって、魔力耐性がある子しか近づけないの。耐性がないと魔王様の目を見ると魅了されてしまうし、声を聞けばその声に逆らえない。触れ合えば、魔力が流れすぎて相手を壊してしまう。笑ったり怒ったりという感情の起伏だけで、結構凄い惨状になるのよ。だからできるだけ感情を表に出さないようにしているの」

 そうだったのか。

 良かった、私、耐性があって。というか、怖いな。駄目だったら、あの指を触れ合わせたあれだけで壊されていたという事じゃないか。

「ほら、もっと魔王様の近くに行ってあげて」

 いや行ってあげてって。

 ぽんと背中を押されて、私は更に一歩魔王の前に足を踏み出す。

 感情を出すと凄い事になるから無表情は分かったけれど……超怖いには変わりないんですが。というか、彼を暗殺しろとか、何無茶言ってるのと祖国の王に言ってやりたい。

 今までに私の前にここへ忍び込んだ子達はどうなったのか。魅了の餌食になったのか。それとも、魔力でポンと破裂と――いや、止めだ。その想像はグロテスクすぎる。


「あ、あの」

「もう少し、来い」

 初めて聞いた魔王の声は渋かった。とはいえ、特にその声でどうにかなるという事はない。ただ顔によく似てちょっと怖めですねという感想が頭に浮かぶ。かといって、ここで、甲高い可愛らしい声だったとしても破壊力は抜群で、同じぐらい怖いけど。

 とりあえず言われた通りに近づき、顔を見上げた。

 ……たぶん怒ってはいないんだよね。見上げた魔王様の目は静かな木々を思わせる深い緑で、そこに怒りなどはないと思う。

「娘は初めてだから、どうしていいか分からないが……娘ができたことは嬉しい」

「えっ。あの」

 私は暗殺者ですよ?

 そんな心の底から嬉しいと言われても、困る。

「ほら、お父さんって呼んであげて」

 お母さんに言われて、どうしていいのか分からなくなる。私だって、お父さんなんて初めてだし……読んだら取り返しがつかない事になってしまう気がする。

 でもすごく期待されたような目で見られて……。

「お、お父さん」

 私の頭を撫ぜた手は大きくて、暖かくて、涙が出るぐらい優しかった。





◇◆◇◆◇◆◇





 無理だ。

 私には、あの2人を殺せない。


 実力的な意味だけではなく、感情的な部分でも私は白旗を上げた。

 お父さんの執務室で『お父さん』と呼んだ日から、私の心は確実にあの人達を慕うようになった。彼らに喜んでもらえるのが嬉しくて仕方がなくて、気が付くとそう言う行動を取るようになった。それはまるで本当の娘のようで――。

 また、彼らを殺せなかったら私が死ぬのだと思い考え込むと、ちゃんとお母さんもお父さんも私の不安に気が付いてくれて心配してくれる。そしてどんどん自分が死ぬことよりも、彼らに心配される事の方が辛くなっていく。

 やっぱり私には耐性なんてなくて、魅了されてしまったのかもしれないが、仕方がない。死ぬ前に親というものを知れただけでも良かった気がする。親だから無償の愛を子供に注げるかといったらそうでもないので、正確には親になろうとしている人達かもしれないけれど、私にとってはもう親のようなもの。そんな違いは、些細な事だ。


「クライスさん。私は貴方を裏切ります。そう、祖国に伝えて下さい」

 情報を聞きに来たクライスに私はそ切り出した。

「おや。暗殺は諦めたのですか?」

 その言葉に頷く。

「死ぬ覚悟はできました。もう十分」

 報告されれば、私の体に仕掛けられた魔術が私を殺すだろう。だけどクライスが報告するまでは多分生きていられる。その間に、私が知っているできる限りの情報を彼らに話そう。それが優しくしてもらった事に対する清算だ。

 こっそりとできたかもしれないが、クライスにもまた、情が湧いている。だったらどのタイミングで殺されるのかと怯えているより、クライスに迷惑をかけない方法で、清算は行いたい。

「そうですか。ただ、私は貴方にあと2つ情報を与えなければなりません。そういう約束をしましたから」

 そう言えば、そんな約束もしたなぁと遠い過去の様に思う。

 あの後、結局私はクライスに情報を売りつける事にやっきになって、何の質問もしていなかった。


 彼は情報提供屋だ。情報提供屋は信頼が大切といっていたので、その約束を果たさないと私を殺せないのかもしれない。私が裏切れなくなっている事は、彼も薄々気が付いていただろう。

「クライスさんは、私が魔王の魔力に耐性がある事を知っていたのですか?」

「ええ。知っていました。だから、貴方にの仕事を選ばせたのです」

 やっぱりそうか。

 どうやって私に魔力耐性があると知ったのかは知らないけれど、送り込むたびに魔王に魅了されるようでは、裏切り者を作るだけの作業になってしまう。

 となれば、最初から耐性がある私があの仕事を選ぶように仕向けられていたのだろう。

「それが雇い主からの命令でもありましたので」

「そうですか。それなのに、裏切る事になってしまってすみません」

 結局私は、耐性があったにも関わらず何一つできなかった。

「とりあえず、貴方は馬鹿ですね」

「……謝っている人に馬鹿はないと思います」

 人が勇気を出して筋を通そうとしているのに、馬鹿はないと思う。しかし、クライスはその言葉を鼻で笑う。

 あまり表情を出さない人だったのに珍しい。それとも私がもう、死にゆく人だから取り繕う必要はないと思ったのかもしれない。


「成績はそれほど悪くなかったと思うのですがね。今回、魔王の娘になって違和感はなかったのですか?」

「違和感?」

「おかしいと思った事はなかったのかと聞いているんです。ちゃんとこの情報に答えを返せたら、さらにもう1つ質問していいいですよ」

 違和感というか、そんなものを感じる暇もなくあれよあれよというままに、娘になってしまったのだ。忍び込んで返り討ちにあって、目が覚めたら娘になって、その日のうちに部屋を用意され、服を用意され、着せ替え人形になり……。

「用意周到だなとは……」

 この魔王には娘はいない。なのに何故か部屋がすぐに用意され、更に私の体にぴったりの服まで用意されていた。

「まるで私が最初から暗殺に来る事を知っていたような――知っていたんですか?」

「はい。そうです。ではこの質問を今の対価としますので、残り1つ質問していいですよ」

 何故知っているか。

 というか私が暗殺に行く事を知っているのは、クライスさんで……つまりクライスさんが情報をこちらにも流していたという事になる。

 

 どう言う事だ?

 私を使って祖国の情報を聞き出す為? いや、それはないか。それならクライスさんに対価を支払って聞いた方が早い。

 だとすると、初めから、これは私を娘にする為のものだったという事だろうか。

 お父さんやお母さんの話を察すると、お父さんの魔力に対して耐性がある子は多分あまりいない。娘が欲しくても産めない体であるお母さんが、それでも子供が欲しがったら、何とかして耐性がある子を探すしかない。

「クライスさんは何者ですか?」

 ただの情報提供屋なら、どうして魔王たちと知り合いなのか。この仕事は祖国からのものではない。最初からお父さんとお母さんからのものだ。

「貴方のお兄さんです」

「は?」

「私は魔王の息子のクライスです。調べる時間はあったでしょうに、馬鹿というか。こんな本を読めばわかるような情報を選ぶとは、嘆かわしい。私の名前を聞いた時は、ちょっと見直したのですが、まだまだですね」

 えっ。

 ええっ?!

「というわけで、死にませんよ。見事にお母さんとお父さんに気にいられたのですから、その馬鹿さもある意味馬鹿な子ほど可愛いという事でしょう。こんな好条件の貴方を、みすみす殺すわけないでしょうが。というわけで、貴方にかけられている魔術は、とっくの昔に解除してありますよ」

 マジですか。

「貴方は合格です。おめでとうございます、サラ」

 上手くついていけない頭で、私はとりあえず、一つ訊ねた。

「えっとつまり私は、クライスさんと呼ぶべきですか? それともお兄ちゃんと呼ぶべきですか?」

 こんなばかげた質問が真っ先に浮かんだのは、たぶんこの一家にかなり毒されたのだと思う。





◇◆◇◆◇◆◇




「あら。クライス。帰って来てたのね」

 暴露されてから私は急いで調べたのだが、確かにクライスは魔王の息子だった。そしてどうやらこのクライスというのは、魔王と先妻との間の子で、お母さんと血のつながりはないらしい。

 そしてクライスもまた魅了の能力を持ち、魔王ほどではないが感情の起伏で周りに影響をあたえるそうで、無表情2号になっているそうだ。私に魔力耐性があるかどうかは、クライス自身が能力を使って調べたのだろう。

 そしてお母さんの出身が私の祖国だった事を踏まえると、もしかしたらクライスはお母さんにも【魔王を暗殺するだけの簡単な仕事】を渡したのかもしれない。そして、魔力耐性があったお母さんは、お父さんと結ばれたと。そうでないと、このお母さんの、明らかな暗殺スキルは何処で手にいれたんだという事になる。

「ただいま、お母さん。サラの事気にいってくれたみたいだね」

「ありがとう。本当に可愛くて、可愛くて。クライスは運命の子を見つけるのが得意ね」

「ええ。気にいってもらえたなら何よりです」

 

 なら最初からそうってくれたらいいのにと思うが、ある程度は自力で何とかできるぐらい強い子でないと、ここでの生活は無理だからと言われた。

 つまり私はずっと試されていたのだろう。

 意地が悪いとは思うが、魔術を解いてもらった上に、やさしいお父さんとお母さんをくれたのだから、諦めて飲み込む部分だと思い割り切る。

「サラ、クライスと仲良くしてね」

「あ、はい。勿論です。ここに居るのは、クライスさんのおかげですから」

 結局私の最後の質問に対して、クライスは散々笑った後、その質問はまけておきますと言って『クライス』と呼ぶように言われた。魔力耐性がある私しかあの場にいないからと言って、そんな感情の起伏を思いっきり出してもいいものかと思うが、とりあえず何もなかったのだから大丈夫なのだろう。

 それに今まで、名前で呼んでたわけで、今更お兄さんというのも変だし、その方が私もやりやすそうだ。

「いつか、クライスさんの役に立ちたいと思います」

 ここで過ごして思ったのは、私の能力ではまだまだ全然だという事。私はお父さんやお母さんどころか、クライスにも勝てそうにないほど弱いのだ。

 クライスが魔王の息子という事も知らなかったぐらいなので、これからはちゃんと勉強してもっと周りにも目を向けて、ただ可愛がられるだけのポジションからの脱却を目指したいと思う。


「私はサラがいてくれるだけで大助かりですよ」

 ……お母さんの前だからって、いい顔して。

 私が渡そうとした情報はことごとくクライスも持っていて、まったく役立っていない。もしかしたら、お母さんの話し相手になれるとかという意味かもしれないけれど、私はそれだけでは不満だ。

「おや。情報提供屋は嘘はいいませんよ」

 私がむくれているのに気が付いたらしいクライスがそう声をかける。

「私もいつかは、魔王を継ぐことになりますからね。魔力耐性がある女性が身近にいるというのはありがたいんです。人形ばかりではつまらないので」

「ふーん」

 そんなものなのか。

 お父さんに魅了された人を見た事はないが、周りがイエスマンばかりというのも確かに困りものだろう。

「まだまだ私が魔王になるまでには時間がありますから、大丈夫ですけどね。とりあえず、これから仲良くしていきましょう」

 私も兄妹は仲がいい方が良いと思うので、ちゃんと兄妹になれる努力をするべきだろう。一応、最低限の好意と感謝の気持ちは持っているので、何とかなるだろう。

「人族の方がどうしても短命ですが、サラは半魔族な上にまだ若いですし。私が魔王となるまでゆっくりとお互いの事を知っていきましょう。私についての質問は、サラについての質問を私がする事で等価としますから」

 お茶目っぽく言われ、私もクライスとなら仲良くしていけそうだと思う。

 だから私も少しだけ意地の悪い文句を言っておく。

「嘘をつかないって、【魔王を暗殺するだけの簡単な仕事】だって嘘をついたじゃないですか」

 暗殺なんてしていないし。そもそも、メインはそれじゃなかったわけだし。ただし、そういう事にしておかないと、クライスも私の祖国で上手く立ち回れないのかもしれないけれど。


「ああ。正確には、魔王を殺す仕事ですよ。確かに暗殺は不当な表現ですね」

「私はお父さんを殺したりしないよ」

 仕事は失敗という事だろうか? だから嘘はついていないと?

 もっとも、私は魔王を殺したりしないからいいんだけど。

「そうですね。お父さんは殺さないでしょうね。ただ世の中には好きになった方が負けと言う言葉もありますし。結局のところ、魔王を殺せるのはサラという事で、嘘ではないですよ。とても簡単な仕事です」

 さっぱり、意味が分からない。

「その質問に対して具体的に答えるのは、いつかサラがそれだけの対価を私に支払えるようになってからにしますね。その時を楽しみにしています」

 私が首をかしげると、クライスは笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] クライス兄の含みが怖いですな。 まあ、笑いのある家族になるでしょうね。
[良い点] おもしろかったです。 [一言] クライスによる、クライスと家族のための妹育成計画、に見えて実はクライスによるクライスの為のクライスの葵の上育成計画!?かと思いました。クライス光○氏並みの手…
[一言] ク、クライスさん? もしや、ご自分の若紫ちゃんをご両親に紹介したかっただけ、ですか? なんつー囲い込み方をするんですか! 鬼畜ですか、腹黒ですか、ロリコンですか?(あ、全部か) せめてサラ…
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