「おぉい、機嫌なおしてくれよ、ご主人様ぁ。」
困った。
教室での寝言の一件で、ルイズと俺が男女の仲ではないか、という噂が流れてしまったのだ。
無論、からかい半分なのだろうが、ルイズにとってはものすごく屈辱的だったらしい。
俺としてはむしろウェルカムなんだけど……
とにかく困った。
ルイズの機嫌が直らない。
夜になり、部屋に戻ると俺の毛布とハイジ式簡易寝台(つまり藁の寝床な)を廊下に放り出してしまった。
前もこんな事があったよな、運命って案外図太い糸で出来ていて少々の事じゃ変わらないのかも。
さっきからフレンドリーな感じで扉越しに話しかけているのだけど、マイ・スイートには届いてないようだ。
まったく、噂位なんだって言うんだよ。
司教の娘さんとの噂の時は、部屋から閉め出して一日中扉の外から愛の言葉を言わせ続けたくせに。
……あれ?やってる事はかわんないな!ははは、これは愉快、愉快。
「……ガンダくん、涙がでちゃう。」
どうするかな、ここ、寒いんだよな。
厨房に行くか?
でもシエスタがなあ。
部屋に連れ込まれたら手を出しちゃいそうだ。
それはまずい。
どうしたものかと思案に耽っていると、キュルケの部屋のドアががちゃり、と開いた。
部屋の中からサラマンダーのフレイムがのそりのそりと歩いてくる。
左右に揺れる尻尾がなかなか可愛い。
ああ、そういやキュルケとこんな事もあったよな。
「よう、フレイム。お前も部屋を追い出された口か?」
きゅるきゅる
「違うのか。いいよなあ、お前は。俺さ、貧弱だからすぐ怪我するし暖かいベッドが無いと病気になるんだぜ。」
きゅるきゅる
「なんだよ、引っ張るなよ。折角だからほら、一緒に寝ようぜ?あ、毛布燃やすなよ。」
きゅる、きゅるきゅる
無論、俺はフレイムが何を言っているかわからない。
しかし、こいつが何の為に俺の所に来たのかは知っているので、フレイム(とその主人)をからかう事にしたのだ。
俺は燃える尻尾に注意しつつフレイムの首の辺りにがっしと抱きつき、無理矢理ハイジ式寝台へと引きずり込む。
ものすごくイヤそうなフレイム。
ははは、テレるじゃないか、などと言いながら遊んでいると、不意にフレイムの引っ張る力が強くなった。
サラマンダーって力持ちなんだな、情けなくズルズルと引っ張られる俺貧弱ガンダくん。
結局俺はフレイムに引きずられる形で暗いキュルケの部屋に入った。
「と、扉は閉めて?」
俺の奇行にすこし引いているようだ。
言われたままに扉を閉める。
閉めないと未来の嫁が迎えに来てくれないしな。
適当にキュルケをあしらって、怒鳴り込んで来たルイズにむかって「君の方がずっと魅力的だよ」とでも言えばもう完璧。
あいつ、コテコテでろまんちっくな雰囲気や台詞に弱いもんな。伊達に60年以上連れ添ってねえぞ!
……俺、なんだかんだで文字通りの第二の人生エンジョイしてるよな。
肉体も若返ったから精神もそっちに引っ張られているんだろうか?
そういえばさっきシエスタの事考えてたら自然に「手を出しそうだ」って考えが浮かんだな……
ここに来る前の俺は老人で、ルイズへの想いと約束も嘘じゃなかったし、美女百人を並べられても
老女となったルイズを選ぶ自信があったんだが……
精神は肉体の玩具、だっけか?
案外そうなのかもな。
可愛い子とハレムりたいのは男の子の永遠の夢の一つだし、若い体の俺にとっては本能で求めてしまうんだろうな。
腕から衝撃波と同率一位だよ、絶対。
衝撃波は使うと死にそうな目にあうけど。
……て、それじゃあ前と一緒じゃねえか!
危ない、気を引き締めないと。
「……聞いてる?こちらにいらして?」
「ああ、ゴメン、キュル……ミス・ツェルプストー。すこし考え事を、ね。」
部屋はいつの間にか光が灯っている。
キュルケは悩ましい姿でベッドに腰掛けていた。
うん、色っぽい。
まさかこんなキュルケがあんな教育ママになるとは・・・
コルベール先生との子供たちは皆立派な学者になったのはいいんだけど、マザコンだけは治らなかったもんなあ。
「座って?」
「いや、ここで。」
「あら、つれないのね。」
「ミス・ツェルプストー、俺はルイズ・ド・ラ・"ヴァリエール"の使い魔なんだ。」
「あら、ヴァリエールに聞いたの?私の事。いいじゃないそんな事は。あと、私の事はキュルケと呼んで。」
「じゃあ、キュルケ。その、言いにくいんだけど……」
「あなたは私をはしたない女だと思っているでしょうね」
「キュルケ?」
「思われても仕方ないの。わかる?私の二つ名は」
「『微熱』、だろ?」
「そう!私はね、松明のように燃え上がりやすいの!わかってる、いけない事だって。」
「うん、やめときなよ。」
「でも、あなたはきっとお許しくださるわ。」
ううむ、手ごわい。
勤めて冷めたい物言いをしているんだけど、なかなか鎮火しそうにない。
「恋しているのよ、わたし。あなたに。まったく、恋はいつも突然ね!」
(どうしたものかな。キュルケに嫌われなくてもコルベールさんと結局はくっつくだろうし……)
「あなたがギーシュを倒した時のあの姿……かっこ良かったわ!あたしね、それを見て痺れたのよ!
そうよ、痺れたの!情熱!ああ、情熱だわ!」
(嫌われるのもマズそうだしなあ。放置してルイズの当て馬に……いや、流石の俺もそんな事できないって。可哀相だし。)
「二つ名の微熱はつまり情熱なのよ!その日から私が考えているのはあなたの事ばかり。いつもあなたの事が気になって
フレイムを使って監視してみたりしてたの。わたしってほんと、みっともないわよね。でもそれもすべてあなたが悪いのよ?」
(あー、そういやタバサ。タバサどうするかなあ。何気に一番振る事が難しそうだし。)
「ねえ、お願い。わたしにその声を聞かせて?」
「ぅぇあ?あ、ああ。えっと……?」
「もう!聞いてたの?」
「い、一応ね。つまり、君は……惚れっぽい!」
「そうね……。人よりたしかに恋ッ気は多いのかもしれないわ。でもしょうがないじゃない、恋はいつだって突然で
わたしの体を炎のように燃やし尽くしてしまうの。」
ああ、これがあの教育ママと同一人物だって思えんよな。
この台詞をあのマザコン坊主どもに聞かせてやりたい。
どうせママをバカにするなっつって癇癪起すんだろうな……
……見てみたい。いい年こいた学者がママ、ママ、と叫びながら炎の魔法を無差別に撃ってるところ。
ああ、想像したら思わず噴出しそうだ。
必死で笑いを堪える俺を見て、キュルケが何か言おうとすると激しく窓を叩く音がする。
来た来た、キュルケの恋人1号。
たしかえっと……何号まで居たんだっけ?
キュルケも間が抜けてる所があるんだよなあ。
女ジゴロになるなら、もうちょっとやり様があると思うんだけどな。
おおぅ、かわいそ。一号くん、窓ごと吹っ飛ばされたぞ?
ここ、三階だよな?
まあ、直撃してなかったしガラスの破片にだけ気をつけてれば大丈夫か。俺はかんけーないけど。
あ、二号来た。ふむ、結構イケメンじゃないかな?1号くんよりもたくましいし。
うわ、今度はまともに炎を食らってる。
あれ、いたいぞぉ。一通り怪我したことあるけど、火傷って後からくるから辛いんだよな。
でも俺は骨折が一番嫌い。
一番やったからね、骨折。誰にやられたかはいわないけど。
おーおーおー、一気に三号、四号、五号が来たぞ。
右の君が3号な。真ん中の君は4号だ。あ!左の五号くん、覚えてるぞ!お前ギーシュと一緒に親衛隊にいなかった?
あーあ。フレイムに焼かれちゃった。三号くん、杖に火が付いてたけど無事かな?
……うん、五人か。
キュルケの子供達が学校に上がった時に教えてやろう。
いやあ、前の時はぼんやりとしか見てなかったから、リアリティがなくて作り話だって誤魔化されたんだよね。
「とにかく、愛してる!」
一通り元?恋人を追い払ったキュルケがいつの間にかベッドから立ち上がり、俺の首に腕を回してきた。
ふわっと甘い香りが漂う。
思わず劣情に身を任せそうになるが、廊下の方から隣の部屋の扉が開く音を聞き、踏みとどまる。
ズンズン!と音が聞こえそうな程にソレが近寄ってくるのがわかった。
「キュルケ!」
勢い良く扉が開いた。
しまった、キュルケを振りほどくのが遅れた。
どうしよう、誤解されないといいけど……まあ、今の段階じゃ激しく嫉妬はしてくれないと思うし大丈夫かな。
こう、ぐぬぬってなってるルイズはすごく可愛いんだよね。
「取り込み中よ、ヴァリエール。」
「ツェルプトー!だれの使い魔に手を出してるのよ!!」
超怖い。
ルイズに未来の妻が重なって見える。
ああ、体の底から震えがくる。
七万の軍隊に突っ込む方が余程気が楽だ。
目だ、あの怒りに燃えるルイズの目を見たからだ。
「仕方ないじゃない、好きになっちゃったんだもん。恋と炎はツェルプストーの宿命なのよ、あなたが一番ご存知でしょう?」
「来なさい、サイト。」
「ねえルイズ。確かに彼はあなたの使い魔かもしれないけど、意思があるのよ?尊重してあげないと。それに彼、あなたを見て震えているわ。」
「い、いや。キュルケ、誤解だよ。」
(その通りでございます。)
俺はゆっくり首に回されたキュルケの腕を解いた。
彼女の目をみて俺は続ける。
「気持ちは嬉しいけどさ、俺、好きな人がいるんだ。だから君の恋には応えられない。」
そう口にして回れ右をし、ルイズに行こう、事情は部屋で話すよと声をかけてキュルケの部屋を後にした。
よし、あとは部屋に戻って事情を説明して、暖かい部屋の床で寝る事を許可してもらうだけだな。
そして「君の方がずっと魅力的だよ」って一言添えればもうバッチリ。
俺の未来の嫁の部屋の床で寝る為には、この位の苦労などメじゃないぜ。
「あんたね!よりにもよってツェルプストーの部屋に!!」
「ごごご主人様、これには深い訳がっ、なにその鞭?乗馬用?ははは、ご冗談を。」
「サカリのついた野良犬には丁度いいのよ!よりにも、よって、ツェル、プストッ、に、しっぽ、ふって!」
「いだい!鞭をあだ!!振りながッ!!ら話さないっつ!!でごぉ!!主人さまあだだだだ!!」
超怖い。
忘れてた。
ルイズって怒ると人の話聞いてくれないんだった。
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今日は最悪な一日だった。
この使い魔のお陰でずっとイライラし通しだ。
教室で男女の仲を疑われるような事を口にしただけでは飽き足らず、今度はよりにもよって
ツェルプストーの部屋で、あの不倶戴天の女といちゃつくなんて!
何よ、一日位外で我慢出来なかったの?
少しはわたしの事を考えて、一晩頭を冷やしました、今夜からは部屋にいれてくれないかな?位言えないの?!
そう言えば明日からでも部屋に入れてあげたわよ!
ううん、簡単なベッドだって用意してあげるのに!
わたしの事「識ってる」んだからそれ位簡単じゃない!
わたしだってねえ、これでもあんたの事買ってたのよ!?
信頼できる使い魔だって、強い絆で結ばれた使い魔だって信じてたのよ?!
それがよりにもよってツェルプストーなんかに!!
そう思いながら私は用意した乗馬用の鞭を振るう。
このっ!このっ!このっ!わたしのぉ!きもちもぉ!しらないでっ!!
「いだい!鞭をあだ!!振りながッ!!ら話さないっつ!!でごぉ!!主人さまあだだだだ!!」
「申し開きがあるなら聞いてあげるわ、ボロ雑巾にようになる前に。」
「はい、いっつつ……えっとな?」
「正座!」
「は、はい!……えっとですね?ルイズに部屋を追い出された後、フレイムがやってきたんだ。」
「で?」
「せ、急かさないで、ね?は、はあいぃぃいっつ……その鞭とりあえずやめて!な?」
「で?」
「で、寒かったからさ、フレイムをベッドに連れ込もうとしたらあいつ力あるのな、キュルケの部屋に連れ込まれたんだ。」
「おしまい?じゃあ続きを始めましょうか。」
「マダです!で、キュルケに口説かれた後次々と窓から彼女のボーイフレンドがやってきてさ。」
「でぇ?」
「ひっ?!そんな大きな声ださないでくれよぅ。でな、なんかキュルケに告白されて、どうやって断ろうかとかんがえてる内に
そいつ等を追い払ったキュルケが目の前にきてて、腕を首に回してたんだ。」
「おしまいぃ?」
「もうちょっと!で、他に好きな子が居るって断ろうしてた所で、ご主人様がいらしたんです。」
サイトが「他に好きな子が居る」と口にした瞬間、私の胸に強い痛みが走った。
そして更にイラつきが強くなるのを感じる。
「ふ、ふううううん?!あんた、私とツェルプストーの関係を"識って"いながらアイツの部屋に行ったんじゃなくて
不可抗力で行ったと言いたいのね?」
「その通りでございます。」
「……いいわ。良くわかった。この件については許してあげる。それに、この部屋で寝てもいいわ。」
「あ、ありがとうルイズ!俺思うんだけどキュルケより君の方がずっ」
「ただし!昼間の件は別よ!!」
「っとみりょ……へ?」
「本当はあんたを一晩だけ廊下で過ごさせて済ませようと思ったんだけど、それも無しにしたからね。
昼間言ってた"おもぷらった"と"れっぐろっく"を教えて。次回からの"お仕置き"に使えそうな物よね?」
「い、あの、その……ご主人様のような可憐な女の子には、似つかわしくない技ですよ?」
「サーイトっ!あのね、乗馬用の鞭と、このぉ、私のお小遣いのエキュー金貨がいーっぱい入ってる袋、どっちがいい?」
「あの、ご主人?花のような笑顔で可愛く脅迫されましても……」
「金貨の袋かぁ!サイトって常に新しい刺激に飢えているのね!」
「お教えします。是非ご教示させてください。」
サイトが渋々"おもぷらった"と"れっぐろっく"を私に教え終わった頃、イライラは消えていた。
しかし、胸の痛みは小さくも残り続けていた。
※現在暫定的に復帰中です。
このSSはArcadia様のサイトでも公開いたしております。
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/1(一章~四章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/2(五章~八章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/3( ~最新話)
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