第五章
5-8:extra_episode/伝説の剣と麗人の唄7
爆炎の塔は王家の森の夜空を紅く染め上げ、月にまで届きそうな程高くそびえて消えた。
バルビエ副伯の屋敷にたどり着き、質素な門扉に伸ばした手を止めて天を焦がすその炎をルイズは見つめる。
唇を噛み眉根を寄せ美貌を曇らせたその表情はどこか、焦りと不安がにじみ出ていた。
彼女の隣で同様に出現した炎の塔を見ていたトマも、ルイズと同様にいやさらに焦りを色濃く顔に映して夜空を見上げる。
「ルイズさん! あれは……」
「……サイトは魔法が使えないわ。あれは恐らく、あのメイジの物でしょうね」
「助けにいかないと!」
「サイトなら――大丈夫よ。それに目的を見失っちゃだめよ? 私達はエメを助けにきたんでしょう」
「っ! で、でもあんな炎を受けたら、いくらサイトでも!」
トマの言葉をルイズは無視して再びバルビエ副伯の屋敷の門扉の方を向いて、ゆっくりと伸ばしていた手を扉に当てた。
静寂を取り戻した夜の森に、錆びた鉄の擦れる音が響き渡る。
門はあっさりと開いて、館までの小さな中庭が目の前に現れた。
「ルイズさん!」
「行くわよ、トマ。エメが待っているわ」
「でも! サイトさんの事が心配じゃないんですか?!
姉さんだって、誰かを見捨ててまで助け出されてもきっと悲しみます!」
「……心配してるに決まっているじゃない。そんなの、当たり前よ」
「だったら!!」
「――だけど、それ以上に信頼してるの。そんなの、当たり前じゃない」
ルイズは小さくそう言って、自身の迷いを振り切るようにさっさと門の中へ入っていった。
トマは何かを言おうとして口を開いたがそれ以上言葉を紡げず、渋々彼女の後を追う。
しかしすぐに立ち止まってしまい、もう一度炎の柱があった夜空を見つめた。
その表情は心配と不服で彩られている。
「おう、坊主! 相棒なら心配いらねって。夕方に言ってたろ?
タチの悪い魔女にかけられた呪いのおかげで、簡単には死ねない体になってんだ。相棒は無事さ。
それに、嬢ちゃんの気持ちも察してやれよ」
「デルフ……うん、そうだな。今は、姉さんが先だ。僕がどうかしてたよ」
「わかりゃ、それでいい。ほれ、はやく行かないと嬢ちゃんに」
「トマ! はやく来なさい! いい加減切り替えないと、置いていっちゃうわよ!」
トマがデルフと話している間に門と館の間、中庭の中央まで進んだルイズが少し八つ当たり気味にがなった。
慌てて駆け寄ろうとしたトマだったが、またもその足を止める。
今度はバルビエ副伯の館の方を見て。
「驚いたな。ドニの魔法の音を聞いて見物に出てみれば、まさかネズミが二匹入り込んでいたとは」
「バルビエ! 姉さんを何処にやった?!」
「……薄汚い平民の分際で私に話しかけるな。口の利き方をしらんゴミめ」
ルイズがトマから屋敷へと視線を戻すと、いつの間に開いたのか先程まで閉じられていた屋敷の入り口が開け放たれていた。
開かれた扉の向こうは薄く明かりが灯っていて、その光を遮るように少し背の低い四十歳位の男が立っていた。
逆光となりその表情は見えないが "両手に" 杖を持っている事が伺える。
右手には普通の木製のような杖。
左手には美しい銀色の杖。
館の中から漏れる光が銀の杖をキラキラと鈍く光らせる。
ルイズはとっさに杖を持っていない方の手を横に差し出して、後ろのトマに手のひらを見せた。
高圧的にゴミ呼ばわりされ、何かを言い返そうとしているであろうトマに黙っているよう暗に示す為だ。
目の前の男の物腰から、平民であるトマが何を言おうとややこしくなるだけだという判断からの行為である。
「バルビエ副伯ね?」
「いかにも。失礼だがかような夜分、ミスのような如何わしい格好のレディの訪問を受けるような不徳はしていないつもりだが
一体どのような要件かな?」
「私はアンリエッタ女王直属の女官よ。副伯、あなたにかどわかしの嫌疑がかけられているわ。
アンリエッタ女王の名において、あなたとこの館に対し警察権を行使するから聞かれたことには嘘偽りなく答えなさい」
「ほう……また随分と妙な者が来たな。
まあ、いいだろう。一体どのような了見で私にそのような嫌疑が?」
「とぼけても無駄よ。さっさとエメを返しなさい!
彼女をさらったメイジがここへ来る道中邪魔した事からも、黒幕があんただって明白なのよ!」
「これはまた、随分と乱暴な言いがかりだな。道理も何もあったものではない。
確かに今夜、私が雇っているメイジに屋敷に近づく者を排除するようにと命令してはいるが
それ以外では彼が余所で何をしようが私が関知するところではないのだよ。
そもそも、君が証拠として考えている事柄は、随分と根拠に弱いものだとは思わないかね?」
「……ええ、それは私も同感よ。無茶苦茶な内容で、言いがかり同然だってわかっているわ。だけどね?」
言葉を一旦区切って、ルイズはバルビエ副伯をその美しい鳶色の瞳で強く睨みつけた。
白く際どい衣装は赤みの強い月光をたたえて、彼女の薄いピンクブロンドと同様の色合いを醸し出しどこか幻想的ですらある。
肩は震え、食いしばられた真珠のように白い歯が口の端から見え、杖を握り締める左手はギリと音を立てた。
そして、トマを制する為に横へと突き出していた右手の平をぎゅっと握り締めながら、彼女は憤怒を言葉に紡ぐ。
「私の、サイトを、傷つけた奴を、許しておくはずがないでしょうが!!
黒幕があんたなのはわかってんのよ! ガタガタ言わずにエメを出しなさい!」
沈黙。
静寂。
ルイズは溜め込んでいた怒りを言葉に乗せ、ここぞとばかりに外へと発露させている。
トマとバルビエ副伯は驚愕を顔に浮かべながらも、ルイズのあまりにあまりな言い分にあきれ返った。
「あの、ルイズさん?」
「うっさい! あんたは黙っていなさい!」
「……まさか、そのような理由で今夜ここへ来たのかね?」
冷たい、あきれ果てたような両者の視線を前後から感じて、ルイズは少しだけ冷静さを取り戻した。
それから今の己の姿を取り繕うように、腕を組んで目を細めながら口を尖らせる。
「ふん、状況から行ってアンタ以外に犯人なんて居るはずないじゃない。
証拠なんて "これから" 集めればいいのよ。
言ったでしょ? 手始めにこの屋敷から検めるってね。
大体私はね! こんな茶番とっとと終わらせて、早くあのメイジの所に戻ってボコボコにしてやらないと気がすまないの!
さっさと元の生活に、アイツと二人で水入らずの生活に戻りたいの!
わかる?! あんたが私の邪魔をしてんのよ!!
しらばっくれるなら、屋敷ごとあんたを灰にしてやるわよ!?」
苦々しく言い放ち、最後には再び語尾を荒げバルビエ副伯を睨みながらビシっと指をさすルイズ。
副伯はそんな彼女を暫く呆れ顔で眺めていたが、唐突に含み笑いを始めた。
「あによ!」
「ク、ククク、そんなつまらん理由で今夜邪魔が入ったのか。
ちと困らせてやろうと思ったが、まさかこんな小娘の逆恨みからここを突き止められていたとは夢にも思わなかった!」
「うっさい!」
「まあ、いいだろう。
どうせ屋敷を調べられたらバレてしまうし、口封じもせねばならん。時間も惜しい。」
「じゃあ、やっぱりここにエメが居るのね?」
「うむ、君の読み通りあの平民の娘はこの館の地下室にいるぞ?
まだ生きてはいるが……早くいかないと手遅れになる。
そら、はやく助けに行ってやれ」
副伯は意外にもあっさりと事実を認め、一歩下がり屋敷の中へ入るよう顎でシャクってみせた。
余裕たっぷりなその態度にルイズは訝しげ、何か罠があるのではと怒りで白濁させながらも思考を巡らせる。
対照的に副伯の言葉にいち早く反応したのはトマで、たまらず駆け出しルイズの脇を走り抜けて
無防備にも副伯のすぐ側を通って屋敷の中へ消えていった。
バルビエ副伯は口の端を上げながらも特にその場から動かず、両手に杖を持ったまま屋敷に入るトマの姿を見送る。
「……何を考えているの? かどわかしの罪をあっさりと認める程正直者には見えないけれど」
「なに、罪を認めても問題ないからな」
「私達をここで口封じするからって事なんでしょうけど、お生憎さま」
「その手もあるが…… "これ" が仕上がったのでな。
別にお前達を殺す必要もないし、明日には女王陛下すら私の意のままとなるのでね」
副伯はそう言って、両手に持った杖の内銀色の杖を掲げてみせた。
僅かな光を反射していた杖が鈍く、青白く光り始める。
何かされる?!
とっさにそう判断したルイズは、白い麻痺の短剣を副伯へ突き立てるべく "加速" を短く詠唱した。
動けるのは一瞬。
しかし、その一瞬は副伯の背後に回り込み強力な麻痺の短剣をほんの少し背中に掠らせるには十分な時間である。
果たして "加速" が発動し、ルイズに一瞬の時とガンダールヴをも凌ぐ超高速移動の力が与えられた。
虚無の圧倒的な力を発現させたルイズは、腰の短剣へ手を伸ばそうとして異変に気がつく。
体が、動かない。
否、体が段々と動かなくなって行く。
なぜ?
疑問と共にルイズに与えられた一瞬は終わり、次の数瞬の内に彼女は意識もあっさりと手放した。
最後に覚えていたものは青白く輝く銀の杖であった。
◆
「姉さん! 姉さん、どこ?!」
一方トマは屋敷の中を走り回り、姉の姿を探し続けていた。
副伯が地下室に居ると言っていたことは覚えているものの、勝手分からぬ貴族の屋敷である。
トマは厨房や食堂へ足を踏み入れ無駄に時間を浪費しながらも、それ程間を置かず書斎の隣にあった扉を開け地下室への入り口を見つけた。
薄暗い地下への階段からは少しカビ臭い臭いが吹き上がって来る。
僅かな躊躇を振り払いつつもトマは足元も確認しないまま、その階段を駆け下りた。
魔法のランプのようなものが等間隔で配置されたその階段は、深く薄暗く地下へと続いてまるで地下牢のようである。
やがて足を滑らせかけながらも階段を降りるトマの眼前に、薄汚れた頑丈そうな扉が出現した。
荒い息と転げるように階段から降り立った勢いもそのままに、トマはその扉を押す。
扉は少々重かったがあっさりと、不快な音を立てて開く。
「姉さん!」
叫びながら地下室の中へと身を滑り込ませたトマは、その光景に絶句し立ち尽くしてしまった。
心臓は暴れ馬のように跳ね上がり、重いデルフを思わず手放しそうになる。
部屋は大小のランプで照らし出され、降りて来た階段よりも明るかった。
そこにあったのは、様々な拷問道具とそれらに繋がれたままの人間の死体とその破片。
しかし、そのどれもはトマの視界に入ってはいない。
トマの視界にあったのは、部屋の中央に吊るされた姉だけであった。
「姉さん!」
少し間を置いて目の前の事実がやっと意識に届き、悲痛な叫びをあげながらもトマはデルフを放り出して姉の元へ駆け寄る。
エメは両手を地下室の天井に張り巡らせられた梁から鎖で吊るされており、所々鞭打たれたのか着衣が無残にも艶めかしく裂かれていた。
トマの呼びかけには反応はなく、短めのスカートから伸びる白い足には何か赤い蔦のようなものが絡み付いている。
蔦は吊るされたエメの足元にある奇妙な箱の中から生えており、箱の側面の蓋が開いてそこに彼女のものと思わしき血が滴っていた。
どうやら絡みついた者の血を抜き取る魔具か魔法生物らしい。
トマは姉の白いふくよかな足に絡みついた蔦を真っ先に外そうと試みたが、まるでエメの足の一部のようにびくともしなかった。
「姉さん! 姉さん! くそ、離れろ! こいつ、離れろよ!」
「う……」
トマの呼び掛けにエメは僅かに呻いて答える。
息も絶え絶えではあったが、それでもその声は生きているという事実をトマに認識させるには十分なものであった。
トマはその声に焦りを強め、更にに強く強引に蔦を引っ張ってみる。
蔦はメリメリと音を立ててゆっくりとエメの足から剥がれかけたが、同時にその痕から血が流れ始めた。
どうやら蔦から細い根のようなものが無数に生えていて、エメの足に深く食い込んでいるらしい。
トマは出血した姉の足を見て慌てて手を蔦から離し、次に姉を吊るしている鎖を外そうと試みた。
しかし、足に絡みつく蔦がエメをわずかにではあるが引っ張っている事と、高い位置で固定されている為に試みは上手くいかない。
「くそ、何か、方法が……そうだ! デルフ! デルフで蔦を斬って……」
「おいおい、やめとけ坊主! 相棒じゃあるまいし、足に絡みついた蔦だけ斬るなんて芸当がお前にできるか!
それにその絡み付いている奴は恐らく魔法生物か魔具の類だ。迂闊に壊すと剥がれなくなるぞ?」
「じゃあ、せめて鎖だけでも!」
「バカ! 斬鉄の方がもっと難しいに決まってら! 余計なことせずに嬢ちゃん呼んでこい!」
「ルイズさんを?」
「おう、嬢ちゃんならその魔具だかなんだかの魔法を解除出来るはずだ。それに鎖も魔法で何とかなるだろうしな!」
「そ、そうか! じゃ、早く呼んで――」
「……マ……」
デルフの助言を聞き、放り出してしまていた大剣を拾い上げながら一目散に階段を駆け上がろうとしていたトマの背中に
かすかな、苦しげで消え入りそうな声が届いた。
声の主は朦朧と意識を取り戻したエメである。
「姉さん! まってて、今助けを」
「ト、マ、聞い、て。エヴラール様は、……副伯は」
「だめだ姉さん! 傷に触るからしゃべらないで!」
「彼が持つ、銀の "くちばし" は、 "青い鳥" の血で、覚醒、するの」
「姉さん?!」
「トマ、わた、しの事はいいから、逃げて。お父様が恐れていた、事に、な――」
「何を恐れていたのかね?」
聞き覚えのある声に、トマは後ろを振り返らず姉の元に駆け寄ってデルフを地下室の入り口へ向け構えた。
やがて扉が開いたままの入り口の向こう側、暗い階段からすこし背の低い影がゆっくりと現れる。
館の主、エヴラール・バルビエ副伯その人であった。
「バルビエ、よくも姉さんを! ルイズさんはどうした!」
「……エメ、君の父親は何を恐れていたのかね? もしかして、青い鳥についてあの男は何か知っていたのか?」
「エヴ、ラール様……もう、やめて、くだ、さい……」
「答えろ! バルビエ!」
「うるさいな。あの娘ならほら、この通り」
そう言ってバルビエ副伯がすこし体をずらすと、その背後の階段に茫としたルイズが立っていた。
目は虚ろで空の一点を見つめ続け、そこに意志は全く感じられない。
「ルイズさん?!」
「流石は "魅了の青い鳥" のくちばしだな。詠唱も無しに一瞬で魅了できたぞ、エメ。
だがすこし "縮んで" しまった。どうやら使えば使うほど元のくちばしに戻っていくらしいな、これは。
エメ、 "計画" は万全を期したいのでな、悪いがまた血をもらうぞ」
ルイズを見るトマの視線を塞ぐように、バルビエ副伯はずらした体を元の位置に戻して
手にしていた銀の杖をエメにむけて掲げてみせた。
トマは副伯の背後に立つルイズの様子を気にしながらも、姉を守るべくバルビエ副伯に向けてデルフを構え、歯をくいしばる。
「トマ……にげ、て……」
「そうはいかない。君の父親が恐れていた事とやらを是非知りたいし、 "青い鳥の生き血" もまだまだ必要だ。
君の口ぶりからそこの小僧も痣を持っていると見てまちがいなかろうしな。
ふふ、私は運がいい。これだけ血があれば、女王陛下どころかリシュモン殿も操れるだろう」
「な?! バルビエ! お前、この国の貴族じゃないか!」
「いかにも。しかし、何れあの大国アルビオンにのみ込まれる運命を持つ国でもある。
陛下はお前達平民の為、領土の為と徹底抗戦をなさるつもりらしいが……
ふん、愚かなことだ。気高い志だけで戦には勝てぬ。
だからこそ、私のような有能な者が陛下の側で助言を行う必要がある」
「お前……」
「ふん、まあ平民のお前に言ったところで理解できまい。取りあえず私の人形となってもらおう」
バルビエ副伯はそう宣言すると、持っていた銀の杖を取り出してトマに向けた。
杖は青白く光り、その光に同調するようにトマの体もうっすらと青く光る。
「む?」
「……な、なんだなんだ?! バルビエ! 僕に何をした!」
「まさ、か……効かない?! そんなばかな!」
「おう、坊主、今がチャンスだ! とっととそいつをとっちめな!」
副伯はトマに "魅了の青い鳥" の効果が効かないと判断するや、慌ててもう片方の杖を振りかざした。
トマも一瞬の逡巡の後この機を逃さず、デルフを正面に構えたまま体制を低くして副伯へと駆ける。
先に行動が終わったのはバルビエ副伯であった。
氷の槍、 "ジャベリン" を三つ作り出した副伯が姿勢を低くし己に迫るトマへと槍を飛ばす。
狭い地下室、距離もそれ程離れてはいない。
しかも相手はひ弱な平民である。
氷の槍は決して避けられぬ速さで目の前の無礼な平民に殺到し、串刺しにするはずであった。
しかし。
槍はあっけなく、まるで砂に吸い込まれる水のようにトマが持つ魔剣に吸い込まれてしまった。
「な?!」
「こ、のおおお!」
トマは石畳の床につきそうな程低く、這うように副伯へと迫る。
姿勢は低く。
剣を下から突き上げるように!
二の次の剣は考えずに、突け!!
心の端でそう叫びながら、不意の事態に慌てる副伯の喉元に向けて渾身の力を込め、トマは重い片刃の大剣を突き上げた。
副伯は咄嗟に身を捩って躱そうとするも、鋭い切先は彼の肩に刺さり激痛が全身を走る。
地下室にがらん、と副伯が持っていた銀の杖が転がる音が響き、やがて荒い息遣いが二つその音を塗りつぶした。
「うが、あ、おのれ、平民!」
「や、やった!」
「――あ……え? え? ここは?!」
副伯が銀の杖を落とすと同時に、階段の方から間の抜けたルイズの声がトマの耳に届く。
どうやら杖を手放すと、杖の効果が切れてしまうらしい。
バルビエ副伯は凄まじい憎悪を視線に乗せトマを睨んでいたが、ルイズの声を聞くや己の不利を悟り舌打ちをした。
「お、おのれ! こんな、こんなガキに私の計画が……!!」
「観念しろ、この悪党め!」
トマの言葉に怒りが炎のように燃え広がる。
しかし状況は副伯に罵倒を投げる時間すらも与えていなかった。
魔法を封じられた上女王の密偵まで元に戻っては勝ち目はない。
ここは一旦引くべきだ。
なんとかリュシモン殿と連絡をとって匿ってもらわねば、私の立場どころか命すら危うくなる。
激痛と憎悪で表情を染め上げながらも、バルビエは冷静にそう判断して刺されたままの剣を自ら後ろへ移動して引き抜き
なんとか落とさずに握っていた自分の杖を振り上げて "レビテーション" を詠唱した。
呪文は直ぐに完成し、未だ状況を呑み込めていないルイズを突き飛ばしながら副伯は猛烈な勢いで階段を上に飛んで行く。
「あ!」
「きゃあ!」
トマはバルビエ副伯が落とした杖を拾い上げ、階段から転げて尻餅をついているルイズを助け起こした。
短いスカートはまくり上げられ、無様にも両脇をリボンで固定するタイプのパンツを露にしていたルイズは
いちち、と言いながらも差し出された手を掴んでよろよろと立ち上がる。
それからすぐに先程の自分の体勢を思い返し、顔を真赤にしてトマに食ってかかった。
「み、みみみた?! 見えた?!」
「ルイズさん! そんな事よりも姉さんを頼みます!」
「え? トマ? あ、ここって……え、エメ!! トマ、これは一体……」
「話は後で! 今は姉さんを! 足に絡み付いている魔法の道具がルイズさんじゃないとダメだってデルフが言っていました。
僕は副伯を追います!」
「あ、ちょ、トマ! 待ちなさい! こら! せめて見たか見てないか位、こら!」
ルイズの制止も聞かずトマは再び走り始める。
階段を駆け上がり館の外へ出て逃げた副伯の姿を追うが、既にその姿は跡形もなく消え去っていた。
眼前に広がる森は闇を湛え、空には二つの月。
トマは悔しさに口を固く結んで何処か、副伯が逃げた痕跡を探して辺りを伺う。
もしや、逃げずに館の屋根にでも登って反撃の機会を探っているのかも、と屋敷を観察していた時である。
門の向こう、トマたちがやってきた道が伸びる夜の森の方角から、耳をつんざく様な爆音が轟いた。
突然の轟音にビクンと肩を跳ね上げてそちらを向くと、夜空に先程見た爆炎の塔が再び出現しその光と月の光を背景に
森の鳥達が夜空に逃げまどっているシルエットが浮かび上がる。
どうやらまだあのメイジと才人が戦って居るらしい。
「サイト……」
「わはは、相棒の方は派手に暴れているらしいな!」
「なあデルフ。サイトは……本当に大丈夫なのか?」
「ああ、多分な。しかし相棒も因果なもんだ。
どうしてこう、でかいドラゴンやら亜人の軍勢やら厄介な敵ばかり抱え込むんだろうな?」
「僕がそんなこと、しるかよ!」
「ま、そうだがな。……おい坊主、取りあえず姉ちゃん取り戻したことだし相棒ん所いくか?」
「え?」
「あのメイジ追うって言っても、この暗さで飛んで逃げられちゃ追いようがないだろ。
相棒ん所に行こうぜ!」
「で、でも……流石にあんな炎を撃ってくるメイジ相手に僕一人が行っても……」
「バカ、何も坊主が戦う必要はねえよ。俺様を相棒に渡してくれればいい。
あの槍は威力こそあるが、人間のメイジ相手だと大味すぎて結構やりづれぇんだ。
それに相棒は槍についてはもっぱら投げるばかりだからな、多分手こずってるのもそのせいだろうさ」
「そ、そうなのか?」
「ふん、最初から殺す気でやってりゃ相棒ならあの程度瞬殺よ、瞬殺。
まったく、妙な体になっちまってからこっち、相棒はなにかと直ぐに槍ばっか使って面白くねえ!
大体、あんなもんに頼るから見ろよあのザマを。昔の相棒の方が余程強かったぜ。
しまいにゃ俺様をこんなヒョロっ子にレンタルする始末だし!」
「デルフ……お前、もしかして妬いているのか?」
「うるせえ! いっちょまえの口聞くんじゃねえこのヒョロっ子!
お前なんかお人形遊びでもしてればいいんだ!」
「お、怒るなよ、僕が悪かったよ。
……そうだな、バルビエの手がかりが見つからない以上、サイトの方に行こう。
あ、でも僕、馬は乗れない……」
「……なあ、坊主。その杖、お前なら使えるんじゃねえか?」
「え?」
「俺様は持ち主の事はある程度 "わかる" んだ。おめ、色々と秘密かかえてんだろ? 例えば、 "青い痣" もっているとかな!」
「――!」
「理由は聞かねえから安心しろや。言いふらして面白い話じゃねえしな。
それよりもだ、もしその杖使えりゃ "レビテーション" も使えるようになるんじゃねえか?」
「僕が……メイジになれる?」
「わかんね。だから試してみようぜ。そうだな、あのエバったおっさんはどうやら杖に生き血をかけていたようだし
ちっとだけ垂らして様子見るってのはどうだ?」
「わ、わかったよデルフ。ぼぼ、僕がメイジに……」
トマは突然の話に戸惑いながらも、デルフを地に突き立てて持っていた銀の杖を見つめた。
杖は月光を反射し、トマの手の中で鈍く光っている。
暫しの逡巡の後、トマは意を決して左手の平をデルフの刀身に押し当てた。
美しい少年の眉根が歪み、直ぐに刀身を握る手を離して銀の杖を血が流れ出したその手で握り直す。
直後。
杖を中心として風が巻き起こり、青白い光がトマの体を包み込んだ。
「わ、わ、これ、なんだなんだ?!」
「坊主?!」
デルフの声は強くなる杖からの風にかき消されていく。
風は強風となりまるで竜巻のようにトマを包み込んだ。
トマは慌てて杖を手放そうとしたが、なぜか杖から手を離すことが出来ない。
うっすらとたまらず瞑っていた目をあけると、なんと銀の杖がどろりと溶けて手にまとわりついているではないか。
溶けた銀の杖はトマの左手を伝って全身に這い上がって来る。
「うわー! うわー! で、デルフ! た、助け」
声は更に強くなる竜巻の凄まじい風切り音によってかき消されてしまう。
それからどれ程時間が経ったであろうか。
やがて風もおさまり、後に残るのは静寂と一つの影。
影は、銀光煌めく出で立ちの影は、無言で側に突き立っていた剣を握るや赤い月光が強く降り注ぐ夜空へと音もなく飛び立つ。
その姿はまるで美しい鳥のように優雅で、まるで絵画を切り取ったかのようであった。
そんな幻想的な光景を無粋な歓声で彩る魔剣の声。
「おでれーた! 流石の俺様もこれは予想できなかったぜ坊主!」
しかし夜空を行く銀の影は、手にした魔剣の言葉に反応しない。
かわりに口を開け、声を発する。
声は言葉では無く、信じられないほどの美しい調べであった。
調べは夜の森に透き通るように響きわたり、風が走るように木々がざわめき始める。
「な、なんだなんだ?! おい、坊主! どうなってんだ? おいって!」
デルフの言葉にトマは変わらず反応しなかった。
一心不乱に美しい調べを口にのせて唄うばかりである。
もしこの場にルイズやタバサが居れば、唄の正体に気がついたのかもしれない。
目覚めた "魅了の青い鳥" は、魔剣を手に狂おしく唄いながら夜空を飛び続ける。
※現在暫定的に復帰中です。
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リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/1(一章~四章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/2(五章~八章)
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