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挿入劇
E-11:extra_episode/ふるさとは遠きにありて3










夢を見た。





横殴りに雨が降る嵐の中、体中が引き裂かれる夢。

次に、巨大な韻竜の炎にこの身を焼かれる夢。

歪に組み上がる人形達と戦う夢。

強力な風のメイジに、五感を失いながらも立ち向かう夢。

悔しさに涙を流しながら、哀れな狼を両断する夢。

青銅のゴーレムに殴られ、朦朧とする夢。

――そう、これはサイトの戦いの記憶だ。

私の為に、誰かの為に、戦い続けている夢だ。

浮き上がる大地を止めようとエルフと戦い。

手練の暗殺者を魔剣を砕かれながらも追い返し。

青い髪の虚無の使い手に腹を裂かれ。

巨大で強力なゴーレムを屠り。

エルフの先住魔法に貫かれ。

大地を埋め尽くす軍隊に命が尽きるまで魔剣を振るい。

横殴りに雨が降る嵐のような竜巻の中、体中が引き裂かれ。

強力な風のメイジに、体中を切り裂かれながら立ち向かい。

そして、青銅のゴーレムに殴られ、朦朧とする。

手に持つ魔剣で斬り、貫き、薙いで、命を奪い。

向かってくるのは刃、魔法、拳、剣、槍、岩石、鋭利な矢。

そう、これは私と出会ってから、そして "私" と出会ってからの、彼の記憶の一部。





「サイト!」





ルイズは思わず叫んでいた。

体中が汗にまみれ、鼓動が早鐘のように耳にうるさい。

視界に入るのは、薄暗い天井。

ぼんやりと、青白い光が僅かに室内を照らし出している。

上体を起こして初めて、大きなベッドに寝ていたことに気がついた。





「ここは……私は……」





記憶を手繰る。

……そう、あの公園で "世界扉" を作り出した瞬間、意識が飛んでしまったのだっけ。

原因はわかっている。

魔法を詠唱するための、精神力の蓄積が "世界扉" を開いて維持できるほど溜まってはいなかったのだ。

ルイズは唇を噛んだ。

よりにもよって、こんな時に。

たぶん、一日でも魔法を使わずに大人しくしていれば大丈夫だと思うけれど……





「お、目が覚めたみたいだな。いや、焦ったぜ?」





そこまで考えた所で、サイトが濡れた頭をタオルで拭きながら部屋の奥から出てきた。

服装は変りないが、どこかで水浴びでもしてきたらしい。





「……ごめん、私」


「いいって、わかってる。一日でもゆっくりしてりゃ精神力も溜まるだろ」


「うん……」


「何落ち込んでるんだよ。戦闘中じゃなかったんだからラッキーじゃないか」


「うん。……それもそうね」


「どした? 頭でも痛いのか?」





才人は心配そうにルイズの顔をのぞき込んだ。

ルイズは無言で才人の首に手を回し、ぶら下がるように抱きつく。





「ル、ルイズ?」


「夢をみたわ」


「夢?」


「あんたが、戦う夢。きっと、あんたの記憶ね、あれは」


「ああ、そっか。……うん、俺たちやっとここまで来たんだな。」


「どういう事?」


「 "前" も同じことがあったんだ。本当ならもうちょっとあとの事なんだけど。
 えっとな、虚無の使い手とその使い魔は、心の繋がりが強くなるとどうやら記憶とか共有するようになるみたいなんだ」


「……そうなんだ」


「最初は戸惑うかもしれないけどさ、段々と気にならなくなるさ。考えようによっては絆が強くなっている証拠なんだし」


「……うん、そうだね」


「はは、最初は大変だったんだぜ? 俺のさ、エロい妄想とかお前に流れ込んでギタギタにされたりとかしたな」


「ねえ、サイト」


「ん? なんだ?」


「私の見たあなたの記憶、すべて戦いの物ばかりだったわ」


「……そっか」


「あんたは、こっちに来る前も必死に戦って傷ついていたのね」


「んー? そうかな?」


「私、あんたにしてあげられる事なんて、してあげた事なんて、何も無い」


「んなこたぁ、ねえよ」


「ねえ、サイト。お願い」





ルイズは、ベッドの脇に立つ才人にすがるように抱きついた姿勢のまま、首に回した腕をさらに強く力を込めた。

それから目を閉じて、以前とはまったく違う己の無力感で心を染める。





「お願いよ。私を、ひとりにしないで」


「……ああ、もちろんだ」


「私を見捨てないでちょうだい」


「当たり前じゃないか」


「私を……抱いて」





言葉は、静かな室内に音を立てて転がる。

それは愛情よりも、逃避に近かった。

無くなったはずの不安は再び、彼女を支配しつつあった。

そして次々と押し寄せる様々な不安の中、才人との確かな繋がりが何でもいいから欲しかったのだった。

あるいは、才人が辿った戦いの記憶を目の当たりにして "あてられた" のかもしれない。

犬と蔑み、得体の知れない使い魔だと思いつつも惹かれ、恋人だと認識した今、ルイズにとって初めての感情が芽生えていた。

嫉妬ではなく、手に入れたからこそ襲われる "不安" 。

飽きられるかもしれない。

嫌われるかもしれない。

捨てられるかもしれない。

……死んでしまうかもしれない。

だからこそ。

飽きられぬように。

嫌われぬように。

捨てられぬように。

ルイズは、初めての "恋愛" にその身を焦がし、苦しんでいた。

彼女とて年頃の女の子だ。

誰かを想い、幸せな気分に浸り、トリスタニアの賑やかな街を手を繋いで歩く事を夢見ていた。

しかし、いざその相手を手に入れた時思いもよらない感情まで心に芽生えてしまう。

そしてその不安は、恋を続ける限りけっして無くならないものだとルイズは本能的に悟った。

なにより。

サイトはずっと、戦ってきた。

命をかけて、私を、誰かを守るために戦って、これからもずっと傷付き続けるのだ。

その体を魔具にまで変えて。

人間を辞めてまで、私の為に戦って行こうとしている。

彼の体が不死身の物だとわかっていても、ルイズの心の奥に漠然とした不安が渦を巻く。

傷つき続けその身をすり減らし、いつか跡形もなく消えてしまうような不安が胸から無くならないのだ。

死ぬかもしれない。

いなくなってしまうかもしれない。

この、チキュウに一人で帰ってしまうかも、しれない。

この時、色々な不安は彼女の心を大きく蝕みつつあった。

其故、ルイズは才人にその痩せっぽちな体を与え、確かな繋がりを手に入れたかったのだ。

胸に渦巻く、様々な不安を追い払うために。



羞恥と不安が混じった吐息は熱く、唇に近い才人の耳に届く。

室内は僅かに空調の音がするばかりで、抱き合う二人の鼓動までも聞こえてきそうだ。

限りなく静寂に近い空気の中、しゅると衣擦れの音を立てて才人の手が上がりルイズの後頭に添えられる。

ルイズはピクンと全身を僅かに震わせてから、その身をまかせるべく体を弛緩させた。





「ありがとうな、ルイズ。……だけど、今はダメだ」





しかし、才人の言葉はルイズにとって予想外のものだった。

なぜ? と疑問が口をつきかけたが、続く言葉によって遮られる。





「俺達はハルケギニアに帰らなくちゃならない。
 やるべき事がある。
 助けてやらなきゃならない人がいる。
 お前の心を満たすのは、お前を抱くのは、その後にしなくちゃいけないだろ?」


「……うん」





ひどく辛そうなその言葉は、ルイズを押し潰すかのように容赦なく現実を突きつけるものだった。

もちろん、才人にはそんな意図はない。

だが、逃避を選んだ彼女にとって今は、今だけは忘れていたいものだった。

ルイズの大きな鳶色の瞳に涙がじわりと浮かぶ。

そうだ。

私は何を考えていたんだろう。

己の使命も、運命も、矜持も忘れ、ただ不安から逃げ出す為にあんな事を言うなんて。

まったく、なんて情けないご主人様なのかしら。

やがて、後悔が一筋の涙となって頬を伝う。

そんなルイズの様子を分かってか、才人の言葉は今度は優しくルイズの耳をくすぐった。





「俺は、お前が好きだ」


「うん」


「お前を抱きたい。だけど、今はダメだ」


「……ごめん」


「謝んなよ。……俺だって、すっげぇ自分を押さえてるんだぞ」





才人はそう言って、ルイズの腕を優しく解いて彼女の目の前にその顔を突き出し、ニカっといつものように笑ってみせた。

その笑顔は一瞬だけルイズの不安をすべて吹き払う。

ああそうだ。

ギーシュの時も。

アルビオンの時も。

時の魔女の時だって。

サイトはいつも、この笑顔で私の元に帰ってきたではないか。

不安と後悔が荒れ狂う心に、光が差し込む。

それは、才人が投げる槍のように暴風を伴ってすべてを薙ぎ払った。

ただ一筋、一瞬の救いでありすぐにまた不安と後悔が胸を占めていったが、それでも彼女には己を取り戻すには十分だった。

ルイズは流れそうになっていた涙をぬぐい、すこしだけ悪戯っぽく笑う。

答えが分かりきっている質問をぶつける為に。





「……我慢、しなくてもいいのよ?」


「い、言うな! 言わないでくれ! ここで折れたらきっとハルケギニアに帰れなくなる!」


「いいじゃない、帰れなくなっても。私、あんたとならここで生きていくのも悪くないと思ってるもの。
 それに……ここはあんたの故郷でしょう?」





もちろん本心ではない。

運命をここで投げ出すつもりなど毛頭もなかったが、この軽口は今の自分たちに必要な儀式だ。

私が、サイトと対等に話せるようになるための。

才人はルイズの意図を違わず、肩をすくめてニヤリと口の橋を釣り上げて答える。





「いや。おれの故郷はハルケギニアだよ」


「……そ。後悔しないわね?」


「するかよ」


「そ。じゃ、ずっとさせてあげない」


「ちょ、ちょっとまて! それとこれとは話が」


「ふふん、ご主人様に恥をかかせた罰よ」


「後生だルイズ! それだけは……」


「何よ。カッコつけるなら最後まで貫きなさいよ。
 大体、こ、ココをこんなにして、本当に肝心な所が締まらないんだから」





そう言って、ルイズは中指でテントを張るサイトの股間の頂きを、勢い良くデコピンの要領で弾いた。

ぺちんという音。

ぬぐを?! と声をあげて才人はその場に崩れ落ちる。

ぷるぷると小刻みに体を揺らすその姿は、先程までの男らしい雰囲気を微塵も感じさせない。

ルイズはベッドに腰掛け、足を組み少し乱れた髪の毛をかきあげて才人を見下ろした。

それから、目に涙を浮かべてやっとの事で自分を見上げる哀れな使い魔に言い放つ。

この犬には、女に……いや乙女に、いやいや、ご主人様に「抱いて」と言わせた挙句断った罰を与えねば。

……私が悪いんだけど、それとこれとは別。

もちろん、これも本心ではない。

只のじゃれあいのようなものだ。

一種、性的なプレイだとも言えるのかもしれない。

少なくとも、才人はそう思っている。

はず。





「 "わん" よ」


「へ?」


「罰といて今日一日語尾に犬らしく "わん" って付けなさい。
 それで乙女に恥をかかせた事を無かった事にしてあげるわ」


「そ、それでいいんだな?!」


「聞こえない。そう、私とずっとしたくないのね」


「それでいいんですかわん?」


「ええ、良く出来ました」


「あ、ありがとうございますわん!」





必死の形相で股間を抑え、涙目で答える才人。

これで "儀式" は終りだ。

暗黙の内に二人はそう感じて、ぷっと吹き出し笑い合った。





「で、サイト。ここ、どこなの?」


「あ、いや……それがな?」


「ん?」


「ほら、小柴に教えてもらった宿なんだ」


「へー。よくこんな貴族用の部屋とれたわね」





ルイズはそう言って室内を見渡す。

窓は分厚いカーテンに仕切られ、ベッドもかなり大きい。

天井からはうっすらと青白く光が漏れ出し、調度品も見たこともないものばかりだった。





「あ、いや……ここ、貴族用じゃなくてだな」


「ん? あ、なにこれ。変なボタンがたくさんあるわね」





才人の言葉よりも好奇心が打ち勝っていたルイズは、ベッドの枕元においてあったリモコンに興味を示し赤いボタンを押してみた。

その瞬間。

ベッドの枕とは反対側に置いてあった大きな液晶テレビの画面に灯がともり、裸の男女が映し出された。

大音量の艶かしいあえぎ声と共に。





「ひぃ?! な、ななななな、ににに、あわわわわ」


「貸せ! ルイズ、そいつを貸すんだ!」


「こ、これ、ここここ、これって!!」


「いいから! 早くよこせって!!」


「うわ!! こ、こんな事になっちゃってる……ひ?! あ、あんな事を!! うそ、信じられない!!」


「頼む! ルイズ! いや、頼むわん!!」





才人が固まるルイズの手の中から、強引にリモコンを取り上げ電源を切る。

静寂が再び室内を覆ったが、二人の間にはとても気まずい雰囲気が漂った。





「……チキュウの宿って、すごいのね」


「いや、この宿が特別なんだよ……」


「ど、どゆこと?」


「小柴に教えてもらったこの宿な、いわゆる "連れ込み宿" なんだ」


「んな?!」





連れ込み宿、というものはハルケギニアにもある。

地球でいう所のラブホテルとは少し違い、早い話が恋人や酒場で口説いた相手と利用できる娼館の事を指す。

娼館であるから当然、宿付きの娼婦もいる。

連れ込む相手がいない場合、部屋代の他に娼婦も呼べるといった場所だ。

平民だけでなく貴族も道ならぬ恋をしたり人目を憚り逢瀬をする為に利用される事は珍しくないので、知識としてはルイズも知ってはいた。

もっとも、地球の連れ込み宿を利用することになるなどとは夢にも思わなかっただろうが。





「……もっと他に場所がなかったの?」


「小柴に言われたんだけどさ、ほかの普通の宿じゃ俺位の年齢の奴は泊めてもらえないようなんだ。
 それに、お前抱えてその辺ウロウロも出来ないし……なにより他に当てがなかったんだよ」


「そ、それなら仕方ないわね」


「だ、だろ? 俺だって初めてこんな所にくるんだけど、ホント緊張しまくっててさ」





才人はリモコンを握った手で頬を掻きながら、目を泳がせた。

そんな才人の様子を見て、ルイズはすこしだけモジモジとしてしまう。

体を重ねる為の場所にいて、尚且つお互いに体を重ねることは吝かでない意思を示しているにも関わらず、体を重ねない。

その理由も明確にしているにも関わらず、今の状況はなんだか居心地が悪かったのだ。





「と、ところで才人。寝汗かいちゃったから私も水浴びしたいわ。
 あんたもさっきまで水浴びしてたんでしょう?」


「ん? あ、ああ。風呂あったからな。結構広かったぜ?」


「へ? この宿、お風呂あるの?」


「おう、あるよ」


「……連れ込み宿のお風呂だなんて、私恥ずかしいわ。やっぱやめとこかな」


「心配いらねえよ。ハルケギニアの宿の風呂とは違って、こっちのはすべての個室に専用の風呂がついているんだ」


「うそ!」


「ホント。みてみ? そこのカーテン開くと見えるぞ?」





リモコンを元の場所に慎重に置きながら、才人はすこしぎこちない動作でベッドから左手のカーテンを指さした。

ルイズは言われたとおりにカーテンを開くと、そこに大きなガラスが現れその向こうにすこし小さめの清潔そうな浴場が見えた。

先程まで才人が使っていた為か、ガラスには夥しいほどの水滴がへばりついている。





「……これ、浴場使うとこっから丸見えじゃない」


「……そりゃ、連れ込み宿だからな」


「……さっきはああは言ったけど、見ちゃダメだかんね?」


「も、もちろんだよ。俺だって、デきないのに見てムラムラして苦しみたくねえし。
 ほれ、浴室の入口はこっちだ。器具の使い方説明するから、来いよ」


「あ、そうね。お願い。……ホントに覗いちゃ、ダメだかんね?」





念を押しながらルイズは才人の後を追いざまにザっとカーテンを閉めた。

この後、ルイズは浴場の便利さに驚き、シャンプーとリンスを痛く気に入り、トイレのウォシュレットに戦慄し

買い込んだコンビニの食材の内日持ちしそうにない物を食べて、才人にテレビの操作を教わりながら一つのベッドで二人は改めて寝たのだった。

ただ、才人が寝た事を確認してからテレビの電源を入れ、音量を小さくしたポルノコンテンツをコッソリと眺めた事はルイズだけの秘密である。



午後七時。

結局二人は周りが薄暗くなるのを待って、宿泊料金と延長料金を支払ってホテルをチェックアウトした。

勿論、目立つ事を避ける為である。

ホテルを出た二人は、近場にあった服の量販店に立ち寄りいくつかの(主にルイズの)買い物を行い

再びコンビニに立ち寄って今度はシャンプーやリンスなども買い込んだ。

そんな事をしている内にすっかり日も暮れ、気がつくと午後九時を回っていた。

これで丁度二人が地球にやってきてから、丸一日程経つ事になる。

両手に大量のビニール袋を下げ、並んで歩くルイズと才人は人気のないあの公園を目指し夜の街を歩く。

無論、 "世界扉" を開いてハルケギニアに帰るためである。

珍しい服やハルケギニアでは手に入らない秘薬といってもシャンプーとリンスなのだけどもを思いがけず手に入れたルイズは

ホクホク顔でいるのに対して、才人の表情は浮かばない。





「うう、怒ってるだろうなぁ」


「誰がよ」


「シエスタやタバサ。帰ったら何言われるか……」


「あによ、そんな事気にしてるの?」


「だってさ。絶対怒ってると思うぜ? 無断で丸一日居なくなったんだし」


「大丈夫よ、その為にお土産買ったんだから」


「こんなレトルトカレーや、コスプレ女子高生セットで喜ぶかねぇ?」





才人はビニール袋の一団を、ひょいと目の高さに持ち上げてため息を付いた。





「大丈夫よ。私ならすごく嬉しいもの。 "じょしこーせいせっと" ってのは今一魅力がわからないけれど」


「ほれ、さっき見かけた海軍の制服着た女の子いたろ? ああいうのだよ」


「あ、あれ? ……しまった、私も欲しかったわ。アレ、可愛いもの」


「あー、もう店閉まっちまってるから今度な。
 ん? そいやアレなら多分ハルケギニアで作れるぞ?」


「ホント?」


「うん。 "前" に作ったことあるし。欲しいならお前用につくろっか? こっちに何度も扉を開くのもしばらく控えるしな」


「やった!」





ルイズは更に上機嫌になり、足取りも軽く才人の前を歩く。

耳を澄ませば、後ろを歩く才人にも彼女の鼻歌が聞こえてきそうだ。

やがて視界の先にあの公園の木々が見えてきた。

これでやっと帰れるな、と才人は思いつつほんの少し歩みを早めてルイズに追いつこうとした矢先

不意にルイズは立ち止まった。

思わずぶつかりそうになりながらも、才人は器用にルイズを回りこむようにして回避する。

ルイズは立ち止まったまま、進行方向に見える公園ではなく、歩道の脇から伸びるやたらと狭い路地を眺めていた。





「どした? なんか珍しいもんあったのか?」


「ねぇ、サイト。あんた、前言ってたわよね?」


「ん? なにを?」


「あんたの国って、女の子が夜出歩けるほど安全だって」


「ああ、一応は、な。流石に危ない場所はあることはあるけど……ほら、昨日の夜も小柴に会ったろ?」


「……じゃ、女の子の悲鳴が聞こえるのは余程のこと?」


「うん。余程の事だな」


「これ、もってて!」


「わ、わ、おい! ルイズ! ちょっと!」





ルイズは突然持っていたビニール袋を才人に押し付けて、杖を抜きながら路地へ駆け出した。

慌てて大量の荷物を抱えた才人もその後を追う。

人気の全くない薄暗い路地を走っていくと、やがてすぐに反対側の出口へとたどり着いた。

しかし、路地から大通りに出ることはできない。

その出口には壁のように大きな黒い車が停めてあり、後部座席への扉が開いていた。

車の手前には五、六人の男がたむろしており、その中心に一人の女の子がいるようだ。

車の向こうから漏れるわずかな光で、男達は其々ハルケギニアで馴染んだ髪の色をしており、皆若いと判別がつく。

内、一人の金髪の男が女の子の肩ほどもある黒い髪の毛と腕を掴んで、車の方へ引っ張っていた。

どうやら、車の中へと連れ込もうとしているらしい。

路地は闇ではなかったが、とても暗い。

更に、どういった事情で目の前の光景が繰り広げられているのか、異世界の人間であるルイズには分からない。

しかし、ルイズは女の子の悲鳴を確かに聞いてここに足を運んだ。

それは確かに事実であり、それ以上の理由など彼女は必要としていなかった。

状況はわからないけれど、同じ年頃の女の子が複数の男に襲われている。

ならば、私のやる事は決まっているわ。

だって、私は。

ルイズは杖を男たちに向け、金髪の男に叫ぶ。





『その子を離しなさい!』


「あん? だれだこいつ? 何言ってんだ?」


「あ、あなた?! ダメ、逃げて!」


「なんだぁ、お前のお友達か?」


『もう一度言うわ、その子を離しなさい!』


「おい、どうする?」


「俺、エイゴわかんねーよ」


「警察に駆け込まれると厄介だ。
 一緒に連れてくか? 女だから "色々と楽しめる" だろ」


「ん、そうだな」


「へへ、そうこなくちゃな」





男たちが、一斉にルイズへと向き直る。

敵意というよりも、下卑めいた笑いが暗い路地に満ちた。

その中でただ二人、女の子と金髪の男だけが路地の出口の車のあたりで揉みあうようにしている。

あいつ、さっきからあの大きな黒いクルマに女の子を連れ込もうとしているわ。

きっとアレで連れ去って逃げるつもりなのね。

相手は……五人。

平民が五人なら余裕よ。

"加速" を使って一瞬でギタギタにしてやる。

ルイズは杖を構える。

あとはほんの短く、呪文を唱えればいい。

それだけで自分は目の前の(多分)拐かしどもに、身の程を教えてやれる。

そう思っていた。

しかし。

そこまで考えて、思い出した事がある。

あ! わ、私、今魔法使うと "世界扉" がまた明日まで開けなくなっちゃう!

まずい!

とてもまずいわ!

思わず後ろを振り返るも、才人はまだ追いついてこない。

一瞬、引くべきかどうかルイズは判断に惑った。

一番近くにいた丸坊主の男は、その隙を見逃さない。

素早く動いてルイズの両手を掴み、そのまま背後に回り込んで拘束しにかかる。

魔法を知らない為、男たちにはルイズの姿はただの身長の低い女の子にしか見えていない。

当然メイジに敵対するような、慎重さなどありはしなかった。

しまった、と思う間もなくたちまち羽交い締めにされてしまう。

ちょ、離しなさいよ!

どこ触ってるのよ!

そうルイズが怒鳴ろうとした時だ。

鈍い音とともに背後の男が急に脱力して、その場に倒れた。

その顔面は暗い路地でもハッキリ分かるほど血まみれになっている。

強く握られていた手首を摩りつつ、ルイズが振り向くといつの間にか才人がそこに立っていた。





「何やってんだよ、いきなり駆け出したかと思ったらなんか羽交い絞めにされてるし」


「な、なんだてめぇ! クルァ! こんな事してただで済むとおもってぶっ!」


「うっせ。黙ってろ」





凄みかけた男の顔面に、才人は再び躊躇なく拳を突き立てた。

勿論避ける暇など与えはしない。

男は血と歯をまき散らしながら、路地の壁に体ごと叩きつけられる。

それを見て、路地の男達は息を飲んだ。

見てくれはいつもカモにしている弱っちぃ一般人に見える男が、仲間を二人殴り倒したことにではない。

才人のまったく暴力への躊躇がない一連の行動に、目を奪われた為だ。

それは、ハルケギニアで命のやり取りをずっと行ってきた才人にしてみれば至極当然の事であったが

平和な日本に住む彼らにして見れば異質な物だった。

そう。

才人は現代の日本の価値観と照らし合わせた場合、こと荒事に関してはずっとハルケギニア側の人間となっていたのだ。

殴る事を躊躇わない。

斬る事も躊躇わない。

命を奪うことすら、必要であれば躊躇わない。

平民として生きたのならばともかく、ずっと貴族として、剣士として、ガンダールヴとして生きた彼にとってそれはむしろ必然だった。

男たちは才人の纏う雰囲気に、思わず懐から折りたたみ式のナイフを取り出していた。

そんな自身の行動に激しく動揺をする。

なぜだ?

なぜ、俺はこいつを見ていると震えが止まらないんだ?

目の前のコイツは、体がデカい訳じゃない。

服だって、髪だって普通だ。

見ろ!

あんなに弱そうじゃないか!

なのに、なんで?!

なんで俺は、こいつを見てこんなにも、怯えているんだ?!

男たちには理解できない。

才人が先程から放つ敵意の中身を。

怒り、恨み、憎しみといった感情をぶつけられる事はあっても、明確な "殺意" を向けられる日本人は一体どれほどいるのだろうか。

しかも、相手は暴力を奮うことにまったくの躊躇をしないのだ。

"殺意" すら伴なう才人の敵意は、男たちに知れず確実な死を予感させていた。

しかし、憐れにも彼らにはそれが自覚できない。

平和な日本で、命のやりとりを経験することなど皆無だからだ。

なにより、彼らはルイズにもその刃を向けていた。

その事実が理解できぬ恐怖を抱かせる原因であるとも知らずに。





『うっさいわね。ちょっと油断しただけよ。あんたも、追いついてくるのが遅いわよ?』


「う、荷物をあんだけ抱えてたんだからしょうがないだろ?!」


『あー! そういやどこにおいたの、お土産!』


「向こうに置いてるよ。心配すんな、盗られやしねぇって。
 それより、一体何事なんだよ?」


『ほら、あいつ。女の悲鳴が聞こえたから、こっちに来てみればってやつよ』





傍目には三人の男にナイフを突きつけられ、絶体絶命のピンチに陥ったカップルはそんな事など意に介さず呑気な会話を続ける。

相変わらず二人の目の前には、三人の男が立ちはだかり、その向こうで事態に気がついてない男女がもみ合っている。

ルイズは自分がこの場へやってきた原因を、顎で才人に指し示して見せた。

才人はルイズを背にするように歩み出て、目の前でナイフを構え震えている男たちを無視しながら示された方を見る。





「離して! シゲル、大体、あんた、あの子はカンケーないじゃん!」


「うるせえ! 元はと言えばお前が悪いんだろうが!」


「ケーサツが黙っちゃないんだから!」


「へっ、家出した非行少女なんて、誰が構うんだよ! くそ、おとなしくしろって!
 おい、お前ら、一人こっちきて手つだ……え?」





遅れて金髪の男は状況に気がつく。

そして、女の子の髪と腕を掴んだまま、新たな乱入者の足元に転がる二人の仲間を見て瞬時に判断を下した。





「何やってんだ! もういい、先に行くからそいつボコって口止めしとけよ!」





叫んで、なぜか呆然としている女の子を強引に車の中へ押し込んだ。

女の子は才人を見て、信じられないといった様子で何かを叫ぶが同時に車のドアが閉まり同時に車は急発進をしした。

金髪の男はこういった状況にある程度は慣れているらしく、その手際はなかなか手馴れたものだ。

そして路地には才人と三人の男の姿が残された。

ルイズの姿は無い。

才人は内心で舌打ちをする。

まったく、あいつは。

とっさに "加速" を唱えて車内に突っ込んだまではいいけど、一緒に連れ去られてたら世話ねぇよ。

精神力ケチろうとしてたんだろうな、詠唱ほとんど一言だったし。

車内で効果切れちまうとかどんなジョークなんだ?

くそ、雑魚とはいってもナイフ持ってるから、ルイズの安全最優先のつもりだったのが裏目に出ちまった。

さっさと全員ボコボコにしとけばよかったな。

独りごちて、才人は左目に意識を集中する。

心の繋がりが強くなっている今ならば、たぶん意図的にも "繋がる" はずだ。

果たして、左目から見える景色は派手に暴れる誰かのものとなった。

……よし。

一応ご主人のピンチだしな、ちゃんと繋がったか。

おー、派手に暴れてるな。

うわぁ、ありゃ痛ぇぞ?

……うん、杖も持ってるし暫くは乱暴されずに済みそうだ。

まってろ、ルイズ。

行き先をこいつらに吐かせてすぐに行くからな。

それにしても……

あの子、暗かったから気がつかなかったけどさ。

確かに言ったよな。









「平賀!」 ってさ。

しかし、その夜は確認する相手が側にいない才人だった。














※現在暫定的に復帰中です。


このSSはArcadia様のサイトでも公開いたしております。

リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/1(一章~四章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/2(五章~八章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/3( ~最新話)


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