第四章
4-3:extra_episode/そして三重奏は学び舎に響く
超強い。
月の下、ヴェストリの広場。
姫さまに呼び出される前日での事。
私とタバサは杖を構えて対峙していた。
ガリア本国からタバサの元へ至急一時帰国をする旨の知らせが届き、帰国の前に
私の虚無魔法を使った戦闘訓練をしようと言う事になったのだ。
本当はタバサと一緒にガリアへ行きたいと思ったが、私も明日は姫さまに呼び出されているので流石について行くのは無理。
だから、タバサにはキュルケがついて行くことになった。
タバサ自身は私の護衛をキュルケに頼みたかったようで、一緒にガリアへ行く事には渋った。
しかし、今の私 "達" の目標は、タバサのお母様とどこかに居るらしい双子の妹の救出だ。
その目標を遂げた後は、ハルケギニアの裏で狂気の陰謀を巡らせているガリア王ジョゼフ一世との戦いが待っている。
タバサにとっては叔父にあたり、彼女のお父様を暗殺し、お母様に心を壊す薬を飲ませ、タバサ自身に辛苦の道を歩ませている
張本人であり復讐すべき相手だ。
私にとっても裏でレコン・キスタを操り、アルビオンとトリステインを戦火に巻き込みながらロマリアの教皇と謀略戦を繰り広げ
多くの犠牲者を生み出していく "虚無" を操る敵となる相手だ。
そのあまりに強大な相手と戦う為には、サイトが知る私達が勝利した歴史を変えないようにする必要がある。
その為には少なくとも、今の状況下で私達の内誰一人として欠けるわけにはいかない。
つまり、私だけが安全であれば良いという問題ではないのだ。
昨夜の話し合いでも、どうせ関わりを持つのなら私の虚無の問題もタバサの問題も、すべて共有しようと言う事にした。
あ、あとついでに赤いのが何か困った事があったら、私達が全力で助けてあげる事にもなったっけ。
キュルケにはまだ少し……そこそこにわだかまりがあるけれど、憎い訳じゃない。
ツェルプストーだと言う事や、散々揶揄された過去がある分まだ打ち解けきれない部分があるのだ。
理性では面倒見のいい気さくな人だとみ……認めているわ。
ちなみに、タバサの過去の話を詳しく聞いた時私たちは、彼女のことをシャルロットと呼び直そうとした。
しかし彼女本人の意向により、いままで通りにタバサと呼ぶことになったのだった。
理由は "本名を名乗るのはお母様の心を取り戻した時" としたいらしい。
閑話休題。
そんな訳で、当分は危険な事が無さそうな私より、恐らくは危険な任務が待ち受けているであろうタバサの方にこそ
キュルケがついて行くべきだと私と赤いので彼女を説得したのだった。
しかしあの子も意外と頑固で、私の自己防衛能力を理由にそれを受け入れようとしない。
それじゃあこうしましょうと言う事になり、その夜人気の無い月下のヴェストリの広場に私達は杖を持って繰り出した。
こうして見慣れた二つの月の下、戦闘訓練と称した模擬戦を私とタバサで行うことになったのだけれど……
「あいだ!!」
超強い。
きっとサイトならこういう時にはこう言うわね、うん。
タバサのウィンドブレイクであっけなく私は吹き飛ばされ、しこたまお尻を石畳に打ち付けていた。
それも何度も何度も。
手も足も出ないとはまさにこの事で、模擬戦が始まってからずっと虚無魔法である "エクスプロージョン(爆発)" を詠唱する間もなく
彼女の手加減した魔法によって吹き飛ばされ、無様にお尻を強打してばかりだった。
「ちょっと、ルイズがんばりなさいよ。あんたも結構修羅場をくぐってるんでしょう?」
「う、うっさい! 魔法を使った実戦なんて殆ど無いんだからしょうがないじゃない!」
「一応聞くけど、ダーリン抜きで魔法使って戦った経験ってある?」
「あるわよ! この前だってアルビオンの艦隊をまるごと吹き飛ばしたんだから!」
「……事実だけに何も言えないわね」
「対メイジの経験は?」
「……無いわ。」
正確にはアルビオンで姫さまの手紙を守るため、ワルドとほんのちょっとだけ戦った事があるけれど……
あれはきっと経験の内に入らないわよね。
私の返答にキュルケがあちゃあ、と額に手を当ててため息をついた。
タバサは構えていた杖を下ろし、そんなキュルケにむかって一言、居残り決定と口にした。
「ちょ、待って! 私だってやれば出来るわ!」
「でも、戦い方も知らないんじゃぁねぇ?」
「無駄」
「お願いよ! タバサ、戦い方を今からでも覚えれば……」
「そんなにすぐ覚える事ができれば、誰も苦労はしない」
「そうよねぇ。あんた、魔法を使う事に関しては一年生より経験がないのよ?」
「そんな事ないわよ! 私は伝説の系統 "虚無" なのよ! 誰にも負けはしないわ!」
私のその言葉にキュルケではなく、意外にもタバサが反応した。
彼女は早足で目の前までやってきて、なによ? と思う私の頬をいきなり平手で打った。
パシン、という音がヴェストリの広場に響く。
私もキュルケも呆然としてタバサを見たが、彼女は表情を変えずじっと私を見つめていた。
打たれた頬はすこし熱かったが、痛みは無い。
「タバサ?」
「あなたはこのままでは確実に死ぬ」
「え?」
「覚えておいて。メイジの "強さ" とは扱う魔法の系統やクラスの高さなんかじゃない。
強者には知恵をもってあたり、弱者には驕りを廃し、絶対強者には暗殺が有効。
そう、決して "無敵" など存在しない。
ドットメイジや平民にスクウェアメイジが殺される事だってある」
「タバサ……」
「二度と "伝説の系統" を理由に強さを誇らないで。
これから先誰かと命のやりとりを行うのならば、それは必ず死に繋がる」
彼女はそう言い放つと、再び元いた場所に移動し杖を構えた。
私はしばし呆然として打たれた頬に手を当てていたが、遅れて彼女の言葉と気持ちを理解し杖を構える。
視界の端では赤いのがニヤリとしていた。
こういう時に口を出してこないあたり、あいつは大人なんだろう。
……そういう落ち着いた所がすこし羨ましい。
「ありがとう、タバサ」
「わかればいい」
そして、今度はタバサの方から積極的に攻撃を仕掛けてきた。
先程よりも強い、それでいて手加減がされたウインドブレイクが私に襲いかかる。
次の瞬間私はさっきよりも更に遠くへ吹き飛ばされ、気がついた時には冷たい石畳の感触を背中で感じていた。
立ち上がろうとした時にやっと全身に打撲の痛みが襲ってくる。
「いっ、たぁあ……」
「考えて。
勝つためにどうするか。敵わないのならどうすべきか。攻めるのか。守るのか」
そう言ってタバサは杖を私に突き出す。
ああ、どうやら戦い方は教えてくれるつもりなのね。
ありがたいわ。
見てなさい! 私の……
瞬間、視界が回る。
再び彼女の風を叩きつけられたのだ。
今度はうまく受身が取れなくて、背中を強打してしまい呼吸が止まった。
私は石畳の上を這い蹲り、肺に空気を入れようと大きく口を開け喘ぐ。
何とか視線だけを上げて見たタバサの小さな体からは、猛烈な圧力を感じた。
「敵は待ってはくれない」
「――はっ、はっ」
まずいわ、次がくる!
か、考えなきゃ!
詠唱が長い魔法は論外!
えっと、えっと
えっと、えっと、えっと、えっと
あ
あ、あ、あ、あ、来る! 来る来る来る! ダメ、避けられない!!
あだ!!
視界が再び回る。
今度は派手に吹き飛ばされたのか、浮遊感が終わらない。
時間がゆっくりと流れるように感じながら、思考だけは目まぐるしく頭の中を駆け巡る。
ああ、もたもたしてたから、又ウインドブレイクを受けてしまったわ。
まずこれを受けないようにしなくちゃ駄目ね。
やだな、また地面に叩きつけられるのは。
明日はきっと体中アザだらけね。
次はとりあえず避ける事に専念しよう。
ディスペルで魔法を消す……には詠唱が間に合わあいだぁ!!
そこまで考えた所でやっと浮遊感から開放され、地面に叩きつけられた。
再び背中から全身に向かって強い衝撃が走り、感じていた時の流れが元通りになっていく。
私はとうとう広場の外にはじき出されてしまい、隅にあった植え込みに落下したらしい。
背の低い植物の上に落ちたのか今度は息は止まらなかった。
全身の打撲による痛みの為、暫くはそのままうめいていたかったが、すかさず上体を起こしタバサを確認する。
果たして彼女は予想通り、すでに次に放つ魔法の詠唱を始めていた。
いけない!
何とかしなくちゃ!
逃げる?
無理! この体制じゃ起き上がろうともがく内に魔法が飛んでくる!
ディスペルを唱えて打ち消す?
ダメ! 詠唱時間が間に合わない!
じゃあ、じゃあ、えっと、移動! とにかくここから移動!
それもすぐに移動! そう、 "瞬間移動" ! あるじゃない、いい魔法が!
詠唱なんて途中まででいいわ! ここから一メイル、一サントでも移動するのよルイズ!
"瞬間移動" のスペル、最初の一節は……
「えっ?」
「あっ」
「いちち……ほぇっ?!」
後ろでぼひゅんと鈍い音が聞こえた。
つい先程まで私がいた植え込みに、強い風が叩き込まれた音だ。
しかしその光景を確認することはできない。
今、私の目と鼻の先にタバサの驚いた顔があるからだ。
三者三様に驚きの声が上がり、私はあわててもう一度 "瞬間移動" を唱えた。
「わわわ、う、 "ウリュ" !」
視界にあったタバサの顔が消え、彼女から6メイル程離れた位置に私は再び瞬間移動する。
タバサは考えるより先に体が動いていたらしく、私がいた場所へ横薙ぎに放った蹴りが空を切っていた。
……あ、危なかったわ。
それにしてもあの子、澄ました顔してかなり容赦無い性格のようね……
「……虚無の魔法?」
「う、うん」
タバサは攻撃の手を一時止めて、ポツリと質問してきた。
先程から感じていた圧迫感のようなものはもう感じられない。
私が戸惑いながらも彼女の質問を肯定すると同時に、キュルケが後ろから抱きついてはしゃいぐ。
「すごいわ、ルイズ! 短い詠唱で済む魔法もちゃんとあるんじゃない!」
「うわわ! は、離しなさい! あのね、本当はもっと詠唱は長いのよ?
ただ、殆どの虚無魔法は途中で詠唱を辞めちゃっても一応発動はするの。その分効果は落ちるけど」
「へぇ。すごく便利なのね」
「へ? 便利? どうして?」
「だってそうじゃない。普通の系統魔法はどんなに急いでいても、詠唱だけはキッチリ唱えないといけないわ。
"発火" だってウル・カーノって最後まで唱えないといけない。
ウル、だけじゃドットだろうとスクウェアだろうと発火を成功させたりはできないもの」
「あ、そうか。確かにそこは虚無と系統魔法は違うわね」
「ちょっと確認したい」
珍しくタバサが会話に割り込んできた。
忌々しい胸を押し付けてくる赤いのを、必死で振りほどこうとしていた私は
キュルケを背負うような格好でなあに? と応じた。
「他にどんな魔法が使える?」
「そうね、瞬間移動の他に爆発と幻影以外には移動用の "加速" と "ディスペル" ……これは魔法解除ね。
それと記憶を奪ったり書き換える "忘却" 、同じく他人の記憶を誰かに見せる "記録"
あとは……サイトの世界と行き来する "世界扉" に、サイト専用の "犠牲"
任意の相手を使い魔に出来る "使役" ね」
「うわ! なにそれ、とんでもない魔法ばかりじゃない!」
「でも "犠牲" や "使役" は使えないわよ? 私の使い魔はサイトだけだし、アイツが戻ってくれば犠牲も必要無くなる。
"世界扉" や "忘却" 、 "記録" は戦闘向きじゃないし瞬間移動や "加速" は移動用でしょう?」
「……はぁ。タバサ、やっぱりこの子は "魔法初心者" ね」
「宝の持ち腐れ、オークに宝石」
「な、なによ二人して!」
二人のまるでダメな子を評価するような呆れた声に、私は思わず声を荒げた。
伝説の系統、虚無。
それを奢る愚は先程タバサに窘められたとは言え、初心者と揶揄される程自分が未熟だとは、思っても見なかったからだ。
「いいわ、今度はあたしが説明してあげる。
いいこと、ルイズ? 魔法を戦闘用とか移動用とか区切るのは辞めなさい。
たとえば、相手が強力なスクウェアメイジがいたするでしょう?」
呆れたように言って、キュルケは私を開放した。
真顔で私に正対する彼女に怒りを一旦鎮めて、真剣にその赤い瞳を睨むように見つめる。
「うん」
「ドットメイジがそのスクウェアメイジを倒すにはどうしたらいいと思う?」
「そりゃ、頑張って同じスクウェアメイジになれば……」
「頑張ってスクウェアになれるなら誰も苦労しないわよ。
まったく、アンタたちトリステイン人はどうしてこう、頭が固いのかしら」
「猪」
「な、ぬわんですてぇえ!」
……沈めた怒りが再び私を支配した。
い、猪ってどういう事よタバサ!
ていうか、さっきから何気にあんたの方が酷いわよ?!
「いいから。怒る前に聞きなさい、あなたの為なのよ?」
「う、ぐ……悪かったわよ。つづけて」
「お願いします、は?」
「お、おおおお願いします!」
「よろしい。でね?
ドットメイジがスクウェアメイジに勝つにはね、不意打ちで杖を奪ってレビテーションでもかければいいの。
で、高い所に浮かべてから落とせばいちころ。
そうね、食事やおトイレ、お風呂に睡眠中、性交中を襲うなり盗むなりすればいいわ。
眠り薬やしびれ薬を仕込んだ手紙を使うのもいいかもね。とにかく隙をみつけて魔法を使えないようにするのよ。
どう? 別に特別強い魔法も使わないし、実力も必要ないわよ?」
「毒殺も有効」
「なによそれ! そんなの、貴族の戦いじゃないわ!
それに、今みたいに正面切って戦わないといけなくなったらどうするのよ!」
私の感想にキュルケは両手を軽く上げて首を振りながら、ヤレヤレとため息をついてみせた。
いつの間にか彼女の隣に移動していたタバサも、キュルケとまったく同じ動作をまったく同じタイミングで行う。
ただしタバサはあくまで無表情で、だ。
自分の為に色々と教えてくれていると分っているんだけれど……すごく、腹が立つ。
「正対しててもその時は逃げればいいじゃない。
そりゃ、私だって正々堂々と決闘して勝てれば良いなとは思うわよ。
引く訳にはいかない事だってある。
だけどね、埋める事ができない力の差は、結局他の所で埋め合わせるしか無いの。
勝たなければ自分が殺されるのよ?」
「でも、そんなの、貴族の誇りは……」
「ルイズ、タバサがずっとくぐって来た修羅場はそういう世界なの。
いいえ、タバサの場合は逃げることすらできない物ばかりだから、まだつらいわ。
それはあたしでも理解出来る。
貴族の権謀術数が渦巻く世界ではね、あたし達の常識なんて通じないの。
あなたも昨日一緒にタバサの話を聞いたから理解できるはずよ?
それに……これからはあなたもそういう世界で生きて行くことになるのよ」
キュルケの言葉に私は何も言い返せず、唇を噛んだ。
その言葉は真実であり、改めて自分の問題でもあると再確認したからだ。
先程までの自分の考え方の甘さを恥じて、それでいて何処か認めたくなくて、思わず視線をキュルケから逸らす。
「いいこと? ルイズ。
あなたが無理に貴族の誇りを捨てる必要は無いけれど、相手はあなたに合わせてはくれないという事をまず理解しなくちゃ。
その認識の違いはメイジと戦う場合、如実に現れるわ。
メイジとの戦いは正面から正々堂々と、威力のある魔法の腕比べをする必要はないんだからね」
「……わかったわ」
「そうね、まず第一に死なない事を考えるといいんじゃない?
あなたの魔法はとても強力だから、きっとそれが出来るわ。いいえ、使いこなせばタバサの助けにだってなれるはず。
例えば、瞬間移動だけでもどれだけ恐ろしい魔法になるか。
一瞬で相手の背後に移動し、毒を塗った短剣でたった一度斬りつけるだけで勝てるのよ?」
「別に毒じゃなくてもいい。痺れ薬や眠り薬でもかまわない。
連続で瞬間移動を使って逃げる事も有効」
そうか、そういった使い方もあるんだ。
命をかけた戦いには、それくらい柔軟な考え方をしなくちゃだめなのね、きっと。
……そして、これからはそれ位の事を考えていないと厳しいって事でもあるのか。
「理解したようね。まぁ、逃げる訳には行かない、正面からぶつかる戦いがある事も事実だけど、滅多にそんな事は無い筈よ。
じゃタバサ、次で最後にしましょ。
ルイズの戦いぶりを見て、あたしが学院に残った方がいいかどうか判断してちょうだい。
あたしは、あなたの方がキツイと思うからついて行くつもりだけどね」
タバサはキュルケに短く返事をして、広場の中央へと進み出た。
そして私に杖をむけ、構える。
彼女の小さな体からは、再び強烈な威圧感がにじみ出る。
私はキュルケの言葉とタバサに打たれた頬の熱さを反芻しながら、杖を手にとって構えた。
そう、これからの戦いは貴族の決闘なんかじゃない。
死んでは元も子もないのだ。
今持っている常識は捨ててしまおう。
だけど、誇りまでは捨てる必要はない。
私はただ、サイトが返って来るまで生きていればいいんだ。
生き伸びる事を第一に考えていれば、きっとそのうちアイツは戻ってくる。
……いや、ちがう。
ただひたすらに彼の帰りを待つだけではだめだ。
いつか誓ったではないか。
敵に後ろを見せないものを貴族と呼ぶ。
彼がくれたこの言葉を胸に、誇り高く戦い抜いてみせると。
そしてもう一度、彼と逢うのだと。
きっと誇り高く戦う事と、アルビオンで見た人達のように誇りを持って死ぬことは違う。
私にとって誇り高いとは……胸を張り、彼の横に立てることだ。
彼の隣に立ち、共に戦うことだ。
その為には、彼の留守中に一人で死ぬことは許されない。
己が被る一時の無様を気にして、膝を折るわけにはいかないんだ。
再びサイトの前に立ち、今度は彼の隣で共に運命に立ち向かう為に、今は生き延びる必要がある。
そうだ。
私はこんな所で、こんな理由で、立ち止まるわけにはいかないんだ。
彼の帰りをただ待つだけじゃダメなんだ。
強く。
強くならねば。
手にした杖を更に強く握り、半ば自分に向けて宣言した。
「いくわよ」
「きて。容赦はしない」
心が激しく震える。
自らを鼓舞し、私は短く "瞬間移動" を唱えた。
視界が一瞬歪むが直ぐに元に戻る。
正面から見据えていたタバサは、私に背を向けていた。
いや、彼女の後方へ私が瞬間移動したのだ。
それを予測していたのか、タバサは素早く後ろへその小さな体には不釣合な大きな杖を降った。
同時に彼女の風魔法、ウインドブレイクが発動する。
私は体術による反撃を恐れてタバサから離れた位置に移動していたので、杖は体に届かなかったが "ウインドブレイク" は違った。
再び "瞬間移動" を唱える。
今度は少しだけ長めの詠唱で。
そして、私が消えた空間を標的を見失った暴風が薙いだ。
「……広場から消えた?」
月の下、ヴェストリの広場の中央でタバサは一人杖を構え呟く。
私の姿を探し奇襲に備え前に後ろに、そして上に注意を払う。
学院の塔の屋根からそんな彼女の様子を確認して、私は虚無の呪文をゆっくりと唱えた。
やがて、五人の "私" がタバサを囲むように現れる。
"イリュージョン" だ。
幻影達は、一斉に杖を構えタバサに向かって走った。
内、一体の私に向かってタバサも地を駆ける。
不意に彼女は走る勢いのまま上体を寝かせて、地面を滑るように飛び幻影の足を蹴りつけた。
地面すれすれのその蹴撃に、幻影は勢いもあってよけきれず足を取られ履き消える。
私の幻影を一体消したタバサは間髪居れず立ち上がり、一所にまとまってしまった幻影達をウィンドブレイクでなぎ払う。
その強烈な風によって一斉に消えてゆく幻影達。
しかし、私はその隙を狙っていた。
魔法の発動を待って瞬間移動を唱え、タバサの背後に飛ぶ。
詠唱し魔法を発動させた直後。
その瞬間だけはいかなるメイジでも動く事ができず、次の詠唱も間に合わない。
そんな無防備な状態では、たとえ短く詠唱し未完成な "エクスプロージョン(爆発)" でも、至近距離で放てばただでは済まない。
そう、この瞬間、タバサと比べ実力では遥かに劣る私の勝利は目前にあった。
そして……
「えい!」
間の抜けた声が、緊迫した冷たい空気を暖めた。
「……離して」
「……ルイズ。あなたやっぱり "初心者" ね」
「よ、よこしなさい! タバサ、大人しくそれをよこしなさいってば!」
必死にタバサの大きな杖を奪おうとする私を見て、二人の冷たい声が誰もいない広場に響く。
張り詰めていたタバサの緊張と圧力はしぼみ、両手で彼女の杖を取り上げようとする私をタバサは難なく引き剥がした。
こ、この子私と同じくらい細いのに、どうしてこんなに力があるのよ!
「はぁ、タバサ。やっぱりあたし残った方がいいかもね」
「……いい。もし短剣でも使われていたらわたしの負けだった」
「あら、甘いのね」
「経験の問題」
「あ、一回死ねって事なのね」
「そう」
ちょっと!
死ねって何よ、死ねって!
青いの!
そこで肯定してるんじゃないわよ!
それと赤いの!
私を見てニヤニヤするんじゃない!
今度は食堂であんたの幻影に猿の真似をさせるわよ?!
……なによ二人ともその目は。
タバサ、あんた普段は表情をほとんど動かさない癖に、こんな時ばかりキュルケと同じような目つきで
じっとりと私を見つめたりしないで!
「な、なによ、しょうがないじゃない。
大体私、今短剣持ってないし、あのタイミングで手加減した "エクスプロージョン(爆発)" 使って
明日から危ない任務に出かけるタバサに怪我でもさせたらどうするのよ!」
「ま、そういう事にしときましょうか。」
「しとく」
「しときましょうか、じゃない! そういう事なの!」
がなる私を無視して、二人は寮に戻るべくわなつく私と広場に背を向けた。
それから背を向けつつ、キュルケは先程したように両手を軽く上げて首を振りながら、ヤレヤレとため息をつく。
タバサもその隣で、まったく同じ動作をまったく同じタイミングで行ってみせた。
まるで双子の姉妹のように息の会ったその動きは、私に少しだけ嫉妬をさせる。
そんな二人の背を追いながら、私は部屋に戻るまでずっと弁解を試みたのだった。
彼女達が、私の力を認めてくれたような実感を手にして。
※現在暫定的に復帰中です。
このSSはArcadia様のサイトでも公開いたしております。
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/1(一章~四章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/2(五章~八章)
リンクはこちら→ガンダールヴは夢を見る。/3( ~最新話)
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